政治団体名称で個人・団体を中傷…代表「言論の自由」、選管「受理しないという判断は難しい」
東京都知事選が始まった昨年6月下旬、医療検査会社「プリベントメディカル」(東京)の久米慶社長(51)は、友人がLINEで送ってきた動画に目を疑った。
久米社長が友人からLINEで受け取った動画には、「久米慶被害者の会」と記した選挙カーが映っていた(画像は一部修整しています)「プリベントメディカル久米慶被害者の会――」と記した選挙カーが、街中で信号待ちをしているシーンが映っていた。調べると、全く面識のない女性が、この名称の政治団体の候補として立候補していたことがわかった。
数日後、自宅に届いた選挙公報には、団体名とともに「反社会的で財務的悪事に加担している企業。 紛(まが) い物の『検査』にお金を払うのはやめよう!」と身に覚えのない文言が並んでいた。選挙公報は都選挙管理委員会が約800万部発行し、都内各戸に配布されている。SNSを検索すると、選挙カーの画像や政治団体名に関するコメントが投稿されていた。
取引先や知人から「いったい何があったんだ」と連絡が相次いだ。「悪事に加担などしていません」と投稿者に削除を要請して回ったが、ある企業からは取引を停止された。
女性候補は落選後、久米社長の弁護士と面会して謝罪し、プリベント社のトラブル相手から指示された、と話したという。同政治団体の代表者の男性は取材に「団体の名称は言論の自由の範囲内だ」と自らの正当性を主張する。
久米社長の憤りは収まらない。「選挙がある度に被害を受けるのではとおびえている。合法的に他人を 誹謗(ひぼう) 中傷できる選挙制度でいいのか」。都選管ホームページには当時の選挙公報が今もそのまま掲載されている。
政治資金規正法第6条政治資金規正法は、政治団体を設立した場合、総務省か都道府県選管に届け出ることを義務づけている。受理にあたり総務省や選管に団体の実態を調査する権限はなく、形式的な審査にとどまる。
名称についても「公表された政党または政治資金団体と同じか類似する名称以外でなければならない」との規定があるのみ。政党や政治資金団体以外の政治団体名については、同名や類似の名称でも受理される。総務省は「個人の資質についての誹謗中傷やわいせつな文言など公序良俗に反する場合は受理しない」との法解釈を示すが、ある選管の担当者は「法に明記されていない以上、受理しないという判断は難しい」と話す。
こうした行政の姿勢が国会で問題視されたことがある。
2018年の衆院総務委員会で、政治団体「朝鮮人のいない日本を目指す会」の届け出を総務省が受理したことに、野党議員が「不当な差別的言動と言える名前だ」と批判した。野田聖子総務相(当時)は「差別的であることが明らかとまでは言えず、直ちに公序良俗に反する名称に該当するとは認められない」と答弁。「政治団体のあり方については、政治活動の自由の根本に関わるため、各党各派において議論いただく問題だ」とした。
市民団体などでつくる人種差別撤廃NGOネットワークの担当者は、「特定の民族を排除する差別的な名称なのに、国や自治体が 毅然(きぜん) とした態度を示さなければ、差別を助長することになる」と話す。
昨年6月、島根県選管にある政治団体が名称変更を届け出た。新しい団体名は県内自治体の首長の実名を挙げ、「職員の飲酒運転をもみ消した」と非難する内容だった。代表者の森谷 公昭(まさあき) 氏(69)は、「特定の団体を攻撃するような名称の政治団体があることを知り、ヒントにした」と語る。
森谷氏は同月、新しい政治団体名で他県の市長選に出馬。落選に終わったが、選挙期間中にネットメディアの番組に出演したところ、自身のユーチューブチャンネルの登録者数がたちまち10倍に急増したという。
森谷氏は「政治団体は誰でも作れるし、他人を中傷するような団体名でも選管にとがめられることはない」と話し、こう言い切る。「過激な政治団体名で注目を集めようとする候補者は今後も現れるだろう」