「パパ」と慕われた叔父が法廷で語ったこと 6歳女児をコンクリ詰め、保身と葛藤の18年

飯森憲幸被告

大阪府八尾市の集合住宅で昨年2月、約18年間にわたってコンクリート詰めにされた岩本玲奈さん=死亡当時(6)=の遺体が見つかった事件で、傷害致死と死体遺棄の罪に問われた叔父の飯森憲幸被告(42)に対する判決が13日午後、大阪地裁で言い渡される。玲奈さんはなぜ死亡し、被告は遺体発見までどのように過ごしてきたのか。被告人質問では事件の全貌が語られた。

<速報>暴行死させた6歳めいを18年間コンクリ詰め、叔父に懲役8年判決 大阪地裁

「かわいいなと思った」

「『こんにちは』と言ったら人見知りなのか母親の後ろに隠れて、かわいいなと思った」。3月2~3日に2回にわたって行われた被告人質問。髪を丸刈りにし大柄な体にスーツを着込んで出廷した被告は、めいの玲奈さんの第一印象をこう述べた。証言台では背筋を伸ばして座り、小さな声で淡々と質問に答えていった。

平成12年に生まれた玲奈さんは、14年ごろから被告の異母姉にあたる母親とともに八尾市の祖父宅で暮らし始めた。しかし母親は借金の取り立てに追われ、16年ごろに1人で家を出て住み込みで働くように。被告は玲奈さんと祖父にあたる自身の父親が2人で暮らす家を頻繁に訪れ、いつしか玲奈さんに「パパ」と慕われるようになった。

弁護人「父親が玲奈さんの世話をしていた」

被告「父は家事ができない。玲奈は痩せていき、父は手を上げることが増えていた」

弁護人「父親から『面倒を見れないからお前がみろ』といわれた」

被告「『無職やから無理や』と断ったが、『みんながついているからお前が見ろ』と。施設にもいれないといった」

弁護人「最終的には引き取った」

被告「『おじいちゃん嫌や。パパと住みたい』と玲奈がいったので」

字を教えたり釣りに連れて行ったり…

18年9月ごろ、当時23歳だった被告は、交際していた柴田朱里被告(37)=死体遺棄罪で公判中=と暮らしていた大阪市平野区の自宅に玲奈さんを引き取った。中学校にもほとんど行かず、漢字の読み書きもできなかった。定職には就かず、親族の生活保護費をあてにしていた。

そんな被告だが、玲奈さんには字を教えたり、釣りなどの遊びに連れて行ったりしてかわいがった。

弁護人「その後、思いは変わっていった」

被告「しんどくなった」

弁護人「なぜ」

被告「玲奈が噓をつき、食器をひっくり返し、言うことも聞かない。暴力を振るうようになってしまった」

弁護人「(18年12月~19年1月の)事件当日も」

被告「説教をしてたたいた後、玲奈がふてくされて態度がおちょくっているようにみえた。そこからは加減ができず、腹を踏みつけたり蹴ったりしていると、悲鳴を上げて息をしなくなった」

怒りをコントロールできない性格だったのに加え、子育てや親族の介護といったストレスもあった。玲奈さんは数カ月後には小学校に入学する年齢だったが、父親が「玲奈さんがいなくなった」という虚偽の説明をしたことから八尾市は玲奈さんの住民票をすでに削除していた。このため、手続きの案内などが届かない状況になっており、被告は「小学校の準備ができていない」と悩んでいた。これらが合わさり、「爆発してしまった」という。

弁護人「その後、どうしたのか」

被告「遺体と一緒に寝て、翌日父に相談すると『捕まるのが嫌だから出頭するな』といわれた。『遺体を処理せえ』といわれたが、埋めたりばらにしたりは嫌だと伝えると、父が『それならコンクリで固めよう』と」

弁護人「コンクリート詰めにした遺体を入れた衣装ケースはどうしたのか」

被告「半年に一度は掃除したり、手を合わせたりしていた」

玲奈さんの母親からは養育費も

「学がなく手続きが苦手」だからと、行政や周囲に頼ることなく、父親にいわれるままに行動していた被告。続く検察側の質問では、玲奈さんの母親が、家を出た後も玲奈さんのことを気にかけていたことも明らかになった。

検察官「玲奈さんの母親が家を出て2~3カ月後から、会ったときにお金をもらっていた」

被告「お金や玲奈への服や物を預かっていた」

検察官「2~3カ月に一度、少なくとも28万円で多いときは80万円」

被告「そういうこともあった」

検察官「玲奈さんが亡くなってからも受け取っていた」

被告「はい」

検察官「亡くなったことはいっていなかった」

被告「はい」

養育費などの意味合いで母親から受け取る現金は25年以降、数万円に減ったが、母親が仕事を辞める30年まで続き、被告はこれを自身の生活費として使っていた。被告によると、母親は遺体発見が報道されるまで、玲奈さんが亡くなったことを知らなかったという。

検察官「母親から玲奈さんに会いたいという話は出なかったのか」

被告「(出たが)父が『会わすな』といっていたので『会わされへん』と伝えていた」

検察官「母親は理由を聞かなかったか」

被告「聞かなかった」

検察官「写真がほしいといわれたことは」

被告「『渡されへん』と言った。その時には死んでいたので」

弁護人「現金はどういう気持ちで受け取っていたのか」

被告「だまし取っていると思い、つらかった」

弁護人「ではなぜ使ったのか」

被告「生きていくため」

「本当のことを伝えたい」

被告は転居する際にも遺体を入れた衣装ケースを持ち運んでいたが、最後は放置。管理会社が大阪府警に連絡したことで事件は発覚した。

「警察から連絡が来たら話そうと思っていた。しんどくなっていた」。被告は遺体を放置した理由をこう説明し、「玲奈に申し訳ない。玲奈のために本当のことを伝えたい」と述べた。被告人質問では最後に裁判所側が質問した。

裁判員「遺体を処分するつもりはあったのか」

被告「なかった」

裁判長「父親が亡くなったら出頭するつもりだったのか」

被告「『(父が)死んだら出頭しろ』といわれていたが、それまでには捕まると思っていた」

裁判長「時効の制度について調べたことは」

被告「ない」

裁判長「この20年間、どこでどうすればよかったと思っているか」

被告「事件直後に出頭しておけばよかった」

裁判長「ほかにいいたいことは」

被告「ありません」

裁判の争点は量刑。検察側は玲奈さんの命が尽きるまで暴行を続け、「亡くなった後も尊厳を害した」として懲役12年を求刑した。一方で弁護側は、犯行の動機や経緯を酌んだ量刑判断をすべきだと訴え、懲役4年以下の判決が妥当だと主張している。(永井大輔、喜田あゆみ)

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