30年前に高市氏「反省なんかしておりません」戦後世代と帝国の戦争
「戦後80年」だった昨年、メディアは盛んに大日本帝国の戦争について報道した。
「戦後81年」以降は、戦争体験者への取材が困難になっていることもあり、報道は激減してゆくだろう。
しかし体験者や遺族の喪失感、亡くなった人を悼む気持ちはメディアにとっての「節目」が終わっても続く。
2月28日。東京都慰霊堂(墨田区横網)で「東京大空襲81年 第20回朝鮮人犠牲者追悼会」が営まれた。
1945年3月10日、米軍による無差別爆撃で、およそ10万人が虐殺された。歴史教科書に記され、広く知られているだろう。
一方、犠牲者の中に多くの朝鮮人が含まれていたことは、さほど知られていないのではないか。
「植民地支配がなければ…」
私は4年前にこの追悼会を知り、参加した。その後、空襲体験者や遺族の証言、先行研究などからさまざまなことを学んだ。
犠牲者は、追悼会を主催する「東京大空襲朝鮮人犠牲者を追悼する会」が氏名を把握しているだけで188人。1万人以上との研究もある。
実数の特定は困難だが、東京には41年末時点で朝鮮人10万4156人が暮らし、後に空襲で壊滅的な被害を受ける本所・深川地区に2万人、荒川・城東地区に3万人がいた(朝鮮銀行の調査)ことから考えると、死者は相当な人数に及ぶだろう。
追悼する会は「犠牲者の尊厳を回復するために」と、氏名を特定するための史料調査やフィールドワークを進めている。
「日本の植民地支配がなければ、亡くならなかった人たちです」
今年の追悼会の後、調査に参加している若い学生が私にそう話した。
第二次世界大戦では、日本人だけでも300万人以上が亡くなった。
あの戦争は今日に至るまで、「対等」とは到底言えない日米関係など、国際社会における日本の地位にも大きく関わってきた。「日本史上最大の事件」であり、負の遺産を広く長く深く残している。
二度とそんなことがないように、世代が変わっても省みて、体験と記憶を継承していかなければならない。
しかし、そうした「反省」は容易ではない。
「村山談話」の舞台裏
94年6月、社会党と自民党、新党さきがけの連立政権が誕生した。
3党は「過去の戦争を反省し、未来の平和への決意を表明する」国会決議の採択を目指すことで合意した。
しかし内容を確定する作業は難航した。
社会党とさきがけが近隣諸国への「侵略」や「植民地支配」…