30年前に高市氏「反省なんかしておりません」戦後世代と帝国の戦争

衆院予算委員会で村山富市首相(当時)に初質問する高市早苗氏=1994年10月12日、高市氏のホームページより

 「戦後80年」だった昨年、メディアは盛んに大日本帝国の戦争について報道した。

 「戦後81年」以降は、戦争体験者への取材が困難になっていることもあり、報道は激減してゆくだろう。

 しかし体験者や遺族の喪失感、亡くなった人を悼む気持ちはメディアにとっての「節目」が終わっても続く。

 2月28日。東京都慰霊堂(墨田区横網)で「東京大空襲81年 第20回朝鮮人犠牲者追悼会」が営まれた。

 1945年3月10日、米軍による無差別爆撃で、およそ10万人が虐殺された。歴史教科書に記され、広く知られているだろう。

 一方、犠牲者の中に多くの朝鮮人が含まれていたことは、さほど知られていないのではないか。

「植民地支配がなければ…」

 私は4年前にこの追悼会を知り、参加した。その後、空襲体験者や遺族の証言、先行研究などからさまざまなことを学んだ。

 犠牲者は、追悼会を主催する「東京大空襲朝鮮人犠牲者を追悼する会」が氏名を把握しているだけで188人。1万人以上との研究もある。

 実数の特定は困難だが、東京には41年末時点で朝鮮人10万4156人が暮らし、後に空襲で壊滅的な被害を受ける本所・深川地区に2万人、荒川・城東地区に3万人がいた(朝鮮銀行の調査)ことから考えると、死者は相当な人数に及ぶだろう。

 追悼する会は「犠牲者の尊厳を回復するために」と、氏名を特定するための史料調査やフィールドワークを進めている。

 「日本の植民地支配がなければ、亡くならなかった人たちです」

 今年の追悼会の後、調査に参加している若い学生が私にそう話した。

 第二次世界大戦では、日本人だけでも300万人以上が亡くなった。

 あの戦争は今日に至るまで、「対等」とは到底言えない日米関係など、国際社会における日本の地位にも大きく関わってきた。「日本史上最大の事件」であり、負の遺産を広く長く深く残している。

 二度とそんなことがないように、世代が変わっても省みて、体験と記憶を継承していかなければならない。

 しかし、そうした「反省」は容易ではない。

「村山談話」の舞台裏

 94年6月、社会党と自民党、新党さきがけの連立政権が誕生した。

 3党は「過去の戦争を反省し、未来の平和への決意を表明する」国会決議の採択を目指すことで合意した。

 しかし内容を確定する作業は難航した。

 社会党とさきがけが近隣諸国への「侵略」や「植民地支配」…

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