ハンバーガーとスパイ疑惑 市民をとりこにした市長が残したものとは

毎日新聞 2025/4/16 05:30(最終更新 4/16 05:30) 有料記事 2199文字
フィリピン・バンバン市のアリス・グオ前市長=フェイスブックより

 「マクドナルドができたときは、まるで夢みたいだった」

 フィリピン北部ルソン島のバンバン市。田んぼが広がるのどかな地方都市で、今も語り草になっているのが、前市長のアリス・グオ氏だ。

 違法なオンラインカジノの運営に関わったとして逮捕され、中国のスパイ疑惑まで浮上した。それでも、彼女を慕う声は絶えない。

 <主な内容> ・「マクドナルドが来た町」のヒロイン ・違法カジノと特殊詐欺の拠点 ・その拠点、実は軍事基地のすぐそば <関連記事>

 闇に隠れた「ゆがんだ世界」 中国系カジノがもたらした安全保障危機

変貌した町、隠された素顔

 市庁舎の屋上には、彼女が掲げたスローガンが残っている。

 「Asenso Garantisado(発展を約束する)」

 このフレーズを柱に、グオ氏は2022年の市長選に当選。養豚ビジネスで成功した実業家というふれこみで、政界に進出した。

 選挙戦で公表していた年齢は35歳。イメージカラーはピンクで、バンバン市初の女性市長として市民の期待を集めた。

 「市庁舎のそばにジョリビー(フィリピンの人気ファストフード店)ができて、ついにはマクドナルドまで来た。地元でハンバーガーが食べられるなんて、本当に夢のようだった」

 そう話すのは、大学生のジョーさん(20)。

 市場で働くマエさん(42)も振り返る。

 「祭りが開かれるようになって、町に活気が出た。たしかに彼女のタガログ語は少し変だったけど、結果を出してくれたし……。また出馬すれば投票すると思う」

 しかし――。

 その「功績」の裏には、もう一つの顔があった。

フィリピン人ではなかった市長

 24年3月、市庁舎のすぐそばで、中国系犯罪組織が運営するオンラインカジノ「POGO」の違法拠点が摘発された。実際はロマンス詐欺や特殊詐欺の温床だった。

 監禁され、強制的に働かされていた外国人ら約700人が保護され、そのうち約200人は中国人だった。

 東京ドーム2個分に相当する約10ヘクタールの敷地には、30棟以上のビルが建ち並び、まるで一つの町のようだった。スポーツジムやカフェ、スーパー、理髪店までそろい、豪邸に住む「ボス」はゴルフカートで移動していたという。

 この施設の運営に深く関わっていたのが、当時の市長、グオ氏だった。運営組織は既にオンラインカジノのライセンスが失効していたにもかかわらず、グオ氏は営業を黙認し、その見返りを受け取っていたとされる。

 グオ氏の資産は約1億7800万ペソ(約4億4500万円)にのぼり、施設がある敷地の一部は彼女の所有だった。多額の電気代も、グオ氏が負担していた。

 この摘発をきっかけに、グオ氏の素性に疑問の目が向けられた。

 捜査の結果、彼女の指紋は、03年に中国からフィリピンに移住した「郭華萍(グオ・ホアピン)」という人物と一致した。

 フィリピン人ではなく、中国出身だった――。

 入国後、不正な手続きを通じて出生届を取得した彼女。実際より4歳上の「アリス・グオ」として生きるようになり、ついに政界に進出した。

 なぜ素性を隠していたのか?

 なぜ巨額の資産を持っていたのか?

 疑問は深まり、中国共産党の工作員ではないかという臆測が広がった。

 「彼女には、政策を実行する力と親しみやすさがあった。その存在が、POGOの実態を巧みに…

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