北陸新幹線敦賀~新大阪間延伸の争点、費用と便益はどちらが大切か
国土交通省が北陸新幹線の敦賀~新大阪間について、新たな費用便益比を試算したと報じられた。自民党(自由民主党)と維新(日本維新の会)の連立政権発足を受け、「与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム(与党PT)」に加わった維新が8ルートの再検討を求めていた。
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北陸新幹線の延伸で再検討する8案(2025年12月20日掲載の本誌記事より再掲)
朝日新聞電子版6月18日付「北陸新幹線、費用対効果で波紋 新試算が自民後押し?」にて、再試算した「敦賀~新大阪間」の費用便益比は以下の通りとされている。
- (1)小浜・京都ルート 「0.5」
- (2)亀岡ルート 「0.6」
- (3)米原ルート(直通) 「0.7」
- (4)米原ルート(乗換え) 「1.0」
- (5)湖西ルート(新設) 「0.3」
- (6)湖西ルート(在来線活用) 「0.5」
- (7)舞鶴ルート(京都経由) 「0.3」
- (8)舞鶴ルート(亀岡経由) 「0.4」
(1)の小浜・京都ルートは、京都駅の位置によって南北ルート、桂川駅ルートに分かれるが、試算結果は同じとのこと。8ルートの中で、「1.0」を満たすルートは(4)の「米原駅で東海道新幹線に乗り換えるルート」だった。米原ルートを推したい維新にとって納得の結果といえる。
ただし、国土交通省は新たに東京~新大阪間も試算した。敦賀~新大阪間の役割はこの区間だけでなく、北陸3県をはじめ、長野県、群馬県、埼玉県と京阪神を結ぶ役割もある。朝日新聞電子版によると、東京~新大阪間の費用便益比は以下の通りだったという。
- (1)小浜・京都ルート 「1.1」
- (2)亀岡ルート 「1.0」
- (3)米原ルート(直通) 「1.0」
- (4)米原ルート(乗換え) 「1.0」
- (5)湖西ルート(新設) 「1.0」
- (6)湖西ルート(在来線活用) 「1.0」
- (7)舞鶴ルート(京都経由) 「1.0」
- (8)舞鶴ルート(亀岡経由) 「1.0」
(1)の小浜・京都ルートが「1.1」とわずかに上回り、他の案は「1.0」だった。どのルートを選んでも「1.0」を満たしている中で、小浜・京都ルートが優位に見える。これは国会の質疑で自民党が示した「北陸新幹線全体の収益を生かして整備を進める」との見解にも沿っているが、与党PTとしては求めていないデータを出されたことになる。米原ルートを推したい維新としては不本意だろう。与党PTのうち、自民党は2016年に決定した小浜・京都ルートを堅持したい。一方、維新は再検討の結果、米原ルートにしたい。どちらも自らの主張を裏づけるデータとして受け止めているように見える。
費用便益比だけで決まるわけではない
福井テレビWeb版が6月19日に配信した「北陸新幹線延伸ルート絞り込みまで1カ月 費用対効果の“新指標”に維新が異論 『首長の話を聞かないとルート決定に至らない』」によると、与党整備検討員会の委員長を務める自民党の西田昌司氏は、「そこ(費用便益比)が決定ポイントではなく、大事なのは他の要素で滋賀県知事やJRが要らないと言っていること」と述べたとのこと。一方、維新の前原誠司氏は、「一体評価では1を上回っているが個別では下回っていることについて首長の話を聞かないと、ルートを決めるには至らない」と語った。
つまり、今回の国土交通省による試算は、「どのルートを選んでも、とらえ方によって1.0以上になりますよ」ということを示したにすぎない。
費用便益比「1.0」以上はルート決定にあたって合格ラインのひとつでしかなく、ルートの優劣は他の要素も検討される。費用便益比「1.0」をクリアしているのであれば、乗換えを少なくしたほうが楽。費用便益比が高くても乗換えが必要なら、その便益は「利用者に乗換えを強いた結果」である。費用便益比が高くても、沿線の人々に不利益を強いるなら、建設にあたっての合意形成はできない。
そもそも費用便益比とは一体何か。費用は建設費で、便益は新幹線がある場合とない場合に利用者・JR・社会が受ける便益の合計とされている。利用者の便益は「移動時間短縮」で得られた時間、「迂回解消」で得られた交通費用の減少を加味する。JRの便益は「収益の改善」を加味する。基本はこの3点で、範囲を広げて乗換えの有無、混雑緩和による快適性向上、社会に対するCO2排出量低減、車やバスから乗客が転移した場合の有害排出物低減、交通事故の減少なども加味する場合がある。
つまり、費用便益比は利用する新幹線区間の移動について計算しており、環境問題を加味する場合もある。ただし、新幹線開業による観光客の増加、沿線のホテルや飲食店などの収入、企業の誘致といった「経済効果」は加味されない。沿線地域の活性化や、国策で必要な駅または都市のために、費用便益比が低くても整備新幹線が建設されるかもしれない。
実際に、京都~新大阪間は費用便益比「1.08」の北回りルートではなく、費用便益比「1.05」の松井山手ルートが選ばれた。既存の鉄道と接続し、ネットワークが充実することと、松井山手駅周辺の地域開発の潜在力が加味された。こうした事情により、西田氏と前原氏の「費用便益比がすべてではない」という趣旨の発言につながった。
費用便益比以外の争点とは
北陸新幹線の敦賀~京都間については、2016年に小浜・京都ルートで決着。2017年に京都~松井山手~新大阪のルートが決定した。2024年末に詳細なルートを決定し、早ければ2025年に着工する見通しだった。しかし京都駅付近のルートが決まらず、関係自治体の合意を得られないまま時が過ぎた。そこで、くすぶっていた米原ルート案が再び取り沙汰された。2026年の衆院選後、日本維新の会が与党に加わると、米原ルートを含めた8案の検討が始まった。
米原ルートを推す人々が上げた利点は「工期が早い」「建設費が少ない」などだったが、「工期」の中に着工までの合意形成が含まれず、小浜・京都ルートで進んでいる環境影響調査も未着手だった。通過自治体の滋賀県は、「新幹線を求めていない」と表明しており、JR西日本は2016年決定の小浜・京都ルートを支持する考えを変えていない。JR東海も北陸新幹線の米原~新大阪間乗入れは不可能という立場を示している。3者とも記者会見で北陸新幹線延伸を問われるたびに、同じ回答を繰り返している。
小浜・京都ルートと米原ルートについて、費用便益比以外の争点は「工期」「合意形成」「京都地下水問題」「自治体の費用負担問題」に絞られる。これらのうち、「工期」は着工条件がそろうまでの期間を入れると米原ルートが不利になる。「京都地下水問題」については、今年3月に鉄道・運輸機構が「影響は軽微」「シールド工法を採用すれば、水位や水質への影響は予測されない」との調査結果を示している。
残る要素は「合意形成」と「自治体の費用負担問題」に絞られる。米原ルートで滋賀県、小浜・京都ルートであれば京都府の理解が得られるかという問題である。
筆者は、米原ルートについて滋賀県が合意する可能性は低いと考える。米原ルートを推す議論では、滋賀県や米原市にもたらすメリットの説明が十分でないように思う。「北陸のために、日本の国土発展のために米原接続が必要」と説得すれば、滋賀県も話し合いに応じるかもしれない。米原の地名を何度も出す割には、米原市を大切に思っていないように感じる。
京都府との合意形成について、京都府は小浜・京都ルートを支持している。あとの問題は費用負担に絞られたと言っていい。ほぼ全区間となるため建設費は大きい。京都府にとって、北陸各県と乗換えなしで移動できる利点がどれだけあるか。その価値を理解したとても、負担する費用とバランスが取れているか。
そこから先は政治的な交渉になる。京都府の負担分を下げるために、整備新幹線の地域負担の枠組みを変える必要がある。変えられないのであれば、負担軽減に値する他の手当が必要。真偽は不明だが、関係者から「函館市が新函館北斗駅に納得した理由は、国や道が函館市に代替支援策を提示したから」と聞いたことがある。あるいは東京~新大阪間の費用便益比を出したことで、北陸3県や長野県、東京都まで追加負担に応じられるか。
京阪神と北陸地方には歴史的な物流の歴史がある。両者にとって北陸新幹線の全線開通は大きな意味を持つ。しかし、立ち止まっている間に建設費は高騰し、政策金利の上昇を受けて社会割引率も上がる。人口減少によって便益の算定要素も低くなる。慎重な議論も大切だが、対話のスピードを上げないと、どのルートを選択しても費用便益比が「1.0」を下回りかねない。議論のブレーキを踏み続ける人々の責任は重い。