「消費税がなければ楽なのに」 社会の“底辺”を経験した女性の問い

財務省の解体を訴えるデモ参加者たち=東京都千代田区で2025年4月4日午後7時10分、川口峻撮影

 消費税が、参院選の大きな争点になっている。物価高対策として野党は廃止や5%への引き下げを訴えるが、与党は「社会保障の財源」であることを理由に消費減税に否定的だ。ただ、7月の飲食料品の値上げは2000品目を超え、夏場は電気代もかさむ。「消費税がなければ、少しは生活が楽になるのに……」。人生で社会の「底辺」を経験したという女性が、ため息をついた。

モデルなど職転々「社会の底辺」実感した女性

 東京都心から急行電車で約20分。5月下旬、埼玉県所沢市の中心部で「消費税廃止」を掲げるれいわ新選組のデモ行進があった。

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 トラックに積んだスピーカーからアップテンポなダンスミュージックが流れてくる。

 「今すぐ減税」「とっとと減税」――。山本太郎代表がマイクで呼び掛けると、約80人の参加者が拳を上げる。政治活動というより「音楽フェス」のようだ。

消費税廃止を掲げるれいわ新選組のデモ行進に参加する田代叶さん(中央)=埼玉県所沢市で2025年5月23日午後5時56分、田中裕之撮影

 参加者の中に、小学5年生の一人娘を連れた田代叶(かなえ)さん(52)の姿があった。

 新潟県出身で地元の大学に通い、学生時代はレースクイーンのアルバイトで1回3万円のギャラをもらったこともある。

 大学を卒業した1990年代半ばは「就職氷河期」のまっただ中だった。

 バブル経済がはじけた後、新卒採用が落ち込んだ93~2004年ごろに就職活動をした世代は就職氷河期世代と呼ばれ、全国に1700万~2000万人いるといわれる。現在の40、50代で、総人口の6分の1を占める。

 田代さんも就職先が見つからず、首都圏に居を移した。芸能界に職を求め、東京都内の小さなモデル事務所に入った。

 しかし、業界関係者からたびたび夜の会合での接待を迫られ、心身が疲れ果てて事務所を辞めた。その後も、木材補修の職人やバスツアーの添乗員など職を転々とした。

参院選が公示され、街頭演説をする候補者=東京都新宿区で2025年7月3日正午、内藤絵美撮影

 42歳で娘を出産した頃には収入が途絶え、生活保護を受けたこともある。「自分はヒエラルキーの底辺にいるんだなと思い知らされた」と振り返る。

世帯年収300万円「貧乏でも」一票の力信じ

 田代さんは今、障害者施設の非正規職員として働きながら所沢市内で暮らす。

ミュージシャンの夫とあわせ、世帯年収は「300万円に届かないくらい」だ。決して楽ではない生活に、この数年続く値上げラッシュがのしかかる。

 帝国データバンクによると、7月の飲食料品の値上げは2105品目となり、前年同月の5倍。調味料や菓子など広範囲にわたる。

 田代さんは最近、壊れたパソコンを買い替えた。そんな時、消費税の高さを実感する。「大きな買い物をすればするほど、余計にお金がかかってくる。消費税がなければ少しは楽になるのに」

 田代さんが消費税や、国の財政について考えるきっかけになった本がある。

 今年1月に亡くなるまで、所沢市で暮らした経済アナリスト・森永卓郎さんの著書「ザイム真理教 それは信者8000万人の巨大カルト」だ。

財務省解体デモに詰めかける人たち=東京都千代田区で2025年1月31日午前10時28分、杉山雄飛撮影

 森永さんは同著で「生活が厳しくなる一方の日本国民に、財政の真実を知ってもらい、財政均衡主義からの脱却が、国民生活を改善するために絶対に必要だということを理解してほしい」と訴えている。

 消費税が社会保障のために使われていることは、田代さんも頭では理解している。それでも、苦しい生活のなかでは、ただの負担だと感じる。

 デモに参加するのは「貧乏人でも1票を持って国を変えることができる」と信じるからだ。

支持政党問わず拡大 怒りの「財務省解体」デモ 

 消費税の廃止や減税を訴えるのは、れいわにとどまらない。

 立憲民主党と日本維新の会は期間を限った上で食料品の税率ゼロを掲げ、共産党は緊急的な5%への引き下げと将来的な廃止を目指す。国民民主党は賃上げが持続するまで5%への引き下げを主張する。

参院選立候補者の出陣式で第一声に臨む自民党の石破茂総裁=神戸市中央区で2025年7月3日午前10時23分、大西岳彦撮影

 参政党は消費税の段階的な廃止、社民党と日本保守党は食料品の税率ゼロを訴える。

 つまり、与党の自民、公明両党を除く全ての国政政党が減税や廃止を打ち出している異例の状況だ。

 「減税を渋り、生活を苦しめる財務省は国民の敵だ」。昨年末ごろから東京・霞が関で広がり始めた「財務省解体」を求めるデモ。今年4月には全国14カ所で開催が呼びかけられ、財務省前の参加者は200人を超えた。

 参加者の支持政党は国民民主やれいわ、参政など多岐にわたり、「左か右か」というイデオロギーを問わない。そのうねりは低所得者だけでなく、中間層にも広がる。

 6月上旬、デモに参加した50代の男性会社員は自らを「中間層だ」とし、「以前、日本の中間層の生活は安定していたのに、雇用のシステムが壊されて非正規社員ばかりになった」と訴えた。

 将来への不安が怒りのマグマとなり、財務省や与党に向かっている。

「給付金か、消費減税か」参院選で論戦過熱

消費税の税収推移

 「消費税ってなんですか。医療であり年金であり、介護であり、子育てであり、そのための貴重な財源、それが消費税です。その財源を傷つけるようなことがあってはならない」

 参院選が公示された3日、自民党総裁の石破茂首相は神戸市内で第一声を上げ、野党が訴える消費減税を批判した。自民が打ち出す1人2万~4万円の給付金について「今年中には生活が苦しい方々にお金が行き渡るようにする」とメリットを訴えた。

 これに対し、立憲の野田佳彦代表は同日、宮崎県国富町での第一声で食料品の消費税ゼロを訴え、「赤字国債は発行しません。財源はしっかりと提示しています。責任ある減税を果たしていきたい」と支持を呼び掛けた。

 消費税が導入されたのは元号が昭和から平成に変わった89年のことだ。3%でスタートし、社会保障の充実などを理由に段階的に引き上げられてきた。

消費増税法の成立を受け、記者会見する当時の野田佳彦首相=首相官邸で2012年8月10日午後6時49分、岩下幸一郎撮影

 10%への引き上げは旧民主党の野田政権下の12年、旧民主、自民、公明3党が「税と社会保障の一体改革」で合意。当時の野田内閣は、消費税収について「全て国民に還元し、社会保障財源化する」と閣議決定した。

 国の25年度予算で、医療、年金、介護、子育ての社会保障4分野の歳出額は34兆円。このうち約20兆円は消費税収が財源となっている。

問われる財源 英国では大型減税策で通貨急落

 減税推進派は減税しても消費が喚起されて経済成長につながり、将来的には税収が増えるため財政に影響しない、などと主張する。

 だが、もくろみ通りに税収が増えなければ国債や円に対する信認が低下し、金利の上昇や過度な円安で急激なインフレを招くリスクもある。

 英国では、22年9月に発足したトラス政権が5年間で約450億ポンド(約9兆円)に上る減税プランを発表。財政悪化の懸念から通貨ポンドが急落し、トラス首相は辞任に追い込まれた。

消費税減税を巡る各党のスタンス

 旧民主党政権で内閣官房社会保障改革担当室長を務め、一体改革の事務局を務めた中村秀一氏は「消費税を引き下げれば社会保障の財源に穴が開く。他に増税をしなければ、国債への依存度を高めるしかない」と指摘。野党の中には政府基金の取り崩しなどを財源に充てる意見があるが、中村氏は「国の無駄なお金の使い方を見直すにしても限界がある」と懐疑的だ。

 国の「借金」に当たる国債の発行残高は、25年度末に1129兆円に達する見通しで、国際的に見ても日本の財政状況は悪い。

 国際通貨基金(IMF)によると、政府が保有する金融資産を差し引いた純債務残高の対国内総生産(GDP)の割合は、23年時点で136%。主要7カ国(G7)の中で最も高い。

 国債の最大の買い手である日銀は金融政策の正常化に向け、国債の買い入れを減らしていく考えを示している。中村氏は「今後も財政の穴埋めは国債にいくらでも頼っても大丈夫だとは言えない」と警鐘を鳴らす。【田中裕之】

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