「斎藤氏はまっすぐな人」 期待を抱えて初当選、高まっていった不満 [兵庫県]:朝日新聞

 2021年の年明け。神戸・元町の兵庫県庁からほど近い飲食店の個室で、複数の自民党県議が、ある男性と席を囲んでいた。

 男性は、総務省からの出向で大阪府の財政課長を務めていた斎藤元彦氏。

 斎藤氏は県議たちに「兵庫県はポテンシャルがあるのに生かせていない」「震災後、悪化した財政状況を何とかしないといけない」「若者世代への施策がきちんとできているのか」などと語った。

兵庫県知事選の立候補会見に臨む斎藤元彦氏=2021年3月31日午後1時44分、兵庫県庁、武田遼撮影

 斎藤氏は神戸市出身。後に本人が会見などで明かしたところによると、「元彦」の名は1962~70年に兵庫県知事を務めた故・金井元彦氏にあやかってつけられた。祖父は神戸市内でケミカルシューズ工場を営んでいて、阪神・淡路大震災で被災。「いつかは兵庫県のために働きたい」と総務官僚になっていた。

 県議の一人は「第一印象は気さくな人。そして、今の県政の問題点を的確に当てている」と感嘆した。

「もっと若くていいやつがおるやろ」

 半年後の2021年夏に兵庫県知事選が予定されていた。5期目の井戸敏三知事は引退を表明。県議会最大の自民会派は20年末、当時64歳の金沢和夫副知事に立候補を要請することを決めていた。

 冒頭の会食に出席した県議によると、会食の前に、一部の自民県議が国会議員に呼び出されていた。そこで「もっと若くていいやつがおるやろ」と紹介されたのが、当時43歳の斎藤氏だった。この県議らが「ええ男や」と同僚の県議たちに斎藤氏を引き合わせていた。

 21年3月、自民会派44人のうち11人が会派に退団届を出し、斎藤氏に知事選への立候補を要請した。続いて、日本維新の会の県組織・兵庫維新の会の県議からも要請を受け、斎藤氏は立候補を決断した。

兵庫県議会の自民党会派を離脱した県議たちから知事選への立候補要請書を受け取った斎藤元彦氏(左手前)=2021年3月25日午後6時4分、神戸市中央区下山手通4丁目の県民会館、武田遼撮影

 自民県連は、副知事を辞職して立候補を表明した金沢氏の推薦を党本部に求めると決めたが、党本部は県連決定を覆し、日本維新の会とともに斎藤氏を推薦することとした。

 自民は知事選に「分裂選挙」で臨むことになった。

 5期20年で引退を表明した井戸氏は、自身の下で11年間副知事を務めた金沢氏の支援を表明した。自民県議の多くも金沢氏を後押しした。

 斎藤氏は街頭で「副知事が知事に就く禅譲型の県政を刷新する。20年続く県政で、しがらみでやめられない事業はいっぱいあるはずだ」と訴えた。

斎藤元彦知事らの疑惑を告発した文書を契機に、兵庫県政の混乱が続いています。問題が複雑化する過程で、知事は失職・再選し、告発者や元県議は亡くなりました。一連の問題の経緯を関係者の証言などで振り返ります。文中の肩書は当時のものです。

 民意は「県政刷新」を選んだ。

 新顔5人による争いで、斎藤氏は85万票余りを獲得し、次点の金沢氏に25万票差をつけて初当選した。

兵庫県知事選で初当選を確実にし、「頑張ろう」と拳を突き上げる斎藤元彦氏ら=2021年7月18日午後8時8分、神戸市中央区、白井伸洋撮影

 ある県幹部は「斎藤氏はまっすぐな人だと感じた。『硬直化している』と言われている今の県政を変えてくれるかもしれない」と期待した。

 斎藤氏は就任式で、大勢の職員を前に「知事にお伺いを立てず、自立して仕事を進めてほしい」と訓示した。

 就任会見では、県政刷新を進める知事直轄の組織として「新県政推進室」を新設すると発表した。

 さらに、県産業労働部長などを経て県信用保証協会理事長を務めていた片山安孝氏を副知事に起用する人事案を決めた。

兵庫県議会の百条委員会の証人尋問に応じる片山安孝前副知事=2024年12月25日午後、神戸市中央区の兵庫県庁、代表撮影

 片山氏と新県政推進室の室長や次長ら計4人は、13年に総務省から宮城県に出向して市町村課長を務めていた斎藤氏と知り合うなどし、知事就任前から交流があった。

 斎藤氏は4人を通じて職員に指示することが多く、4人は庁内で「4人組」と呼ばれるようになる。

 新県政推進室は23年3月末で「役割を終えた」として廃止された。それと入れ替わるように、同年4月には幹部とのコミュニケーションにチャットが導入された。斎藤氏は4人組をはじめとする側近たちに、休日・深夜を問わずチャットで細かな指示を飛ばすようになった。

 県幹部の一人は「一部の側近と政策を決める『密室県政』になっているという不満が庁内で高まっていった」という。

就任3年目を迎え、記者会見する斎藤元彦知事。この時は「攻めの県政」を掲げた=2023年8月1日、兵庫県庁、鈴木春香撮影

 斎藤氏は、県議会の自民会派とも緊張関係にあった。

 21年知事選の「分裂選挙」を機に二つに分かれていた自民会派は、23年の県議選で自民が議席を大きく減らした後、再び一つに戻った。それでも、会派内にはしこりが残っていた。

 斎藤氏は主要施策の一つ「県立大学の授業料無償化」を23年夏に発表し、24年2月にこれを含む予算案を議会に提出した。これに対し、自民会派の一部の県議らは「議会への事前の根回しがなかった」などと反発した。

 ベテラン県議の一人は「前の知事は当選回数が同じ県議を集めて食事をしながら意見交換する機会を設けてくれた。議会への事前説明もあった」といい、こう明かした。「斎藤知事に『けったくそ(腹立たしい)』という思いはあった」

県立大無償化を含む当初予算案を審査した県議会予算特別委員会で、自民会派は県側に「議会との丁寧な議論」を求める付帯決議を提案したが、賛成少数で否決された=2024年3月14日、兵庫県庁

 24年3月、斎藤氏のパワハラ贈答品の受け取りなど「七つの疑惑」を記した文書が、県議や報道機関など10カ所に匿名で届いた。文書はこの直後から県議らの間で共有され、しばらくして県幹部にも伝わっていた。

 当時、取材に応じた県幹部の多くは、文書の内容について「ほとんど事実ではないのではないか」と懐疑的だった。

 一方で、ある幹部はこう言った。

 「知事のパワハラだけは別やで」

混沌(こんとん) 兵庫県内部告発文書問題

 県議会の不信任決議を受けて知事を失職した斎藤氏が再選された知事選の投開票日から、17日で1年。県が設置した第三者調査委員会の結論を斎藤氏が受け入れないなど、県政は今も「混沌(こんとん)」としています。

 第三者委と県議会調査特別委員会(百条委員会)の資料や関係者の証言をもとに、経緯をたどります。文中の肩書は当時のものです。

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この記事を書いた人

島脇健史
神戸総局|選挙・震災担当
専門・関心分野
地方行政・選挙、気象・災害、地域医療

2024年3月、兵庫県の斎藤元彦知事らがパワハラ疑惑などを内部告発されました。告発への知事の対応をめぐって県議会と対立しましたが、出直し選挙では斎藤知事が再選を果たしました。最新ニュースをお伝えします。[もっと見る]

連載混沌 兵庫県内部告発文書問題(全12回)

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