日銀総裁会見:識者はこうみる

 10月30日、日銀の植田和男総裁は、金融政策決定会合後の記者会見で、経済・物価見通しが実現する確度は少しずつ高まっているとする一方、政策調整に向けては来年の春闘に向けた動きなどもう少しデータをみたいと語った。都内で撮影(2025年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

[30日 ロイター] - 日銀の植田和男総裁は30日、金融政策決定会合後の記者会見で、経済・物価見通しが実現する確度は少しずつ高まっているとする一方、政策調整に向けては来年の春闘に向けた動きなどもう少しデータをみたいと語った。

市場関係者に見方を聞いた。

◎12月短観で利上げ判断、賃上げ最重視

<BNPパリバ証券 チーフエコノミスト 河野龍太郎氏>

日銀が今いちばん重視しているのは、企業が来年3月にきちんと賃上げできるかということ。5%ぐらいの賃上げを実現するというのは、企業業績がそこそこ維持されているか、労働需給のひっ迫が続いているか、企業が高めの物価上昇を見通しているかということになる。短観から判断できる内容であり、12月短観を見て決めるのではないかと思う。あまり先送りすれば、また円安が進むリスクがあり、家計に悪影響を及ぼす。

植田和男総裁は会見で慎重な姿勢を強調しようとしなかった。植田氏は利上げを見送ったときにいつもきちんと理由を説明するため、結果的に慎重に見えてしまう。そのことを、ようやく理解したのかもしれない。

政治はできれば利上げしたくないが円安も嫌がる。利上げがまだまだできないとなると円安リスクがある。そうなることを防ぐため、株高が続いている限り、政府は利上げを容認するのではないか。

◎利上げは1月、為替動向を注視

<三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ債券ストラテジスト 六車治美氏>

少し前までは、10月利上げ確率が7割近くまで上がったが、その後、自民党総裁選後に2割になった。今日の会見で総裁は見通しの確度は以前より上がっていると言っていたが、何が足りないのかという問いには「春闘」と答えて、我々にとってはまたかというデジャブな感覚だ。

新首相が高市氏ではなく小泉氏でも、新政権の発足と日銀会合が非常に接近しすぎており、外交日程も非常にタイトで、難しかったと思う。

我々の見通しは変わらず、利上げのメーンシナリオは来年1月で、今日の展望リポートや総裁会見を踏まえると、それは変えなくてよさそうだ。次の利上げに向けて注視すべきは為替ではないか。

153円60銭まで来た為替の水準だけをみると去年と比べて、それほど円安とは言えないかもしれないが、世の中的には、円安が進むと大変だという雰囲気になる。そうすると、ベセント氏のように日銀の適切な金融政策・利上げ判断を求める声が大きくなり、高市氏も背中を押されて容認せざるを得ない、となるのではないか。

◎利上げ時期に慎重な発言、GDPや短観で見極め

<三菱UFJリサーチ&コンサルティング 主席研究員 小林真一郎氏>

会見では、従来からの利上げ継続の方針を確認した上で、次の利上げのタイミングが12月なのか、来年1月か3月かは「条件が揃えば」ということで、慎重な発言に終始した。

米国関税の日本経済への影響は引き続きリスクがあると指摘していたが、利上げのタイミングを見極める上では、まずは7─9月期の実質国内総生産(GDP)のマイナス幅がどの程度になるかが重要となる。さらに、12月半ばに発表される日銀短観で大規模製造業の業況判断の改善が続くようなら、トランプ関税のマイナス影響が思ったよりも小さいという確証がある程度は得られた、と高市政権にも説明することができる。

指標が比較的堅調で、かつマーケットが利上げを織り込めれば、12月の会合で利上げを実施するだろう。「より慎重に」ということなら、春闘の動向を確認するということで、12月よりもむしろ来年1月会合での利上げとなるだろう。

◎利上げでも円高一時的、ドルは年末153.50円

<三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト 植野大作氏>

過度にハト派的な感じはしなかったが、市場の一部でもう少し早めの時期に利上げに前向きな発言があると期待する向きがいたのだろう。利上げへ市場と日銀で見ている方向性は同じだが、市場の一部が期待する適切な修正ペースと、日銀の執行部の考えるペースで感覚に温度差があるのではないか。

春闘の初動のモメンタムとの発言だが、年明けには雰囲気が分かってくる。初動ということは1-3月期中には利上げを行うつもりなのだろう。12月会合に利上げしても不思議ではないが、総裁会見では言質を与えなかった。会見で円売りが進んだのは、まだそれほど煮え切らないのかという市場の受け止めからだろう。

今後については、米国もパウエル連邦準備理事会(FRB)議長が利下げを行わないと言ったわけではなく、12月には利下げを行うとみている。市場も織り込み済みで追加的なドル売りにはつながらないと考える。日銀が利上げを年末か年明けに実施しても、実質金利は米国がプラス、日本は先進国では最も深いマイナスの状態を脱し切れておらず、状況は変わらない。一時的なドル安/円高騒動は起きても、賞味期限が短く、基調としてのドル高/円安圧力は止まらない。

年末の動向次第ではあるものの、ドルが年末に153.50円、年度末に154円という予想は変えていない。

◎ヒント乏しい、資産バブルが日銀の視界に

<第一生命経済研究所 主任エコノミスト 藤代宏一氏>

次の追加利上げに関するヒントはあまり出てこなかった。市場は引き続き、12月か来年1月のタイミングを見極めながらになるのではないか。

質疑では株価に関する質問があった。日経平均が最高値水準での推移となっていることや、日銀が展望リポート(経済・物価情勢の展望)で株などのリスクについて初めて言及したことが影響しているだろう。植田総裁は特段目立った見解は述べなかったが、資産バブルが日銀の視界に入り始めたことは間違いないとみている。

◎12月利上げは厳しい印象、3月の可能性も

<関西みらい銀行 ストラテジスト 石田 武氏>

利上げの方向にあることは間違いないが、12月かというと、大分厳しくなったような気がする。「来年の春闘の最初の動きを見たい」ということを繰り返し、はっきり述べており、来年3月になる可能性も意識せざるを得ない。もちろん1月の支店長会議やさくらリポートで最初の動きがある程度見えて利上げということもあり得るが、12月は無理ではないか。年末までに出てくる材料はあまり無い。

植田総裁の気持ちとしては(利上げに向けてまだ)盛り上がっていない印象だ。日銀の中には田村委員、高田委員はじめ、そろそろ利上げをと思っているメンバーもいると思うので、今後どの意見が多数派になるか次第ではあるが、もし総裁1人で決めるならば春でもいいとの考えかもしれないと感じた。

円債市場に関しては、日銀の方向性が利上げであることは間違いないので、ここからの金利低下余地は大きいわけではない。また昨日のFOMC(米公開市場委員会)を受けて海外金利が上がっている中、日本の金利だけが(逆行して)下がっていく展開も見込みづらい。

当行では従来、10月利上げを予想していたが、それを最近諦めて次は12月かと思っていたところ、(本日出た)展望リポートも12月利上げを示唆するほど強気ではなかったし、記者会見のトーン的にも、違うかという気がしている。総裁はもちろん明言しないが、やはり高市首相のことも気になっているのではないか。

ただし、もしドル円がこのまま160円に上昇してしまうことがあれば、日銀も12月利上げに動かざるを得ないだろう。

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