太陽まで数億回往復する長さの糸、その正体は足元に潜む菌類 炭素の量は全人類の4~6倍
「菌類」と聞くと、壁に生えるカビや、腐った丸太に生えてくる肉質のものや、スーパーで売られているキノコなどを思い浮かべるかもしれない。しかし、菌類の生命活動のほとんどは、私たちの目の届かない場所で繰り広げられている。
いわゆるキノコは菌類の子実体と呼ばれる部分で、本体は土の中にある菌糸体だ。菌糸体は、菌糸と呼ばれる糸状の構造の集合体で、菌類のなかには植物の根と結びついてネットワークを形成し、植物の成長に必要な栄養素を供給するものもいる。2026年6月11日付けで学術誌「サイエンス」に発表された論文で、こうした菌糸ネットワークの広がりの定量化が試みられ、科学者たちは、特定の種類の菌類が最も多く見られる場所の世界地図を初めて作成した。 科学者たちはまた、機械学習モデルと1万6000本の土壌コアの証拠を用いて、地球上のアーバスキュラー菌根菌のネットワークに含まれる炭素の量が300メガトンに達することも突き止めた。これは、地球上の全人類の体に含まれる炭素の量の4~6倍に相当する。このネットワークを構成する微細な菌糸の「指」の総延長は、地球~太陽間を数億回往復できるほど長い。「これは、植物を孤立した生物と見なす思い込みに正面から疑問を投げかけ、生物が目に見えない無数の相互作用に組み込まれていることを改めて考えさせる発見です」と、オランダ、アムステルダム自由大学の進化生物学者で、論文の最終著者であるトビー・キアーズ氏は語る。「地中ネットワーク保全協会(SPUN)」の事務局長も務めているキアーズ氏は、こうした菌類のホットスポットがある場所を把握し、保全することが、気候変動の抑制にもつながる可能性があると考えている。
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アーバスキュラー菌根菌はこれほど重要であるにもかかわらず、科学者たちはこれまで、この菌類が土壌中で占めている質量も、取り込んでいる炭素の量も知らなかった。「土壌中で菌類が成長する様子を見るのは難しいのです」と、米ウィスコンシン大学マディソン校の菌類学者でナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)のアン・プリングル氏は言う。なお、氏は今回の研究には参加していない。 そこでSPUNは、土壌中の菌類を観察するための技術を開発してきた。キアーズ氏とスチュワート氏らは、これまでに発表された研究から、地球上のほとんどの生態系から採取された1万6000本以上の土壌コアのデータを集め、菌糸の密度を予測する機械学習モデルをつくった。 続いて、以前の研究で開発した画像撮影ロボットを使い、実験室のペトリ皿や植木鉢の中の30万本以上の菌糸を撮影して太さを測り、これらのデータを組み合わせて地球上のあらゆる生態系におけるアーバスキュラー菌根菌のバイオマス(生物量)を推定した。 こうして得られた菌類の推定量は、途方もない量だった。 科学者たちの推定によると、地表からわずか15センチメートルの表層の土壌だけでも、1立方センチメートルあたり約4.4メートルの菌糸が詰まっているという。これは、菌類が共生する植物の細根の長さの50倍に相当する。すべての菌糸をつなぎ合わせた長さは11京キロメートルになり、地球~太陽間を数億回往復できる長さだ。 ただし、残念ながら、あなたの足元の土をすくい上げても、菌糸ネットワークを見ることはできない。
「菌類財団(Fungi Foundation)」の事務局長でナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーである野外菌類学者のジュリアナ・フルチ氏は、今回の研究には関与していないが、「菌糸は非常に細いので、肉眼では見分けることはできないのです」と言う。「けれども菌糸は、私たちが『土』と見るすべてのものに絡み合っています」
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菌類の量は地域によって異なっている。最も密度の高いネットワークが見られたのは、チベット高原のステップのような乾燥した草原と、米フロリダ州のエバーグレーズや南スーダンのスッド湿地のような定期的に冠水する草原だった。 こうした草原地帯だけで、世界の菌糸バイオマスの40%を占めていた。フルチ氏は言う。「草原はただの雑草だらけの土地だと思われがちです。けれども草原は非常に古く、非常に多様性に富んでいることもあるのです」 プリングル氏は、40%という数字になった原因の一部は、科学者たちが今回測定した菌糸ネットワークの種類にあると言う。「樹木はアーバスキュラー菌根菌と共生することもありますが、多くの樹木は、根の細胞の中に入らない外生菌根菌と共生しています」 つまり、植物がさまざまな種類の菌類と共生関係を築いている場所では、菌類の質量はさらに大きくなる可能性があるということだ。 プリングル氏は、今回のような研究は「他の菌類グループについてのさらなる研究への足掛かりとなる可能性があります」と言う。「今後何をすべきかを示すロードマップのようなものになり得ます」 今回の研究からは、農業が菌糸ネットワークを損なっていることも明らかになった。農地の土壌では、アーバスキュラー菌根菌のネットワークの密度が非農地に比べて50%近く低かった。「地球規模で見ると、農業によってこれらのネットワークの密度が低下していることが分かります」とスチュワート氏は言う。その原因としては、耕起によって地中の菌糸が破壊されることや、肥料を与えられた植物は栄養をアーバスキュラー菌根菌に依存する度合いが低くなることなどが考えられる。 スチュワート氏は、先住民の農法や不耕起栽培や有機農業などにより土壌中の菌類バイオマスの一部を保全できる可能性があると考えている。 なお、この研究の地図には不確実な地域も含まれている。土壌のサンプルが少ない生態系では、推定の幅が大きくなる。また、サハラ砂漠やグリーンランドなどのように、植物がほとんど育たない場所は解析の対象から外されている。
「これは、この種の研究に常に付きまとう限界です」と、スウェーデンのウメオ大学でリモートセンシングを用いて生態系を研究しているマティアス・シーベルト氏は言う。氏は今回の研究には関与していないが、「私たちはどこでも無制限にサンプルを採取できるわけではないので、いくつかの基本的な仮定を立てざるを得ません」
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土壌中の菌類の総量は、単なる生物量以上の意味を持つ。菌類が植物から受け取った炭素の一部は、菌糸が死んだ後も土壌に残るからだ。 キアーズ氏らが参加した2023年の研究では、1年に二酸化炭素約40億トン分に相当する炭素が植物からアーバスキュラー菌根菌に供給されると推定された。これは、2021年に化石燃料から排出された二酸化炭素の約11%に当たる。 キアーズ氏によると、菌糸は土壌の構造を形成する役割も担っているという。「菌類は、他の土壌生物のための生息地を作る存在なのです」と氏は言う。地球の生物多様性の約59%は地中にある。ミミズ、昆虫、線虫など、多くの生物が太陽の光を浴びることなく地中で繁栄しているのだ。 これは、菌類が豊富な自然の草原が農地に転換されることで、草よりもはるかに多くのものが失われ、地球温暖化の原因となる二酸化炭素がより多く大気中に残留することになる可能性があることを意味する。 SPUNの研究者たちの最終的な目標は、菌類の多様性が高く量も多い生態系に、法的に保護された区域を設けることにある。 プリングル氏は今回の研究について、「非常に興味深く、多くの情報を提供するものです」と称賛する。「その多くが、かなり大きな知識の空白を埋めてくれました」 フルチ氏は、地中の菌糸ネットワークについての理解を深めることは、生態系の保全に対する私たちのアプローチや理解を根本から変える可能性があると言う。
「彼らは地中にある地球の循環器系なのです。私たちは、菌根の循環器系を見ずに、地球の病気を診断したり、治療したり、治癒させたりすることはできないことに気づきはじめているのです」