宇宙へ行くなら心技体…「飛行士講座」想像超える難度
アポロ計画で人類が初めて月面に着陸してから半世紀余り。日本人の宇宙飛行士は10人以上誕生し、民間人も宇宙旅行を体験できる時代になった。宇宙や星に強い憧れを抱く私も、いつか宇宙にゆけるだろうか。飛行士試験対策に詳しい「宇宙キャスター」の榎本麗美さん(41)に、飛行士を目指す心構えなどを教わった。(笹本貴子)
人類、再び月面へ
船外活動をイメージした「ミッション」に挑戦する笹本記者(中央)(14日、東京都千代田区で)=冨田大介撮影米国が主導する「アルテミス計画」では、2027年頃に人類が再び月面に降りる構想が掲げられる。将来は1000人が月に暮らすとの予想もある。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は22~23年、同計画に参加する飛行士の選抜試験を行った。榎本さんは受験希望者を対象にした講座を開講し、受講者2人が、4127人の応募者中50人の「セミファイナリスト」となった。10月には、著書「めざせ!未来の宇宙飛行士」も発売された。
12月中旬、榎本さんを東京・大手町の読売新聞に招き、1日限定の「宇宙飛行士講座」を開いてもらった。宇宙好きの小学生6人にも参加してもらった。
技術はどんどん進化…大切なのは「心」
榎本さんはまず、飛行士に必要な素質として「心技体」を挙げた。具体的には、困難な業務でも諦めずに遂行する「心」、手先の器用さや語学力といった「技」、そして、健康で運動能力の高い「体」だ。
特に大事なのが「心」だ。遠隔操作ロボットや宇宙船の進化で、「技」や「体」で求められるレベルは下がりつつあるためだ。実際、欧州宇宙機関(ESA)では、身体に障害のある人を飛行士に採用する「パラアストロノート」というプログラムも始動したそうだ。
「心技体の重要さを学ぶため、簡単なゲームで飛行士気分を味わいましょう」
そう言うと榎本さんは、ゴム手袋と軍手を計3枚重ね、指の関節を動きにくくするように指示。厚紙製の大きめのヘルメットをかぶり、ペットボトルの蓋を開ける「ミッション」のほか、月面の石に見立てたスーパーボールの採取にも挑戦した。
やってみると、普段なら簡単な動作一つ一つが想像以上に困難で、もどかしいほどに時間がかかる。開けた蓋やボールは、手からこぼれ落ちそうだった。
JAXAによると、実際の飛行士の船外活動は、10層以上の素材を重ねた宇宙服を着用して行う。ヘルメットのあご部分が視界を遮るため、手首につけた鏡を見ながら、長い時で8時間近く作業するそうだ。
なぜ宇宙に行きたいのか…問われる「表現力」
榎本さんによると、選抜試験でJAXAが重視したのが「表現力」。月や火星などに行った感想を心に響く表現で伝えるためだ。「なぜ宇宙に行きたいのかをはっきりと具体的に伝えることが大事になります」
取り出したのは「宇宙飛行士宣言チャート」なる用紙。飛行士として〈1〉どこで何をしたいか〈2〉理由〈3〉地球の人に何を伝えたいか――などを記す。記者は「地球に似た太陽系外惑星に行き、生き物の有無や景色を新聞記事で伝え、読者に宇宙に目を向けてもらいたい」と記入した。整理することで、「新聞記者飛行士」の夢が明確になった気がする。
子どもたちも「銀河系の外に行き、天の川銀河の写真を撮りたい」「水星の地面の物質を研究したい」などの夢を書き込んでいた。
「忙しい日々も訓練」、人助け・ゴミ掃除心がけ大切
榎本さんの著書「めざせ!未来の宇宙飛行士」宇宙飛行士を目指すため、暮らしの中でどんな心がけや訓練が必要なのか。最後に助言してもらった。
「困っている人を助ける」「ゴミを放置しない」「スポーツでチームワークを鍛える」。子育てと仕事に追われる記者には「忙しくて大変な時こそ、『マルチタスク』への対応力を鍛える訓練だと思いましょう」。
「え、そんなことでいいの」と意外な印象を受けるが、榎本さんは「行動や判断に迷った時、自分が飛行士だったらどんな行動をとるかという『宇宙飛行士マインド』を意識してみましょう。日々の積み重ねが、飛行士への道につながるのです」と力を込める。
なるほど、「宇宙飛行士マインド」は、前向きで充実した日々を過ごすヒントにもなりそうだ。
JAXA試験、応募者は最多
JAXAが2022~23年に行った6回目となる宇宙飛行士選抜試験は、学歴や身長などの要件が大幅に緩和され、過去最多の応募があった。
選抜試験は、書類選抜から第0次~3次の計5段階に分けて行われた。閉鎖された空間で長期間過ごす試験、米航空宇宙局(NASA)関係者との面接などで、元世界銀行上級防災専門官の諏訪理さん(47)と医師の米田あゆさん(29)が選ばれた。
2人は昨年、正式にJAXAに入社。語学や航空機の操縦などの基礎訓練を受け、今年10月に宇宙飛行士として正式に認定された。宇宙飛行士は今後、約5年ごとに募集される予定だ。