皮膚細胞から培養したミニ神経回路モデルで、痛み伝達の感覚回路を世界初再現!
およそ2cmほどのこの小さな物体は、皮膚から脊髄、そして脳へといたる神経ネットワークのミニチュアモデルだ。
アメリカ、スタンフォード大学の研究チームは、400万個の人間の皮膚細胞を使って、人間の体の構造に似た「オルガノイド」を作製。これをつなぎ合わせることで、人間の神経回路を再現した画期的な「感覚アセンブロイド」を開発した
その目的は、痛みの伝達を細胞レベルで再現することで、痛みの謎を解明することだ。
痛みはどのように脳へ伝えられ、どのように痛みとして感じられるのか? 科学者は今、これを人間の細胞から作られた生体モデルで直接観察できるようになったのだ。
この研究は『Nature』(2025年4月9日付)に掲載された。
世界で初めて作られた痛みシグナルを伝える生体モデルは、「感覚アセンブロイド(sensory assembloid:組み立てられたオルガノイド)」と呼ばれている。
人間の皮膚細胞を再プログラムして「iPS細胞」を作り、これを人体の臓器や組織のミニチュアへと培養したものを「オルガノイド」という。
これはごく小さな組織でしかないが、それでも本物と同じよう機能するため、肝臓などの臓器の仕組みや病気の治療法を研究するうえで強力なツールとなる。
感覚アセンブロイドもまた、人間の神経細胞を再現したオルガイドだ。だが、ただのオルガノイドではなく、複数種類のオルガノイドが連結されている。
「後根神経節」「脊髄」「視床」「体性感覚皮質」、これら痛みを伝える主要な神経回路のパーツを再現した4種のオルガノイドを隣り合わせで育て、1つの回路へと融合させたのが、今回の感覚アセンブロイドだ。
この画像を大きなサイズで見るStanford Medicineこれは正式には「上行性伝導路」と呼ばれる回路を模したもので、この回路は、人体では触覚・温度・痛みなどの皮膚や筋肉で検出された情報を脳に伝える大切な役割がある。
今回のスタンフォード大学の神経科学者、セルジウ・パスカ教授をはじめとする研究チームは、この感覚アセンブロイドを唐辛子の辛み成分「カプサイシン」で刺激し、痛みが脳に伝えられる様子をリアルタイムで観察することに成功している。
それは単体の神経細胞では決して見ることができないものだったという。
痛みのシグナルはただ通過するだけでなく、リズムのある同期パターンが現れたのだ。これは単体の神経オルガノイドには発生しないもので、実際の脳が感覚情報をこのように組織的に処理していることを示しいている。
パスカ教授は、「1つにつなげられた4種のオルガノイドでなければ、このような波状同期には気づけなかったでしょう」と、ニュースリリースで語る。
同教授によれば、「脳は単なる部品の寄せ集めではない」のだという。
日本では、成人の22.5%が慢性痛を抱えているという。
これだけ大勢の人が痛みに悩まされているにもかかわらず、そのメカニズムは医学上の大きな謎の1つだ。
動物の痛覚神経回路が人間のものとは異なるうえに、人体で直接痛みを調べることも倫理的に問題がある。そのため、なかなか研究が進まないのである。
だからこそ、今回の感覚アセンブロイドは期待されているのだ。
すでにこれを利用することで、痛みを抑えるための有望な標的も確認されている。それは感覚ニューロンに発現する「Nav1.7」というナトリウムチャネルだ。
これに関連する「SCN9A遺伝子」の変異は、痛覚過敏や無痛症を引き起こすことが知られている。
そこでパスカ教授らが痛覚を過敏にするNav1.7を感覚アセンブロイドに組み込んだところ、ニューロンの発火頻度が増加することが観察されたという。
反対に、この機能を完全に抑えてしまうと、ニューロンは発火するが、痛みシグナルがうまく伝達されなくなることも確認された。
これは痛みが一点における神経細胞の発火ではなく、回路全体がシンクロすることで生じることを示唆しているという。
このように、神経ネットワーク全体の働きを観察できるところが、感覚アセンブロイドが革新的である所以だ。
ただし今回の感覚アセンブロイドは完全なものではない。扁桃体のような、痛みに感情を絡める脳領域が欠如しており、発達段階も胎児のそれに近い。
それでもその可能性は大きい。製薬会社はこれを利用することで、鎮痛薬の開発や薬物が感覚認識に与える副作用を評価することができる。
またパスカ教授らは今、脳内のフィードバックループをモデル化したより高度なアセンブロイドに取り組んでおり、これを用いて自閉症やトゥレット症候群と関連する遺伝子の研究も進めているそうだ。
References: By re-creating neural pathway in dish, Stanford Medicine research may speed pain treatment / Human assembloid model of the ascending neural sensory pathway
本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに重要なポイントを抽出し、独自の視点で編集したものです。