米労働統計局長を解任、「政治的理由で統計を操作した」とトランプ氏 関税政策で米市場が下落する中

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画像説明, 記者団に応じるトランプ米大統領(1日、ワシントン)

アメリカのドナルド・トランプ大統領は1日、労働統計局 (BLS)のトップをを解任すると発表した。労働統計局は、アメリカで特に注目される数々の経済統計の公表を担当する。労働統計局がこのほど予想を下回る雇用統計を公表したことを受け、トランプ氏が進める関税政策への懸念が高まっていた。

トランプ氏は自分のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」で、解任した労働統計局のエリカ・マッケンターファー局長について、政治的な理由で雇用統計を操作したと非難した。証拠は示さなかった。

この決定はニューヨークの株式市場に衝撃を与えた。トランプ氏が世界各国からの輸入品に対する関税を大幅に引き上げる計画を推進し、世界の株式市場の動揺を招く中、労働統計局長の解任が発表された。このため、ホワイトハウスが経済統計に干渉していると、懸念が強まっている

アメリカでは三つの主要株価指数が下落し、S&P500種は1.6%安で取引を終えた。欧州とアジアの市場でも株価が下落した。

経済調査会社「オックスフォード・エコノミクス」のアメリカ担当首席エコノミスト、ライアン・スウィート氏は、質の高い経済データは企業にとって不可欠で、民間の情報源はその代りにならないと指摘。労働統計局長の解任に懸念を示した。

スウィート氏は、「とても悪い方向への一歩なのは明らか」だと指摘し、「データの信頼性が疑問視されるようになれば(中略)多くの問題を引き起こすことになる」と述べた。

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画像説明, 米ニューヨーク証券取引所(NYSE)のトレーダー(7月30日)

トランプ氏は、アメリカの製造業を活性化させ、国際貿易のバランスを是正するとして、自身の関税政策への懸念を一蹴している。

しかし、今週発表された新しい統計や、関税をめぐるコストについて企業から相次いで報告が上がっていることから、こうした予測をますます無視できない状況になっている。

労働統計局が1日に発表した7月の米雇用統計によると、就業者数は前月比7万3000人増にとどまった。さらに、5月と6月の就業者数の増加幅を当初発表から25万人減と、大幅に下方修正した。

トランプ氏はこうした修正を根拠に、マッケンターファー氏の解任を発表した。

「我々には正確な雇用統計が必要だ。私は、このバイデン前政権の政治任用者を即刻解任するよう、自分のチームに指示した」と、トランプ氏は投稿した。

労働統計局を監督する労働省のトップは、マッケンターファー氏の後任が決まるまでの間、労働統計局のウィリアム・ウィアトロウスキー副局長が職務を引き継ぐと発表した。

労働省は、コメントを求めた取材に即座には応じていない。

労働統計局は毎月、最新データに基づいて雇用統計を修正しており、通常は数万人単位で増減する。

今月の修正幅は通常より大きかったものの、雇用の減速を示すほかのデータと一致していると、複数のアナリストは指摘している。

一部では、今回の修正には、中小企業への関税の影響が反映された可能性があるとの見方もある。関税の影響を特に受けやすい中小企業は、調査への反応が遅れることがよくある。

「修正はいつものこと」だと、前出のスウィート氏は述べた。「彼らは正確な数値を出そうとしている」。

マッケンターファー氏は2023年、労働統計局のトップに任命された。それ以前は、20年以上にわたり政府職員として働いていた。同氏の人事は、米上院でほぼ全会一致で承認された。

右派シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」の経済政策部門ディレクター、マイケル・ストレイン氏は、マッケンターファー氏は「非常に誠実に」職務を遂行してきたと擁護した。

「政府統計には偏りがなく最高の品質のものだと、政策決定者たちが理解することが不可欠だ。その信頼性に疑問を投げかけることで、大統領はアメリカに損害を与えている」と、ストレイン氏はソーシャルメディアに投稿した。

シンクタンク「ピーターソン国際経済研究所」のシニアフェロー、ジェド・コルコ氏は、今回の解任は、きわめて深刻に懸念されると指摘した。政府は最近、支出削減を行う中で、インフレに関するものなど経済データの収集作業を縮小している。

「私はこの6カ月間、わざとデータを損なう行動よりも、何かの巻き添えになってデータが損なわれることの方が、経済指標にとって危険性が高いと言い続けた。しかし今や違う。労働統計局のトップを解任するとは、アメリカの経済データや統計システム全体の信頼性をわざと損なう、非常に危険な行為だ」と、ストレイン氏は投稿した。

トランプ氏は、労働統計局長のポストには「我々が信頼できる人物」を配置しなければならず、マッケンターファー氏の解任は必要だったと主張した。

トランプ氏は1日、ホワイトハウスを離れる際に記者団に対し、「数字をいったい誰が信じると言うんだ」と述べた。「あの数字はいんちきだと、私は思っている。選挙の前もそうだったし、ほかの時もそうだった。だから私は彼女を解任した。私が何をしたと思う? 正しいことをしたんだ」。

データをめぐる対立は、トランプ氏が貿易政策を再構築し、世界各国からの輸入品に10%~50%の新たな関税を課す中で起きている。

トランプ氏が4月に同様の計画を打ち出した際には、米株式市場は1週間で10%以上下落し、為替や債券市場にも懸念が広がった。

その後、トランプ氏が最も厳しい関税措置の一部を一時停止し、より影響の少ない10%の関税が適用されたことで、市場は回復した。ここ数週間の米株価指数は、過去最高水準で推移していた。

最新の関税措置は、4月に提案した内容ほど極端ではないものの、各国からの輸入品に対する関税率は平均17%にまで引き上げられるとみられる。年初の2.5%未満から、大幅な引き上げとなる。

「市場がすぐに回復したことで、トランプ氏は自信を深めた」と、フリー・マーケッツETF(上場投資信託)のポートフォリオ・マネジャー、マイケル・ゲイド氏はBBC番組で話した。「今度はもう一度、賭けに出るつもりだろう」。

米株式市場は1日朝から下落し、午後にかけて下落幅が拡大した。S&P500種は1.6%安、ダウ平均株価は1.2%安、ナスダック指数は2.2%安で取引を終えた。

フランスのCAC40指数は2.9%、ドイツのDAX指数は2.6%、イギリスのFTSE指数は0.7%と、それぞれ値を下げた。

アジアでは、韓国の主要指数が3.8%下落したほか、香港のハンセン指数が1%安、日本の日経平均株価は0.6%下げた。

雇用統計の発表を受け、トランプ氏は中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長にも攻撃の矛先を向けた。トランプ氏はかねて、景気浮揚のための金利引き下げに対応するのが遅すぎると、パウエル氏を非難している。

パウエル氏は、経済全体の金利に影響を与える政策金利を決定する、連邦公開市場委員会(FOMC)を率いている。FOMCでは12人の委員が投票権を持つ。

FOMC委員の一人、アドリアナ・クーグラー氏は1日、来年1月末の任期満了を前に辞任すると発表した。これにより、トランプ氏は新委員を任命する機会を得ることとなった。

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