〈解説〉世界最古の火おこしの証拠を発見、40万年前、ホモ・サピエンスではなかった(ナショナル ジオグラフィック日本版)
このほど考古学者たちが、意図的な火おこしに関する最古の証拠である可能性のある痕跡を発見し、2025年12月10日付けで学術誌「ネイチャー」に論文を発表した。今から約40万年前に、初期のネアンデルタール人の集団が、この場所の火床で意図的かつ反復的に火をおこしていたことが示唆される。 ギャラリー:発見された黄鉄鉱と燧石など、世界最古の火おこしの証拠 写真4点 英国サフォーク州バーナム村のイーストファーム遺跡での最近の発掘調査により、赤く変色したシルト層や、熱による損傷を受けた燧石(ひうちいし)製の手斧、さらに燧石と打ち合わせて火花を飛ばすのに使われた可能性のある黄鉄鉱という鉱物の破片が発見された。 「私たちは36年以上にわたりこのエリアで現地調査と地質研究を行ってきましたが、それまで黄鉄鉱を見つけたことはありませんでした」と、論文の最終著者である大英博物館の考古学者ニック・アシュトン氏は語る。「そして今回、熱による損傷を受けた手斧や焼けた堆積物と一緒に、初めて黄鉄鉱を見つけたというわけです」 明確な証拠が複数あることは強力な裏付けとなるが、自然に発生した火と人間がおこした火の考古学的痕跡は非常によく似ているため、初期人類が意図的に火をおこしたのかどうかを判断するのは難しい。 しかし、今回の発見が正しいならば、人類が最初に火をおこした年代はこれまでの記録より35万年以上も前だったことになり、ネアンデルタール人が初期のホモ・サピエンス(現生人類)とは独立に火を制御していたことを示す証拠がさらに加わることになる。
イーストファーム遺跡はロンドンから北東に約110キロ、バーナム村の近くにある。発見されたのは今から100年以上前で、初期の発掘調査では40万年以上前の前期旧石器時代の石器が見つかっている。 この時代には英国全土がドッガーランドと呼ばれる陸橋でヨーロッパ大陸とつながっていたと推測されている。科学者たちは、この地域では初期人類の集団が狩猟採集生活を送っていたと考えている。 他の遺跡で出土した古代の頭蓋骨の破片は、当時、ネアンデルタール人がそこに居住していた可能性を示唆している。とはいえ研究チームは、黄鉄鉱を使っていたのがホモ・ハイデルベルゲンシス(ハイデルベルク人)だった可能性も否定できないとしている。アシュトン氏は、イーストファーム遺跡は季節的に利用された野営地の跡ではないかと考えている。 近隣の先史時代の遺跡でも初期人類が火を利用していた痕跡が確認されているが、その火が人為的におこされたものか、自然に生じた野火からとったものかは判別できていない(人類が野火からとった火を利用したことを示す証拠は、100万年以上前のホモ・エレクトスの時代までさかのぼれる)。 しかし、イーストファーム遺跡の発掘によって、この地域では初めて、火おこし道具の一部と考えられる黄鉄鉱の破片が発見されたとアシュトン氏は言う。 黄鉄鉱は二硫化鉄からなる鉱物で、その黄金色の輝きから「愚者の金」とも呼ばれる。黄鉄鉱を燧石で強く叩くと明るい火花を生じ、火口(ほくち)に着火させて火をおこせる。アシュトン氏によると、火口には木くずや乾燥させたキノコなどがよく使われていたという。 黄鉄鉱は地中で自然に形成されるが、それが起こるのは通常、イーストファームの地表より数百メートルも下だと、先史時代の火の専門家で、この論文の共著者であるオランダ、ライデン大学のアンドリュー・ソレンセン氏は指摘する。しかし、今回の破片は数十センチの深さで見つかっている。 「この地域では黄鉄鉱を含む露頭(地層や岩石が露出している場所)や鉱床は知られていないので、この破片はヒト族(ホミニン)によって持ち込まれたことになります」と氏は言う。 アシュトン氏は、火床の周辺の堆積物で観察される磁気的な特徴の変化は、そこで何度も火が焚かれたことを示唆していると言う。赤外線分光法でも堆積物が加熱された明確な痕跡が確認されていて、ときに700℃以上になったことが分かっている。 さらに、木材が燃えたときなどに生成する多環芳香族炭化水素(PAH)という物質の痕跡も検出された。アシュトン氏は、「これらの証拠は、ここで燃えていた火が自然に生じたものではないことを裏付けています」と言う。 カナダ、ケベック大学シクティミ校の考古学者で、この論文に関する解説記事を「ネイチャー」に寄稿したセゴレーヌ・バンデベルデ氏は、イーストファームにおける火の制御の証拠には一貫性があると評価する。「この研究が優れている点は、さまざまな分野の専門知識と補完的な手法を効果的に組み合わせた点にあります」 氏はまた、今回の証拠は火おこしの技術が既に広く知られていたことを示唆していると指摘する。「火おこしの能力がこれほど昔までさかのぼれるのであれば、火の制御と日常的な使用はさらに古い時代までさかのぼれると考えられます」