「時間を曲げて」量子コンピューターの演算に利用する理論が発表
まず本文に入る前に、今回の研究は「時間の遅れを使って計算する」「量子場を使って通信する」「重力を計算資源にする」などSFまがいの難解な概念が出てくるため、全体を超ザックリ解説します。
量子ビットを高速で動かすと時間の遅れが発生します。 / Credit:Canva<ザックリ解説>
アインシュタインの相対性理論によると、光に近い速さで移動すると時間の進み方が遅くなります。
この研究ではその仕組みを利用し、量子コンピューターを動かすという驚きのアイデアが提案されています。
従来はレーザーや回路で量子ビット(量子版の情報の最小単位)を操作していましたが、なんと「量子ビットを高速で動かす」だけで同じことができるというのです。
光速に近い速度で動く量子ビットにとっては時間がゆっくり進むため、その量子ビットの状態を自由に変えることができます。
また、量子ビット同士を直接触れさせなくても、見えない量子の場(真空のゆらぎ)を介して、離れた量子ビット同士を不思議な絆(量子もつれ)で結びつけることもできます。
実際、この研究では、真空中に満ちている見えない量子場(フィールド)を“伝書鳩”として利用しました。
真空とはいえ完全に何もない空っぽではなく、見えないエネルギーの場が広がっています。そこで各量子ビットをこの場と相互作用させると、お互いに直接接触しなくても場を介して情報が行き交います。
まるで2人の人が同じ部屋の壁越しに叩いた振動でコミュニケーションを取るようなものです。一人が壁(=場)をトントン叩けば、離れたもう一人にもその振動(=量子のゆらぎ)が伝わります。
こうして量子ビットたちは真空の場を通じて「会話」し始め、離れた者同士が不思議とリンクした状態(量子もつれ)を作り出すことに成功しました。
言い換えれば、真空という見えないトランポリンの上で跳ね合って、お互いの動きを感じ合うように情報を共有したのです。
これにより、2つの量子ビットにまたがる2量子ビットゲート(量子ビット同士の基本的な演算)を実現できました。
従来なら、こうした「ビットのつながり」は互いに近くに配置するか、通信線を介して結合させる必要がありました。
しかし本研究によると、「超スピードでビットを走らせる+量子場を経由する」という方法だけで、離れたビット同士をもつれさせることができるのです。
しかもそれだけではなく、実際に計算の精度も従来型にひけを取らないレベルに達するというから驚きです。
光速近くで走っているのに、騒音や雑音だらけになってしまうのでは……と思いきや、うまくパラメータを調整すればノイズはかなり抑えられると示唆されています。
これがどれほどすごいかというと、量子コンピューターの発想がまるで「SF映画のワンシーン」みたいに広がることです。
地球と人工衛星の間を光速近くで飛び回る量子ビットが、お互いもつれ合い、地球上では考えられない時間感覚で情報を処理する――そんな未来があり得るわけです。
さらに、いずれはブラックホールや重力の強い場所での「一般相対性理論」を組み合わせることで、「重力を使った量子計算」というSFすらも視野に入ってきます。
つまりこの研究は、量子力学×相対性理論という、ふだんは交わりにくい分野を大胆に結びつけ、「実は相対論的な効果を使っても普遍的な量子計算ができるよ」と示した一大チャレンジです。
そう聞くと、どこか絵空事のように思えますが、シミュレーション結果はかなりリアルで、実際に動作しうる可能性を指し示しています。
量子コンピューターは、量子ビット同士の相互作用を利用して従来のコンピューターにはない並列的・高速な演算を可能にする「次世代の計算機」として大きな注目を集めてきました。
一方、アインシュタインの特殊相対性理論では、高速で運動する観測者(あるいは物体)にとって「時間」や「空間」が変化するというユニークな現象が示されています。
通常、量子計算と相対性理論はまったく別の文脈で研究されてきましたが、ここ数年の技術発展により両者を融合する必要性が高まってきたのです。
その背景の一つが、人工衛星などを使った大規模な量子ネットワークの構想です。
宇宙空間を飛ぶ衛星間で量子ビットを送受信するとなれば、否応なしに相対論的な速度(光速に近い移動)を考慮しなければなりません。
「高速で動く量子ビットが、計算にどんな影響を与えるのか」を探求するのは自然な流れと言えるでしょう。
実は、相対論的な環境で量子ビットを扱う「相対論的量子情報」という分野自体は、これまでも小規模な理論研究が行われていました。
例えば、加速運動する量子ビット(Unruh-DeWitt検出器モデル)が真空の量子ゆらぎから粒子を“引き出す”ことで、他のビットと間接的に相互作用を起こす可能性がある、という報告もあります。
しかし大きな問題は、こうした量子場(真空ゆらぎ)由来の相互作用は、同時に大きなノイズを生じやすいことでした。
特に複数の量子ビットを絡めて大規模なアルゴリズムを実行しようとすると、ノイズ管理が非常に難しく、なかなか実用性のある手法へとつながっていなかったのです。
そこで今回の研究チームは「変分量子回路(VQC)」というアプローチに着目しました。
これは、量子回路に含まれるゲート演算のパラメータを連続的に調整し、機械学習的な手法で最適化するというものです。
近年、量子機械学習(QML)の分野で急速に実用例が増えており、ハードウェア・ソフトウェア両面で実績が蓄積されています。
この変分量子回路の枠組みに、“高速で動く量子ビット”を組み込んだ新たな体系を作れないか――そこに研究者たちは可能性を見いだしたのです。
具体的には、量子回路を構成するパラメータを「量子ビットの運動パターン」(どのような軌道で、どのくらいの速度で動かすか)そのものに割り当てるという斬新なアイデアが採用されています。
こうして構築した相対論的量子コンピューターで、代表的なアルゴリズムである量子フーリエ変換(QFT)などを実装し、その可行性をシミュレーションと理論計算の両面から検証したのが今回の研究です。
研究チームは「相対論と量子情報を結ぶ入口として、この新しい計算手法が大きな一歩になる」と期待を込めています。