「ネアンデルタール人」は「獣脂工場」を稼働させていた?(石田雅彦)
今もそうだが、ヒトやその祖先は自然からできる限り資源を得ようとしてきた。狩猟採集生活を送っていたネアンデルタール人もそうだった。オランダのライデン大学などの研究グループは、ネアンデルタールが組織的・合理的な方法で獲物の骨から獣脂を搾り取っていたのではないかという。
狩猟採集生活では、獲物から得られる栄養素は可能な限り活用しなければならない。ヒトやヒトの祖先は獲物の骨髄を抽出し、重要なタンパク源、カロリー源としてきた(※1)。もっとも脂質や脂肪は、シカやウマ、トナカイなどの大型有蹄類のいわゆる赤身にほとんど含まれていないので、脳、内臓、骨髄などから得る必要があった。
大型有蹄類はネアンデルタール人の主な獲物であり、背骨、大腿骨、肋骨などから脂質を得るためには、これらを数時間、煮沸し、表面に浮かび上がってきた上澄みをすくい取ればいい。動物性の栄養素に大きく依存している狩猟採集民にとって、骨は高タンパクで脂質に富んだ重要な栄養素となった(※2)。
こうした作業は、獲物を得る都度、家庭や個々の集団などで行われる場合が多いが、オランダのライデン大学などの研究グループが、12万5000年前とされるドイツのネアンデルタール人遺跡から得た獲物の骨を調べたところ、骨を集めて連続的・組織的に加工していた痕跡があることがわかり、一種の脂肪処理工場のようなものだったのではないかと国際的な学術誌に発表した(※3)。
このノイマルク・ノルド遺跡は、ドイツのベルリンの南西、ライプツィヒの東、約35キロメートルに位置する露天掘りの炭鉱跡だ。中期旧石器時代(約30万年前から5万年前、地域によって差がある)の遺跡とされ、形成された時期には湖畔のような盆地だったと考えられている。
この遺跡からは打製石器や獣骨などが出土し、石器はルヴァロワ技法(材料の石を最終的な形状を目的に順次剥離させて作る技法、大量生産に適する)や非ルヴァロワ技法(単極的剥離石器、ルヴァロワ技法によるものではない工法による石器)などによるものなど多彩であり、獣骨は人為的に屠殺されたり骨髄が採取された痕跡が残っている。
同研究グループは、ノイマルク・ノルド遺跡からシカ、ウマ、ウシの原種であるオーロックスなどの172個体分の大型哺乳類の骨を採取した。そして、堆積状況や骨に残された傷、処理状況などを詳細に分析したところ、これらが湖畔の決まった場所に集中的に運び込まれ、骨が新鮮なうちに打製石器などで粉砕され、加熱(煮沸)されるなどし、こうした作業が長期間、同じ場所で行われていたと結論づけた。
獣骨を粉砕して断片化し、そこから骨髄や獣脂を得ることは、これまでの狩猟採集民についての研究(※4)から明らかと同研究グループは主張する。そして、ノイマルク・ノルド遺跡でこうした獣骨が同じ場所で多数、発見されたことは、ネアンデルタール人が解体した獲物を集中的に特定の場所へ運び、脂肪を得るための作業を労働集約的に行い、貯蔵するなど、計画的に資源管理をしていた可能性を示唆するという。
同研究グループは、今のところ、これらの獣骨が煮沸されていた証拠は得られていないが、同じ場所から木炭や加熱された石器などが大量に発見されており、これまでの研究でネアンデルタール人が実際に食品を煮沸を含む調理して食べていたことがわかっている(※5)と主張する。
ネアンデルタール人が一種の工房、工場のようなものを運営していたのではないかという仮説は以前からある。例えば、シベリアやフランス、ウズベキスタンなどのネアンデルタール人遺跡からは、システマティックな獣骨の加工工場のようなものがあったことを示唆する痕跡が残されている(※6)。
ネアンデルタール人については、その能力を過大評価する傾向がある。今回の調査研究も煮沸された証拠がないなど、獣脂工場とまでは言えないだろう。
ただ、ノイマルク・ノルド遺跡から出た膨大で多様な獣骨は、明らかにネアンデルタール人が集団で計画的に狩りをし、その資源を特定の場所で処理していたことを示す。獲物から得られる栄養素を考えると、高タンパクな脂質を効率的に摂取する何らかの方法を考え出したということができるだろう。
※1-1:John D. Speth, Katherine A. Spielmann, "Energy source, protein metabolism, and hunter-gatherer subsistence strateties" Journal of Anthropological Archaeology, Vol.2, Issue1, 1-31, March, 1983
※1-2:William Rendu, et al., "Neanderthal subsistence at Chez-Pinaud Jonzac (Charente-Maritime, France): A kill site dominated by reindeer remains, but with a horse-laden diet?" Frontiers in Ecology and Evolution, Vol.10, 20, January, 2023
※2:J W. Brink, "Fat Content in Leg Bones of Bison bison, and Applications to Archaeology" Journal of Archaeological Science, Vol.24, Issue3, 259-274, March, 1997
※3:Lutz Kindler, et al., "Large-scale processing of within-bone nutrients by Neanderthals, 125,000 years ago" ScienceAdvances, Vol.11, No.27, 2, July, 2025
※4-1:Landon P. Karr, et al., "A bone grease processing station at the Mitchell Prehistoric Indian Village: Archaeological evidence for the exploitation of bone fats" Environmental Archaeology, Vol.20, Issue1, 1-12, 4. December, 2014
※4-2:Jeanne Marie Geliling, et al., "Deciphering archaeological palimpsests with bone micro-fragments from the Lower Magdalenian of El Miron cave (Cantabria, Spain)" Historical Biology, Vol.30, Issue6, 730-742, 9, October, 2017
※5:Amanda G. Henry, et al., "Microfossils in calculus demonstrate consumption of plants and cooked foods in Neanderthal diets (Shanidar III, Iraq; Spy I and II, Belgium)" PNAS, Vol.108(2), 486-491, 27, December, 2010
※6:Malvina Baumann, et al., "On the Quina side: A Neanderthal bone industry at Chez-Pinaud site, France" PLOS One, doi.org/10.1371/journal.pone.0284081, 14, June, 2023