アダムズ元シン・フェイン党首、BBCによる名誉毀損認められる 殺人事件報道めぐり

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画像説明, BBCによる名誉毀損を認める判決を獲得したシン・フェイン党のジェリー・アダムズ元党首(30日、ダブリン)

アイルランド・ダブリンの裁判所は30日、イギリスのために働いた内通者の殺害をめぐるBBCの2016年報道について、英・北アイルランドのシン・フェイン党のジェリー・アダムズ元党首(76)による名誉毀損(きそん)の訴えを認めた。裁判所はBBCに、10万ユーロ(約1630万円)の賠償金支払いを命じた。

北アイルランドのカトリック政党シン・フェイン党の内部で、イギリス保安局(MI5)および北アイルランド警察の内通者として20年以上活動したデニス・ドナルドソン氏が2006年に殺害された事件について、BBCは2016年にテレビ番組「スポットライト」とそれに付随するオンライン記事で報道した。報道の中では匿名の情報提供者が、アダムズ氏が殺害を容認したと主張した。

アダムズ氏は事件への関与を否定している。同氏は今回の判決後に報道陣を前に、この訴訟を起こしたのは「イギリス放送協会をしつけるため」だったと述べた。

ドナルドソン氏の遺族は30日に声明で、殺人事件に関する公的調査を求めた。さらに、名誉毀損訴訟の間、自分たちの主張が「妨害」されてきたとも述べた。

消息筋によると、訴訟費用は300万~500万ユーロ(約4.9億~8.2億円)とされる。 BBCがこれまで争った訴訟の中でも、特に高額な訴訟の一つだったとみられる。

BBC北アイルランドのアダム・スミス局長は、アダムズ氏の勝訴は「多大」な影響をもたらすと話した。注目を集めたこの裁判での評決は、「表現の自由を損なう可能性がある」と、自社弁護団は警告していたという。

ダブリン高等裁判所での審理は4週間に及び、裁判ではアダムズ氏やBBC北アイルランドのジェニファー・オリアリー記者を含む証人10人が証言した。

陪審員は、番組と付随記事で使われた表現は、アダムズ氏がドナルドソン氏の殺害を容認し承認したことを意味していたと判断した。さらに、BBCの報道が誠実ではなかったともして、損害賠償として10万ユーロの支払いを命じた。

11人で構成された陪審団は、計6時間49分の審議を経て評決に達した。

アダムズ氏は記者団を前に、裁判所に感謝し、裁判中も自分はドナルドソン家のことを「非常に気にかけていた」のだと話した。

「私は本当にたくさんのジャーナリストを知っているし、そのほとんどとはうまくやっていると思いたい。記者の皆さんの幸運を祈っているし、皆さんが職務を遂行する権利を擁護したい」とアダムズ氏は述べた。

「しかし、イギリス放送協会はアイルランドにおいて、イギリス国家の精神を堅持している。それは聖金曜日合意(ベルファスト合意)とは実に多くの点で相いれないと、私は思う」とアダムズ氏は指摘し、「この島で我々が今どういう段階にあるのか、平和と正義と調和、そして願わくば将来的には統一を築くというこの島のプロセス、継続的な過程の一部として我々が今どこにいるのか、それを(BBCは)まだ理解していない」とも述べた。

アダムズ氏の弁護士ポール・ツイード氏は、アダムズ氏が殺人事件に関与したと主張する内容は「全くの虚偽で、名誉毀損に当たる」と述べ、 「BBCスポットライトのチームは、この内容を放送に含めるべきではなかった」と記者団に語った。

「今回の圧倒的な評決と損害賠償命令に(アダムズ氏は)非常に満足しており、(評決と賠償命令の)意味するところは言うまでもない」と ツイード弁護士は言い、「虚偽の言い分が9年間もネット上に放置されていた」という事実が「BBCに期待される高い正確性の基準を、損っていた」と批判した。

「BBCにこのような姿勢を維持するよう、政治的な、あるいは外部からの圧力が果たしてあったのだろうかと、疑問が生じる」とも弁護士は述べた。

BBCは裁判で、公共の関心事について公正かつ合理的に報道する正当性を主張した。

BBC北アイルランドのスミス局長は、評決に落胆したと報道陣に話した。「この番組と付随するオンライン記事について、報道規範を尊重して慎重な編集手続きをいかに尽くしたか、裁判所には十分な証拠を提示したと思っていた」とスミス氏は言い、「法廷で争いたくはなかったが、自分たちの報道を擁護するのは重要で、その判断は堅持する」とも述べた。

「もちろん、これほど重要で、長期間にわたる複雑な裁判には、かなりの費用がかかる」、「他のメディア組織と同様に、BBCは保険に加入しており、進行中および予想される訴訟に備えて財政的な措置をとっている」とも、局長は説明した。

BBC北アイルランドの番組「スポットライト」のジェニファー・オリアリー記者は、「BBCのジャーナリズムを守る」ために尽力した法務チームと、BBCのため法廷で証言した人たちに感謝した。

「私は証言台で、隠すことは何もなく、守るべき情報源だけがあると述べた。その人たちが私を信頼してくれたことに感謝したい」と、記者は話した。

ダブリン高裁のアレクサンダー・オーエンズ判事は、BBCが要請した承認3人の証言を認めなかった。

BBCは殺害されたデニス・ドナルドソン氏の娘の証言を要請したものの、娘の証言は係争内容と無関係だと判事は判断した。

BBCはさらに、1983年にダブリンでアイルランド共和軍(IRA)の銃撃で殺害された刑務所看守の息子や、アイルランド現代史の教授の証言を求めたものの、裁判長はどちらも認めなかった。

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画像説明, (左から)シン・フェイン党のマーティン・マクギネス氏、デニス・ドナルドソン氏、ジェリー・アダムズ氏(2005年撮影)

ドナルドソン氏はかつて、北アイルランドの政党として影響力を増すシン・フェイン党の有力者だったが、党内で20年にわたりMI5と北アイルランド警察に協力していたことが発覚後、2006年4月に殺害された。

2009年には「真のIRA」が、同氏の殺害を認めた。

ドナルドソン氏の娘は、殺人事件とそれを取り巻く状況が家族に「壊滅的な打撃を与えた」と話している。

ジェイン・ドナルドソン氏は30日に発表した声明で、家族はこの裁判の「どちらの側も支持していない」と述べ、裁判所が自分の証言を認めなかったことを批判した。

「陪審員は、私たちの同意なしに飛び交う、家族に関するきわめて私的な情報を耳にしたにもかかわらず、私の証言は聞かなかった」とジェイン氏は言い、さらにアダムズ氏についても、「私たちの人生を傷つけた出来事に関して、それが果たして彼の名誉を傷つけただろうかという話に矮小化(わいしょうか)して議論することで、原告は私たち家族の悲劇を矮小化した」と批判した。

「原告は私の家族を再び傷つけるか気にかけるより、自分の経済的および評判の利益を優先した」とも、ジェイン氏は述べた。

アダムズ氏は1983年から2018年まで、アイルランド統一を目指すシン・フェイン党の党首だった。1983年~1992年と1997年~2011年にわたり、地元ウェスト・ベルファスト選出のイギリス下院議員を務めた後、2011年から2020年までアイルランド議会下院で国会議員(TD)を務めた。

北アイルランド紛争の終結につながった1998年のベルファスト合意に至る協議では、アダムズ氏がシン・フェイン党代表団を率いた。

北アイルランド政府が1970年代初め、準軍事組織への関与が疑われる者を裁判なしで勾留する制度を導入した。このためアダムズ氏は当時、繰り返し勾留された。アダムズ氏は一貫して、自分はIRAのメンバーではなかったと否定し続けている。

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