埼玉・八潮 道路陥没からまもなく1年、下水の臭い 周辺住民への影響は?
2025年1月28日の朝。埼玉県八潮市の交差点で突然、道路が陥没した。ポッカリと口をあけた穴に、運悪く走ってきたトラックが転落。消防などによる男性運転手の救出活動が始まった。 しかし、ひとつだった穴はその後2つになり、そして2つの穴がつながって1つの大きな穴になる。何度も崩落を繰り返しながら陥没は拡大を続け、救出は難航。陥没からおよそ3か月後の5月、男性運転手は下水道管の中で見つかり、その場で死亡が確認された。 事故からおよそ1年がたつ今も、陥没現場は足場や重機などで埋め尽くされ、「仮復旧」の段階だ。そして、振動や悪臭などに悩まされた周辺住民の苦悩は今も続く。陥没現場の「現在地」とは―。
陥没現場から約70メートルの距離に住んでいる木下史江さん。2025年1月28日、自宅で外出の準備をしていたそのとき…。 「ドン」 聞き慣れない大きな音がした。 しだいに聞こえてくる、消防や警察のサイレンの音。家の外に出てみると、目の前の見慣れた交差点に大きな穴があいていた。 それまでは「全く異変を感じなかった」という交差点で突然起きた陥没事故。付近の住民から「トラックが落ちた」と聞いた木下さんは、周囲の緊張感が高まっていくのを感じる一方、「何が起きているのか」と状況を理解できずにいたという。 夕食を作りながら「テレビの中継を見ること」「自宅の外に出て様子を確認すること」を繰り返しながら過ごした、いつもと違う夜。それでも、周辺では救出活動のために計画的に停電が行われるなど、作業は順調に進んでいると思っていたがー。 「ガシャガシャガシャ!!」 再び聞こえた、大きな崩落の音。 テレビの中継を見ていた木下さんは「現実だと思えなくて言葉を失った」と当時の状況を振り返る。 そして、日付がかわった1月29日の午前3時ごろ。「ガス爆発の危険性があるので避難をしてください」。近くにある八潮市役所への避難を呼びかけるアナウンスが聞こえ始めた。この時点ではまだ、「すぐに自宅に戻れるだろう」と思っていた木下さん。荷物は多くは持たず、家族とともに足早に避難所へと向かった。
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しかし、木下さんの予想と期待は裏切られる。避難場所は市役所から近くの中学校の体育館へ、そして市内のアリーナへと転々とし、避難生活は2月11日までのおよそ2週間続いた。 避難生活の初日は、ベッドのない会議室で座ったまま朝を迎えた。2日目、中学校の体育館に移動することになったとき、避難者のためのテントが設置されていたのを見て、木下さんは「避難所」が開設されたことを初めて実感したという。3日目には、先が見えないことへの不安から、避難所全体が殺伐とした雰囲気になることもあったという。 避難生活を少しでも過ごしやすくするために、木下さんは一人一人に声をかけてまわった。避難してきた人が「どんなことに困っているのか、どんな不安を抱えているのか」を聞き、市の担当者にまとめて伝えたり、テレビを見ながら住民同士で一緒に話をしたりした。 こうした中で、支援の広がりを感じる場面も多かった。ボランティア団体による炊き出しや、八潮市の内外から来る食事の差し入れのほか、手のマッサージをしにきてくれる人もいた。 不安を抱えながらも支え合って続いた、およそ2週間の避難所生活。最終日には、避難所で使用した備品などをみんなで片付けたという。 ようやく、住み慣れた自宅へと戻った木下さんをはじめとする住民たち。そこで待ち受けていたのは、事故以前とは全く変わってしまった、苦悩を抱えながらの生活だった。
陥没現場から約70メートルに住む木下史江さん 「逆に(自宅に)戻ってからの方がつらかった」「周辺住民もつらいことがたくさんあったと思うけど、運転手のことを考えると口に出すのも申し訳ない思いだったので、ひたすらじっと耐えるという日々を過ごしていましたね」 約2週間の避難生活を終え、自宅に戻った木下さんはこう振り返る。 陥没事故は、周辺住民の暮らしを一変させた。県には、住民たちのさまざまな悩みや不安の声が寄せられている。 (1)住宅被害 埼玉県には住宅に関する相談が40件ある。(2025年12月22日時点)具体的には「壁にヒビが入った」「壁の隙間があいた」などの相談だという。県は道路の一部開通に向けた工事が終わる2026年4月にも住宅の調査を行い、被害と陥没事故の影響との因果関係を調べる予定だ。そこで因果関係が認められれば、県は補償を行う方針だとしている。 (2)下水の悪臭 事故発生当初から、現場周辺では「下水の臭い」が続いている。陥没の原因は、地下に埋設された下水管の破損と考えられている。そのため、下水からの悪臭が住民を悩ませているのだ。 県は、陥没現場で消臭剤を噴霧するなど対策を続けているが、2025年12月時点でも臭いは変わらず残っていた。県は、下水道管の工事を終え、2026年1月中とみられる新しい下水道管への切り替えの段階で臭いは収まる見込みだとしている。 (3)金属のさび 埼玉県には、事故後に金属がさびたという周辺住民からの報告も相次いでいる。埼玉県によると、下水から発生した「硫化水素」がさびの原因の可能性があるという。 ▼金属がさびたという報告 147件(2025年12月22日時点) ・自動車 62台 ・自転車 15台 ・シャワーヘッドの金具やタオル掛けなど 24件 こうした事態を受け、県は周辺の住宅にさまざまな金属を置いて、このさびについての「調査」を進めていた。その結果、現時点では半径100メートルの範囲内で銅の変色がみられるという。県はこれについても、因果関係が特定できれば補償について検討するとしている。 (4)健康への不安を訴える声 埼玉県には、陥没現場の周辺住民ら64人から健康への不安を訴える声が寄せられている。 ▼健康への不安を訴える声の具体例 「頭痛や吐き気」「不眠」 「ぜんそくの症状が悪化した」「血圧が低下した」など 埼玉県は「硫化水素による直接的な健康への影響は低い」としているが、専門家は、事故や下水の臭いなどのストレスによる「間接的な健康被害も否定できない」などと指摘。そこで、県は2026年1月と2月に公認心理師による健康相談会を実施する予定だ。今後、医療機関などで因果関係が特定できた場合、「間接的な健康被害」についても補償を検討するとしている。