老化を防ぐカギは毎日の生活のなかに 藤田康人のウェルビーイング解体新書【47】

2026.07.02 (最終更新:2026.07.02)
藤田康人 ( ふじた ・やすと ) 株式会社インテグレート代表取締役CEO 1964年東京都生まれ。慶応義塾大学文学部を卒業後、味の素に入社。ザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)の設立に参画してキシリトール・ブームを仕掛け、製品市場をゼロから2000億円規模へと成長させた。2007年5月、IMC(統合型マーケティング)プランニングを実践するマーケティングエージェンシー「インテグレート」を設立。著書に『THE REAL MARKETING―売れ続ける仕組みの本質』(宣伝会議)、『ウェルビーイングビジネスの教科書』(アスコム)、『ウェルビーイングで変わる! 食と健康のマーケティング』(日本経済新聞出版)など。 藤田康人の記事一覧

かつて「疲労」と「老化」は別々の現象として考えられていました。疲労は仕事や運動、ストレスによって生じる一時的な不調であり、老化は年齢とともに進行する避けられない生理現象であるという認識です。

しかし近年、この常識が大きく変わりつつあります。

疲労研究の第一人者である日本疲労学会理事⻑の渡辺恭良氏らの研究によって、疲労と老化には共通する生物学的メカニズムが存在し、慢性的な疲労状態が老化を加速させる可能性が示されてきました。

この考え方は、これからのウェルビーイングやロンジェビティ(健康長寿)を考える上で極めて重要です。

なぜなら、多くの人が老化対策というと美容やサプリメント、運動などを思い浮かべますが、その前に日常的な疲労への対策こそが老化予防の第一歩になる可能性があるからです。

私たちは疲労を軽視しがちです。

「今日は疲れた」「寝れば治る」

「年齢のせいだ」

このように考えることが多いでしょう。

しかし疲労は本来、身体を守るための重要な生体防御反応です。例えば運動によって筋肉に負荷がかかると、身体はそれ以上の損傷を防ぐために疲労感を発生させます。発熱や痛みと同様に、疲労も身体からの警告信号なのです。

問題はその疲労が慢性化した場合です。近年の調査では、日本人の約8割が疲労を感じているとされ、さらに4割近くが6カ月以上続く慢性疲労を抱えていると報告されています。つまり日本は世界有数の「疲労大国」とも言える状況にあります。

慢性疲労は単にパフォーマンスを低下させるだけではありません。認知機能の低下、睡眠障害、生活習慣病リスクの上昇、メンタルヘルスの悪化など、さまざまな健康問題の起点になることが分かっています。

そして近年、その先にある老化との関連が注目されるようになりました。疲労研究と老化研究の双方から見えてきたキーワードがあります。それが「慢性炎症」です。

炎症というと風邪やケガを思い浮かべますが、実際には自覚症状のない微弱な炎症が体内で長期間続くことがあります。これを慢性炎症と呼びます。

人間の身体では呼吸や代謝の過程で活性酸素が発生します。通常は抗酸化システムによって処理されますが、過剰なストレス、睡眠不足、不適切な食生活、運動不足などが続くと活性酸素が増加します。

その結果として細胞が傷つき、炎症反応が起こります。さらに炎症によって細胞の修復機能が低下し、傷ついた細胞が十分に回復できなくなります。

この状態が長く続くと疲労が慢性化し、同時に老化も進行していくのです。加齢に伴って炎症レベルが少しずつ上昇し、それが動脈硬化、糖尿病、認知症、フレイルなどの原因になるという考え方です。

つまり疲労研究と老化研究は、異なる分野から出発しながらも、最終的に同じ生物学的現象にたどり着いているのです。

ここで注目すべきなのは、現代社会そのものが疲労を生みやすい構造になっていることです。

かつて疲労というと肉体労働による身体疲労が中心でした。しかし現在は違います。パソコン、スマートフォン、SNS、オンライン会議、AIツールなどに囲まれ、私たちは一日中、大量の情報処理を続けています。

近年、この「脳疲労」の重要性が指摘されています。脳疲労とは、情報過多やマルチタスクによって脳の処理能力が過剰に消耗した状態です。

メールを確認しながら会議に参加し、チャットに返信しながら資料を作成する。現代人にとって当たり前の行動ですが、脳にとっては非常に大きな負荷になります。

さらに将来への不安、経済的ストレス、人間関係の悩みなども脳の炎症反応を高める要因になります。睡眠不足が加わると、脳内で生じた老廃物の除去も不十分になります。

結果として脳疲労は慢性化し、身体全体の疲労感へと発展していきます。

最新の研究では、脳の慢性炎症こそが疲労感の中心的な原因である可能性も示されています。つまり現代人は筋肉よりも先に脳が疲れているのです。

そして脳の炎症は認知機能の低下だけでなく、老化そのものとも深く関係しています。

「疲れやすさが増してきた」「集中力が続かない」

「以前より回復に時間がかかる」

こうした変化は単なる加齢現象ではなく、脳と身体の修復能力が低下し始めているサインなのかもしれません。

そこで次に重要になるのが、「疲労回復」と「老化予防」を同時に実現するための鍵となる「修復力(リペア力)」という考え方です。

人間の身体は毎日傷ついています。紫外線によるDNA損傷、活性酸素による細胞障害、精神的ストレスによるホルモンバランスの乱れ、運動による筋線維の損傷など、生体には絶えず負荷がかかっています。

しかし本来の身体には、それらを修復する優れた仕組みが備わっています。DNA修復機構、抗酸化システム、免疫システム、オートファジー、細胞再生機能などが連携しながら、生体の恒常性を維持しています。

重要なのは、老化は単純に「傷が増えること」ではなく、「修復が追いつかなくなること」で進行するという考え方です。

例えば若い頃は徹夜をしても翌日には回復できた人が、年齢を重ねると数日間疲れが残るようになります。同じ負荷を受けているにもかかわらず回復速度が遅くなるのです。

これはダメージそのものが増えたというより、修復システムの能力が低下している状態と考えられます。

人間は、生きている限りストレスをゼロにすることができません。仕事も運動も人間関係も、ある意味ではすべて身体への負荷です。問題は負荷そのものではなく、その後に十分な修復が行われるかどうかなのです。

修復力を考える上で欠かせないのがミトコンドリアです。ミトコンドリアは細胞内でエネルギーを生み出す器官であり、「細胞の発電所」と呼ばれています。

私たちが動く、考える、免疫を働かせる、細胞を修復するという活動のすべてにエネルギーが必要です。そのエネルギー供給源がミトコンドリアなのです。

ところが慢性疲労や加齢によってミトコンドリアの機能は徐々に低下します。するとATPと呼ばれるエネルギー源となる物質の産生量が減少し、身体は修復作業を十分に行えなくなります。

機能が低下したミトコンドリアはさらに、余分な活性酸素を放出しやすくなります。その結果、細胞損傷が増え、炎症が起こり、さらにミトコンドリアが傷つくという悪循環が形成されます。

近年の長寿研究では、このミトコンドリア機能維持が健康寿命延伸の重要テーマになっています。

疲れやすさが増えることと老化が進むことが同時に起こるのは偶然ではありません。その背後には共通のエネルギー代謝異常が存在している可能性が高いのです。

修復力を高める方法の中で、最も科学的根拠が豊富なのが睡眠です。睡眠中には成長ホルモンが分泌され、筋肉や皮膚の修復が行われます。

脳では、グリンパティックシステムと呼ばれる老廃物除去機構が活性化し、日中に蓄積した不要なたんぱく質を排出します。

近年注目されるアルツハイマー病関連たんぱく質であるアミロイドβも、睡眠中に効率よく除去されることが知られています。つまり、睡眠不足は単に疲労を蓄積するだけでなく、脳老化の加速要因にもなるのです。

現代社会では睡眠時間の確保が軽視されがちですが、長寿研究者の多くは、睡眠を「サプリメントや特殊な健康法より優先順位の高い介入手段」と位置付けています。疲れを翌日に持ち越さないことは、実は未来の老化速度を下げる行為でもあるのです。

近年の研究では、腸内環境と疲労・老化の関係も注目されています。

腸は単なる消化器官ではありません。免疫細胞の約7割が存在し、脳とも密接に情報をやり取りしています。腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸には抗炎症作用があり、全身の免疫バランス維持に寄与しています。

一方で腸内環境が悪化すると炎症性物質が増加し、慢性炎症を促進する可能性があります。

つまり腸内環境の改善は、単なる整腸作用にとどまらず、疲労軽減や健康寿命延伸にもつながる可能性があるのです。

これからの時代は「どれだけ長く元気で活動できるか」が重要になります。その意味で疲労は極めて重要な指標です。疲労は病気になる前の段階で現れる身体からのメッセージだからです。

「以前より疲れやすくなった」「集中力が続かない」

「睡眠で回復しにくくなった」

こうした変化を年齢のせいと片付けるのではなく、修復力低下のサインとして捉えることが求められます。

老化はある日突然始まるものではありません。小さな疲労の蓄積が何年も続いた結果として現れます。

逆に言えば、日々の疲労管理を徹底することで老化速度を緩やかにする可能性もあるのです。

疲労が蓄積すると修復力が低下し、修復力が低下するとさらに疲労が蓄積する。この悪循環が長期的には老化を加速させる可能性があります。だからこそ、これからの健康戦略は単に病気を防ぐだけではなく、「いかに修復力を維持するか」という視点が重要になります。

十分な睡眠、適切な運動、抗炎症を意識した食事、ストレスマネジメント、腸内環境の改善。これらはすべて疲労対策であると同時に老化対策でもあります。

長寿時代において最も重要な問いは、「何歳まで生きるか」ではなく、「何歳まで元気に生きられるか」です。

そしてその答えは、特別なアンチエイジング法の中ではなく、日々の疲労を見逃さず、身体の修復力を守る生活習慣の中にあるのかもしれません。

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