日露戦争の勝因に海底ケーブルあり バルト海や台湾周辺で近年相次ぐ「切断」の狙いは何か <潮流快読>『海底の覇権争奪』など3冊を読む
台湾周辺海域やバルト海で近年、通信用海底ケーブルの損傷が相次ぎ、ロシアや中国の関与が疑われている。
台湾沖では2月、海底ケーブルを損傷させたとして、台湾当局が中国人船員の乗り組む貨物船を拿捕した。
『海底の覇権争奪』土屋大洋著(日本経済新聞出版)バルト海では昨年11月、沿岸国を結ぶ2本が損傷。ロシアの港を出た中国の貨物船が捜査対象となったが、真相は不明だ。この貨物船が切断したと仮定した場合、ロシアの「政治的なシグナル」の可能性があると示唆するのが『海底の覇権争奪』土屋大洋著(日本経済新聞出版)。ロシアがサイバー攻撃の首謀者であることをにおわせ、そうしたことができると示すやり方と「似ていなくもない」とする。
さらに、「民間船によって海底ケーブルを切断し、それを単なる事故だと主張することは、よく練られた作戦活動と見なすことができる」と読み解く。沿岸国にできるのは、船の所有者や運航会社に対して訴訟を起こすか、経済制裁を科すぐらい。軍事的な対抗措置を取って事態をエスカレートさせることを、NATOも台湾も望まないとみる。
日本は99%を依存
本書は、サイバーセキュリティーや国際関係論が専門の著者が、海底ケーブルを「情報時代の戦略的資産」と位置付け、防護の重要性を説いたもの。先の大戦後は米ソが人工衛星による通信を主導したが、光ファイバーを使った海底ケーブルが実用化され、1990年代半ばからインターネットの需要が急増。大西洋と太平洋にケーブルを敷設した米国が通信のハブになったとしている。
島国の日本は国際通信の99%を海底ケーブルに依存しているといわれており、「(失われると)グローバル市場のなかでの東京市場の地位は失われ、日本経済に多大な影響が出る」「戦争やテロの際には切断される恐れがある」と警鐘を鳴らす。
日本海海戦で露に妨害工作
『情報戦 日本海海戦』伊藤和雄著(光人社NF文庫)『情報戦 日本海海戦』伊藤和雄著(光人社NF文庫)によると、日本も日露戦争当時、海底ケーブルの敷設や切断を戦略的に行った。開戦前から朝鮮半島とつなぐ軍用海底ケーブル敷設を進めるなど、無線・有線ネットワークを構築。一方、旅順要塞を守るロシア軍と外部との通信を遮断するため、海底ケーブルを切断するなどの妨害工作を行ったそうだ。
著者は元自衛官(海将補)。日露戦争の帰趨を決した日本海海戦で、日本が勝利した要因の一つとして「情報優位」を挙げている。
サイバースペース戦争
『地図とデータで見る国境問題の世界ハンドブック』(原書房)フランスの地政学者が中国周辺やパレスチナなど各地の国境問題を地図で示した『地図とデータで見る国境問題の世界ハンドブック』ユゴー・ビヤールほか著、蔵持不三也訳(原書房)では「ネットワークの国境」という項目も立てている。
国境とは無縁に情報が流通する空間であるはずのサイバースペースが、国家戦略に地理的条件も絡む戦場になっているという。サイバースペースの〝地理〟を示すため、世界地図に海底ケーブルの位置や国・地域別のサーバーの数を記している。日本や台湾周辺に海底ケーブルが集まっており、日本にとって切断が対岸の火事ではないことが分かる。 (寺田理恵)
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『海底の覇権争奪』土屋大洋著(日本経済新聞出版・2860円)
『情報戦 日本海海戦』伊藤和雄著(光人社NF文庫・980円)
『地図とデータで見る国境問題の世界ハンドブック』ユゴー・ビヤールほか著、蔵持不三也訳(原書房・3080円)