「まさかの敗北」ロシアの消耗とプーチンの誤算...プーチンが語り始めた後継者(ニューズウィーク日本版)

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は負けを認める屈辱を巧みに避けてきた。初めて政権を握ったのは第2次チェチェン紛争の最中の2000年。プーチン指揮下でロシア軍はどうにかチェチェンの分離独立派を抑え込めた。【マイケル・キメージ(ウィルソンセンター・ケナン研究所所長)】 【動画】大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」がロシア国内FSB拠点を爆砕する瞬間 その後もジョージア(08年の南オセチア紛争)、ウクライナ(14年のクリミア半島の一方的併合と22年の本格的な侵攻開始)、シリア(15年のロシア軍の介入)でプーチンは軍事力に物言わせてきた。だが長期的な成功は達成できていない。ジョージアの将来は不透明だし、シリアでロシアの影響力は低下した。 それでもプーチンは常に勝者として振る舞う。ウクライナに対しては、ロシアの勝利は時間の問題だとばかり強気の態度を取っている。5月9日の対独戦勝記念日にはプーチンは中国の習近平(シー・チンピン)国家主席と並んで首都モスクワの赤の広場での軍事パレードに臨み、ロシアには強い味方がいることを印象付けようとした。 ロシアの国営メディアは、アメリカもロシアの主張を認めていると誇らしげに伝えている。NATOの拡大こそが戦争の原因であり、ウクライナの頑固さが戦争を長引かせ、もうろくしたジョー・バイデン前米大統領は危うく第3次大戦を引き起こすところだったと、トランプ政権も理解しているというのである。 とはいえウクライナはシリアやジョージアとは事情が違う。シリアは遠いよその国だから、そこで自国の影響力が低下してもロシア人はあまり気にしない。ジョージアがロシアと西側のどちらにつくかは読めないが、それもプーチンの重大な失点にはならない。 それとは異なりウクライナではロシア軍が足止めを食らい、死傷者が増え続けている。プーチンが何らかの形で負けを認めて譲歩しないと、この状況は打開できそうにない。 クレムリンが行う戦況報告では、この戦争の悲惨さを隠すことは可能でも、プーチンは国内経済の衰退を隠せない。自身の強権支配が延々と続くこと以外に、一貫性のある政治的ビジョンを国民に示すこともできずにいる。 ロシアはまだバッタリ倒れるまでには至っていないが、弱体化は確実に進み、「まさかの敗北」を喫するシナリオが現実味を帯びつつある。 長期戦に必要なのは総合的な国力だ。軍事目的の達成を支えるのは外交力と経済力であり、それらを支えるのは政治的な意思である。今のロシアにはこれら全てが欠けている。 ウクライナ戦争では軍事的課題の困難さと外交能力の不足、経済の脆弱化と政治的不満が「負の相乗効果」を生み、プーチンをとてつもなく困難な状況に追いやっている。 仮に戦況が良ければ、あるいはこれが明らかな防衛戦争なら、外交能力の不足は問題にならず、先行き不安や経済的困窮は耐え得るレベルにとどまり、政治的な不満も抑え込めるだろう。 第2次大戦中のソ連がまさにそうだった。今のプーチンはそれとは逆の立場に置かれ、「戦略的袋小路」からの脱出の道筋を国民に語って時間稼ぎをすることさえままならない。 【トランプも業を煮やす】 今のロシアは2つの深刻な軍事的ジレンマに直面している。 1つは戦況を動かせないこと。ロシア軍はウクライナで支配地域をじりじりと広げているから、ロシア軍のほうが勢いがあるように見えるが、その勢いは何の役にも立っていない。その証拠にロシアはウクライナ東部の都市ポクロフスク攻略で苦戦を強いられ、多大な犠牲を出している。 ウクライナ侵攻開始後のロシア軍の死傷者数は今年4月末時点で推定79万人、行方不明者は4万8000人。今年に入ってからだけでも10万人の死傷者が出た。 このペースでいくと、年末までに死傷者は100万人に上りそうだ。それだけの人的損害を出しても、侵攻開始時と比べ、ロシアの戦略的状況は全く改善されていない。 ロシアのもう1つのジレンマはウクライナそれ自体だ。侵攻開始時の奇襲作戦が失敗した時点で、プーチンは二者択一を迫られた。侵攻規模を縮小するか、ウクライナ全土で民間人を標的にするか。やすやすと引き下がったと見られるのを恐れてプーチンは後者を選んだが、この選択が裏目に出た。 ロシアの猛攻はウクライナを奮い立たせた。命を賭しても祖国を守ろうと、人々は心に誓った。 ウクライナはロシアよりも貧しい小国で、消耗戦では不利になる。しかも外国は物資を援助しても援軍は派遣しない。どう見ても勝ち目は薄いが、圧倒的な強みがある。ウクライナ人の士気の高さとドローン(無人機)の活用に見られるような創意工夫の才だ。 祖国防衛の熱意がこうした工夫を生み出すのだろう。 それでも消耗戦が長引けば、ロシアはさまざまな点で優位に立てる。支援疲れでアメリカが手を引けば、ウクライナでは国民の士気低下と軍の戦闘能力の低下は避けられず、「アメリカに見捨てられたウクライナ」に、ほかの国々も見切りをつけかねない。 アメリカが手を引けば、ロシアは欧州諸国に個別に働きかけて中立の立場を取らせるか、ロシア寄りにさせることも可能だろう。 アメリカとヨーロッパの間に楔を打ち込めば、ロシアは長年の野望の実現に王手をかけられる。それはヨーロッパに自国の勢力圏を築き、NATOを事実上の解体に追い込むという野望だ。 ところがロシアは西側相手の外交に失敗した。まずはアメリカが再三にわたり仲介を申し出たのに、交渉のチャンスをみすみすつぶしたこと。ロシアびいきのドナルド・トランプ米大統領もこれには業を煮やし、プーチンに仲介役を降りる考えをほのめかした。 【後継者に言及する意図】 欧州諸国への働きかけもうまくいっていない。ドイツの新しい首相に選ばれたフリードリヒ・メルツはイギリス、フランス、ポーランドとがっちり手を組み、ウクライナ支援の姿勢を強固に貫いている。しかもメルツはドイツ軍を欧州最強の軍隊にすべく国防費の大幅拡大を誓っている。 ロシアの外交力では欧州諸国を自国寄りか中立にすることはかなわなかった。外交官が手詰まり状況を打開するため妥協の余地を探ろうとしても、プーチンがそれを許さないからだ。 ウクライナでの敗北を何としても回避したいプーチンは、国家経済を犠牲にすることもいとわない。 ロシアが「戦争景気」に沸いた時期はもはや過去。開戦時に5%だったGDP成長率は今やゼロ近くに落ち込み、人手不足で人件費が上がったせいでインフレ率は10%前後に上っている。 トランプが始めた貿易戦争と中国経済の低迷のせいでエネルギー価格が下がったことも、ロシアの国家予算を圧迫している。国民はまだ飢えてはいないが、物価高と経済の先行き不安からプーチンの戦争に疑問を抱いてもおかしくない。 何しろそれは一向に勝てない、非生産的で不必要な戦争なのだから。 政治指導者が侵略戦争を仕掛けることは危険な賭けだが、その戦争で敗色が濃くなれば危険性は一段と増す。 プーチンは侵攻開始後、自分の決断を信頼するよう国民に求めてきた。多くの国民が信頼し、今も信頼し続けている。ロシアは全体主義国家ではないが、信頼しなかった人たちはあの手この手の制裁を受けたはずだ。 今のロシアは、一部地域で徴兵が行われる一方、全土で政治離れが進む奇妙な状況にある。人々は建前上では「正義の戦争」を支持しつつ、政治には無関心だ。 実質的な権限を一手に握る独裁者になることは非常に危うい立場に置かれることでもある。戦争に勝てばいいが、敗北は政治的な命取りになる。 そのためかもしれないが、後継者問題では長年だんまりを決め込んでいたプーチンが最近それを口にし始めた。彼も気付いているのだろう。愚かな戦争に自分の政治生命を賭けた挙げ句、その戦争に負けつつあることを......。 From Foreign Policy Magazine

ニューズウィーク日本版
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