袴田さん犯人視の検事総長談話は「無礼にもほどがある」、名誉毀損で国賠提訴…「謝罪できない病」にかかった検察組織
1966年に静岡県で発生した一家4人殺害事件で再審無罪が確定した袴田巌さん(89)が9月11日、最高検が控訴断念時に公表した「検事総長談話」によって名誉を傷つけられたとして、国を相手取り、550万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求めて静岡地裁に提訴した。
弁護団長の小川秀世弁護士は「(談話は)裁判所に対する冒涜であるし、無罪になったら無罪として扱うべきであるのに、検察庁の最高機関である検事総長が堂々と発表するのは本当に許せない」と強く批判した。
再審無罪を受け入れずにあがく姿勢からは、検察組織の深刻な『病』が見えてくる。(ライター・学生傍聴人)
●検事総長談話は「無礼にもほどがある」
「『本当は有罪なので控訴すべきだが、お情けで控訴しない』としか理解できないものであり、無礼にもほどがある許しがたいものである」
弁護団は9月11日に提出した訴状で、このように怒りを表明した。
問題となっているのは、2024年10月8日に最高検がホームページに掲載した畝本直美検事総長による異例の談話だ。
捜査機関のねつ造を認定した再審判決に対して、1ページの半分を割いて「根拠を十分に検討しておらず、大きな疑念を抱かざるを得ない」との見解を示し、「(再審判決が)捜査機関のねつ造と断じたことには強い不満を抱かざるをえません」と批判した。
さらに、控訴の必要性をこう説明していた。
「本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます」
一方で、袴田さんが長期間にわたって法的地位が不安定な状況に置かれていたことから控訴を断念したとして、「刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております」と袴田さんに対して謝意を示した。
公表直後から、SNSでは批判が噴出し、Xでは「検事総長」が一時トレンド入り。弁護団をはじめ、全国の弁護士会も次々とこれを問題視する声明を発表した。
検事総長談話(2025年9月11日、筆者撮影)
●捜査機関の証拠捏造を認定した再審判決
異様とも言える談話の背景には、再審判決で認定された事実への反発があったとみられる。
2023年10月に始まった再審公判で、検察側は有罪の立証を続け、袴田さんに再び死刑を求刑した。
しかし、静岡地裁(國井恒志裁判長)は翌2024年9月、死刑判決の根拠とされてきた「5点の衣類」などの証拠は捜査機関によってねつ造されたものだと認めた。自白強要による供述調書や、実家の捜索で発見された衣類の切れ端もねつ造と判断した。
検察側の有罪立証の中心となった「5点の衣類」について、「ねつ造した者としては捜査機関の者以外に事実上想定できず、捜査機関がねつ造に及ぶことは現実的に想定し得る状況にあった」と指摘した。
立証に失敗した検察にとって、3つのねつ造を認定した再審判決は到底受け入れがたい内容だったようだ。
提訴後、記者会見をする弁護団(2025年9月11日、静岡県法律会館にて筆者撮影)
●「談話は裁判所に責任を転嫁しながらお情けの控訴断念としか理解できない」
検事総長談話について、弁護団は「繰り返し『4人を殺した犯人は袴田である』と述べた」ものであると指摘した。
検察が談話で示した控訴断念の理由については、「誰がどう読んでも、裁判所に責任を転嫁しながら、『お情けで控訴しない』というものとしか理解することができない」ものであり、袴田さんの名誉を毀損する著しく不適切なもので速やかに取り消すべきだとうったえている。
さらに、談話は「確定無罪判決尊重義務」違反であり、刑事裁判制度を冒涜するものだとも非難。「社会一般に対し『無罪は確定したが、なお袴田が犯人である』と繰り返し公言したものであり、袴田さんの名誉を著しく毀損し、甚大な精神的苦痛を被った」として、賠償額は550万円が相当だと主張した。
また、袴田さんの名誉回復のため、最高検のホームページに謝罪広告を1年間掲載することも求めた。
静岡地方裁判所(2025年9月11日、筆者撮影)
●「謝罪も撤回もできない病」に陥る検察
再審判決が出た翌月の2024年11月には、静岡地検の山田英夫検事正(当時)が袴田さんの自宅を訪れて本人と面会し謝罪。「検察として無罪判決を受け入れた以上、この事件の犯人が袴田さんであるということは申し上げるつもりはなく、犯人視することもありません」と述べた。
このときの検察幹部の様子について、弁護団の笹森学弁護士は提訴後の会見で、次のように言及した。
「検察庁内部では、主戦派と撤退派がいて、その中で議論がされていました。その主戦派の方々を納得させるための談話に検事総長がしているという見解もありました」
この議論は、2023年3月の東京高裁(大善文男裁判長)が再審開始決定をし、検察が特別抗告を断念したときも同様だった。
再審請求審ですでに捜査機関によるねつ造の可能性が示されており、検察が再審公判で有罪立証をしても認められる可能性は低かった。
それでも、時間をかけてまで有罪立証に固執し、無罪が確定したあとも袴田さんを犯人視するかのような談話を掲載する。
これでは、社会正義の実現を目指しているはずの検察が「謝罪も撤回もできない病」に陥っているように映る。
長年、死刑の恐怖にさらされた袴田さんによる冤罪責任を問う国家賠償請求訴訟は、10月9日に提起される予定だ。
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