嫌なことを言われてもイラッとしない人が意識的にやっている「当たり前の習慣」とは?(ダイヤモンド・オンライン)

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 『ウェルビーイングの新潮流』第18回では、米大リーグのアスレティックトレーナーの経験を持ち、現在は呼吸コンサルタントとして活躍している大貫崇氏に、「呼吸の本質」について話を伺いました。普段、「呼吸」について意識することはあるでしょうか。ひとときも途絶えることなく繰り返される呼吸――その呼吸の方法がまちがっていたとしたら?● ほとんどの人が 基本の呼吸ができていない 藤田康人氏(以下、藤田) 普段、無意識で行っている呼吸は、生きるために必要不可欠です。その方法に大きな差があるとは、なかなか想像できません。大貫さんはMLBアリゾナダイアモンドバックスのマイナーリーグアスレティックトレーナーとしてご活躍されていましたが、プロスポーツの世界では、すでに呼吸の重要性は認知されているのでしょうか? 大貫崇氏(以下、大貫) 呼吸は、MLBでも体幹との関係性で重視されています。しかし呼吸を深く研究していくと、パフォーマンスの維持や怪我予防、スランプの抜け出しまで、幅広くカバーできることに気づきました。驚くことに、アスリートの実に9割の人々がうまく呼吸ができていないという調査結果もあります。それは呼吸の仕方はもちろん、呼吸に対する考え方も間違っているからなのです。 藤田 ほとんどの人が、正しく呼吸ができていないということですね。身体と呼吸は、どのようにつながっているのでしょうか?

 大貫 呼吸は実のところ、“吐く”ことが最も重要なんですが、現代人は吸うことを重視しすぎるあまり、吸い込んだ空気が身体から抜けきっていません。例えて言うなら「満タンのペットボトル」。それが今の私たちの身体です。まさに水でパンパンのペットボトルのような状態なんです。そんなペットボトルを捻ろうとしても、難しいですよね?

● 現代人の多くは 交感神経が高まったまま眠りにつく 大貫 私たちの身体も同じで、パンパンに空気が詰まった状態だとうまく回らないのですが、空気の量が適正だと途端に動きやすくなります。さらに、空気が抜けることで、自律神経のうち副交感神経にスイッチが入って、全身がリラックスができるんです。 藤田 なるほど。動きにくいのは、呼吸が関係しているのですね。呼吸の仕方によって、私たちの身体は自由を失っているともいえますね。 大貫 そうです。空気が充満していると、関節の捻りが効かず、身体ごと回ってしまうんです。だから関節そのものにも負担がかかるし、当然、歪みも生じてきます。結果的に痛みや不快感を引き起こすことになるのです。 藤田 呼吸というとしっかり吸うことが重要なように感じますが、そもそもその前提が間違っていたとは……。でも人類は、何万年もそうやって生きてきたのではないでしょうか? 大貫 おっしゃる通り、空気がパンパンの状態、つまり交感神経を活性化して人類は危険を退け、進化してきたともいえます。しかし現在は平和すぎて、その必要がなくなっているのも事実。交感神経が役立つシーンは、戦いの時です。だから戦争中であったり、スポーツをしている時にはしっかり吸って、身体を空気で満たすのは問題ありません。交感神経は集中力を高めるので、ビジネスシーンでも大事な商談などの前に、身体は勝手に空気を満タンにしようとします。 藤田 緊張している状態、というわけですね。 大貫 でも問題は、この交感神経優位の状態はずっとは持続できないことなんです。自律神経は交感神経と副交感神経がオンとオフを繰り返すことでバランスをとっています。ずっと交感神経のアクセルを踏み続けることはできないようになっています。どこかで副交感神経に切り替える瞬間がなければ、身体が休むことができません。ところが現代人の多くが、交感神経が高まったままベッドに入ってしまっているんです。

 藤田 私もきっともそうなっていると思います。よく「深呼吸が大事」だと聞きますが、それは正しいのでしょうか?

● 自律神経が乱れない 整った1日の過ごし方とは? 大貫 深呼吸も、吸うばかりでしっかり吐けていなければ意味がありません。どちらかといえば、深いのは「吸う」だけになっていて、深く「吐く」ことを忘れてしまっている人が多いですね。 藤田 確かにそうですね。深呼吸=深く吸うイメージがありますし、それが良いのだと盲目的に信じられている気もします。つまりわれわれの呼吸に対する常識が誤っていたのですね。では、1日の過ごし方を考えたときに、自律神経にとって理想の状態とはどのような流れになるのでしょうか? 大貫 1日の中にも自律神経の波があります。朝起きたら、一旦交感神経優位で身体は空気で満タンに。そのまま出社して昼まで精力的に仕事をこなします。そしてランチ後に身体から空気を抜いて、副交感神経にスイッチ。ここで短時間でも昼寝を取れるとよいかもしれません。その後、夕方に向けてまた交感神経優位にしていく。こういった流れだと高パフォーマンスが持続しやすいですね。 藤田 この自律神経の波に乗れればいいんですが、現実にはそうはできない人も多いかもしれません。ずっと交感神経優位の状態で過ごし、帰宅。その後もずっとスマホを見ていたり、飲みに行ってしまったり。寝るのが遅くなれば、また自律神経のリズムは狂ってしまいます。 大貫 息を吐くことで得られるメリットは、心身ともに絶大です。適切な呼吸の方法を学ぶと、身体の痛みや違和感の軽減につながりますし、コンディションが良くなるからイライラもしなくなる。何か言われたり、トラブルに直面しても動じなくなっていきます。実際にセミナーなどで、施術やエクササイズなどで呼吸を適切な状態に戻した後は「痛みが軽減された」「しっかり眠れた」などの感想も多いですし、我々が毎回測定している呼吸数も呼吸の動きも改善されているので、即効性があるのだと思います。 藤田 “息抜き”という言葉もありますしね。昔の人は息を吐くメリットを知っていたのかもしれないですね。 大貫 田んぼのあぜ道で丸くなっておにぎりを食べる。昔の農家の人に見られるような姿が正解なのでしょう。適切な呼吸は横隔膜で行うんですが、横隔膜がきちんと機能していれば、肋骨が下がった(平らになった)状態になります。超一流の選手は、ふだんから肋骨が下がっています。大谷翔平選手然り、ダルビッシュ有選手も。緊張とリラックスのバランスの取り方がとても上手なんですよね。 藤田 緊張とリラックスの緩急が、高いパフォーマンスを実現するんですね。息を吐く動作そのものが心地良いものだという認識も薄いのかもしれません。トップアスリートのように成績を残している選手の肋骨が下がっているのなら、“吐く呼吸”とメンタリティの関係も想像できます。

 大貫 おっしゃる通りで、息を吐くことで副交感神経が活性化されるので、深いリラックス感を得ることができます。人は緊張ばかりではうまく立ち回れません。例えば、4月以降、環境が変化した人たちは今が要注意の時期かもしれません。緊張のせいで、常に交感神経にスイッチが入った状態で5月を迎えていくことになります。そこで起こるのが5月病です。

● “吐く呼吸”ができれば 自然と美しい佇まいになっていく 大貫 5月病になれば、一気に体調とメンタルに影響が出て、休息せざるを得なくなってしまします。そういう方々の呼吸数を計ると、1カ月という短い間に呼吸数が急速に上がっていることが確認できるかもしれません。呼吸は無意識に行われますし、さらに人間にはホメオスタシス(恒常性)がありますから、すでに“吸いしろが無い”ほどに上がっていても、気づくことができないんです。 藤田 “吐く呼吸”の心身への影響をもっと世の中に浸透させていきたいですね。今まで、酸素バーなど“吸う”に着目したサービスはありましたが、“吐く”ことのメリットを認知させるためにはどうすればよいのでしょうか。 例えば、正しい呼吸は姿勢にも影響を与えますか?  大貫 そうですね。呼吸が変われば、それは姿勢にも表れます。実は、モデルのみなさんがやるような姿勢のすべてが、身体にとってよいかというとそうではありません。 しかし“吐く呼吸”ができれば、間違った筋肉を使うこともないですし、呼吸によって自然と適切な姿勢になり、意識しなくても美しい佇まいに移行していきます。

 藤田 体重も減っていきそうですね。“吐く呼吸”で、美しさが手に入れられるといったストーリーを軸にしたマーケティングもおもしろそうです。“吐く呼吸”の終着点を掘り起こせば、今までビジネスの対象になりにくかった若い女性層にも響くかもしれません。他にはいかがでしょうか?温泉やサウナなどと呼吸との間には、何か関連がありますか?

● 無意識で見えない呼吸を 「可視化」するには? 大貫 めちゃくちゃあります!湯や水の圧力を身体に受ければ、身体は自然と息を吐く方向に転じていきます。温泉やサウナに入れば息が吐けるので、入浴時も呼吸に意識を向けてほしいのですが、なかなか認知が広がりません。 藤田 温泉やサウナが心地良いのは、息を吐くことで得られるリラックス感も関係しているのでしょうか。 大貫 その通りです。リラックスすると、副交感神経が優位になります。ヨガやピラティスなども同じ論理ですね。総じて息を吐く行為はウェルビーイングな呼吸だと考えていますし、心地よさにつながるんです。 藤田 確かに呼吸で心地良さが得られるというのは、頭ではわかっているけれど実感しにくいかもしれません。呼吸はあまりにも無意識だから。何か、息が吐けていることがわかるバロメーターがあるとよさそうです。無意識に行われ、見ることも叶わず、実感が薄くなりがちな呼吸を代弁する何か……。 大貫 吐く息の様子がわかるデバイスなどはいかがでしょう。呼吸のサポートデバイスがあると、呼吸そのものに意識を向けやすくなります。実際、呼吸の動きを可視化できるアプリや、深呼吸のサポートデバイスも開発されています。呼吸を変えていくためには、1日1、2回でも意識した方がいい。無意識の呼吸の中でも意識する瞬間をつくることが大切なんです。 藤田 サポートデバイスは呼吸を意識するためのアテンションツールにもなりますね。わかってきた気がします。呼吸のような見えないものを可視化していく。それは、呼吸数や呼吸の動作であったり、吐く息そのものであってもいい。既存の呼吸系アプリなどと組み合わせてもいいし、現代人における呼吸の実態を調査する大規模実験でもいい。見えなくても、無意識でも、その先の心地よさを含めたメリットが確かであれば、それを可視化することで人々の心を捉えることができるはずです。こういった価値創造のロジックが、新しい市場の夜明けにつながると思います。大貫 崇(おおぬき・たかし)/2006年フロリダ大学大学院で応用運動生理学の修士を取得。MLBインターンやNBA D-League、スポーツ医学クリニック勤務を経て、2012年からMLBアリゾナダイヤモンドバックスマイナーリーグアスレティックトレーナー。帰国後、15年よりPRIジャパン教育コーディネーターを務め法人化に尽力。22年に「呼吸専門サロンぶりーずぷりーず」を京都にオープンし、現在では、きほんの呼吸(R)呼吸トレーナー養成講座で身体の専門家を育成する傍ら、企業との研究や新規事業開発などを行う呼吸コンサルティング事業を展開している。大阪大学大学院医学系研究科にて特任研究員。著書に『きほんの呼吸 横隔膜がきちんと動けば、ムダなく動ける体に変わる!』(東洋出版)など。

 構成/瀬名清可(Weekend.)

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最終更新:5/22(木) 7:02

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