47都道府県の30年間の健康傾向を分析 寿命は伸びても「不健康な期間」が長期化、地域格差の拡大など課題に 慶応大学

全国47都道府県の過去30年間の健康傾向を包括分析した結果が報告された。平均寿命は延長したが、「健康でない期間」が長期化し、地域格差が拡大したことなどが明らかになった。慶應義塾大学などの研究グループの研究成果であり、「Lancet Public Health」に論文が掲載されるとともに、同大学のサイトにプレスリリースが掲載された。

研究の概要:日本が世界に先駆けて経験している超高齢社会の健康課題が明らかに

慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)の野村周平特任教授らと、米国ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)による国際共同研究グループ※1は、世界有数の長寿国である日本の健康状態の30年にわたる変遷を包括的に分析した。世界の疾病負荷研究(GBD)2021※2のデータを用い、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含む371の疾病・傷害および88のリスク要因について、日本および47都道府県における各種健康指標の推移を詳細に評価した。

本研究は、世界最長寿国の一つである日本の1990年から2021年までの30年間の健康状態変化を都道府県レベルで分析した前例のない取り組み。日本が世界に先駆けて経験している超高齢社会の健康課題を明らかにし、健康格差の縮小や疾病構造の変化への対応など、保健医療・社会政策における優先課題を科学的に提示している。

発表のポイント

平均寿命が延長するも、健康寿命との差が拡大

2021年時点の日本の平均寿命は85.2歳となり、1990年から5.8年延長。しかし、健康寿命※3との差は拡大し、1990年の9.9年から2021年には11.3年となった。「健康な長寿」の実現が重要な課題に。

47都道府県間の健康格差が拡大

平均寿命の地域差は1990年の2.3年から2021年には2.9年に拡大し、とくに男性で格差が顕著(3.2年→3.9年)。

認知症(アルツハイマー病など)が主要死因の第1位に浮上

疾病負荷(DALYs※4:早期死亡や障害によって失われた健康的な生活年数)も2015年から2021年にかけて人口あたり約2割増加し、予防・ケア体制の整備が急務。

主要疾病の死亡率低下が鈍化

脳卒中や虚血性心疾患を含む主要疾病の年齢調整死亡率の減少ペースが鈍化。全死因の年齢調整死亡率※5の年率換算変化率※6は、1990〜2005年の-2.0%から2015〜2021年には-1.1%へと縮小。

糖尿病の状況が悪化、肥満のリスクも高まる

2015年以降、年齢調整した糖尿病に起因するDALYsは年率2.2%増加。高血糖や過体重・肥満の問題も深刻化しており、対策の強化が求められる。

パンデミック初期(2021年)のCOVID-19による死亡率は低水準だが精神疾患は悪化

COVID-19による年齢調整死亡率は人口10万人あたり3.0人と、世界全体(94.0人)の約31分の1の低水準。一方、2019〜2021年のパンデミック前後で精神疾患によるDALYsは悪化し、とくに若年層(10〜54歳)において増加が顕著だった。この年代では、女性が15.6%、男性が9.0%の増加を示し、特に若年女性への影響が大きかった。

発表内容の詳細

日本の平均寿命は過去30年で5.8年延伸、健康寿命との差は拡大

日本の平均寿命は、1990年の79.4歳から2021年には85.2歳へと5.8年延伸した。

健康寿命は、1990年の69.5歳から2021年には73.8歳へと4.4年延伸したが、平均寿命と健康寿命の差(つまり、何らかの健康問題を抱えて生活する期間)は、9.9年から11.3年へと拡大している。男女別では、この差は女性で11.1年から12.7年に、男性で8.7年から9.9年に拡大しており、いずれも増加傾向にある。

47都道府県間の健康格差が拡大

都道府県間の平均寿命の格差は1990年の2.3年から2021年には2.9年に拡大した。

女性の格差が2.9年から2.6年に縮小したのに対し、男性では3.2年から3.9年に拡大した。健康寿命の格差も1.8年から2.3年に拡大している。

年齢調整死亡率は1990年から2021年に41.2%減少したが、その減少率には都道府県差があり、最大49.0%、最小29.1%と開きが見られた。年齢調整DALYs率も24.5%減少したが、都道府県間での減少率には最大27.7%、最小19.6%と差があった。

認知症が主要死因の第1位に浮上

2021年の主要死因※7は、アルツハイマー病を含む認知症(10万人あたり135.3人)、脳卒中(114.9人)、虚血性心疾患(96.5人)、肺がん(72.1人)、下気道感染症(62.3人)だった。GBDで分類される140種類の死因の中で※8、認知症は1990年の6位から2021年には1位へと上昇した(図1)。

平均寿命の延伸は、脳卒中(1.5年)、虚血性心疾患(1.0年)、がん(1.0年)、下気道感染症(0.8年)の死亡率低下に最も起因し、これらが7割以上を占めた。

図1 日本のGBD詳細レベル(レベル3)の死因と年齢調整死亡率の年率換算変化率(%)

本図は、1990年、2005年、2015年、2021年の4時点における日本の主要死因(男女混合)とその年齢調整死亡率の変化率を示している。死因のランキングは死亡数に基づいており、GBDレベル3の分類では140種類の死因が分析対象となっている。各時点での死因順位と年率換算変化率が表示されている。

(出典:慶應義塾大学)

主要疾病の改善ペース鈍化と糖尿病の悪化傾向

年齢調整死亡率の年率換算変化率※6は、1990~2005年の-2.0%から2015~2021年には-1.1%へと減少幅が縮小した。脳卒中や虚血性心疾患も同様の傾向を示している(図)。また、年齢調整DALYs率の減少ペースも鈍化し、1990〜2005年の-1.0%から2015〜2021年には-0.5%に低下した。とくに、糖尿病の年齢調整DALYs率は悪化しており、2005〜2015年の0.1%から2015〜2021年には2.2%へと増加している。

高血糖や肥満が深刻化

GBD2021で評価した88のリスク要因は、2021年の全死亡の41.9%に寄与していた。このうち、代謝リスク(高血圧など)が24.9%、行動リスク(喫煙、不健康な食事など)が21.6%、環境・職業リスクが9.1%を占めた。高血糖や高BMI(過体重・肥満)によるDALYs率の悪化も顕著で、高血糖の年率換算変化率は2005~2015年の-0.8%から2015~2021年には0.8%へ、高BMIは1990~2005年の-0.3%から2015~2021年には1.4%へと悪化した。

COVID-19の影響は限定的も、精神疾患が悪化

COVID-19による死亡は2020年で全死亡の0.3%(10万人あたり2.7人)、2021年には1.0%(10万人あたり11.7人)を占めた。COVID-19によるDALYsは2021年で10万人あたり190.2年(全DALYsの0.6%)と、世界平均(2,686.6)や高所得国平均(2,058.9)と比べ低水準だった。一方、2019〜2021年の精神疾患のDALYs率は悪化し、とくに10〜54歳の女性で15.6%、男性で9.0%の増加が見られた。

新たなエビデンスが戦略的政策立案の基盤を築く

本研究は、日本の健康指標が長期的に向上している一方で、その改善ペースが鈍化していること、また地域間の健康格差が依然として解消されていないことを明らかにした。また、認知症や糖尿病の増加、肥満やメンタルヘルスの悪化が顕在化しており、平均寿命と健康寿命の差が拡大している。こうした状況を踏まえ、国や各地域における疾病負荷の軽減を目的とした保健活動(ヘルスプロモーション)の推進や、社会環境の整備が、これまで以上に求められる。

本研究で得られたエビデンスは、保健医療・社会政策のさらなる発展に貢献するものと言える。日本政府が推進する「健康日本21」は、第1次計画で個人の健康管理支援を重視し、第2次計画では社会環境の整備による「健康格差の縮小」が掲げられてきた。そして、2024年度から始まった第3次計画では、「誰も取り残さない」健康づくりを目指し、社会環境のさらなる整備が進められている。本研究のデータは、こうした政策の方向性を科学的に裏付けるものであり、国や自治体が地域ごとの特性に応じた効果的な健康施策を展開するための貴重な知見を提供する。

また、日本の健康課題に関する知見は、高齢化が進む諸外国からも大きな関心を集めている。本研究のような評価を今後も積極的に行い、発信していくことで、広く国際社会に貢献することが期待される。

プレスリリース

全国47都道府県の30年間の健康傾向を包括分析 平均寿命延長も「健康でない期間」長期化、地域格差の拡大も明らかに-認知症が死因1位に、健康改善の鈍化、糖尿病・肥満リスク増、心の健康悪化も判明-(慶應義塾大学)

文献情報

原題のタイトルは、「Global incidence、prevalence、years lived with disability (YLDs)、disability-adjusted life-years (DALYs)、and healthy life expectancy (HALE) for 371 diseases and injuries in 204 countries and territories and 811 subnational locations、1990-2021: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2021」。〔Lancet. 2024 May 18;403(10440):2133-2161〕 原文はこちら(Elsevier)

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スポーツ栄養Web編集部


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オリンピックに出場経験のあるトライアスロン選手が採用していたテーパリングやグリコーゲン超回復、競技中の炭水化物摂取の戦略を調査した、ブラジルの研究者による研究結果が報告された。競技中の炭水化物の摂取量は、大半の選手が推奨値未満であったことなどが示されている。

オリンピックレベルのトライアスリートの大会前の準備や競技中の炭水化物摂取は?

この研究のための調査は、オリンピックのトライアスロンに出場経験のあるアスリートを対象として、オンラインアンケートとして実施された。適格基準は、上記に該当する18歳以上の選手で、ポルトガル語の質問項目を理解できること。

89人が回答し、このうち競技歴がトライアスロンでない(デュアスロンやアイアンマンなど)選手などを除外し、72人(男性84.7%)を解析対象とした。アンケートでの質問項目は、競技歴に関するものと、大会参加前に行うテーパリング、グリコーゲンローディング(超回復)、および競技中の炭水化物やサプリメントの摂取状況、消化器症状についてであり、すべて自己申告の回答を解析に用いた。

大会週間前はトレーニング時間を6割強程度にテーパリング

解析対象者の主な特徴は、男性、女性の順に、年齢38.9±9.4、30.2±7.7歳、トライアスロン歴4.12±4.70、3.44±3.20年であり、これらは性別間に有意差がなかった。日常のトレーニング時間は、14.14±4.06、17.79±2.52時/週で女性選手のほうが有意に長く、また大会参加前1週間のトレーニング時間も9.03±2.64、11.29±2.85時/週で女性選手のほうが有意に長かった。

女性選手の大半(90.9%)は、スポーツ栄養に関する専門家のアドバイスを受けていた。その一方、男性選手でのその割合は57.8%だった(スポーツ栄養士が55.7%、医師が1.6%)。

日常のトレーニング時間に対する大会参加前1週間のトレーニング時間の比は、63.7±17.6、64.1±15.8%であり、男性、女性ともにトレーニング時間を6割強程度に減らしていた。この比率に関しては性別間の有意差はなかった。

グリコーゲン超回復は半数弱が実行し、その大半は変法によるもの

大会前のグリコーゲン超回復戦略は、48.6%の選手が行ったと報告し、残りの51.4%は大会日まで日常の食事を続けたと回答した。

グリコーゲン超回復戦略は、以下の3パターンに分類される。

「古典的(classical)モデル」は、大会の6~4日前までの炭水化物を通常より抑え(筋グリコーゲン枯渇誘発)、大会の3日前からは炭水化物摂取量を通常よりも増やす方法。「更新(updated)モデル」は、古典的モデルのデメリットである、筋グリコーゲン枯渇誘発中に疲労が蓄積しやすいという負の影響を避けるためにそれを行わず、大会の3日前から炭水化物摂取量を増やすという方法。「改変(modified)モデル」は、やはり筋グリコーゲン枯渇誘発を行わずに、競技の24時間前以降のみ炭水化物摂取量を増やすという方法。

本研究の解析対象者では、更新(updated)モデルを行っていた選手が27.8%、改変(modified)モデルが18.0%であり、古典的(classical)モデルは2.8%にすぎなかった。

なお、栄養士に指導を受けていたアスリート(45人)のうち、グリコーゲン超回復戦略を実行していたのは57.7%だった。

競技中に60g/時以上の炭水化物サプリを摂取していたのはわずか2人

86.1%の選手は、競技中に炭水化物サプリメントを摂取していた。摂取量の平均は58.3±37.6gであり、競技時間は161±25分であったため、1時間あたりの炭水化物摂取量は22.1±14.9g/時と計算された。2時間以上の持久系競技で推奨される、60g/時以上の炭水化物サプリを摂取した選手は2人だけだった。

なお、栄養士に指導を受けていたアスリート(45人)の86.66%が、競技中に炭水化物サプリを摂取していた。

炭水化物サプリ以外のサプリの摂取状況

競技前に摂取したサプリは、カフェイン36.1%、β-アラニン33.3%、タウリン25.0%が多く、重炭酸ナトリウムが1.3%だった。一方、競技中に摂取したサプリは、カフェイン27.8%、タウリン9.7%が多く、β-アラニン、クレアチン、重炭酸ナトリウムなどがそれぞれ1.3%だった。

大半の選手が競技前・競技中に、複数のサプリを摂取していた。

五輪出場レベルのトライアスロン選手は推奨を認識していない、または採用していない

本研究の主な結果は、以下の4点にまとめられる。

1)トライアスリートの半数弱(48.6%)が競技前にグリコーゲン超回復戦略を採用しており、更新(updated)モデルまたは改変(modified)モデルを採り入れていた。2)大半のトライアスリートは、競技中に約20g/時程度の炭水化物補給戦略を採用していた。3)グリコーゲン超回復または競技中の補給戦略を採用したほとんどのトライアスリートが栄養士のアドバイスを受けていたが、1人は医師のアドバイスを受けていた。4)栄養士の指導を受けているトライアスリートは男性より女性に多かった。

この結果を基に論文は、「古典的(classical)モデルのグリコーゲン超回復を行ったトライアスリートはほとんどおらず、さらに、競技中に補給していた炭水化物の量も不十分だった。トライアスリートは栄養に関する推奨事項を十分に認識していなかったか、認識したうえでそれを採用していなかったと結論づけられる」と総括されている。

文献情報

原題のタイトルは、「Self-reported carbohydrate supercompensation and supplementation strategies adopted by Olympic triathlon athletes」。〔Braz J Med Biol Res. 2025 Feb 3:58:e14189〕 原文はこちら(SciELO)

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スポーツ栄養Web編集部


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フラボノイドの一種のケルセチンが、高齢者の筋力トレーニングの効果を押し上げることを示唆するデータが報告された。日本人対象RCTの結果であり、閾値の高い(強い力を出す)運動単位が動員されて、プラセボよりも高い筋力向上が認められたという。中京大学大学院スポーツ科学研究科の渡邊航平氏らの研究によるもので、「European Journal of Nutrition」に論文が掲載された。

高齢者の筋トレの安全性と有効性を両立させる戦略を探る研究

加齢に伴うサルコペニアやフレイルの抑止のために、筋力トレーニング(筋トレ)が推奨される。より効果的に筋力を高めるためには高強度の筋トレが適しているが、高齢者では関節機能の低下や安全性の懸念などがあり、十分な負荷をかけられないことが少なくない。

一方、加齢に伴う筋力低下は、筋線維萎縮や筋神経支配の喪失などによって運動単位(motor unit;MU)が減少することの影響が大きいと考えられており、これに対して、高出力を発揮するための運動単位(動員閾値の高い運動単位)を増加させる介入方法が提案されている。例えば、全身の振動を併用した筋トレや、血流制限下での筋トレだ。ただし、それらはいずれも専用機器と専門家の監視が必要であり、実用性が乏しい。

他方、ケルセチンはアセチルコリンやドーパミンなどの神経伝達物質の放出を刺激したり、運動単位の発火頻度を変化させたりすることが知られている。ケルセチン摂取により、筋線維の伝道速度が上昇するといった、先行研究の報告もある。よって、ケルセチン摂取という簡便な手法が、高齢者の筋トレ効果を高める可能性がある。渡邊氏らはそのような仮説の下、以下の研究を行った。

日本人高齢者を対象に、筋トレを併用して6週間介入

研究参加者は65~82歳の健康な高齢者30人。BMI18.5~35、運動制限がないことが適格条件で、人工関節置換術の既往者やケルセチンを含むサプリメント摂取者などは除外されている。

試験デザインはプラセボ対照二重盲検並行群間比較試験であり、年齢、性別の分布、およびベースライン時点の筋力のバランスを考慮したうえで、ケルセチン摂取群とプラセボ摂取群に割り付け、6週間の筋トレ介入中にそれらを摂取してもらった。

ケルセチン群は200mgのケルセチンとデキストリン1.8g、プラセボ群は2gのデキストリンを毎朝水とともに摂取。これらは、外観などから区別できないカプセルとして支給した。筋トレは膝伸展筋の強化を意図して、最大随意筋力(maximal voluntary force;MVF)の60%の強度で10回を3セット、週3回とした。

評価項目は、体組成、MVF・筋肉厚・運動単位(いずれもトレーニングを行った脚で測定)、体力テスト(椅子立ち上がりテスト、timed up&go test〈TUG〉)などであり、介入前、介入開始3週時点、介入終了1週間後という3時点で評価した。

運動単位(MU)については、動員閾値の変化を把握するために、すべての運動単位(MUall)に加えて、MVFの0~20%(MU0-20)、20~40%(MU20-40)、40~60%(MU40-60)と、負荷強度を細分化した評価も行った。なお、運動単位の動員閾値とは、筋肉が収縮する時、ある運動単位が活動を開始するのに必要な最小限の力のことで、小さい力で働く運動単位は動員閾値が低く、大きな力を出す運動単位は動員閾値が高い。

このほか、簡易型自記式食事歴質問票(brief-type self-administered diet history questionnaire;BDHQ)と国際標準化身体活動質問票(International Physical Activity Questionnaire;IPAQ)により、栄養素摂取量と身体活動量を評価した。

主要評価項目は最大随意筋力(MVF)であり、上記のその他の指標は副次評価項目として設定されていた。

ケルセチンは動員閾値の高い運動単位への働きかけを介して、筋力を向上する可能性

介入中に4人が脱落し、解析対象は26人となった。ケルセチン群が13人(73±4歳、男性6人)、プラセボ群が13人(71±5歳、男性5人)であり、ベースライン時点で、体組成、筋力、筋肉厚、運動単位(MU)、栄養素摂取量、身体活動量など、すべての評価項目に有意差がなかった。

ケルセチン群で筋力が有意に大きく上昇

主要評価項目である最大随意筋力(MVF)は、プラセボ群が介入前111.2±47.4Nm、介入後117.1±49.9Nm、ケルセチン群が同順に93.9±25.4Nm、105.9±25.5Nmであり、両群ともに有意に上昇していたが(p<0.001)、介入後の値に有意差はなかった(p=0.240)。ただし、介入前後での変化率は、プラセボ群5.3±4.8%、ケルセチン群15.1±11.0%であり、後者のほうが有意に大きく上昇していた(p<0.001)。<>

筋肉厚、筋肉量、体力テストについては、本研究の6週間の介入では時間効果が有意でなく、群間差も非有意だった。

ケルセチン群では動員閾値の高い運動単位の発火頻度が低下

運動単位の動員閾値は、介入前は群間に有意差がなかった。それに対して介入後には、ケルセチン群において発火頻度が低下しており、とくに閾値の高い運動単位で群間差が有意だった(MUallおよびMU20-40、MU40-60は群間差が有意であり、MU0-20は非有意)。

また、ケルセチン群において、介入前後のMU40-60の変化率はMVFの変化率と有意に正相関していた(r=0.642、p=0.018)。MUallやMU20-40、MU40-60の変化率とMVFの変化率との関連は非有意であったことから、ケルセチンは動員閾値の高い運動単位への働きかけを介して筋力向上作用を高める可能性が示唆された。なお、プラセボ群では負荷強度の強弱にかかわらず、動員閾値とMVFの変化率との有意な関連は認められなかった。

著者らは、「われわれの研究結果は、ケルセチンの摂取がより高い動員閾値の運動単位の適応を向上し、筋力トレーニングと組み合わせることでその効果が拡大し、高齢者の筋力改善における有効な戦略となり得ることを示している」と総括している。

文献情報

原題のタイトルは、「Quercetin ingestion alters motor unit behavior and enhances improvement in muscle strength following resistance training in older adults: a randomized, double-blind, controlled trial」。〔Eur J Nutr. 2025 Mar 10;64(3):117〕 原文はこちら(Springer Nature)

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スポーツ栄養Web編集部

0.001)、介入後の値に有意差はなかった(p=0.240)。ただし、介入前後での変化率は、プラセボ群5.3±4.8%、ケルセチン群15.1±11.0%であり、後者のほうが有意に大きく上昇していた(p<0.001)。<>

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行と神経性やせ症の若年患者の日本における関係性の傾向を、大規模診療データを用いて検討した結果、COVID-19流行後に患者数が増加に転じていることが明らかになった。東邦大学の研究グループの研究成果であり、「Medicina(Lithuania)」に論文が掲載されるとともに、同大学のサイトにプレスリリースが掲載された。

研究のポイント:日本も欧米諸国同様の変化が生じていた

COVID-19の流行後、欧米諸国から若年者の神経性やせ症の患者数が増加していることが報告された。しかし、日本を含むアジア地域においては明らかになっていなかった。

今回の研究により、COVID-19の流行前の期間では、神経性やせ症の若年患者数は経時的に減少傾向だったが、流行後の期間では増加傾向にあることが明らかになった。とくに男性や低年齢群での増加率が高いこともわかった。

欧米諸国も同様の結果であり、社会や文化的な差異を超えた、COVID-19の流行およびCOVID-19流行後の生活様式の変化という、各国に共通する状況が神経性やせ症の発症に強く関連したと考えられる。また、本人の心理状態や家族および友人との関係性などが発症に関わるリスク要因として示唆された。

本研究の結果を踏まえ、今後、世界的な感染症の流行や甚大な災害時などの有事の際には、リスク要因に応じた介入を行い、重大な社会的損失を伴う神経性やせ症の発症を予防していくことが望まれる。

発表内容:男子、低年齢でより強い影響

神経性やせ症は思春期から好発する精神疾患で、その症状は長期的な治療を要する場合が多く、経済的な面も含めて個人だけでなく社会に大きな影響を与える。そのため、発症を予防し早期に介入していくことが必要であり、発症に関連する要因を明らかにすることが喫緊の課題となっている。

2020年からCOVID-19が世界的に流行する中で、米国、カナダ、オーストラリアおよび欧州諸国から、COVID-19の流行後より若年の神経性やせ症の患者数が経時的に増加していることが報告された。しかし、日本を含めたアジア諸国においては、神経性やせ症の若年患者数が経時的にどのように変化したかについては明らかになっていなかった。そこで本研究グループは、大規模診療情報データを用い、日本でのCOVID-19の流行前後における神経性やせ症の若年患者の状況を明らかにすることを目的として研究を行った。

本研究では、リアルワールドデータ株式会社から提供を受けた大規模診療データベースを用いた。同データベースに登録されたわが国の医療機関の小児科、精神科および心療内科において、神経性やせ症と新規に診断された7~19歳の患者を対象とした。日本では2020年3~5月の臨時休校以降、子どもの生活様式が大幅に変化していることから、2020年3月以前をCOVID-19の流行前、同年5月以降を流行後と定義し分割時系列解析を行い、COVID-19流行前後に神経性やせ症と診断された若年患者数の経時的な変化を比較した。

その結果、COVID-19の流行前に神経性やせ症と診断された7~19歳の患者数は41人(1.08人/月)で、流行後に診断された患者数は34人(1.48人/月)だった。男女別では、男性の流行前が1人(0.03人/月)で流行後が5人(0.22人/月)であるのに対して、女性では流行前は40人(1.05人/月)で流行後が29人(1.26人/月)と、男性の増加率の方が高いことがわかった。また、年齢別ではCOVID-19流行後に神経性やせ症と診断された7~14歳の患者数が15~19歳の患者数よりも多く、7~14歳の1カ月あたりの患者数は流行前では0.74人/月であったのに対し、流行後は1.13人/月で約1.5倍の増加を認めた。

分割時系列解析では、COVID-19の流行前の期間では神経性やせ症と診断された患者数は経時的に減少傾向だったが、流行後の期間では増加傾向を認めた(図1)。図1では月別の神経性やせ症と診断された患者数を示し(〇印)、2020年3月の縦の一点鎖線は臨時休校開始の時期を示している。実線は患者数の経時的な変化を示しているが、2020年3月以降、その実線の傾きはCOVID-19が起こらなかったと仮定したときの推計値(破線)よりも急になっている。

図1 神経性やせ症と診断された若年患者数の経時的変化

一点鎖線は2020年3月の臨時休校開始の時期を示している。

(出典:東邦大学)

欧米諸国と同様にアジア地域に位置する日本においてもCOVID-19の流行後に若年者の神経性やせ症の患者数が増加していることから、これらの国々に共通するCOVID-19の流行そのものと、流行後の生活様式の変化が患者数増加に関与していると考えられる。また、欧米諸国と日本での結果が同様であったことから、これら国々の違いに基づく社会文化的な要因よりも、当人や家族および友人に関連するリスク要因(完璧主義や不安といった心理状態、および家族や友人らとの関係性の希薄化など)が、COVID-19流行後の神経性やせ症の発症により関与している可能性が考えられる。

将来、世界的な感染症が流行した場合や甚大な災害等が生じた場合、COVID-19流行時と同様に生活様式が急激に変わり、そのような有事の際に、上記のリスク要因を考慮した介入を早期から行うことで、若年者の神経性やせ症の発症予防につながり得ると考えられる。

プレスリリース

日本においても神経性やせ症の若年患者がCOVID-19流行後に増加に転じたことを実証(東邦大学)

文献情報

原題のタイトルは、「Association of COVID-19 Pandemic with Newly Diagnosed Anorexia Nervosa Among Children and Adolescents in Japan」。〔Medicina. 2025 Mar 3;61(3):445〕 原文はこちら(MDPI)

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都市部では、社会経済的指標が低い地域の住民ほど、暑さに伴う緊急入院リスクが高いことが明らかになった。東京科学大学と東北大学の研究グループが、全国規模の入院データを解析し、居住地域や社会経済的指標によって緊急入院リスクがどのように異なるか検討した結果であり、「Journal of Epidemiology and Community Health」に論文が掲載されるとともに、大学のサイトにプレスリリースが掲載された。暑さの影響がとくに大きい地域では、救急医療体制の強化を含む対策の必要性が示されたことから、今後、地域の特性に応じた暑さ対策の推進が求められる。

研究の背景:社会経済的弱者は熱ストレスへの耐性が低いか?

暑さはさまざまな健康リスクを引き起こすことが知られている。一方で、暑さによる健康被害の受けやすさは、個人の特性や居住地域によって異なるとされている。

とくに、ヒートアイランド現象の影響により都市部の住民は暑さにさらされやすいと考えられている。また、社会経済的指標が低い地域の住民は、熱ストレスへの耐性が低い可能性があることも懸念されている。

しかし、こうした健康被害の実態については、十分に明らかにされていなかった。

研究の成果:都市部の社会経済的指標が低い地域は暑さに伴う緊急入院リスクが高い

本研究では、日本全国における2011年から2019年までの9年間のデータを用い、6月から9月(年間で気温の高い4カ月)に発生した緊急入院症例を対象として、1日の平均気温と緊急入院との関連を分析した。さらに、暑さによる緊急入院への影響が、居住地域や社会経済的指標によってどのように異なるのかを解析した。

入院データはDPC(Diagnosis Procedure Combination)データベースから抽出し、日平均気温のデータは気象庁のデータを使用した。社会経済的指標としては、国勢調査の世帯・職業・居住に関する項目を基に算出された地理的剥奪指標(Area Deprivation Index:ADI)を採用した。また、居住地域(都市部・郊外・それ以外)は、国勢調査の大都市圏・都市圏の分類に基づいて設定した。

解析の結果、全緊急入院のうち、暑さが要因となる入院の割合は、最も社会経済的指標が高い地域では1.19%(95%信頼区間0.98~1.41)であるのに対し、最も社会経済的指標が低い地域では1.87%(同1.68~2.06)と算出された。このことから、社会経済的指標が低い地域ほど、暑さによる緊急入院への影響が大きいことが明らかになった。

また居住地域(都市・郊外・それ以外)別に比較すると、都市でも郊外でもない地域では1.42%(1.24~1.60)であるのに対し、都市部では2.03%(1.78~2.30)と推定された。これにより、とくに都市部の住民において、暑さによる緊急入院の影響が大きいことが示された。

さらに、社会経済的指標と居住地域の両方を同時に考慮すると、都市部における最も社会経済的指標が低い地域の集団において、暑さによる緊急入院は2.62%(2.26~3.03)と、最も高いことが判明した。

図1 居住地域・社会経済的指標別の暑さに伴う健康被害

(出典:東京科学大学)

社会的インパクトと今後の展開:対象により熱中症警戒アラートの情報がとくに重要

本研究により、暑さによる緊急入院への影響は、都市部において社会経済的指標が低い地域の住民ほど顕著であることが明らかになった。この結果を踏まえ、熱中症警戒アラートに基づいた暑さ対策の重要性を、とくにこうした地域の住民に対して重点的に啓発する必要があると考えられる。また、地域の実態に即した暑さ対策を講じることの重要性が示唆された。

一方、救急医療を担う医療機関では、暑さが引き起こす緊急入院への対応力を強化することが求められる。とりわけ、都市部の社会経済的指標が低い地域の医療機関では、その重要性が一層高いと考えられる。今後、気候変動の影響により暑い日が増えると予想されるなか、暑さに伴う緊急入院の増加に対応できる医療体制の構築が必要であることが示唆された。

プレスリリース

都市部における暑さによる健康被害の格差を解明 社会経済的指標が低い地域の住民ほど、緊急入院リスクが高いことを実証(東京科学大学)

文献情報

原題のタイトルは、「Heat-related impacts on all-cause emergency hospitalisation differ by area deprivation and urbanicity: a time-stratified case-crossover study in Japan」。〔J Epidemiol Community Health. 2025 Jan 16:jech-2024-222868〕 原文はこちら(BMJ Publishing Group)

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スポーツ栄養Web編集部


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従来、一定強度以上の身体活動の実践が推奨されることが多い。しかし、中高年女性では、あらゆる運動強度の歩数がメタボリックシンドローム抑制に寄与することが明らかになった。愛媛大学の研究グループの研究成果であり、「Environmental Health and Preventive Medicine」に論文が掲載されるとともに、同大学のサイトにプレスリリースが掲載された。著者らは、歩数に基づいた身体活動推奨の有用性を示唆する結果であり、日常生活の中で無理なく歩数を蓄積することの重要性が示されたとしている。

研究の概要:ウォーキングの強度でメタボ抑止効果に差はあるか?

この研究では、潜在プロファイル分析を用いて、中高年女性の日常生活における歩行活動パターンを特定し、それらのパターンとメタボリックシンドローム発生リスクとの関連を検討した。特定された歩行活動パターンには、「主に中高強度の歩行時間を蓄積することで1日1万歩程度の歩数に達するパターン」と、「主に低強度の歩行時間を蓄積することで1日1万歩程度の歩数を達するパターン」が含まれていた。

これらのパターンのメタボリックシンドローム発生に対する予防効果は同程度だった。なお、この研究成果は日本衛生学会のジャーナル「Environmental Health and Preventive Medicine」に掲載され、「Editor’s Pick」(編集者が注目すべき論文を選定しWebサイト上での強調表示を行う論文)に選出された。

図1 グラフィカル・アブストラクト

(出典:愛媛大学)

研究の詳細:あらゆる歩数が健康に寄与する

発表論文は、愛媛県東温市で進行中の東温スタディ(詳細はこちら)から得られた成果の一つ。

調査開始時点でメタボリックシンドロームでなかった中高年女性794名を対象に、1軸加速度計を用いて日常生活の歩数および強度別の歩行時間を調査した。潜在プロファイル分析を用いた統計モデリングの結果、日常生活における歩行活動パターンは四つのパターンに分類された(図1)。そのうち、「主に中高強度の歩行時間を蓄積することで1日1万歩程度の歩数に達するパターン(パターンB)」と、「主に低強度の歩行時間を蓄積することで1日1万歩程度の歩数に達するパターン(パターンC)」は、「低水準の歩行活動(パターンA)」と比較して、5年間の追跡期間中のメタボリックシンドローム発生のリスクが同程度低下する可能性が示された。

この結果は、歩行の強度にかかわらず一定水準の歩数を蓄積すること、すなわち「あらゆる歩数が健康に寄与する」という考えを支持し、歩数に基づいた身体活動推奨の有用性を示唆するものと言える。従来、一定強度以上の身体活動が推奨されることが多い一方で、本研究の結果は、日常生活の中で無理なく歩数を蓄積することの重要性を示唆している。

これまでに、同研究グループは歩行に関する指標(歩数、歩行時間、歩行の強度など)とメタボリックシンドローム発生との関連を明らかにしてきた(Int J Obes (Lond). 2024 May; 48(5): 733-740.)。しかし、日常生活環境下においては、それらの歩行指標は相互に関連し合う。

本研究では、これらの相互関係を考慮し、実社会において自然に生じる歩行活動パターンを統計モデリングによって同定した点、エビデンスレベルの高い情報を提供可能なコホート研究のデザインを用いてそのパターンとメタボリックシンドロームとの因果推論を行っている点、現場レベルでの理解・活用が容易なエビデンスを提供している点が高く評価され、ジャーナルの「Editor’s Pick」選出に至った。

プレスリリース

あらゆる歩数が健康に寄与する(愛媛大学)

文献情報

原題のタイトルは、「Patterns of daily ambulatory activity and the onset of metabolic syndrome in middle-aged and older Japanese women: the Toon」。〔Environ Health Prev Med. 2025:30:11〕 原文はこちら(J-STAGE)

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スポーツ栄養Web編集部


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2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピック(東京2020)の選手村の食事に関する、国際的な評価の結果が発表された。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック発生にかかわらず、事前計画よりも改善された食事が提供されていたことなどが報告されている。

オリンピック・パラリンピックでの食事提供に関する国際評価

オリンピック・パラリンピックにおける食事に関するスポーツ栄養士等による国際的な評価は、2008年の北京オリンピックで始まって以来、毎回行われている。この評価は通常、2回以上のフェーズで行われる(東京2020では3回)。最初のフェーズは開催の約12~9カ月前であり、食事提供計画を書面でレビューして評価。2回目のフェーズは実際の大会開催期間中の現地調査で評価する。東京2020におけるレビューの方法は以下の通り。

1回目は2019年6月、2回目は同年9月。これらはいずれも書面でのレビュー。3回目は2021年7~9月の大会会期中に現地でレビュー。

レビュー者:

大規模大会での食事提供の経験に基づき、かつ、すべての大陸を網羅することを勘案して特定したスポーツ栄養士/栄養学者に対して、電子メールで研究参加を招待した。

フェーズ1では9人のスポーツ栄養士が評価を行い、そのうち7人はフェーズ2でも評価も行った。フェーズ3(現地調査)では18人の国際的に活動しているスポーツ栄養士が評価した。レビュー者のスポーツ栄養の経験年数は、フェーズ1は22±8.7年、フェーズ2は18±9.1年、フェーズ3は17±9.8年だった。

評価項目

書面でのレビューでは、国際オリンピック委員会から提供された、選手村のメインダイニングホール、サテライト選手村、競技会場のメニューを基に行い、計画されているメニューに対してフィードバックを行った。なお、事前計画のメニューには、イベント全体のすべてのサービス時間帯(朝食、昼食、夕食、夜間)で、各サービスエリア(世界、アジア、日本、ピザ/パスタ、グルテンフリー/ベジタリアン、ハラール、冷製料理など)から提供される個々のメニューの情報が含まれていた。

評価には、オリンピック・パラリンピックにおける食事の提供状況を確認するために以前に開発された調査票を改訂し用いられた。フェーズ1では、食べ物の種類、特定のニーズ(グルテンフリー、ベジタリアン/ビーガン、食物アレルギー/不耐症向けのケータリングなど)、スポーツ特有のケータリング(回復食、補食、スポーツフード、体重別階級競技用アイテムなど)、文化的多様性、安全性、食事の提供(ラベル付け、アイテムの命名、サービスエリア内の場所など)について、「非常に悪い」から「非常に良い」の1〜5段階で評価。また、各項目について自由形式のコメントを追加可能とした。フェーズ2のレビューでは、最初のレビューで指摘した項目への改善の程度に関する質問も含まれていた。

このほかに、メインダイニングホールについては各レビュー段階で、0~10点の総合評価も行われた。

フェーズ1~3の評価結果とフェーズ間の比較

フェーズ1の評価結果

2019年6月のフェーズ1の評価結果は、「メニュー全体の多様性」が中央値4点(良い)だった。その他、28項目のうち26項目は中央値4点または3点(ふつう)であり、「パスタ、麺類、ライス」については5点(非常に良い)で、「スナック、スポーツ食品」は2点(悪い)だった。

自由回答には、「ランチとディナーのメニューの繰り返しが多い」、「メニューにアジアの影響が強くみられる」、「軽食の選択肢が少なく、とくに食堂外へ持ち出せるものが不足している」などの記述がみられた。

フェーズ2の評価結果

2019年9月のフェーズ2では、メニュー項目を表す写真が導入され、自由回答のコメントにそれを評価する記述があり好評だった。全体的な多様性とワールドメニューの多様性は「やや改善」と評価され、スナック/スポーツフード、リカバリーアイテム、アレルギー/不耐症、および体重別階級競技用アイテムについては「変化なし」と評価された。

フェーズ2で「大幅に改善」と評価された唯一の項目は、夜間の食事だった。一方、自由回答のコメントでは、文化の多様性への配慮の欠如や、グルテンフリーやビーガンに対する懸念が依然として指摘された。

フェーズ3の評価結果

オリンピック・パラリンピック開催期間中の現地調査では、メインダイニングホールについて、安全性(93%)、グルテンフリーメニューの配置(93%)、栄養成分表示(86%)、メニュー項目の名称(87%)、ケータリングスタッフとのやり取り(76%)、アレルギー/不耐症向けメニュー(68%)、全体的なバラエティー(67%)など、大多数の回答者から「良い/非常に良い」と評価された。サービスのバラエティーは「ふつう」(53.3%)、特定のリクエストへの対応力は「悪い/非常に悪い」(64%)と評価され、また、スタッフの柔軟性のなさについてのコメントがあった。

自由回答には、栄養表示について「アレルギー情報が部分的であり、パッケージ情報のGoogle翻訳以外の情報がなかった」、文化の多様性への配慮について「アフリカやカリブ文化の選択肢は非常に限られていた」、カジュアルダイニングのメニューについて「日本食中心であり多様性が低かった」などの記述がみられた。

メインダイニングホールの総合評価、およびその他の評価項目の推移

メインダイニングホールに関する評価結果は、フェーズ1と2の間で有意に改善し(p=0.037)していた。また、フェーズ3の評価結果は10点満点中8点となり、三つの評価時点の中で最高点であって、フェーズ1との比較で有意差が認められた(p=0.042)。

その他、フェーズ1からの評価結果の変化を解析すると、フルーツ(良い→ふつう→非常に良い)、ピザ(ふつう→ふつう→良い)、冷製デザート(ふつう→悪い→良い)、ヨーグルト(ふつう→ふつう→非常に良い)、体重別階級競技用アイテム(ふつう→良い)、スナック/スポーツフード(悪い→ふつう)は、統計的に有意な変化が認められた。

経験が豊富な評価者ほど低く評価

このほかに、レビュー(評価)者の経験年数と評価結果との相関が検討され、経験が長い評価者ほど、低い評価をするという有意な関連が検出された(r=-0.492、p=0.008)。

結果の総括:COVID-19パンデミックにもかかわらず事前計画から大幅に改善

論文のアブストラクトには、総括として以下のように記されている。

  • スポーツ栄養士が、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会のアスリートに対する食事の提供案と実際の食事を評価した。COVID-19パンデミックにもかかわらず、選手村での食事の提供は、2019年に提案されたものと比べて、全体的にも、現地でのメニューの特定の側面においても大幅に改善されたと評価された。
  • ケータリング業者へのリードタイムの​​延長、パンデミック中の参加者数の減少、食堂での滞在時間の短縮、食品の安全性を確保するための食品の回転率の向上により、全体的な品質が向上した可能性がある。ただし、スポーツ会場やサテライトビレッジでの食事はメインの食堂での食事ほど高く評価されておらず、今後の大会の留意点。
  • より経験豊富なスポーツ栄養士は、全体的なメニューを低く評価しており、これは過去のイベントと比較したコメントや、会場内でメニュー以外の品物を注文できないことに反映されている。
  • 全体として、評価プロセスとフィードバックにより、提案されたメニューと現地での食事の提供に前向きな変化がもたらされ、将来の組織委員会にとって貴重な情報となった。オリンピック・パラリンピックでの食事の提供をモニタリングすることは、アスリートの健康とパフォーマンスに適した食事の提供を改善するために不可欠。

関連情報

文献情報

原題のタイトルは、「Sports Dietitians Evaluation of Food Provision for Athletes at the Tokyo 2020 Olympic and Paralympic Games」。〔Eur J Sport Sci. 2025 Apr;25(4):e12276〕 原文はこちら(John Wiley & Son)

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スポーツ栄養Web編集部


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国内の40歳以上の地域住民を対象とする研究から、カルシウム摂取量が少ない場合に転倒リスクが高いことが報告された。横断的解析と縦断的解析のいずれでも、有意な関連が認められるという。新潟大学大学院医歯学総合研究科健康増進医学講座の蒲澤佳子氏らの研究の結果であり、「The Journal of nutrition、health and aging」に論文が掲載された。

カルシウム摂取量と転倒リスクとの関連は?

転倒は高齢者の外傷の主要な原因であり、転倒に伴う骨折を機に、長期臥床、身体障害、認知機能低下、要介護、死亡へとつながることも少なくない。一方、高齢者の骨折のリスク因子として骨量減少を主徴とする骨粗鬆症が挙げられ、骨量減少に対してはカルシウム摂取量を増やすことが有効とするエビデンスがある。ただし、カルシウム摂取量と転倒リスクとの関連の知見は少ない。

これを背景として蒲澤氏らは、新潟県で行われている地域住民コホート研究(魚沼コホート、湯沢コホート)のデータを用いて検討を行った。

40歳以上の地域住民を対象とした前向きコホート研究5年追跡データを分析

この研究は、解析に必要なデータの欠損、および体格指数(BMI)と摂取エネルギー量の外れ値を除外し、横断的解析は男性1万8,439人、女性2万127人、縦断的解析は同順に1万3,872人、1万5,361人を解析対象とした。

カルシウム摂取量は食物摂取頻度調査票から把握し、残差法により摂取エネルギー量で調整した値を用いた。転倒については、過去1年以内の転倒の有無を質問票で調査した。ベースラインの分析対象者の特徴として、男性は平均年齢が62.7歳、カルシウム摂取量のエネルギー調整中央値は463mg/日、過去1年間で転倒を経験していた割合は19.5%であった。女性は同順で、63.5歳、577mg/日、18.8%であった。

本研究では、性別ごとのカルシウム摂取量の四分位数に基づき、それぞれ4群に分け、第4四分位群(カルシウム摂取量が多い上位25%)を基準として、過去1年以内に転倒の経験を有することのオッズ比を算出した。横断的解析では、結果に影響を及ぼし得る因子(年齢、BMI、喫煙・飲酒習慣、身体活動量、摂取エネルギー量、地域、慢性疾患の有無、骨折の既往、独居/同居)を調整した。縦断的解析ではさらに、ベースラインの転倒経験の有無を調整した。

男性・女性ともにカルシウム摂取量が少ない群に転倒経験者が多い

横断的解析では、男性、女性ともに、カルシウム摂取量が多い群に比べて、少ない群ほど転倒経験者が多いという有意な関連が認められた。この結果は縦断的解析でも同様であり、カルシウム摂取量の四分位群の最も少ない群は、最も多い群に比べた転倒の調整オッズ比が男性では1.20 (95%信頼区間1.04、1.40)、女性では1.23 (95%信頼区間 1.09、1.39)であった(男女とも傾向性p<0.05)。<>

年齢層(65歳未満/以上)、BMI(22未満/以上)、および身体活動量(性別ごとの中央値〈男性39.9、女性38.5MET・時/週〉未満/以上)で層別化した解析を実施したところ、男性では若年、BMI低値、身体活動量が多い群で、より明らかな関連が認められた。女性ではそれらの特徴による差異は認められなかった。

以上一連の結果に基づき著者らは、「40歳以上の一般成人の転倒予防において、適切なカルシウム摂取が重要であるというエビデンスを得られた。食習慣が異なる他の集団での、さらなる研究が求められる」と結論づけている。

文献情報

原題のタイトルは、「Association of dietary calcium intake with risk of falls in community-dwelling middle-aged and older adults」。〔J Nutr Health Aging. 2024 Dec 31;29(3):100465〕 原文はこちら(ELSEVIER)

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スポーツ栄養Web編集部

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味の素株式会社は、福島県二本松市と連携し、「適塩」をテーマとした子どもとその保護者向けの食育活動を展開しています。その実践内容と教材が、食と健康の情報サイト「あじこらぼ」にて公開されました。

本活動は、生活習慣病予防を目的とする「食でつながる 食で健康プロジェクト」の一環として行われており、幼稚園や小学校の授業に“うま味”を活かした減塩の工夫を取り入れた体験型プログラムが実施されました。

二本松市立油井幼稚園では、保護者参観日に「適塩みそ汁体験」を開催。園児と保護者が一緒に、ぬりえワークシートやだしの試飲を通じて、“ちょうど良い塩加減でおいしい”みそ汁の作り方を楽しく学びました。

また、二本松市立塩沢小学校では、5年生の家庭科授業と連携し、「だし」の種類や、うま味による減塩効果を学ぶ授業を実施。児童たちは、実際にだしを味わったり、塩分濃度の異なるみそ汁を体験したりしながら、だしの相乗効果やうま味の活用について理解を深めました。

本プログラムで使用された教材やワークシートは、味の素株式会社公式サイト「あじこらぼ」にて無料公開中です。現場の先生方の声をもとに工夫された内容は、他の自治体や教育現場への展開も期待されています。

「あじこらぼ」では、Ajico Reportの全文を無料公開しているほか、PDFを無料でダウンロードすることができます。下記ボタンからチェックしてください!

記事全文・PDFダウンロードはこちら(あじこらぼへ)

【あじこらぼ】Ajico Report&Ajico News バックナンバー

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スポーツ栄養Web編集部


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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に感染後のアスリートに生じるパフォーマンスの低下を、サプリメント摂取を含む積極的な栄養介入によって抑制できることを示唆するデータが報告された。ルーマニアのサッカープロクラブに所属し、COVID-19に罹患した13~15歳の男子選手を対象に行われた研究の結果であり、栄養介入を受けていた群と対照群との間で、5種類の指標のうち4種類について罹患後に有意差が認められたという。

COVID-19罹患後のパフォーマンス低下を、サプリを用いた栄養介入で防げるか

COVID-19のパンデミックは収束したが、依然として公衆衛生上の脅威として存在している。通常、若年であることの多いアスリートの場合、COVID-19罹患時の症状は比較的軽度だが、そうであっても呼吸機能低下などが生じて急性期以降もパフォーマンスに影響が残り得ることが報告されている。これに対して、積極的な栄養介入がCOVID-19罹患の影響を抑制する可能性が考えられるが、そのエビデンスは乏しい。

以上を背景として今回紹介する論文の研究では、ルーマニアにおいて、COVID-19パンデミック中にとられていた、サプリメント摂取を含む栄養介入強化戦略が、感染した場合のパフォーマンス低下抑制や回復促進につながっていたかを、後方視的デザインで検討している。

ルーマニアのプロクラブに所属する13~15歳の男子サッカー選手を対象に検討

この研究が行われたルーマニアのプロサッカー界では、COVID-19パンデミック中、選手の感染抑止を期して、積極的な栄養介入戦略がとられていた。その内容は、摂取すべきエネルギー量として2,000~2,500kcal/日を基本として推奨し、トレーニングの時間と種類に応じて3回の食事と2回の間食で摂取すべき食品・栄養素を提示して、かつ、朝・昼・夕に摂取すべきサプリメントの種類・量を、季節に応じて設定し推奨するという緻密なもの。推奨されたサプリは、ビタミンCやD、亜鉛など(詳細は論文中のtable2と3を参照)。

ただし、サプリ摂取については、すべてのクラブがその推奨に従ったわけではない。つまり、パンデミック中に選手に対してサプリ摂取介入を行ったクラブと行わなかったクラブがあった。この研究は、この違いを生かして、パンデミック中にサプリによる栄養介入強化を受けた選手と受けなかった選手とで、COVID-19感染後のパフォーマンスに差が生じていたか否かが検討された。

解析対象者は、2021~22年の間にCOVID-19に罹患した、プロクラブに所属する13~15歳の男子サッカー選手99人。なお、当初は129人が登録されたが、追跡調査中の脱落、栄養介入プロトコルからの逸脱、負傷などを除外し99人となった。

COVID-19罹患前、およびCOVID-19急性期から回復後は、毎週5種類のパフォーマンステストが実施されていた。その内容は、握力、10mスプリント、30mスプリント、ビープテスト(インターバルをおかないYo-Yoテスト)、およびベンチプレス。これらは、フィジカルトレーナー、理学療法士、看護師、医師の監督下で実施されていた。

COVID-19罹患前は同等だったパフォーマンスが、罹患後はサプリ摂取の有無で有意差

対象者の約半数(49.5%)は13歳で、残り半数を14歳と15歳が同数ずつ(各25.3%)占めていた。COVID-19急性期から回復後に20人(20.2%)が、スパイロメトリーで軽度の呼吸機能低下が認められ、その他の79.8%の呼吸機能は正常だった。

全体として58.5%がサプリを摂取し、41.4%は摂取していなかった。この2群間で、年齢、BMIに有意差はなかった。かつ、スパイロメトリーで軽度呼吸機能低下が認められた選手の割合は、サプリ摂取群が20.6%、非摂取群が19.5%で同等だった(p=0.732)。

パフォーマンスの比較には、COVID-19罹患の1カ月前、罹患後1カ月、3カ月の時点のデータが用いられている。5種類の指標のいずれも、罹患1カ月前には群間差が非有意であり、罹患後にはベンチプレスを除く4種類の指標で、サプリ摂取群のほうが良好な結果となっている。詳細は以下のとおり。なお、データはすべて中央値。

握力(kg)

罹患1カ月前はサプリ摂取群が25.6 vs 非摂取群は22.3(p=0.206)。罹患1カ月後は同順に26.5 vs 18.1(p<0.05)、3カ月後27.3>

罹患1カ月前はサプリ摂取群、非摂取群ともに2.2(p=0.164)。罹患1カ月後はサプリ摂取群が2.2 vs 非摂取群は2.3(p=0.001)、3カ月後2.1 vs 2.2(p=0.002)。

30mスプリント(秒)

罹患1カ月前はサプリ摂取群が5.1 vs 非摂取群は5.3(p=0.091)。罹患1カ月後は同順に5.1 vs 5.4(p<0.001)、3カ月後4.9>

罹患1カ月前はサプリ摂取群、非摂取群ともに7.5(p=0.835)。罹患1カ月後はサプリ摂取群が7.5 vs 非摂取群は7(p<0.001)、3カ月後8>

ベンチプレスは前述のようにすべての時点で有意差がなく、罹患1カ月前と罹患1カ月後は20kg、罹患3カ月後は25kg。

COVID-19以外の呼吸器感染症にもサプリ介入が有効な可能性

著者らは、本研究の対象が思春期の男子サッカー選手のみであるため、結果の一般化が制限されるとしたうえで、結論を以下のように記している。「思春期のアスリートに対する厳格な食事計画に基づく栄養介入、および、ビタミンとミネラルのサプリメントによる介入は、COVID-19感染後の身体パラメータのより迅速な回復に効果的である可能性がある。この有益な効果は、COVID-19だけでなく、他の呼吸器感染症でも検討すべきであろう」。

文献情報

原題のタイトルは、「The Effect of Dietary Supplementation on Physical Performance in Adolescent Male Soccer Players Infected with SARS-CoV-2」。〔Nutrients. 2025 Jan 31;17(3):527〕 原文はこちら(MDPI)

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クエン酸飲料は運動負荷によって生じる乳酸を速やかに除去するように働くことが知られているが、この作用がクエン酸飲料の摂取タイミングで異なるのか否かを検討した研究結果が報告された。信州大学医学部保健学科理学療法学専攻の岡野怜己氏らが、男子学生対象クロスオーバー試験として実施し、論文が「Journal of Physical Therapy Science」に掲載された。

パフォーマンス低下につながり得る乳酸を効率よく除去するには

乳酸はかつて疲労の原因物質と考えられていたが、現在では疲労の直接的な原因ではなく、重要なエネルギー基質と認識されている。しかし乳酸産生に伴うpH低下によるアシドーシスなどを介して筋収縮が抑制されることは、身体的パフォーマンスの阻害因子となる。運動負荷によって蓄積した乳酸が体内のアシドーシスとある程度関連しているという点から、乳酸の迅速な除去がパフォーマンス低下抑制に寄与すると考えられ、そのための手段として、アクティブリカバリーの有用性とともに、代謝を通じてpH低下を抑制するように働くクエン酸摂取の有用性が報告されている。

後者のクエン酸についてはその含有飲料が広く流通していることから、スポーツあるいは理学療法の臨床において簡便に応用可能。しかし、クエン酸飲料を運動の前に飲んだ場合と運動の後に飲んだ場合のどちらがより効果的なのかという点は、これまで研究されていなかった。

男子大学生を対象に、摂取タイミングの差異の影響をクロスオーバー試験で検討

この研究は、健康な男子大学生41人(20.9±2.5歳)を対象とする無作為化クロスオーバー試験として実施された。ビタミンCやクエン酸を含むサプリメントまたはアルコールを習慣的に摂取している学生、運動に支障のある疾患を有する学生は除外されている。

試験条件は以下の4条件で、試行順序を無作為化したうえで、各条件の試行には1週間以上のウォッシュアウト期間を設けた。

設定した4条件とは、運動負荷開始30分前にクエン酸(citric acid)を摂取する条件(pre-CA)41人(全員)、運動負荷終了直後にクエン酸を摂取する条件(post-CA)41人、運動負荷終了直後にクエン酸を含まない水(water)を摂取する条件(post-W)20人、運動負荷の前後ともになにも摂取しない条件(nothing)21人。pre-CAとpost-CAは全員に試行し、post-Wとnothingはどちらか一方を試行した。

クエン酸の用量は4gとし、100mLの水に溶解して支給。運動開始30分前または運動終了直後に摂取してもらった。運動負荷には自転車エルゴメーターを用い、無酸素性閾値(anaerobic threshold;AT)の150%で5分間の負荷とした。

乳酸値の測定には指先穿刺の簡易測定器を用い、運動負荷前、負荷終了直後、5分、10分、20分、30分後に測定した。なお、試行の24時間前からは激しい運動を禁止した。

運動負荷前の摂取でも負荷後の摂取でも乳酸値の低下は同等

研究参加者全員が全条件の試行を終了し、解析対象となった。

まず、乳酸値の変動をみると、全条件で運動負荷前より負荷直後の値が有意に高く(すべてp<0.001)、その後は時間の経過とともに低下していた。絶対値で比較した場合、4条件の間に有意差が認められたポイントはなかった。<>

次に、運動負荷終了直後に観察された乳酸値の最大値を基準に、その後の時間経過に伴う乳酸値の低下率を検討。すると、負荷終了30分後までに、条件にかかわらず、最大値に対して61~65%低下していて、この低下率に有意差はなかった。

ただし、時間経過のゾーン別に細分化して解析すると、クエン酸を摂取した2条件では摂取タイミングにかかわらず、負荷終了5分後から10分後(pre-CAはp=0.022、post-CAはp=0.009)、10分後から20分後(p値は同順に0.001、0.019)、20分後から30分後(0.029、0.004)にかけて、それぞれ乳酸値の有意な低下が観察された。それに対して水を摂取した条件(post-W)では、乳酸値の有意な低下が観察されたゾーンはなく、なにも摂取しない条件(nothing)では10分後から20分後の減少のみが有意だった(p=0.017)。

至適用量の探索が今後の課題

以上より論文の結論は、「クエン酸飲料を運動前に摂取するか、運動後に摂取するかという違いは、乳酸除去に有意な影響を及ぼさないことがわかった。さらに、摂取タイミングにかかわりなく、クエン酸を摂取することで運動後の乳酸値の低下速度が速まることが確認された。この結果は、運動後や筋肉疲労が生じた後でも、クエン酸が乳酸の除去に有効である可能性を示唆している」とまとめられている。また、「この結果に基づけば、リハビリテーションやスポーツの現場で、少なくとも本研究と同等量のクエン酸摂取を実施することで、身体活動後の回復促進に役立つと期待される」と付け加えられている。

なお、運動負荷終了後30分間での乳酸値の絶対値や低下率が、クエン酸を摂取しない群と有意差がなかったことについて、4gという用量が少なすぎ、また観察時間が30分では短すぎた可能性があると述べられている。本研究における4gという値は、パイロット研究に基づき、不快感などの有害事象を来さないレベルとして設定されたもので、体重換算で63.2mg/kgとなるが、既報研究の中には500mg/kgを摂取することで3時間後にアルカローシスがピークになるとするものがあるという。

このことから著者らは、「不快感を来さずに有効性を期待できる摂取量の確立が今後の課題」としている。

文献情報

原題のタイトルは、「Effect of timing of citrate drink ingestion on blood lactate removal」。〔J Phys Ther Sci. 2024 Dec;36(12):772-775〕 原文はこちら(J-STAGE)

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スポーツ栄養Web編集部

0.001)、その後は時間の経過とともに低下していた。絶対値で比較した場合、4条件の間に有意差が認められたポイントはなかった。<>

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やせていることがパフォーマンス上、有利と捉えられる傾向のある長距離においても、そうとは言えない可能性を示唆するデータが、米国から報告された。大学女子選手対象に行われた前向き観察研究の結果であり、シーズン前にエネルギー不足だった選手はエネルギーが充足していた選手に比べて、シーズン中のパフォーマンスが有意に低いという。著者らは、エネルギー不足は長距離ランナーのトレーニング効果を低下させてしまう可能性があるとしている。

エネルギー不足のパフォーマンスへの影響を前向き研究で検討

長距離選手はエネルギー出納が負になる傾向のあることが知られている。その理由として、(1)トレーニングによる消費を食事で満たせていない、(2)やせているほうがパフォーマンス上有利という信念、ということのほかに、(3)摂食障害を生じている場合も当てはまる。一方でアスリートのエネルギー不足は、回復の遅延、疲労の増大、トレーニング効果の低下などにつながり、とくに女性ではRED-S(relative energy deficiency in sport)を介して月経異常や妊孕性低下、疲労骨折などの健康障害が生じやすいことが報告されている。

さらに、前記の理由の(2)に関しては、エネルギー不足によってむしろパフォーマンス低下を来す可能性を示唆する研究結果もある。ただし、そのエビデンスは少なく、ことに前向き研究の知見はほとんどない。

これを背景として、全米大学体育協会(NCAA)のディビジョンI、またはエリートレベルの競技団体に所属している、大学生女子長距離選手を対象とする前向き観察研究が実施された。

NCAAディビジョンIレベルの女子大学生選手を10~12週間観察

研究参加者は、年齢が18~25歳の大学生で長距離大会に積極的に参加しており、健康な非喫煙者を適格条件として募集された42人で、このうち38人がシーズン前のテストに参加、さらに21人はシーズン後のテストにも参加し縦断的解析の対象とされた。

38人のおもな特徴は、年齢19.3±0.2歳、BMI20.2±0.3、体脂肪率22.8±0.7%で、安静時代謝率(resting metabolic rate;RMR)は1,212.5±18.1kcal/日であり、Cunningham式に基づき除脂肪体重から算出したRMRの予測値(predicted RMR;pRMR)に対するRMR実測値(measured RMR;mRMR)の割合である「mRMR/pRMR(RMR比)」は0.95±0.01だった。なお、RMR比が0.92未満の場合、エネルギー不足であるとする先行研究の報告に基づき、本研究でもこれをカットオフ値として、2群に分けて後述の検討を行っている。

このほか、VO2maxは59.7±1.2mL/分/kg、5kmタイムトライアル(5kmTT)は21.0±0.4分、トレーニング時間は409±53分/週、摂取エネルギー量は2,017±102kca/日、運動による消費エネルギー量は613±42kcal/日で、エネルギー可用性(energy availability;EA)は43.9±3.2kcal/kgLBM(除脂肪体重)だった。また、甲状腺ホルモンの総トリヨードサイロニン(total triiodothyronine;TT3)は、96.6±4.1ng/dLだった。なお、エネルギー不足状態では代謝の抑制に関連してTT3は低値となる。

月経状態は16人が正常、8人は月経異常、2人はこの質問に対して明確に回答せず、12人は経口避妊薬を使用していた。

この研究において解析は、ベースライン時点でのRMR比0.92未満/以上での2群での比較という横断的解析と、シーズン前と10~12週間のシーズンを経た後の変化をその2群間で比較するという縦断的解析が行われている。なお、観察期間中の脱落の理由は、多忙(11人)、疲労骨折(2人)などだった。

シーズン前時点のエネルギー不足がシーズン中とシーズン後のパフォーマンス不良に関連

シーズン前のベースラインにおいて、RMR比が0.92未満でありエネルギー不足と判定された選手が12人、RMR比0.92以上でエネルギー充足と判定された選手が26人だった。この2群のベースラインデータを比較すると、年齢、BMI、体脂肪率、摂取エネルギー量、運動による消費エネルギー量、VO2max、5kmTTの記録には有意差がなかった。しかし、エネルギー不足群はエネルギー可用性(EA)が有意に低く(35.9±2.0 vs 48.9±4.5kcal/kgLBM、p=0.046)、総トリヨードサイロニン(TT3)が有意に低値であり(82.69±4.51 vs 103.64±5.13ng/dL、p=0.013)、代謝の抑制が生じていることが示唆された。

縦断的解析の対象者ではシーズン前、シーズン後ともにパフォーマンスに有意差

シーズン後にもテストを受けて縦断的解析の対象となった21人に絞ると、シーズン前にRMR比が0.92未満でありエネルギー不足と判定された選手が7人、RMR比0.92以上でエネルギー充足と判定された選手が14人だった。この2群のベースラインデータを比較すると、EAは有意差がなかったが、TT3はやはりエネルギー不足群のほうが有意に低値であった。

さらに、この2群間ではパフォーマンス指標にも、シーズン前とシーズン後の両時点で、以下のような有意差が認められた。

VO2max

シーズン前は、エネルギー不足群が57.7±4.3、充足群が62.5±6.7mL/分/kgで、エネルギー不足群のほうが8.8%低値だった。シーズン後は同順に59.2±5.9、66.0±4.1mL/分/kgであり(p=0.018)、両群ともにシーズン前より有意に増加していたが群間差は11%に拡大していた。

5kmTT

シーズン前は、エネルギー不足群が22.5±0.7、充足群が20.52±0.7分で、エネルギー不足群のほうが有意に不良だった(p=0.04)。シーズン後は同順に22.2±0.7、20.3±0.7分であり(p=0.040)、両群ともに有意な変化はなく、群間差は引き続き有意だった。

シーズン前のTT3は、5kmTTのシーズン中の変化およびシーズン後の記録の予測因子

次に、シーズン後のVO2maxの群間差の影響を統計学的に調整したうえで、シーズン前のTT3とシーズン前後での5kmTTの走行速度の変化、およびシーズン後の5kmTTの走行速度との関連を線形回帰分析で検討。その結果、シーズン前のTT3はシーズン前後に生じていた5kmTTの走行速度の変化の有意な予測因子であり(R2=0.455、p=0.014)、かつ、シーズン後の5kmTTの走行速度の有意な予測因子だった(R2=0.662、p=0.001)。

つまり、シーズン前にエネルギー不足による代謝抑制が生じていると、シーズンを通してパフォーマンス向上が妨げられ、シーズン後のパフォーマンスが不良になるという関連が認められた。

著者らは、「長距離ランナーのパフォーマンス最大化のために、アスリートのエネルギー不足による代償機転を早期に検出する必要があるのではないか」と述べている。

文献情報

原題のタイトルは、「Pre-Season Energy Deficiency Predicts Poorer Performance During a Competitive Season in Collegiate Female Long-Distance Runners」。〔Eur J Sport Sci. 2025 Mar;25(3):e12261〕 原文はこちら(John Wiley & Sons)

SNDJ特集「相対的エネルギー不足 REDs」

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スポーツ栄養Web編集部


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中国、日本、韓国という東アジア3カ国のサッカーのレベルを、海外、とくに欧州でプレーする選手数の多寡と関連づけて解析した結果が報告された。それぞれの国から出て、欧州リーグで活躍する選手数が多いほど、FIFAランキングが上位であることが明らかにされている。スポーツ栄養とは直接的な関連のある研究ではないが、選手がハイレベルでの環境で経験を積むことがその国のレベル向上につながることを示す、興味深いエビデンスの一つとして紹介する。中国の研究者らの報告。

人材の海外流出は、その人たちが帰国後に国内で活躍することで、長期的にプラスとなる

本稿ではまず、論文のイントロダクションに述べられている内容を紹介する。

専門家の海外流出は、その国の人的資本を枯渇させる可能性が指摘されている。その一方で、時間の経過とともに、海外に移住した人たちの経験が、その国の人的資本を強化する可能性がある。サッカーにおいても、“先進国”と呼ばれる国々のリーグが、サッカーの“発展途上国”のエリート選手を引き抜くことにより、引き抜かれた国の戦力低下がもたらされ、格差をより拡大しているとする批判がある。

トップリーグの人材獲得競争の激しさを表す数値として、例えば欧州5大リーグの1995年の全選手のうち、外国人選手は20%だったが、2005年には39%、2015年の時点で既に50%に達していた。しかし、このようなサッカー選手の海外流出が、その国のレベル低下をもたらすとすることのエビデンスは不足している。一方で、技術者の流出と国内回帰でみられるようなプラスの影響がサッカーにおいても成立し、時間の経過とともに国家間の競技レベル差の縮小につながる可能性も考えられる。具体的には、海外に出てプレーした個々の選手が身に付けたテクニック、身体能力、経験、およびサッカーの戦略や考え方、姿勢などが、帰国後に国内組の選手や指導者、組織に変化をもたらす可能性がある。

東アジアの3カ国、中国、日本、韓国は、地理的に隣接し、文化・歴史・民族という点でも類似点が少なくない。しかしこの3カ国のうち中国は、サッカーの成績という点で日本と韓国から大きく水をあけられている。2024年現在、日本は国際サッカー連盟(FIFA)ランキングが世界で18位、アジアでトップ、韓国は世界23位、アジアで3位であるのに対して、中国は世界で87位、アジアで13位である。

中国の日本に対する対戦成績は7勝15敗8分けで、最後の勝利は1998年までさかのぼる。当時は中国も日本も海外でのプレー経験のある選手がごく限られていた。2026年ワールドカップ予選で、中国は日本に0対7という大敗を喫したが、その時点で日本は海外のハイレベルリーグで21人がプレーしていたのに対して、中国はゼロだった。

論文のイントロダクションでは以上のような事実を整理。そのうえで、海外でプレーするサッカー選手の人数や種通常試合数などと、その国のFIFAランキングとの関連が検討されている。

若い才能の効果的な育成につながる知見

この研究では、海外組の選手を欧州リーグでプレーしている選手数と定義した。その理由として、欧州はサッカーの競争が激しく、名門クラブがしのぎを削っており、東アジアの選手の移籍先としても定着しているためと述べられている。

解析には2000年以降の2万2,972試合のデータが用いられた。FIFAランキングを従属変数、海外移籍選手数を独立変数、出場回数とプレー時間を媒介変数とする解析など、詳細な検討がなされている。以下に結果の一部を紹介する。

ポジション別の選手数

2000年以降、中国、日本、韓国の3カ国から、欧州リーグへの移籍者数をポジション別にみると、フォワードが519人、ミッドフィルダーが332人、ディフェンダーが314人だった。日本と韓国はフォワードが多いのに対して、中国はディフェンダーが多かった。詳細は以下のとおり。なお、論文では国別データを記載する順序として、中国、日本、韓国の順に示されているが(中国発の研究であるためと考えられる)、以降はFIFAランキングにそって、日本、韓国、中国の順に記す。

表1 2000年~2024年に欧州でプレーした東アジア出身サッカー選手の人数

※ゴールキーパーはサンプル数が少ないため当論文では除外されている

欧州移籍選手数やその選手の参加試合数、先発出場数、プレー時間などは、以下のように、すべてFIFAランキングと有意な相関が認められた。

FIFAランキングと欧州リーグ移籍選手数との相関はr=-0.5338(移籍選手数が多いほど順位の数値が小さいため相関係数はマイナスとなる)、ビック5でプレーする選手数との相関はr=-0.3927、ビック5以外でプレーする選手数との相関はr=-0.4681、選手の出場試合数との相関はr=-0.4731、先発メンバーとしての出場試合数との相関はr=-0.4665、ピッチ上でのプレー時間との相関はr=-0.4709。

なお、日本の選手はいずれの指標についても3カ国間で大きくリードしており、2022年において出場試合数は1,731回、先発出場は1,316回、ピッチ上の時間は90分フル出場に換算して1299.5試合相当だった。韓国の選手は2020年に最高のデータを記録し、出場試合数は399回、先発出場は246回、ピッチ上の時間は250.2試合相当だった。中国の選手のピークは2007年であり、出場試合数109回、先発出場58回、ピッチ上の時間70.6試合相当だった。

論文の結論は、「この研究は、東アジアのサッカーの発展にとって国際的な進出の重要性を強調しており、世界的なキャリアを目指す若い才能を効果的に育成するための洞察を政策立案者に提供するものである」とまとめられている。

文献情報

原題のタイトルは、「East Asian expatriate football players and national team success: Chinese, Japanese, and South Korean players in Europe (2000-2024)」。〔Sci Rep. 2025 Jan 29;15(1):3707〕 原文はこちら(Springer Nature)

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スポーツ栄養Web編集部


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農林水産省は3月21日、令和6年10月に全国の市町村を対象に実施した、「食品アクセス問題(買物困難者)に関するアンケート調査」の結果を公表した。食品アクセスについて「対策が必要」、「ある程度必要」と回答した市町村が約9割(88.1%)に上った。

調査の背景と方法

近年、高齢化の進展や食料品小売店の減少等の社会・経済構造の変化によって、中山間地域はもとより、都市部においても、食料品の購入や飲食に不便や苦労を感じる者(いわゆる「買物困難者」)が増加している。この問題は単に商店街の衰退や地域公共交通の機能低下といった側面を有するだけでなく、食料の安定供給の確保という食料安全保障の観点からも、効果的かつ持続的な対策が求められている。このため、農林水産省では平成23年度より、この問題の現状分析の一環として、全国の市町村を対象に、買物困難者への対策に関するアンケート調査を実施してきている。

今回発表された結果は、令和6年10月に実施されたもので、調査対象は全国の1,741市町村(東京都特別区を含む)で、有効回答数は1,033市町村(回答率59.3%)だった。結果の一部を以下に紹介する。

対策の必要性と背景

食料品の買物が不便・困難な住民に対する対策の必要性と行政による対策の実施

  • 現時点で対策を必要としている市町村(「対策が必要」または「ある程度必要」と回答した市町村)の割合は88.1%であり、平成29年度以降、増加傾向にある(図1上)。
  • 上記市町村のうち、行政による対策が実施されているのは75.5%であった(図1下)。

図1 対策を必要としている市町村の割合

(出典:農林水産省)

対策を必要とする背景

  • 人口規模の小さい都市ほど、対策が必要だと感じている割合が高い(図2)。
  • 対策を必要とする背景としては、都市規模にかかわらず「住民の高齢化」が最も多く挙げられ、次いで「地元小売業の廃業」「中心市街地、既存商店街の衰退」と続いている(図3)。
  • 対策を必要とする背景として「中心市街地、既存商店街の衰退」を挙げた割合は、中・小都市よりも大都市の方が高かった。

図2 対策を必要としている市町村の割合(都市規模別)

「対策を必要としている市町村」とは、「対策が必要」または「ある程度必要」と回答した市町村。

(出典:農林水産省)

図3 対策を必要とする背景として挙げられた割合

(出典:農林水産省)

対策を必要としている市町村における行政または民間事業者による対策の実施状況

  • 対策を必要としている市町村において、行政または民間事業者のいずれかで対策が実施されている割合は89.2%(図4上)。
  • 平成30年度以降、民間事業者が独自に参入している市町村に比べ、行政による対策が実施されている市町村の割合が高い(図4下)。

図4 対策を必要としている市町村における行政または民間事業者による対策の実施状況

「対策を必要としている市町村」とは、「対策が必要」または「ある程度必要」と回答した市町村。

(出典:農林水産省)

行政による対策の実施状況

対策の内容(図5)

  • 行政が実施している対策内容としては、「コミュニティバス、乗合タクシーの運行等に対する支援」が最も多く、80.9%となったほか、「移動販売車の導入・運営に対する支援」が一貫して増加傾向にあり、33.9%となった。
  • 本年度調査から選択肢として新設した「買物支援バスの運行等に対する支援」を行っている市町村の割合は15.3%であった。

図5 市町村が実施している対策の内容の推移

(出典:農林水産省)

都市規模ごとの対策の実施状況

  • 行政が実施する対策のうち、「コミュニティバス、乗合タクシーの運行等に対する支援」は小都市ほど実施率が高く、「宅配、御用聞き・買物代行サービス等に対する支援」は大都市ほど実施率が高い。
  • 対策によってカバーできている割合については、「30~60%程度」と回答した市町村が最も多い(図6)。

図6 対策によってカバーできている割合

(出典:農林水産省)

関連情報

食品アクセス問題に関する全国市町村アンケート調査 令和6年度調査結果 令和6年度「食品アクセス問題(買物困難者)」に関する全国市町村アンケート調査結果の公表について

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スポーツ栄養Web編集部


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筋トレが高齢者の血管系の潜在的なリスクを高める可能性があり、入浴によってそのリスクが部分的に緩和されることを示唆するデータが中京大学大学院スポーツ科学研究科の渡邊航平教授の研究チーム(渡邊航平研究室)から報告された。同研究室の竹田良祐氏らを中心に、主に愛知県名古屋市、長久手市、豊田市在住の高齢者約200名を対象として行われた研究であり、「International Journal of Biometeorology」に論文が掲載された。

筋トレで血管に悪影響? 入浴がそれを抑制?

筋力トレーニングは、高齢者のサルコペニアや糖代謝異常などのリスク抑制のため、広く推奨されている。その一方、心血管系への有益性のエビデンスが豊富な有酸素運動とは異なり、筋トレはその強度や頻度次第で血圧上昇や動脈硬化の悪化という負の影響が生じ得ることを示唆する研究結果が複数報告されている。心血管リスクが高い状態にあることの多い高齢者では、この点への留意がより重要となる。

他方、入浴(湯船に浸かる入浴)の心血管リスク抑制作用に関して、多くのエビデンスが蓄積されてきている。では、高齢者での筋トレ効果を維持しつつ、筋トレで生じ得る負の側面を、入浴で抑制できないだろうか? 今回紹介する論文の研究は、このような疑問に基づき実施された。

解析対象者の特徴

この研究には、現喫煙者やBMI30超を除く196人の地域在住高齢者が参加。身体活動習慣を「国際標準化身体活動質問票(international physical activity questionnaire;IPAQ)」を用いて把握したほか、入浴習慣や服薬状況に関する調査、心血管の健康状態、筋力・筋肉の質などを評価した。本トピックに関する解析は、心血管系に作用する薬剤を服用している人(66人)、筋トレを行っていない人(96人)を除外して、34人(男性13人、女性21人)を対象とした。なお、環境(気温)による血圧等への影響を避けるため、これらの調査は秋季に実施された。

解析対象者の主な特徴は、年齢72.2±5.6歳、BMI20.8±2.8、血圧127.4±17.1/76.3±10.7mmHgであり、動脈の柔軟性の指標である上腕-足首脈波伝搬速度(brachial-ankle pulse wave velocity;baPWV)は1,656.6±319.7cm/秒で、筋力の指標として評価した最大等尺性膝関節伸展トルク(maximum voluntary contraction;MVC)は113.5±39.3Nmだった。筋トレ強度については、自己申告のトレーニング内容に基づき、米国スポーツ医学会のガイドラインの基準を用いて評価した結果、1.8±0.5任意単位(a.u.)だった。

入浴については1人を除いて全員が習慣的に行っており、頻度は5.5±2.2回/週、入浴時間は16.5±6.2分、湯船の温度は40.3±0.8℃だった。

筋トレのみを行っている高齢者では、負の影響がより明確

ふだんの筋トレ強度が高い高齢者は収縮期血圧が高い

まず、日常の筋トレ強度と筋量(筋肉の厚さ〈筋厚〉や四肢骨格筋量〈appendicular skeletal muscle mass;ASM〉)や筋力、筋肉の質、および心血管リスクとの関連を検討した。

全員が日常的に筋トレを行っているこの集団において、筋トレの強度は、筋厚、筋力(MVC)、筋肉の質(エコー強度)、ASMとの関連は有意でなく、かつ、動脈硬化の指標として評価したbaPWVとの関連は非有意だった(p値が最小で0.144)。

収縮期血圧(systolic blood pressure;SBP)との関連も、交絡因子未調整段階では正の関連の傾向が認められるにとどまった(r=0.344、p=0.063)。ただし、年齢、性別、入浴状況(頻度、時間、湯船の温度)などの交絡因子を調整する(これらの要因を除外する)と、筋トレの強度が強いほどSBPが高いという有意な関連が確認された(r=0.409、p=0.034)。

つまり、高強度の筋トレが高齢者の心血管リスクとなり得ることが示唆された。

筋トレと並行して有酸素運動を行っている高齢者では関連が非有意

次に、筋トレだけでなく、有酸素運動も行っている高齢者15人(71.4±4.7歳、男性8人。全員が習慣的に入浴)を対象として同様の解析を行った。

その結果、筋トレの強度は、前記の各パラメータとの有意な関連がなく、交絡因子調整後にbaPWVとの有意水準未満の負の関連(筋トレ強度が強いほど血管の柔軟性が良好な傾向)がみられるにとどまった(p値が最小でp=0.06)。

筋トレのみ群では心血管リスクとの関連がより強く、入浴習慣が部分的に緩和

続いて、運動は筋トレのみを行っている高齢者19人(73.1±6.3歳、男性5人。1人のみ習慣的には入浴していない高齢者)を対象として同様の解析を行った。

その結果、筋トレの強度は、筋厚と正相関し、筋エコー強度との関連は非有意だった。この結果は、年齢や性別、入浴状況を調整した後にも変わらなかった。

一方、年齢と性別を調整後、baPWV(r=0.541、p=0.037)、およびSBP(r=0.681、p=0.005)は筋トレ強度と正相関し、とくにSBPについては入浴状況を調整後には、より強い相関が認められた(r=0.744、p=0.006)。つまり、筋トレの強度が高いほど心血管への負の影響が強く現れていて、入浴がその影響を部分的に緩和していることが示唆された。

他方、筋トレ強度とMVCとの関連は、わずかに非有意だが正相関の傾向を示し(年齢と性別を調整後にr=0.524、p=0.054)、この相関は入浴状況を調整後にも変わらなかった(r=0.524、p=0.098)。よって、入浴は筋トレの主効果である筋力には負の影響を及ぼさず、心血管リスクを緩和すると考えられた。

より安全で効果的な入浴方法の確立に期待

これら一連の結果を基に著者らは、「習慣的に筋トレを行っている高齢者では、筋トレ強度が高いと心血管系に悪影響が生じることが示唆され、それに対して習慣的な入浴が、筋トレ効果を損なうことなく、悪影響の一部を抑制すると考えられる」と総括している。

一方、研究対象のほぼ全員(1人以外)に入浴習慣があったために比較対照群を置いていないこと、横断研究であること、運動強度を自己申告に基づき判定していること、残余交絡の存在の可能性などを限界点として挙げ、さらなる研究の必要性を指摘。とくに、血管イベントの起こりやすい冬季の安全な入浴方法の確立が求められるとしている。

なお、高齢者において筋トレが心血管に負の影響を及ぼし得るメカニズムとしては、先行研究の知見を基に、運動負荷に応じた交感神経系の亢進、血圧上昇を介した血管内皮機能の低下などが考えられるとし、入浴には交感神経活性抑制および内皮機能改善作用が報告されているという。

文献情報

原題のタイトルは、「Impact of higher resistance exercise and bathing habits on cardiovascular risks in older adults」。〔Int J Biometeorol. 2025 Mar 11〕 原文はこちら(Springer Nature)

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スポーツ栄養Web編集部


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栄養士さん・管理栄養士さん向け情報サイト「あじこらぼ」(味の素株式会社)は、第28回 日本病態栄養学会年次学術集会で開催された共催セミナー「個人レベルでの食塩摂取量の評価に基づく実践的減塩指導」のレビュー記事を公開しました。

講師は、社会医療法人 製鉄記念八幡病院 理事長であり、日本高血圧学会 減塩・栄養委員会の委員も務められている土橋 卓也 先生。科学的根拠に基づいた“実践的な減塩指導”のヒントが紹介されました。

減塩指導における食塩摂取量の「評価」の重要性

実効性のある減塩指導を行うには、まず対象者の食塩摂取量を正確に把握することが不可欠です。土橋先生は評価なき減塩指導の限界と、実践的な評価方法の重要性を強調。減塩を意識していると回答した人とそうでない人の食塩摂取量に有意差がないというデータが示され、「意識」や「自己申告」だけでは指導の根拠にならないことが明らかにされました。

食塩摂取量の評価方法は、大きく分けて「入り口調査」(食事内容の把握)と「出口調査」(尿中排泄量の測定)の2つに分類されます。食事調査は手軽な反面、主観に依存しがちで信頼性が低いことが課題です。一方、尿中ナトリウムの測定は信頼性が高いものの手間がかかります。例えば24時間蓄尿は正確性に優れる一方で、実施のハードルが高く、実用性には課題があります。

このような課題を克服し、減塩目標を達成する指導を行うためには、具体的にどうすれば良いのでしょうか。土橋先生の講演では、より具体的な指導法やツールを紹介されています。ぜひご一読ください。

レビュー記事の全文&PDFダウンロードはこちら!

第28回 日本病態栄養学会年次学術集会「個人レベルでの食塩摂取量の評価に基づく実践的減塩指導」土橋 卓也 先生(社会医療法人 製鉄記念八幡病院 理事長)

【前編】はこちら

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スポーツ栄養Web編集部


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一般社団法人日本スポーツ栄養協会(理事長・鈴木志保子)主催の「志保子塾」の2025年度(第8期)前期が4月からスタートします。初めての方でも安心して参加できる内容で、毎回多くのビジネスパーソンが参加し、高い評価を得ています。

「ビジネスパーソンのためのスポーツ栄養セミナー」とは

通称「志保子塾」と呼ばれる当セミナーは、日本におけるスポーツ栄養学の第一人者、当協会・鈴木志保子理事長から直接講義を受けられる唯一のスポーツ栄養セミナーです。2025年度で8期目を迎え、延べ2千名以上が受講されています。仕事で使える実践的な栄養知識をつけたいビジネスパーソンのためにスタートしたセミナーですので、企業の開発・研究職やマーケティングの方をはじめ、スポーツに関わる専門職の方、スポーツ栄養を学びたい管理栄養士・栄養士など、様々な方が集っています。

講義では、鈴木理事長の著書『理論と実践 スポーツ栄養学』をテキストとして使用し、6回に分けて1冊を学びます。毎回の講義は約4時間にわたり、PC画面越しでも伝わる講師の熱量を感じながら解説されるスポーツ栄養の知識、他では聞けない講師ならではの現場の経験談、業界トレンドなど、その圧倒的な情報量とわかりやすさ(面白さ)に定評があります。同じテーマでも最新情報がどんどん追加されていきますので、何度もリピートする方が多いのも特徴です。

オンライン受講なので、場所を問わず、交通費もかからず、PCやスマホから手軽に参加、LIVE配信では質疑応答タイムに講師へ直接質問もできます。さらに、3日間の見逃し配信もあるので、平日開催のLIVE配信に参加できない方含め、期間中何度でも聴講して学びを深めていただけます。

セミナーは年2回、前期(4月~9月)と後期(10月~翌3月)に分かれており、興味のあるテーマ回のみの単回受講も可能です。

各セミナーの詳細・お申し込みはこちら

特別編「熱中症の予防と水分補給法」

SNDJでは、これまで全6回のテーマに組み込まれていた熱中症や水分補給の講義を、2024年度より単独特別講義として開催することになりました。体内における水分の働き、必要な水分量と発汗のメカニズム、水分補給のしかた、熱中症症状の見極め方と予防法など、誰もが知ってほしい日常に活用できる知識盛り沢山の内容です。

夏の厳しい暑さはもちろん、湿気の多い梅雨時、乾燥で脱水しやすい冬と、熱中症予防と水分補給法は1年を通して、スポーツに携わる人だけでなく、すべての老若男女を対象に、様々な条件や状況に応じた対策があります。特に、学校やスポーツ現場で指導する方や企業の人事・総務で健康管理を行っている方はぜひ、この特別編を受講ください。

特別編 熱中症の予防と水分補給法

ライブ配信:2025年5月29日(木) 18:30~20:30 見逃し配信:2025年5月31日(土)~6月2日(月)

体内における水分の働き、必要な水分量と発汗のメカニズムから水分補給の重要性、熱中症症状の見極め方と予防法についても詳述します。

詳細・お申し込み

2025年 前期 セミナー開催日程

第1回 スポーツ栄養の必要性 エネルギーと糖質の摂取

ライブ配信:2025年4月17日(木) 13:30~17:00 見逃し配信:2025年4月19日(土)~4月21日(月)

スポーツ栄養とは? その意義とアスリートにおける栄養摂取の基本的考え方からスタート。エネルギー消費と代謝のメカニズム、最も重要なエネルギー源である糖質摂取の意義、糖質の選び方・食べ方、シーンに応じた摂取目安量、タイミング、グリコーゲンローディングやリカバリー活用のしかたなどについて詳しく解説します。

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第2回 タンパク質、ビタミン、ミネラルの摂取とサプリメントの活用

ライブ配信:2025年5月15日(木) 13:30~17:00 見逃し配信:2025年5月17日(土)~5月19日(月)

アスリートの脂質、タンパク質、ビタミン・ミネラルの摂り方を取り上げます。特に、タンパク質の適正な摂取量を知り、リカバリーや筋合成のためにどのように摂るとよいかを詳しく解説。摂りきれなかった栄養素を補うサプリメントの利用、競技力向上を目的に栄養素以外の成分をサプリメントで摂取するエルゴジェニックエイドとしての活用についても学びます。

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第3回 アスリートの食事、スポーツ栄養マネジメントを用いた栄養管理システムの活用

ライブ配信:2025年6月12日(木) 13:30~17:00 見逃し配信:2025年6月14日(土)~6月16日(月)

アスリートの運動量に応じた適正量を知り、目標達成のためにどのような食品をどのタイミングで食べるか、食材選び、食事構成、補食・間食のとり方の極意を講義します。理に適った糖質とタンパク質の摂り方、食塩摂取の考え方、生活リズムと朝食の関係など、具体的なノウハウを学びます。

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第4回 試合期・遠征時の栄養管理

ライブ配信:2025年7月17日(木) 13:30~17:00 見逃し配信:2025年7月19日(土)~7月21日(月)

通常の食事と試合期の食事は異なります。緊張や興奮からくる栄養状態への影響と対策を考えた試合前、試合当日の食事の原則・栄養管理のポイント、TPOに応じた糖質やタンパク質、水分摂取について講義します。

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第5回 アスリートにおける栄養面の課題~増量、エネルギー不足、貧血、疲労骨折を中心に~

ライブ配信:2025年8月21日(木) 13:30~17:00 見逃し配信:2025年8月23日(土)~8月25日(月)

アスリートにおける栄養面の課題をテーマに、エネルギー不足による健康問題、治し方、予防策、様々な理由による貧血、疲労骨折の原因と予防、増量・減量の正しい行い方を講義します。"エネルギー不足"の弊害は、実はまだあまり知られていませんが、アスリートに限らず、子どもや高齢者、女性など、あらゆる世代に関わる大きな問題です。

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第6回 対象アスリート別栄養管理~ジュニアアスリート、女性アスリート、パラアスリートを中心に~

ライブ配信:2025年9月18日(木) 13:30~17:00 見逃し配信:2025年9月20日(土)~9月22日(月)

選手の目標・課題達成のためのサポート計画に基づいた「スポーツ栄養マネジメント」の流れ、対象者別コンディション管理、評価のしかたを中心に講義を行います。女性の三主徴、発育発達期のエネルギー摂取の考え方、シニアやパラアスリートのサポートについても詳しく解説。

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スポーツ栄養WEB編集部


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シャーベット状の氷飲料(アイススラリー)を暑熱下運動前に摂取すると、運動中の過換気や脳血流量の減少などの生理的ストレスを軽減し、持久性パフォーマンスの向上に寄与することを示唆する研究結果が発表された。ただし、腹痛や下痢感などの副反応が生じた場合には、同様の効果が得られない可能性があるという。筑波大学の研究グループの研究によるもので、「Medicine & Science in Sports & Exercise」に論文が掲載されるとともに、プレスリリースが発行された。

研究の概要:アイススラリーの有効性と、パフォーマンスに有利に働く条件

暑熱下持久的運動時において、運動時間の経過とともに深部体温は上昇する。このとき、必要以上に呼吸も増加し(換気亢進反応)、脳血流量の減少を招く。このことは、暑熱下における運動パフォーマンス低下や熱中症発症の一要因である可能性が提唱されている。

本研究では、若年男性を対象とした実験により、シャーベット状の氷飲料である「アイススラリー」を暑熱下持久的運動前に摂取することで、常温の同飲料を摂取した場合と比較して、運動中の深部体温が低下すること、換気量(肺が1分間に換気する空気量)が減少すること、脳血流量指標が増加することが明らかとなった。一方で、一部の研究対象者では、アイススラリーの摂取によって極度な胃腸障害(主観的な腹痛や下痢感)が生じ、換気量の減少や脳血流量指標の増加はみられなかった。興味深いことに、このような症状が現れた研究対象者を除いた場合、アイススラリーの摂取によって運動終盤の持久性パフォーマンスが有意に向上した。

以上のことから、運動前のアイススラリーの摂取は、暑熱下運動中の換気亢進反応および脳血流量の減少を軽減し、持久性パフォーマンスの向上に有効であることが示唆されるが、その効果は、胃腸障害が生じた場合には得られない可能性がある。

本研究の知見は、暑熱下における運動中の換気亢進反応および脳血流量の減少を軽減し、運動パフォーマンス低下や熱中症の発生を防ぐ具体的方策の提案に貢献すると期待される。

研究の背景:アイススラリーはどのように作用し、どのくらい有効なのか?

夏季の学校体育やスポーツ、労働現場における暑熱対策の確立は重要な課題となっており、さまざまな身体冷却方法が提案されている。例えば、暑熱下での運動前にシャーベット状飲料(アイススラリー)を摂取すると、運動時の深部体温※1上昇や知覚的ストレス※2が抑制され、持久的運動パフォーマンスが向上する可能性がある。しかし、運動前のアイススラリー摂取が、暑熱下運動時の生理的負担をどのように調節するかについては十分に解明されていない。このような情報は、より効果的なアイススラリーの摂取方法を確立する上で重要であるといえる。

暑熱下での持久的運動時には、時間経過とともに深部体温が上昇し、特に脳温の過度な上昇は、運動パフォーマンス低下や熱中症発生につながる。近年、深部体温上昇に伴って生じる過度な換気量※3の増加反応(換気亢進反応)が、脳温上昇を促進する可能性が提唱されている。その理由として、換気亢進に付随する血中二酸化炭素分圧の低下によって脳血管収縮を介した脳血流量の減少が起こり、脳での熱除去量が低下することが挙げられる。従って、暑熱対策を確立する上で、深部体温上昇だけでなく、換気亢進や脳血流低下反応を抑制する方策を考える必要がある。

本研究では、暑熱下の持久的運動前にアイススラリーを摂取することで、運動中の深部体温上昇を抑制するだけでなく、換気亢進や脳血流低下反応を軽減し、持久性パフォーマンスを向上させる、という仮説について検討した。

研究内容と成果:胃腸障害が現れなければ、アイススラリーがパフォーマンスにも有効

本研究では、12人の健常な若年男性を対象とし、体重1kgあたり7.5gのアイススラリー、または37°Cに温めた同飲料(コントロール)を30分間かけて摂取した後に、気温35°C、湿度50%の暑熱下において、中強度の自転車運動を実施した。参加者のうち10人は、中強度運動に続いて高強度の自転車運動を疲労困憊まで行った(図1)。また、飲料摂取前後の安静時および運動時に、食道温および直腸温(深部体温の指標)、ピル温(胃腸温の指標)、呼吸代謝パラメーター(換気量など)、中大脳動脈平均血流速度(脳血流量の指標)、胃腸障害(主観的な胃の痛み、下痢感および膨満感)などを測定した。

図1 本研究の概要

参加者は、体重1kgあたり7.5gのアイススラリーまたは37°Cに温めた同飲料(コントロール)を30分間かけて摂取した。その後、気温35°C、湿度50%の暑熱下において、中強度の自転車運動を実施した。また、中強度運動に続いて高強度運動を疲労困憊まで行い、持久性パフォーマンスを評価した。その結果、アイススラリー条件でコントロール条件より、(1)中強度運動中の深部体温が低下すること、(2)換気量が減少すること、(3)脳血流量指標が増加すること、(4)極度の胃腸障害を伴わない場合に持久性パフォーマンスが向上することが示された。

(出典:筑波大学)

その結果、中強度運動時において、深部体温の指標である食道温および直腸温は、アイススラリー条件でコントロール条件よりも低値を示した。これに伴い、換気量はアイススラリー条件で低値を、脳血流量指標はアイススラリー条件で高値を示した。一方で、主観的な腹痛や下痢感は、アイススラリー条件でコントロール条件よりも高値を示した。

高強度運動を実施した10人中8人で、運動の継続時間はアイススラリー条件でコントロール条件よりも延長したものの、統計学的な有意差はみられなかった。しかし、アイススラリー摂取によって換気量や胃腸障害が極端に増加した参加者を除くと、高強度運動継続時間はアイススラリー条件でコントロール条件よりも有意に延長した。

以上のことから、暑熱下の持久的運動前にアイススラリーを摂取することは、運動中の換気亢進や脳血流低下反応を軽減し、持久性パフォーマンスを向上させることが期待されるが、その効果は、極度の胃腸障害が生じた場合には得られないことが推察される(図1)。

今後の展開:暑熱下でのパフォーマンス最適化のための摂取方法確立に向けて

本研究により、アイススラリーは正と負の両方の効果を発揮する可能性が示された。研究グループでは、「今後、アイススラリーの有害な影響を最小限に抑える方策の検討を進めることにより、暑熱下での運動パフォーマンスを最適化するための摂取方法が確立されると期待される」としている。

プレスリリース

アイススラリー摂取は暑熱下運動中の過換気や脳血流量の減少を軽減する(筑波大学)

文献情報

原題のタイトルは、「Ice slurry mitigates hyperventilation and cerebral hypoperfusion, and may enhance endurance performance in the heat」。〔Med Sci Sports Exerc. 2025 Feb 3〕 原文はこちら(American College of Sports Medicine)

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スポーツ栄養Web編集部


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小学校から高校の児童や生徒が校内で心停止に陥った際に、AEDが搬送されかどうかに影響を与える因子が明らかになった。患者が女子生徒 である場合やスポーツ以外の課外活動中に発生した場合に、AEDが搬送されないケースが多いという。大妻女子大学家政学部食物学科の清原康介氏らの研究によるもので、論文が「Acute Medicine & Surgery」に掲載された。

「誰もがためらうことなくAEDを現場へ届ける」ことの達成に必要な改善点を探る

院外心停止(out-of-hospital cardiac arrest;OHCA)が発生した場合、その場に居合わせた人(バイスタンダー)が迅速に119番通報、周囲への協力要請、および、自動体外式除細動器(automated external defibrillator;AED)使用を含む一次救命措置を行うことが救命率を大きく左右する。近年、地域社会へのAEDが普及してきているが、それを救命率向上に結び付けるために、個人個人が自分もバイスタンダーとなり得ることを意識し、そのような事態を目撃した際にためらいなく対応することが求められる。

子どもがOHCAを起こすことは、成人に比べて多くはない。しかし、発生した場合の家族や教育現場に与える衝撃は大きく、対策として国内の大半の学校にAEDが既に設置されている。それにもかかわらず、校内でOHCAが発生した際に、AEDが適切に使用されていなかったケースも報告されている。

清原氏らはこれまでにも教育環境下でのOHCAに関する研究を行ってきており、今回新たに、学校内で発生したOHCAにおいて、AEDが現場に搬送されかどうかに影響を与える因子や、AED搬送率の経時的な変化の検討を行った。

SPIRITSのデータを用いてAED搬送に関与する因子を検討

この研究は、教育環境におけるOHCAや外傷などの予防のための研究「SPIRITS(Stop and Prevent cardIac aRrest, Injury, and Trauma in Schools)」の一環として行われた。SPIRITSでは、日本スポーツ振興センター(Japan Sport Council;JSC)の災害共済給付制度と、消防庁のウツタイン(蘇生)データ登録制度という2件の大規模データを統合したレジストリが構築されており、国内の児童・生徒のOHCAをほぼすべて把握できる。

解析対象は、2008年4月~21年12月に記録されていたOHCAのうち、バイスタンダーや救急隊員によって救命措置がなされていた症例であり、非外傷性OHCA、学校の敷地外で発生したケース、および救急隊到着後にOHCAに至った症例は除外した。

なお、本研究ではAEDが現場に搬送されたか否かのみに焦点を当て、救命が成功したか否かは主要評価項目でなかった。

AED搬送率は経年的に上昇しているが、女子生徒などでは変化が乏しい

前記の期間中の学童・生徒の非外傷性OHCAは476件であり、そのうち333件が学校の敷地内で発生し、本研究の解析対象とされた。

333件中249件(74.8%)は患者が男子であり、身体活動中の発生が多く、体育の授業中が116件(34.8%)、スポーツクラブ活動中が149件(44.7%)であった。発生場所は屋外運動場が159件(47.7%)、体育館が80件(24.0%)、プールが32件(9.6%)だった。発生機序については大半(297件〈89.2%〉)は心原性だった。

患者が女子生徒の時や、スポーツ以外の課外活動中は、AEDが搬送されないことが多い

294件(88.3%)でバイスタンダーの存在が確認され、284件(85.3%)でバイスタンダーによってAEDが現場に搬送されていた。

AEDが現場に搬送されたケースは、患者の性別での比較では男子の場合(搬送された割合が90.0%)のほうが女子(同71.4%)より多かった。発生のタイミングでの比較では、体育の授業中(91.3%)やスポーツの課外活動中(85.5%)は多く、スポーツ以外の課外活動中(73.5%)は少なかった。学校の種別、バイスタンダーの有無、発生場所、発生時間帯については有意差がなかった。

多変量解析の結果、患者が女子生徒であること(リスク比〈RR〉0.849〈95%CI;0.738~0.977〉)、およびスポーツ以外の課外活動中であること(RR0.764〈0.587~0.996〉)はいずれも、AEDが現場に搬送された割合が低いことと独立した関連が認められた。

患者が女子生徒、体育関連設備以外・週末の発生では、AED搬送率が改善していない

次に、2008~21年を3年ごとに区分けして経時的変化を検討。すると、バイスタンダーによるAED搬送がなされた割合は、2008~10年の73.7%から2020~21年の93.3%へと有意に上昇していた(傾向性p<0.001)。<>

性別や学校種別、発生場所・状況などで層別化した解析でも、大半のサブグループでAED搬送率の経年的な有意な上昇が認められたが、患者が女子生徒(傾向性p=0.113)やスポーツ以外の課外活動中(同0.343)、非心原性OHCA(同0.245)、体育・スポーツ関連設備以外(教室内など)での発生(同0.872)、週末(同0.371)などでは、有意な変化が認められなかった。

AEDが搬送されていたケースでは予後良好

AED搬送の有無で予後を比較すると、搬送されたケースでは、最初の心電図所見にAED作動の条件である心室細動が記録された割合が82.0%、搬送されていなかったケースではその割合が49.0%だった(p<0.001)。<>

また、1カ月後に生存して良好な脳機能(cerebral performance categoryという指標で1または2〈日常生活に支障がないか軽度であって自立した生活が可能〉)を有していた割合は、前者は55.6%、後者は24.5%であった(p<0.001)。<>

これら一連の結果を基に著者らは、「学校内での非外傷性OHCA発生時のバイスタンダーによるAED搬送率は、経時的に有意に上昇してきた。ただし、女子生徒やスポーツ以外の課外活動中の発生については、まだ改善の余地がある。日本循環器学会が掲げる『学校での心臓突然死ゼロを目指して』の目標達成のために、さらなる努力が必要とされる」と総括している。

なお、女子生徒に対するAED搬送率が有意に低く、その改善速度も遅いことの考えられる理由として、先行研究を基に、救助者が男性であった場合に性的な意図を持っていたとの疑いがかけられるリスクを回避するという心理が関与している可能性を指摘し、「市民がそのような懸念を抱かずに緊急援助を行い得るための啓発活動も求められる」と述べられている。

文献情報

原題のタイトルは、「Factors influencing the delivery of automated external defibrillators by lay rescuers to the scene of out-of-hospital cardiac arrests in schools」。〔Acute Med Surg. 2025 Jan 24;12(1):e70040〕 原文はこちら(John Wiley & Sons)

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スポーツ栄養Web編集部

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国内の男性ラグビー選手を対象とする調査から、古典的な男性的価値観の一部である「過度な自律」を重視することが、メンタル的に困難な状況に直面した際に周囲へ助けを求めることを妨げる可能性があることが明らかになった。国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所の小塩靖崇氏らの研究によるもので、その成果は「BMJ Open Sport & Exercise Medicine」に掲載された。

身体能力の高い男性選手は常に“男らしく”あらねばならないのか?

トップアスリートは、日々激しい競争にさらされ、また周囲からの高い期待を受けながら、つねに強いプレッシャーの中で過ごしている。このようなストレスフルな状況は、不安症やうつ病などのリスクを高める。しかし、そういったメンタルの不調を抱えていることが他者に知られると、「弱さ」と見なされ、レギュラー入りや代表選考などにおいて不利に評価されることが少なくない。

このようなスティグマ(社会的烙印)の影響はとくに、「強靭な肉体」をもち「男らしくあること」が求められる男性選手により強く表れると考えられる。その典型的な競技の一つがラグビーであり、小塩氏らはこれまでも国内のエリートレベルの男性ラグビー選手を対象としたメンタルヘルスに関する研究を行ってきた。今回の研究では、選手本人が「自律的であるべき」と考える意識が、助けを求める必要性の認識、その意思および実際の行動とどのように関係しているのかを調査した。

ジャパンラグビーリーグワンの現役選手を対象にweb調査を実施

本調査は、日本ラグビーフットボール選手会に属し、リーグワン(1部)のリーグ戦に出場している18歳以上のエリートレベルの選手541人を対象に、webアンケートとして実施された。347人(64.1%)が回答し、そのうちすべての質問項目に回答した220人を解析対象とした。

解析対象者のおもな特徴は、年齢27.97±3.98歳、ラグビー経験16.97±5.00年、既婚46.82%であった。居住状況は、家族と同居が50.00%、独居が22.27%、寮生活が27.73%。12.73%の選手は日本代表メンバー経験を有していた。

古典的な男性的価値観の評価方法

古典的な男性的価値観は、「IMVS(Intentions Masculine Values Scale)」を用いて評価した。IMVSは海外で開発され、精度が検証された指標であり、本研究では、日本語に翻訳した後に英語へ再翻訳し、IMVSの開発者に確認・承認を得たうえで使用した。IMVSでは、「男性は他者に気を遣うべき」、「男性は決断を自分ですべき」など8項目の質問について、5段階のリッカートスコアで回答を得て、総合スコアおよび「解放的で無私」「健康的かつ自律的」の二つのサブスケールスコアを算出した。本研究におけるIMVSの総合スコアは20.95±5.21点、「解放的で無私」のスコアは9.43±3.06点、「健康的かつ自律的」のスコアは11.52±2.79点であった。

自律性の高さが、メンタル不調時のサポート要請を妨げる可能性

メンタルヘルス上の問題への対処について、本研究では次の3つの項目について調査を行った。「専門家のサポートを求める必要性の認識」、「サポートを求めようとする態度」、「実際にサポートを受けるという行動」。

一つ目の「専門家のサポートを求める必要性の認識」は、「メンタルヘルス上の問題が生じた際に専門家のサポートが必要だと思うか」と質問。その結果、全体の60.0%がサポートの必要性を認め、9.5%がその必要性を否定した。

二つ目の「サポートを求めようとする態度」は、「自分がメンタルヘルス上の問題を抱えていると感じた場合、専門家にサポートを求める可能性はどの程度か」と質問。その結果、47.7%は「サポートを求める可能性がある」と回答し、17.8%は「求めない」と予測した。

三つ目の「実際にサポートを受ける行動」については、「過去3カ月以内に、うつ病や不安などの症状で実際に相談やサポートを受けたか」と質問。その結果、59.1%が「そのような状況ではなかった」と回答した。一方、21.8%はメンタルヘルス上の問題を抱えていたにもかかわらず、相談やサポートを求めていなかった。実際に相談やサポートを求めた場合は19.1%であった。。

「開放的で無私」を重視する価値観は、サポートの認識や態度と相関するが、行動とは関連せず

IMVSで評価された「開放的で無私」な価値観は、「専門家のサポートを求める必要性の認識」と有意に相関していた(β=0.059、p=0.009)。また、「サポートを求めようとする態度」とも有意な相関が認められた(β=0.064、p=0.006)。

しかし、過去3カ月以内にうつ病や不安などの症状があったと回答した選手に限定した解析では、「実際に相談やサポートを求める行動」との関連は認められなかった。つまり、日頃の考え方や態度が、実際の行動には必ずしも結びつかないことが示唆された。

「健康的かつ自律的」を重視する価値観は、必要な時にサポートを求めなかったことと有意に相関

一方、IMVSで評価された「健康的かつ自律的」を重視する価値観は、「専門家のサポートを求める必要性の認識」との相関は有意水準未満(p=0.054)で、「サポートを求めようとする態度」とは関連も認められなかった(p=0.586)。

さらに、過去3カ月以内にうつや不安などの症状が出現したと回答した選手に限定した解析では、「実際に相談したりサポートを求めなかったこと」と、有意な関連が認められた(β=0.266、p=0.014)。つまり、古典的な男性的価値観の一つである過度な自律性を意識している選手ほど、メンタルの不調時周囲への助けを求めることを避ける傾向があった。

行動の変化に結びつく指導や環境改善が必要

著者らは、本研究が横断研究であるため因果関係は不明なこと、また自己申告の回答に基づく解析であるためバイアスのリスクがあることを限界点として挙げた。そのうえで、研究の結論を以下のようにまとめている。

「我々の研究結果は、日本の男性ラグビー選手において、男性的な価値観と必要な時にメンタルヘルス上のサポートを求める行動との間に大きなギャップがあることを示している。アスリートの精神的健康のリスクに対する認識を高め、態度の変容を促し、実際にサポートを求める行動につなげるための取り組みが必要である。また、本研究の知見を一般化するためには、他の競技のアスリートや異なる文化的背景をもつ集団を対象とした研究が求められる」。

文献情報

原題のタイトルは、「Mental health help-seeking knowledge, attitudes and behaviour among male elite rugby players: the role of masculine health-related values」。〔BMJ Open Sport Exerc Med. 2025 Jan 31;11(1):e002275〕 原文はこちら(BMJ Publishing Group Ltd & British Association of Sport and Exercise Medicine)

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スポーツ栄養Web編集部


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日本の若年成人を対象に、超音波画像法で評価した体幹部骨格筋の厚さやエコー強度(筋内脂肪蓄積度の指標)と、習慣的な栄養素摂取量や動脈硬化度などとの関連を検討した結果が報告された。栄養素摂取状況と骨格筋量および筋内脂肪蓄積度との関連は、男性においてのみ有意であった一方、女性の筋内脂肪蓄積度は動脈硬化度の指標との関連が有意だという。なお、この結果は名古屋大学総合保健体育科学センター/大学院教育発達科学研究科の北川芙南氏および田中憲子氏らの研究グループによるもので、「PLOS One」に掲載された。

四肢より加齢変化が早く現れる体幹部骨格筋の量・質と栄養素摂取状況との関係を若年男女で検討

骨格筋の萎縮(筋量の減少)や質の低下(筋内脂肪の蓄積)は、心血管代謝や身体機能低下などのリスクと関連することが知られている。また、加齢に伴う骨格筋の量や質の低下は、四肢よりも体幹の方が早く現れることが報告されている。よって、体幹部における骨格筋の量や質の低下に関連する因子の特定が重要と考えられる。

骨格筋の量や質に影響を及ぼし得る因子として、筋力トレーニングとともに、栄養素の摂取状況が該当する。骨格筋の量や質に関する研究は、高齢者を対象としたものが多く、若年者、特に女性での知見は少ない。また体幹部骨格筋の量や質と、栄養素摂取状況との関係については不明な点が多い。

これらの背景のもと、北川氏らは、若年の男性と女性を対象として、体幹部骨格筋の量や質と、栄養素摂取状況および動脈硬化度などとの関連を検討した。なお、骨格筋の量や質を評価するゴールドスタンダードはCTまたはMRIだが、本研究はコストや結果の汎用性を鑑み、超音波画像法による筋厚(骨格筋の量の指標)とエコー強度(骨格筋の質の指標)を用いた検討を行った。

研究対象者と評価指標について

研究対象者は、20~26歳の日本人の男性26人、女性24人であった。年齢の中央値は男性・女性ともに22.0歳であった。男性・女性とも、運動習慣を持つ者は含まれていなかった。

習慣的な栄養素摂取量は、簡易型自記式食事歴質問票(brief-type self-administered diet history questionnaire;BDHQ)で把握した。また、身体活動質問票(global physical activity questionnaire;GPAQ)により日常の総エネルギー消費量を把握した。

体格部骨格筋の量と質は、超音波画像法を用いて、第3腰椎の高さにおける筋厚とエコー強度により評価した。このほか、動脈硬化度の評価のため、上腕-足首脈波伝播速度(baPWV)を測定した。また、採血により糖・脂質代謝の指標を測定した。

若年男性は体幹部骨格筋の量や質が栄養素摂取状況と有意に関連し、若年女性は体幹部骨格筋の質が動脈硬化度と有意に関連

では結果について、まずは主な評価項目の測定結果を性別にみていこう。なお、正規分布していない測定パラメータが多かったため、結果はすべて中央値で報告されている。

男性

体格指数(BMI)は20.9 kg/m2、ウエスト周囲長は74.0 cmであった。エネルギー摂取量は1,996 kcal、各栄養素のエネルギー比率は、タンパク質:14.8%、脂質:29.9%、炭水化物:55.0%、飽和脂肪酸(SFA):7.8%、一価不飽和脂肪酸(MUFA):11.0%、多価不飽和脂肪酸(PUFA):6.8%であった。総エネルギー消費量は1,735.7 kcalであった。

体幹部骨格筋の筋厚(trunk muscle thickness;trunk MT)は16.5 mm、体幹部骨格筋のエコー強度は51.4 a.u.(任意単位)であり、trunk MTを体重の立方根(3分の1乗)で除した補正値(trunk MT/BM1/3)は4.2 mm/kg1/3だった。baPWVは1、080.3 cm/秒だった。

女性

BMIは19.6 kg/m2、ウエスト周囲長は70.0 cmだった。エネルギー摂取量は1,540 kcal、各栄養素のエネルギー比率は、タンパク質:14.1%、脂質:31.9%、炭水化物:53.2%、SFA:8.7%、MUFA:11.4%、PUFA:7.2%だった。エネルギー消費量は1,452.0 kcalだった。

Trunk MTは13.8 mm、体幹部骨格筋のエコー強度は55.8 a.u.、trunk MT/BM1/3は3.6 mm/kg1/3、baPWVは994.0 cm/秒だった。

体幹部骨格筋の量と有意に関連する因子

次に、体幹部骨格筋の量の指標である、筋厚を体重で補正した値(trunk MT/BM1/3)と、各評価指標との関連を、スピアマンの順位相関係数(rs)を算出して検討した。すると、trunk MT/BM1/3は、男性において、炭水化物のエネルギー比率と負の相関(rs=-0.402、p=0.042)を、PUFAのエネルギー比率と正の相関(rs=0.476、p=0.014)を示したが、女性では有意な相関を示した栄養素はなかった。

エネルギー摂取量、総エネルギー消費量、BMI、ウエスト周囲長、baPWV、および採血による糖・脂質代謝の指標は、性別を問わず、いずれもtrunk MT/BM1/3と有意な関連を示さなかった。

体幹部骨格筋の質と関連のある因子

続いて、体幹部骨格筋の質を表すエコー強度と各評価指標との関連を検討すると、男性においてはSFAのエネルギー比率と正の相関(rs=0.397、p=0.045)が認められたが、女性では有意な関連のある栄養素はなかった。一方、女性ではエコー強度とbaPWVとの間に正の相関(rs=0.504、p=0.012)が認められ、骨格筋の質が動脈硬化度と関連していることが示唆された。

エネルギー摂取量、エネルギー消費量、BMI、ウエスト周囲長、および採血による糖・脂質関連指標は、性別を問わず、いずれも体幹部骨格筋のエコー強度と有意な関連を示さなかった。

以上の結果を基に、著者らは、「若年成人男性では、日常における栄養素摂取状況(炭水化物や多価不飽和脂肪酸、飽和脂肪酸のエネルギー比率)が、体幹部骨格筋の量および質と有意に関連していた。一方、若年成人女性では、動脈硬化度が体幹部骨格筋の質と有意に関連していた。これらのデータは、体幹部骨格筋の量や質に関連する因子が、若年の男性と女性とで異なることを示唆している」と総括。また、「若年男性では習慣的な栄養素摂取状況が、若年女性では動脈硬化度が、体幹部骨格筋の量や質の予測マーカーとなり得るのではないか」と付け加えている。

文献情報

原題のタイトルは、「Factors associated with trunk skeletal muscle thickness and echo intensity in young Japanese men and women」。〔PLoS One. 2025 Jan 6;20(1):e0312523〕 原文はこちら(PLOS)

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高齢者のエネルギー摂取量は食事の同伴者数がいる場合に高く、また米や肉、油脂、野菜、果物の摂取量も有意に多いといった関連があり、同伴者の存在が低栄養リスク抑制に働いている可能性が報告された。大阪公立大学大学院生活科学研究科の鵜川重和氏らが、地域住民対象研究のデータを解析した結果であり、「Nutrients」に論文が掲載されるとともに、同大学のサイト内にプレスリリースが掲載された。

加齢による影響を除外できる研究デザインで検討

高齢者の栄養素摂取量が減少しがちな理由として、味覚の低下、疾患および疾患に対する治療薬、老年期うつなどの影響とともに、単身世帯の増加を背景とする“孤食”も挙げられる。国内において高齢者の単身または夫婦のみの世帯の割合は、1986年には31.3%であったものが、2022年には63.9%と倍以上に増加している。

これまでに、食事の席の同伴者の有無と摂取量との関連については複数の報告がある。ただし、高齢者を対象とした研究は多くなく、また交絡因子の調整が十分でないことから、明確なエビデンスは確立されていない。さらに、同伴者の有無によって、どのような食品群の摂取量に差が生じているのかは、ほとんど明らかにされていない。

以上を背景として鵜川氏らは、愛知県日進市で行われた、都市郊外の地域在住高齢者対象疫学研究(New Integrated Suburban Seniority Investigation;NISSIN)のデータを用いて、これらの点を検討した。NISSINは、1996~2005年にわたり毎年、翌年に65歳の誕生日を迎え高齢者となる集団を登録するという年齢別コホート研究であり、研究参加時点で年齢範囲が限定されている。そのため、加齢に伴う同伴者の減少や摂取量の低下などの程度は、研究参加者間の差が少ない集団と想定され、それらの影響をあまり受けずに、同伴者の有無や多寡と摂取量との関連を解析できる。

同伴者の有無や多寡と栄養素や食品群の摂取量との関係が明らかに

解析対象はNISSINに参加した64~65歳の地域在住高齢者のうち、データ欠落やエネルギー摂取量が極端な人(性別の平均値から3標準偏差以上の乖離)を除外した2,865人(男性50.0%)。健診受診時に、平日の夕食を一緒に食べる人の平均的な人数を質問し、また食物摂取頻度調査票(food frequency questionnaire;FFQ)により食品および栄養素の摂取量を評価した。このほか、健診やアンケートによって、BMI、教育歴、居住環境(独居/同居)、喫煙・飲酒・運動(歩行)習慣、抑うつ、手段的日常生活動作(IADL)、高血圧・糖尿病・脂質異常症・癌の既往といった交絡因子に関する情報を把握した。

その結果、夕食における同伴者数は、0人(本人のみの孤食)が6.8%、1人が65.3%、2人以上が27.9%だった。参加者全体の1日のエネルギー摂取量は1,882±570kcalであり、主要栄養素の摂取量は、タンパク質72.2±26.7g、脂質52.8±21.9g、炭水化物255.1±79.8gだった。

食事の同伴者数が多いほどエネルギー摂取量が多い

前記の交絡因子をすべて調整した解析の結果、1日のエネルギー摂取量は、同伴者なし群に比べて同伴者が2人以上の群は143.85kcal(95%CI;30.05~257.65)有意に多く、また同伴者が多いほどエネルギー摂取量が高いという有意な関連が認められた(傾向性p=0.01)。

同様の解析で、脂質の摂取量は同伴者なし群に比べて同伴者が1人の群は4.39g(0.21~8.58)、同伴者が2人以上の群は6.78g(2.44~11.12)、それぞれ有意に多く、同伴者が多いほど脂質摂取量が多いという有意な関連が認められた(傾向性p=0.002)。

タンパク質については、同伴者が1人の群は5.50g(0.42~10.59)、同伴者が2人以上の群は6.32g(1.05~11.59)、それぞれ有意に多く、また炭水化物は同伴者が2人以上の群で17.43g(1.48~33.37)有意に多かった(タンパク質と炭水化物の傾向性は有意水準未満)。

食事の同伴者数が多いほど米や肉、油脂、野菜、果物の摂取量が多い

次に、同伴者の有無や人数と摂取している食品群との関連を解析すると、前記の交絡因子をすべて調整後、米(傾向性p=0.003)、肉、油脂類(いずれも傾向性p<0.001)、果物(傾向性p=0.01)は、同伴者が多いほど摂取量が多いという有意な関連が認められた。<>

これら以外にも傾向性は非有意ながら、同伴者なし群に比べて、きのこ類(同伴者1人群で2.11g、2人以上群で2.48g)、牛乳・乳製品(同伴者1人群で37.45g)、緑黄色野菜(同24.77g)、緑黄色以外の野菜(同伴者2人以上群で13.84g)、それぞれ1日の摂取量が有意に多いという違いが観察された。

著者らは、本研究が横断研究のため因果関係は不明なこと、食事の同伴者数は夕食についてのみ評価した一方で摂取量は1日全体で評価していることなどを限界として挙げている。そのうえで、「2人以上の同伴者と食事を摂っている高齢者は、米、油脂、肉、果物、緑黄色野菜以外の野菜、きのこ類という食品群、および、タンパク質、脂質、炭水化物という栄養素の摂取量が増え、エネルギー摂取量が多いことが明らかになった。これは、高齢者が同伴者とともに食事をすることによって、食事の質が改善し低栄養リスクが低下する可能性を示唆している」と結論づけている。

なお、同伴者がいることで摂取量が増えることのメカニズムとしては、先行研究の報告を基に、「食事の時間が長くなったり、摂食速度が速くなったりするためではないか」との考察が加えられている。

文献情報

原題のタイトルは、「The Association of Dining Companionship with Energy and Nutrient Intake Among Community-Dwelling Japanese Older Adults」。〔Nutrients. 2024 Dec 26;17(1):37〕 原文はこちら(MDPI)

関連情報

大阪公立大学プレスリリース

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0.001)、果物(傾向性p=0.01)は、同伴者が多いほど摂取量が多いという有意な関連が認められた。<>

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短期間の筋力トレーニング中、湯船(36°Cと40°Cの2パターン)に浸かる入浴をするか、シャワーで済ませるかという三つの条件で、筋力や筋機能、心血管機能に差が生じるのかを検討した結果が報告された。中京大学大学院スポーツ科学研究科の渡邊航平教授と竹田良祐特任助教らの研究であり、「Physiological Reports」に論文が掲載された。40°Cの湯船への入浴は快適感が高く、かつ主観的な回復が有意に促進されることが示されたほか、筋力がより大きく向上する傾向が観察されたという。

入浴やシャワー浴は、筋トレによる心血管系への負担を軽減し、健康効果を高めるか?

筋力トレーニングが体組成や骨密度、関節機能、代謝の維持・改善につながることは広く知られている。ただし、負荷が強すぎる場合には筋疲労が遷延し、トレーニングの反復回数が減って、メリットが減弱してしまう。また、収縮期血圧や脈波伝播速度(pulse wave velocity;PWV)などの動脈硬化関連指標に負の影響を及ぼし得ることが報告されている。

一方、冷水または温水への浸漬は筋疲労の回復促進法の一つとして定着しており、また温浴を含む温熱療法は心血管機能に対して保護的に働くことがメタ解析の結果として示されている。これらの知見から、家庭内で容易に実行できる入浴という行為が、筋トレに伴う疲労の回復や筋トレ効果の拡大、心血管系リスクの抑制につながる可能性が想定される。以上の理論的な背景の下、渡邊教授監修のもと、竹田氏らが入浴の効果を検証する以下の検討を行った。

若年男性をシャワー浴、低温浴、適温浴の3群に分けて、筋トレの急性反応を比較

研究対象は、筋骨格系疾患や心血管代謝疾患などの既往がない健康な31人の若年男性(20.8±0.5歳)。現喫煙者、BMI30超、ふだん筋トレを行っている人は除外されている。なお、後述のように湯船の湯の温度を一定に保つ必要があったため、自動温度調節機能のある浴槽を備えた家屋に住んでいる人を対象とした。

介入方法について

ベースラインの最大随意等尺性収縮(maximum voluntary isometric contraction;MVIC)トルクに群間差が生じないように配慮したうえで、シャワー浴のみ群(対照群〈10人〉)、36°Cの湯船に浸かる群(低温入浴群〈10人〉)、40°Cの湯船に浸かる群(適温入浴群〈11人〉)の3群に分類。2週間の慣熟期間(その習慣に慣れるための期間)に引き続き、2週間の筋トレ介入を行った。3群間に年齢や身長、体重、介入前の四肢骨格筋量に有意差はなかった。

なお、湯船の36°Cおよび40°Cという温度は、前者は心血管に影響を及ぼさない温度、後者は平均的な入浴温度という先行研究の報告に基づき設定した。また、シャワーを浴びる時間および湯船に浸かる時間はいずれも10分間とし、入浴の時間帯は任意とした。

筋トレには等尺性膝関節伸展運動を用い、最大発揮筋力の60%の強度で5秒運動、5秒休息×10回を1セットとして、2分間のインターバルで3セットの計30回を2週間以内に5回課した。このプロトコルは、筋トレによる筋肥大の影響を抑制しつつ、急性適応を把握し得る手法として採用した。

評価項目について

介入効果は、筋力の指標としてMVICトルクの変化、筋機能の指標として電気刺激で誘発した不随意等尺性収縮トルクの変化、心血管機能の指標としてPWVや心拍数、平均血圧を評価した。このうち、不随意等尺性収縮は10Hzと100Hzで刺激した反応の比を計算し、その値が高いほど筋機能が高いと評価した。

このほか、入浴の快適度や筋トレによる疲労の回復について、アンケートにより主観的な評価の回答を得た。前者は-3(非常に不快)、-2(不快)、-1(やや不快)、0(どちらでもない)、1(やや快適)、2(快適)、3(非常に快適)から選択してもらい、後者は0(回復なし)、1(わずかな回復あり)、2(回復あり)、3(顕著な回復あり)から選択してもらった。

なお、これらの評価の24時間前からは激しい運動、12時間前からはアルコールとカフェインの摂取を禁止した。では、結果をみていこう。

40°Cの入浴で筋力増強がサポートされ、回復が促進される可能性

筋力の変化は3群間で非有意ながら、適温入浴群の効果量が大

まず、筋力に対する影響は、3群間で有意差は認められなかった。ただし、効果量(partialη2)は、対照群が0.156であり小、低温入浴群は0.307で中、適温入浴群は0.450で大と判定された。つまり、筋トレによる筋力増強効果は適温入浴群でもっとも高かった。筋機能に関しては対照群でのみ有意に上昇していた(筋トレの前後での比較でp=0.020)。つまり、筋トレに対する急性の適応は、シャワー浴でのみ生じていた。

湯船に浸かる入浴では筋トレに対する急性の適応が観察されなかったことの理由として、論文内では先行研究の知見を援用し、「温水浴によって筋のダメージが軽減されたことが、短期間の運動負荷による急性適応反応を減弱させたのではないか」との考察が加えられている。

心血管機能は3群いずれも変化なし

次に、心血管機能の指標として評価したPWVや心拍数、平均血圧に関しては、3群すべてで有意な変化が観察されず、群間差もみられなかった。

筋トレの負荷で心血管機能に有意な負の影響が生じなかった理由として、研究対象が心血管リスクの低い若年者であったこと、筋トレの強度が強くなく、また急性反応をみるという目的から介入期間が短期であったことが考えられるという。

快適さや主観的な回復は適温入浴が優れる

続いて入浴の快適さについては、シャワー浴群が0.25±1.58、低温入浴群が-1.17±2.14、適温入浴群が1.55±1.69であり、適温入浴群は低温入浴群より有意に快適と評価されていた。また、筋トレ後の主観的な回復の程度は同順に、0.75±1.04、0.67±0.82、1.36±0.50であり、適温入浴群は低温入浴群より有意に回復が速いと評価されていた。

まとめると、自宅での入浴、とくに40°Cでの入浴は筋トレの筋力増強を促す傾向が認められ、主観的な回復を促進した。一方で筋肉の機能に対する短期的な正の影響は、シャワー浴でのみ認められた。心血管機能に関しては、本研究では筋トレの前後で変化がなく、入浴やシャワー浴にかかわらず悪影響は認められなかった。

著者らは、このトピックに関する今後の研究課題として、運動負荷をより強めたり、入浴のタイミングを一致させたりしたうえでの検討の必要性を述べている。

文献情報

原題のタイトルは、「Effect of home-based hot bathing on exercise-induced adaptations associated with short-term resistance exercise training in young men」。〔Physiol Rep. 2025 Feb;13(3):e70188〕 原文はこちら(John Wiley & Sons)

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悲しい曲や楽しい曲、どちらでもない曲を聞きながら、指示された関節角度の再現精度を調べた結果、楽しい曲を聞きながらの誤差が最も大きく、悲しい曲を聞きながらの誤差が最も小さくなることがわかった。東北大学の研究チームの研究によるもので、「Scientific Reports」に論文が掲載されるとともに、プレスリリースが発行された。

発表のポイント

  • 感情がスポーツなどのパフォーマンスを左右することは古くから知られていたが、動きの正確性にどのように影響するかは不明だった。
  • 研究参加者が、悲しい・楽しい・どちらでもないと感じる曲を選び、それぞれを聞かせながら指示された関節角度の再現精度を確かめた。
  • 楽しい曲を聞きながらの誤差が最も大きく、悲しい曲を聞きながらの関節角度再現(関節位置覚※1の誤差が最も小さくなることがわかった。
  • 関節角度の調節は、固有知覚※2に基づく中枢神経系の運動制御により遂行されているが、想起される感情により運動制御への影響が異なることが明らかになった。

研究の背景:トレーニングを積んでも本番でミスをするのはなぜ?

トップアスリート・演奏家や熟練工のパフォーマンスは、身体各所の関節の正確な制御により支えられている。正確な制御は反復訓練により獲得されるが、訓練中に再現よく制御できても、本番などの精神的な緊張や感情がゆらぐ状況においては、エキスパートでもミスが起こることがある。しかし運動制御の基本となる関節角度の調節が、感情によりどのように影響を受けるのかは、これまで十分に明らかにされていなかった。

足関節の関節角度は、姿勢制御や歩行や走行の安定性に重要。足関節の調節は一方の足関節と同じ角度に他方の足関節を調節する場合と、片側の足関節を、あらかじめ教示された角度に調節する場合との2種類あるが、これまで両側の足関節(足首)の関節角度を正確に評価する計測システムはなかった。

一方、心理学分野では、悲しいなどの負の感情下のほうが、細かい作業やスポーツのパフォーマンスに有利である可能性が指摘されていた。運動制御には関節や筋肉からその状態(固有知覚)を中枢神経系に伝える知覚神経系が重要。神経の活動を直接記録するマイクロニューログラムを用いた先行研究では、悲しい楽曲を聞いているときのほうが固有知覚神経線維の活動が安定しており、楽しいと不安定になることが報告されている。音楽を聞いて感情が動き、固有知覚に影響があるなら、実際に運動を行ったときに関節角度の調節に影響があると考えられる。

研究の内容:関節角度の再現誤差は、楽しい曲で最大、悲しい曲で最小

研究グループでは、両足関節の関節角度の正確な計測システムを開発。先行研究およびクラシック音楽の楽曲のプール(13の悲しい曲、9の楽しい曲、5のニュートラルな曲)から、研究協力者各自の最も悲しい曲、楽しい曲、および感情の起伏のない曲を選択してもらい、それぞれを聞きながら関節位置覚試験を行った。

足関節の関節位置覚試験は長坐位で膝を曲げた姿勢で、両足の足首を関節角度計測装置に固定、目隠しをした状態で足首を一杯に伸ばした状態から、83度、90度、97度、104度という四つの角度を、測定者が足を動かして提示し、試験1ではそれぞれの足関節角度を再現する課題とした。再現する角度の順序は順不同とした。

試験2は、対側の足をいずれかの角度で固定し、試験する足を対側と同じ角度に一致させる課題とした。それぞれ、楽しい曲、悲しい曲、どちらでもない曲、曲なしの4条件で、試験1、試験2において四つの関節角度再現を6回行った。

その結果、楽しい曲、どちらでもない曲、悲しい曲の順に、関節角度の再現誤差が小さくなることがわかった。

図1 関節位置覚試験における関節角度の誤差

(出典:東北大学)

今後の展開

楽しいことは、運動をする動機づけに重要であり、背中を押すのに重要。一方、ひとたび正確な動作を求められる運動を行うときには、冷静さが重要であることが今回の研究結果で裏づけられた。しかしこのことをスポーツ、演奏や作業に利用していくためには、それぞれの感情がどのように運動プログラムに影響するのか、その中枢機構を明らかにする必要がある。

本研究は「情動と運動制御」を追求するプロジェクトの一環として行われた。著者らは、「引き続き中枢機構の解明を進めるとともに、研究成果の現場での活用を進めていく」としている。

プレスリリース

感情は正確な運動制御に影響を及ぼす 楽しい曲を聴いている時には関節角度制御の精度が低下する(東北大学)

文献情報

原題のタイトルは、「The influence of emotional states induced by emotion-related auditory stimulus on ankle proprioception performance in healthy individuals」。〔Sci Rep. 2025 Feb 7;15(1):4586〕 原文はこちら(Springer Nature)

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国際スポーツ栄養学会(International Society of Sports Nutrition;ISSN)はこのほど、長鎖オメガ3多価不飽和脂肪酸(ω-3 polyunsaturated fatty acid;ω-3 PUFA)に関する見解(position stand)をまとめ、同学会発行の「Journal of the International Society of Sports Nutrition」に発表した。

ISSNによるω-3 PUFAに関する10項目の見解

国際スポーツ栄養学会(ISSN)のポジションスタンドは、ISSNの編集者と評議会が、読者の関心を引くトピックを特定してそのトピックに関するエキスパートに執筆を依頼する招待論文であり、執筆された草稿はレビューと修正が加えられたうえでISSNの公式見解として承認される。

今回発表されたポジションスタンドは、アスリートのω-3 PUFA欠乏リスク、健康への影響、筋肉痛や頭部への打撃に対する保護効果、睡眠への影響などについて、10項目が総括されている。論文の本文の一部をピックアップして紹介したうえで、論文の最後にまとめられている10項目のポジションスタンドを示す。

イントロダクション

PUFAは主に、ω-3とω-6に分類される。注目すべき短鎖ω-3 PUFAとして、α-リノレン酸とステアリドン酸、長鎖ω-3PUFAとして、エイコサペンタエン酸(eicosapentaenoic acid;EPA)とドコサペンタエン酸(docosapentaenoic acid;DPA)、ドコサヘキサエン酸(docosahexaenoic acid;DHA)が含まれる。炎症促進性や血栓促進性を示すω-6 PUFAに対して、ω-3 PUFAは抗炎症性、抗不整脈性、抗血栓性である。ω-3 PUFAの摂取は、心臓血管系、網膜、筋骨格系、脳血管系に対する保護効果を発揮し、神経疾患や病状に良い影響を与える可能性がある。

スポーツ領域でのω-3 PUFAサプリメントのメリットとしては、酸素消費量の減少、免疫システムのサポート、回復の促進、同化作用の向上などが挙げられる。また、消化器系の健康、認知機能、睡眠の質に好ましい影響を与え、アスリートの外傷性脳損傷(traumatic brain injury;TBI)に対する保護効果をもたらすことも示唆されている。

アスリートは、一般的にω-3 PUFA不足のリスクがある。例えば、全米大学体育協会(NCAA)ディビジョンIのフットボール選手404人を対象に行われた研究では、ω-3指数(O3i)が8%を超える選手は1人もいなかった。参加者の平均O3iは4.4±0.8%であり、これは後年の心血管疾患リスクが高くなる可能性を示している。

ω-3 PUFAの供給源として、日本やスカンジナビア諸国のような魚を多く摂取する国以外では、魚油サプリメントが最も一般的である。魚油サプリは、無作為化比較試験(RCT)とそのレビューやメタ解析により、心臓保護、抗血栓、抗炎症、神経保護に関するメリットがエビデンスとして示されている。

回復と筋肉痛

多くの研究が、運動誘発性筋損傷(exercise-induced muscle damage;EIMD)や遅発性筋肉痛(delayed-onset muscle soreness;DOMS)、パフォーマンス指標(筋力またはパワー)、関節可動域、筋損傷マーカー(クレアチンキナーゼ〈creatine kinase;CK〉、乳酸脱水素酵素〈lactate dehydrogenase;LDH〉)、および炎症マーカー(C反応性蛋白〈C-reactive protein;CRP〉、インターロイキン-6〈interleukin-6;IL-6〉、腫瘍壊死因子-α〈tumor necrosis factor-alpha;TNF-α〉)に対するEPAやDHA摂取の影響を評価している。

総合的にみて、ω-3 PUFAはDOMSを軽減する可能性があることを示唆している。一方、EIMD後の骨格筋のパワーやパフォーマンスに対する影響のエビデンスは、それほど堅牢ではない。CKやLDHに対する影響も一貫性が不十分なようである。

認知機能やメンタルヘルス

脳の成分の半分以上は脂質で、その脂質の約3分の1はω-3 PUFAである。ω-3 PUFAは細胞膜のリン脂質二重層で重要な役割を果たし、神経伝達物質の調節にも影響を与える。

ω-3 PUFAの少ない食事はセロトニンとドーパミンのレベルの低下と関連している。ω-3 PUFAは血液脳関門を通過するため、脳の血液循環に影響を与える可能性があることも当然と言える。脳血流の増加により脳への酸素と栄養素の供給が増加し、認知機能と精神的健康に影響を与える可能性があると、一般的に理解されている。ただし、ω-3 PUFAの認知機能への影響に関する研究の大半は、神経変性疾患患者や高齢者を対象としており、健康なアスリートを対象にした研究は限られている。

外傷性脳損傷

動物モデルでの複数の研究では、ω-3 PUFAを豊富に含む食事が外傷性脳損傷(TBI)関連の認知機能的転帰および神経生理学的転帰を改善することが示されている。そのメカニズムは、ω-3 PUFAが抗酸化物質として機能し、TBIによって誘発される活性酸素種(reactive oxygen species;ROS)を減弱させると考えられている。また、脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor;BDNF)のアップレギュレーションも想定されている。

米国のアメリカンフットボール選手を対象に、ω-3 PUFAサプリの予防的使用について3件の研究が行われており、結果をまとめると、DHAはプラセボと比較して、軸索損傷のマーカーである血清ニューロフィラメントライトの上昇を緩和した。より大規模なRCTを早急に実施する必要がある。

10項目のポジションスタンド

  1. アスリートはω-3 PUFA欠乏症のリスクが高い可能性がある。
  2. サプリメントを含むω-3 PUFAが豊富な食品は、ω-3 PUFAレベルを高めるための効果的な戦略である。
  3. ω-3 PUFAサプリメント、とくにエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)は、有酸素運動中の持久力と心血管機能を高めることが示されている。
  4. ω-3 PUFAサプリメントは、若年成人の筋肥大には効果をもたらさない可能性がある。
  5. ω-3 PUFAサプリメント摂取をレジスタンストレーニングと組み合わせると、用量と期間に依存して筋力が向上する可能性がある。
  6. ω-3 PUFAサプリメントは、激しい運動後の筋肉痛の主観的な測定値を減少させる可能性がある。
  7. ω-3 PUFAサプリメントは、運動選手のさまざまな免疫細胞反応に良い影響を与える可能性がある。
  8. 頭部への繰り返しの衝撃を受けるアスリートにおける、予防的なω-3 PUFA摂取は、神経保護効果をもたらす可能性がある。
  9. ω-3 PUFAサプリメントは、睡眠の質の改善に関連している。
  10. ω-3 PUFAはプレバイオティクスに分類されるが、アスリートの腸内細菌叢と腸の健康に関する研究は、現時点では不足している。

原題のタイトルは、「International Society of Sports Nutrition Position Stand: Long-Chain Omega-3 Polyunsaturated Fatty Acids」。〔J Int Soc Sports Nutr. 2025 Dec;22(1):2441775〕 原文はこちら(Informa UK)

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食と栄養の情報サイト「あじこらぼ」(味の素株式会社)は、第86回 日本臨床外科学会学術集会 学会賞受賞記念講演のレビュー記事を公開しました。

日本臨床外科学会の学会賞は、「臨床外科医として、地域医療に貢献し、多大な業績をあげ、臨床外科学の発展に寄与した者」として推薦され、学術委員会の議を経て決定されます。2024年の学会賞受賞者の一人として選ばれた土屋 誉 先生は、1979年からの45年間の大半を臨床外科医として奮闘される中、早くから「栄養」の重要性に着目されていたようです。

「あじこらぼ」では、「臨床と研究を振り返って」と題された学会賞受賞講演のレビュー記事に加えて、ご講演後に土屋 誉 先生に行ったインタビューを記事にして公開しています。

セミナーレポートのポイント

外科医療の現場から見た栄養管理の実践と課題、栄養状態が術後回復や予後に与える影響。

インクレチン分泌を外科的にコントロール

糖尿病や肥満治療の新たなアプローチとして、インクレチンの分泌を外科的に調整する可能性について解説。

アミノ酸の活用による侵襲軽減とがん治療の補助

免疫力維持や筋肉量の確保など、アミノ酸が果たす重要な生理的機能について紹介。

詳細はこちら

土屋 誉 先生【特別インタビュー】

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