「残クレ」は家計の味方か、それとも罠か? 「一家に一台」崩壊後のクルマ選び──子育て世帯を縛る“見えない負担”とは
「当たり前」が崩れ落ちる時代
「車は生活必需品」とされてきたが、子育て世代を取り巻く環境は確実に変化している。教育費や住宅費の負担が重くのしかかり、そこに物価高が加わった。家計の余力は年々細り、「一家に1台」を当然の前提とする考え方は現実とのズレを広げている。
かつて「一家に1台」は、安定した収入と生活のゆとりを示すわかりやすい指標だった。通勤や買い物、家族での外出を一台で完結できることが、標準的な暮らしの象徴でもあった。しかし現在は、その前提が崩れている。車を保有できるかどうかよりも、
「どこまでの固定費(毎月ほぼ一定に発生し簡単には減らせない支出)を家計が受け止められるか」
が問われるようになったからだ。一方で、
・残価設定型ローン(残クレ)・カーリース
・サブスクリプション
を活用し、高価格帯のミニバンやスポーツタイプ多目的車(SUV)を選ぶ若年層は増えている。月々の支払額を抑えられる仕組みが整ったことで、従来であれば手が届きにくかった車種が選択肢に入るようになったためだ。車を持つこと自体は難しくなっているが、「持ち方」次第で維持できる余地が広がったともいえる。
ただしその選択は、必ずしも家計の安定を意味しない。「一家に1台」はもはや生活の土台ではなく、家計全体のなかで優先順位をつけて選び取る対象へと変わった。車はあることが当たり前の存在ではなく、他の支出と同じく、取捨選択の俎上に載せられる存在になっている。
その“再定義”こそが、いま子育て世代の車選びに横たわる最大の前提条件なのだ。
残クレの解説(画像:トヨタ自動車)固定費が同時多発的に膨張する構図
子育て世代の家計を直撃しているのが、車両価格の上昇だ。かつては「庶民の足」とされた軽自動車でも、上位グレードでは乗り出し価格が250万円前後に達する例が珍しくなくなった。価格帯の感覚は、数年前と明らかに異なる。
新車の平均購入価格を見ても変化は明確だ。2015(平成27)年には約232万円だった平均価格は、2023年には約264万円まで上昇した。8年間でおよそ14%の値上がりである。背景には、安全装備の標準化や原材料費の高騰がある。同一車種でも装備やグレード次第で、価格が2割近く上がるケースも見られ、選択肢を慎重に絞ってもコスト増を避けにくい構造になっている。
家計への圧迫は車に限られない。食料品やエネルギー価格の上昇は日常的な支出を押し上げ、都市部では住宅費の負担感も強まっている。教育費は削りにくく、習い事や塾への支出は毎月の固定費として定着している。その結果、保険料やガソリン代、税金、駐車場代といった車の維持費が、調整の対象になりやすい構図が固まりつつある。
加えて金利環境の変化も無視できない。日銀の政策修正を背景に、マイカーローンの金利は上昇圧力を受けている。わずか0.1%の金利差であっても、借入額が数百万円規模になれば、総支払額には確かな差が生じる。車両価格が高止まりする状況では、その影響は一段と重く感じられる。
車の購入判断は、単独の支出としてではなく、複数の固定費が同時に増える家計環境のなかで行われる。価格上昇と金利変動が重なるいま、車は「必要な買い物」であると同時に、家計全体の耐久力を試す存在になっているのだ。
支払いイメージ(画像:写真AC)資産から消費財へ――価値観の静かな転換
家計を圧迫する固定費が増えるなかで、車に対する捉え方も静かに変わってきた。かつて車は、買い替え時の下取り価格を意識しながら所有するものだった。一定の資産価値が期待でき、長く乗るほど得をするという感覚が共有されていた。
しかし現在、その前提は揺らいでいる。技術進化のスピードが速まり、装備や安全機能の差が年式によって大きく開くようになった。結果として、保有期間を延ばすことが必ずしも合理的とはいえなくなっている。車は価値を蓄える存在というより、
「一定期間使い切る道具」
として扱われる場面が増えた。
この変化は、他の消費行動とも軌を一にする。通信機器や動画配信と同様に、車も「使っている間の快適さ」に対して費用を支払う発想が広がっている。所有すること自体よりも、家族の生活をどれだけ円滑にするかが評価軸になってきた。
子どもの送迎や買い物、休日の外出など、日常の足としての役割は変わらない。ただし重視されるのは、今の生活にどれだけフィットするかだ。
・室内空間の広さ・運転支援機能
・トラブル時の安心感
が選択理由として前面に出ている。
その結果、車は「持つこと」より「使うこと」に重心が移った。自宅の延長にある快適な移動空間として捉えられ、生活を下支えする機能の一部として位置づけられている。この意識の変化が、残クレや利用期間を区切った契約形態の受け入れを進める土壌になっている。
夫婦のイメージ(画像:写真AC)リセール神話が生み出す車種選択の歪み
ここ数年、自動車市場ではリセールバリュー(再販価値)を強く意識した車選びが広がっている。背景にあるのは、残クレの普及だ。将来の下取り価格を前提に支払いを組み立てる仕組みが一般化したことで、「高く売れる車ほど実質的な負担が軽い」という見方が浸透した。
この考え方は、車種の選択にも影響を及ぼしている。市場で安定した需要が見込めるミニバンやSUVに人気が集中し、残価率の低いセダンやコンパクトカーは相対的に選ばれにくくなった。性能や使い勝手だけでなく、数年後の評価額が判断材料に組み込まれるようになった結果だ。
残価を軸にした選別は、一見すると理にかなっている。ただその前提は、市場環境に左右されやすい。
・モデルチェンジの成否・供給過多
・嗜好の変化
によって、中古車相場は大きく動く。将来の価格を確定的に見通すことは難しく、期待通りの評価額がつく保証はない。
それでもリセール重視の傾向が続くのは、「所有している感覚」を保ちやすいからでもある。残クレで購入した車は自家用登録となり、外見上は一般的なマイカーと変わらない。返却前提であっても、所有と利用の境界は曖昧になりやすい。
SNSの影響も無視できない。納車直後の写真や家族旅行の様子が共有され、高価格帯の車が安定した家庭像の象徴として消費される場面が増えている。車は移動手段であると同時に、生活の充実度を示す視覚的な記号として機能している。
こうした流れのなかで、車選びはますます二極化している。一方では実用性を最重視し、価格を抑える層がいる。もう一方では、将来の評価額を織り込みながら、高額な車を選ぶ層が存在する。リセールという指標は、その分断を静かに後押ししているのだ。
子育て家庭のイメージ(画像:写真AC)サブスクの「便利さ」が隠す自由度の喪失
車のサブスクリプションやカーリースが支持を集めている理由は明快だ。毎月の支払額が一定で、税金や車検、メンテナンスまで含まれる契約が多い。突発的な出費を避けたい子育て世代にとって、家計管理のしやすさは大きな魅力となる。契約や手続きの煩雑さから解放される点も評価されている。
一方でこの手軽さは、自由度の低さと表裏一体だ。利用できる車種やグレードはあらかじめ限定され、装備の選択肢も限られる。契約期間中の乗り換えや中途解約は原則できず、ライフスタイルの変化に柔軟に対応しにくい。
特に子育て期は、想定外の変化が起きやすい。
・転居・通園、通学環境の変化
・家族構成の変動
によって、必要とされる車の条件は短期間で変わる。そのたびに契約上の制約が浮き彫りになり、使い続けること自体が負担になるケースもある。
また月額料金に諸費用が含まれている分、支払の実態が見えにくいという側面もある。支出は安定しているが、それが割安かどうかは利用期間次第だ。長く使えば使うほど、購入と比較した場合の差が意識されにくくなる。
事業者側にとっては、安定した収益が見込めるモデルであり、利用者との関係も長期化しやすい。ただ利用者にとっては、
「契約終了まで選択の幅が限られる時間」
を引き受けることになる。
サブスクは、車を所有する負担を軽くする一方で、使い方を固定化する仕組みでもある。便利さの裏側にある制約をどこまで許容できるかが、選択のわかれ目になっている。
お金の管理イメージ(画像:写真AC)合理性と体験価値の板挟み
子育て世代の車選びは、ふたつの考え方の間で揺れている。
ひとつは支出を抑え、移動の機能に必要十分な性能を求める立場だ。年式の古い車や価格を抑えたモデルでも日常の用途には足りるという判断は、家計全体の安定を優先する視点に立っている。浮いた資金を教育費や将来の備えに回す発想は、生活の組み立て方としても筋が通っている。
一方で、安全性や快適性を重視し、新車や価格帯の高い車を選ぶ家庭も少なくない。最新の運転支援機能や衝突回避技術は、安心感そのものだ。子どもが小さい時期は移動そのものが負担になりやすく、車内空間の広さや静粛性は日常を支える要素になる。家族で過ごす時間の質を高める手段として、車に価値を見いだす考え方も現実的だろう。
このふたつは対立しているようで、実際には同時に存在している。多くの家庭が、安全で快適な車に乗せたいという気持ちを抱きつつ、支出が膨らむことへの不安も手放せずにいる。その間を埋める形で、残クレやサブスクリプションが選ばれてきた。
こうした選択肢は、どちらか一方を切り捨てるのではなく、両立を目指す試みともいえる。ただしその結果として支払期間が長期化し、総額の把握が後回しになることも少なくない。合理性と体験価値の間で下した判断が、後になって家計に重くのしかかる場面もある。
車選びは、家族にとっての優先順位を映し出す。何を守り、何に価値を置くのか――その選択が、日々の移動だけでなく、家計の方向性そのものを形づくっている。
残クレのイメージ(画像:写真AC)必需と嗜好を分ける境界線
車を選ぶ際に見落とされがちなのが、月々の支払額ではなく、「支払い全体の大きさ」だ。車両本体に加え、
・金利・税金・自動車保険・燃料費
・駐車場代
といった費用は、長期的に家計へ影響を及ぼす。支出が分散されることで負担感は薄れるが、積み上げれば無視できない金額になる。
ここで問われるのが、車が自分の家庭にとってどの位置づけにあるのかという点だ。日々の送迎や通勤に欠かせない存在なのか。それとも、快適さや満足感を高める役割が大きいのか。その線引きが曖昧なままでは、判断は感情に引きずられやすくなる。
車選びでは、「子どものため」という理由が強く働く。しかし実際に必要なのは広さや使い勝手であって、過剰な装備や車格であるとは限らない。周囲と比べる視点や、将来の下取りを前提にした考え方が、判断を複雑にすることも多い。
重要なのは、車が将来の選択肢を狭めていないかを意識することである。教育費や住居、老後への備えといった優先度の高い支出を圧迫していないか。車にかかる費用が長期に固定されることで、家計全体の柔軟性が失われる場合もある。
車は便利な道具である一方、条件次第では重い負担にもなる。何を必須とし、どこからを余裕の範囲と考えるのか。その見極めこそが、これからの車選びの軸になっていくだろう。
だが問われているのは、車選びの技術ではない。家計が受け入れられる固定費の上限はどこまでか。そして、その判断を誰が、どの情報をもとに下すのか。「一家に1台」という常識が崩れたいま、浮き彫りになっているのは、家計管理の主導権をめぐる構造的な問題なのかもしれない。
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