UMA(未確認生物)の生態から、人間が失ったものを思う。セリフなし映画がなぜ今こんなにも胸を打つのか(折田千鶴子)
セリフが全くないのに、いや、だからこそ激しく胸を打つ『ロボット・ドリームズ』や『Flow』という傑作アニメーション映画が異例の大ヒット&高評価に沸いたが、そこに今度は実写映画が加わった。その『サスカッチ・サンセット』(現在公開中)は、もう最大級のロマン!でも、ちょっぴり切ない。
主人公は、なんと4人のサスカッチ(ネッシーやツチノコなどUMAの一つ。“ビッグフット” と言った方がピンときそう)。そう、世界中の人々を虜にし続ける、あの「毛深い巨人」だ。
Copyright 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reservedもちろんフィクション映画と分かっちゃいるが、観始めた瞬間、「わ、やっぱり本当にいたんだ!」と思わず声を上げそうになる。その反応こそ、いわんや我々が本気でその存在を信じている、いや信じたい強い願望の現れだろう。
UMA(未確認生物)好きはもちろんのこと、きっと誰もがラストシーンの衝撃まで、ワクワクし目を爛々と輝かせ、ある種の夢見心地にさせられる。彼らサスカッチが何を考えているのか、どこまで何を理解し、何を感じているのか分かり得ないからこそ、胸を掻きむしりたくなるほどの興味で、彼らの挙動や表情から目が離せない!
彼らは、どこへ向かうのか
Copyright 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved北米の鬱蒼とした霧深い森。リーダーらしき大きなオスが率いるのは、彼のつがいと思われるメスとその子ども、そしてもう一頭のオス。リーダーとメスが交尾し、終わればみんなで枝を集めて住処をこしらえ、なんのためか木を叩いて音を立て、反応がないかを確かめ、眠る。その繰り返し。食料は、まずリーダーが毒見してから。そんな彼らの春夏秋冬、実は彼らにとって激動の1年が映し出される。
「う~」とか「お~」とか声は発するものの、彼らは言葉を持たない。映画も余計な説明を加えることなく、彼らの行動や生態を映し出す。だから彼らの関係自体も行動の意味も、4人の群れのルールについても、我々観客は目を凝らし耳を澄ますことで少しずつ掴めていく。
セリフがないからこそ自由に、我々は自ら想像力を膨らませることに。彼らの全身から放たれる喜怒哀楽、微妙に変化する顔の表情、それを如実に宿す瞳孔から、「あ、もしかして?」「なるほど!」と少しずつ理解が増えていく。それが妙に楽しくてスリリングだ。
Copyright 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reservedだが、一人減り、ニ人減り、また増え……その激動の詳細は伏せるが、それこそが野生に生きる者の掟とも定めとも言えるだろう。とはいえ悲愴感や悲惨さとは無縁。ツッコミ必至なほどアホ過ぎる挙動に失笑したかと思えば、アッと思わず口を手で塞ぐ劇的なドラマが、次々と繰り広げられていく。
文明によって人類が手放したものとは
我々観客は、サスカッチに、どうしても “人間” を映して観てしまう。だから公然と(と言っても4人しかいないが)交尾する姿に、「子どもがいる前で」とつい気まずさを感じたり、メスが股間の“いつもと違う匂い”をクンクン嗅ぐ姿にギョッとしてしまう。
だが同時に、自分の体の変化に一早く気付く野生の感覚や勘、生来の知恵に感服せずにもいられない。
Copyright 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved一方、リーダーから交尾を要求されても戦闘態勢で追い払うメスの剥き出しの本能、内なる声に従う行動原理にも驚嘆させられる。したいならする、イヤなら闘う、愛する対象は命がけで守る、本能のままに。
その本能はもちろんだが、生理的欲求や感情を反射的にストレートに発露する彼らの単純明快さ、その「ただ生きんとする姿勢」は、笑わせたりギョッとさせたりしながらも、現代を生きる我々人間をアイロニカルに鋭く突き刺す。
Copyright 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved人前で自由に脱糞したいとも、垂れた乳をぶらぶらさせたいとも思わないが、彼らに対する感心や感服や羨望は、常に人の目を気にして繕い生きる窮屈さ、承認欲求が行動原理の基本になっている人間の、いや自分への嫌悪感を改めて意識させもする。
そう、我々は言葉がもたらしたものと引き換えに、生まれ落ちた瞬間に背負わされる運命や “生命” そのものを粛々と受け入れる “力” を手放したのではあるまいか。言葉は人間たるゆえんを決定づけてくれもしたが、本作を含め昨今のセリフのない映画に多くの人が魅せられる背景には、言葉を発さぬ者たちの純粋さや単純明快な行動原理への、羨望と回帰願望(無理だと分かっているからなお)を感じずにはいられない。
Copyright 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reservedまた、本作で“音楽”というものにサスカッチが触れる印象的なシーンがある。そのシーンからも我々人間が、いかに自然界にはない人工物や “刺激物” に対して鈍感になっているかも、興味深く改めて気づかされる。
だからこそ、彼らに人間や文明の足音がひたひた近づいてくる終盤は、ひゃ~っと肝が冷えまくる。さて彼らの運命は、いかに!? 衝撃のラストまで一気!
才人がこぞって参加の異色作
製作総指揮は、なんと『ミッドサマー』などホラー/スリラー映画の旗手アリ・アスター。主演(もう一頭のオス)と共同プロデューサーに、監督作『リアル・ペイン~心の旅~』で今年の賞レースを賑わせたジェシー・アイゼンバーグ。と言っても特殊メイクで言われないと分からないが、この2人が惚れ込んだ企画というだけでも、本作が異色の必見作であることが十二分に伝わるだろう。
Copyright 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved監督は、才能が認められつつある(きっと本作が決定打に!)ゼルナー兄弟。幼少期よりサスカッチにずっと惹かれ続けて来たという彼らが、その情熱を余すところなく本作に注ぎ込んだことがよく分かる。
兄弟はリアルさを追及するため、完全にサスカッチ視点で撮ったと語る。そして「本作で目にするのは、サスカッチの真の姿といえる」と自信をもって自負している。いやはや兄弟がおっしゃる通り、くすぐられ続けて来た興味を、本作はスカッと満たしてもくれる。
さて、観終えた後も暫くは、色んな思いがグルグル頭から離れない本作。ここは素直に、もっと見たいという欲求に従って、二度三度観てしまおうか。なにはともあれ天晴れな快(怪)作である。
Copyright 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved『サスカッチ・サンセット』
2024年/アメリカ/88分/シネスコ/配給:アルバトロス・フィルム/Copyright 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved
監督:デヴィッド・ゼルナー&ネイサン・ゼルナー出演:ジェシー・アイゼンバーグ、ライリー・キーオ製作:アリ・アスター
音楽:The Octopus Project