(社説)参院選 「優先」と分断の先に 排外主義の台頭を許すな

 「お前は、どの種類のアメリカ人だ?」。米大統領選を前に昨年公開された映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」で、市民に銃口を突きつける兵士のセリフだ。

 舞台は、分断の末に内戦に至った近未来の米国。そこでは「米国人かどうか」だけでなく、「どの種類の米国人か」で命が選別される。

 荒唐無稽なフィクションと言い切れない現実が日本に生まれかねない。「自分たち」を優先し、国籍や出自で峻別(しゅんべつ)する。分断や差別を重ねた先に、「どの種類」の日本人が残るのか。

 ■「ただ乗り」論の横行

 参院選では、外国人への規制の強化や権利の制限を強く打ち出す政党に、勢いが見られる。昨秋の衆院選は外国人材の確保が主要な争点の一つだったことを思うと、潮目の変化に驚く。参政党や日本保守党のほか、自由民主党国民民主党日本維新の会などが公約に掲げる。

 「黒人やイスラム系の人たちが夜に集団でお酒を飲んで騒いでいると怖い」「日本人を暴行する。日本人の物を盗む」。街頭演説で公党のトップが言葉を放つ。「ルールを守れと言っているだけ」「差別ではない」と言うが、一部の事象から誤解や偏見を助長する排外主義的な主張だ。

 目立つのは、外国人が税や社会保障に「ただ乗り」し、日本人の富を奪うとの説明だ。「『日本人ファースト』っていうのは、日本人の賃金を上げましょう、なんですよ」。参政党は貧困や低賃金の要因が外国人の流入にあると強調し、生活保護の支給停止などを訴える。

 国民民主党は「日本人の払った税金は日本人のための政策に使う」と繰り返す。外国人が消費税など税金を全く払っていないかのような誤解を与えかねない。200団体以上が賛同した人権NGOなどの共同声明は「外国人優遇は根拠のないデマ」と訴えた。

 自民党の公約「違法外国人ゼロ」には、流れた票を取り戻す意図が透ける。政府は一部の外国人による犯罪や迷惑行為で「国民が不安や不公平感を持っている」として、外国人対策の司令塔組織を立ち上げる。在留外国人の犯罪率はここ十数年間横ばいだ。国籍と犯罪を安易に結びつける発信が、差別容認の空気をつくらないか、危惧する。

 ■「3%」に求める原因

 コンビニで、駅で、学校や職場で。朝起きてから夜寝るまでに、私たちは何人の外国人に会うだろう。

 在留外国人は昨年末で376万人。第2次安倍政権が労働者の受け入れにかじを切って以来増えているが、人口に占める割合は3%。人手不足が深刻な農業や製造業や建設業、介護の現場は外国人なしに立ちゆかず、海外の優秀な研究者の誘致は日本の大学にとって最重要課題の一つだ。

 しかし、平成のバブル期に日系人が建設現場や工場を支えてきたころから、日本語や社会習慣の習得は基本、民間や自治体任せだ。

 言葉の壁から地域社会になじめず、子どもが勉強についていけないことも多い。外国人の差別を禁じ、権利を明記した人権基本法すら整備されていない。

 日本人の利用を前提としてきた制度がほころぶのは、当然だ。外国運転免許の切り替え制度見直しなどでは、公正な仕組みや法令の整備が急がれる。地域社会では、習慣の違いや意思疎通の難しさから摩擦が生じても、議論を避けることなく、互いに納得できるルールづくりが大切だ。

 問題の根底には、長年の政府の姿勢がある。外国人を人手不足を補う都合のよい「労働力」とみなし、「人間」として向き合うことを避け続けてきた。ともに働き、暮らす人たちを、同じ社会の一員として受け入れていく態勢づくりこそが、政治家の仕事ではないか。

 ■矛先は次の少数者に

 実質的に上がらない賃金や物価高への怒り。少子高齢化の進む将来への不安。やり場のない不満のはけ口は、自分より弱い集団へと向かう。そこに目を付けて用意された不満の「受け皿」が、支持を広げる。1929年の大恐慌への不満がナチスを生み、日本の軍事行動に拍車をかけた。

 米トランプ政権や欧州の右派政権の誕生の経緯を見ても、明らかだ。選挙で支持を得やすい言説は冷静な議論を奪い、民主主義の基盤である「法の下の平等」をたやすく揺るがす。

 私たちは何を得て、何を失うのか。

 「自分は日本人だから」と外国人への差別を容認すれば、矛先は次のマイノリティーに向かいかねない。たとえば「日本人優先」を掲げる政党は「男女共同参画が間違っていた」と少子化の原因を働く女性たちに求め、医療費を減らすためには終末期の延命措置の医療費を自己負担すべきだとも主張する。

 差別を容認する社会では、いつ自分が差別される側になるかもしれない。その認識を持ち、どのような社会をつくるのか、考えたい。この夏、私たちは岐路に立っている。

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