『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』綾野剛×柴咲コウ「ノーモーションで打たれる芝居」初共演の二人が出演作『バトル・ロワイアル』から『地面師たち』まで語り合う【インタビュー】
第6回新潮ドキュメント賞を受賞した、福田ますみ氏による著書「でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相」をベースに製作された映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』。2003年、教師による児童へのいじめが日本で初めて認定された事件について、その発端と民事訴訟のその後までが映画では描かれる。律子(柴咲コウ)は、小学校に通う息子・拓翔が教諭である薮下誠一(綾野剛)から悪質ないじめを受けていると訴え、反対に薮下はいじめをしていないと猛抗議するわけなのだが……。 冒頭からエンドロールまで息もつかせぬ展開で、観客の視線を釘付けにする骨太なエンターテインメントとなった『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』は、こちらに自身の倫理観やものの見方についてまで問うてくる。
FILMAGAでは、スクリーンでは火花を散らす間柄となった薮下を演じた綾野&律子役の柴咲にインタビューを実施。同世代でキャリアも長い両者だが、意外にも作品では初共演。これまで交わることがなかっただけに、「ずっとご一緒したいという思いがあった」とする充実の共演エピソードを中心に、お互いの“お気に入り作品”に及ぶまで、たっぷりと語り合ってもらった。
『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』の脚本を初めて読んだとき、どのような印象でしたか?
綾野:とてもワクワクしました。共演者の皆さんとの総当たり戦といいますか、お一人お一人にノーガードで挑むトーナメントのようで、それぞれどんな戦いになっていくのかと。 最初の撮影は学校のシーンからでしたので、光石(研)さんや、大倉(孝二)さんから始まり、あらゆる対戦を経て、最後に柴咲さんにたどり着く、という感覚でした。一つの作品で、いろいろな感情を宿した方々とぶつかり合う経験はなかなかできないので、どれだけの胆力と鍛錬が必要になるのかを考えるだけで興奮しました。
柴咲:脚本を読んでの感想は、もう一言「面白い!やりたい、やりたい、やりたい!三池さん!絶対合う!」。
綾野:脚本が本当に面白かったですね。 柴咲:うん、うん。私は役柄的に仕掛ける感じと思われるかもしれませんが、そういう用意はせず「受ける」という感じでした。特に序盤は律子の供述から始まるので、どちらかというと、薮下先生が仕掛けるように見えるシーンなんですよね。なので、「思いっきり受けるぞ」と思ってやっていました。今お話にあがった序盤のシーン、お二人のダイニングテーブル越しのお芝居は手に汗握りました。意外にも、初共演なんですよね?
綾野:コウさんとは初共演ですし、ずっとご一緒したいという思いがあったので、すごく緊張しましたが、どんな軌道で拳を出しても、どんな芝居をしても、全部受けてくださって。コウさんのストレートはノーモーションなので、全く見えないんです。 柴咲:(笑)。 綾野:気づいたら打たれている。台詞の初速がピストル並みに速い。常に感じて、考えていないと、出てこない速度だと思います。薮下の供述では、彼は言葉を出す前にどちらかというと考えてしまう人ですので、律子さんにすごい初速で打たれるという。そのギャップがたまらなかったです。 柴咲:テーブルを挟んでの律子の供述の再現は、現場で生まれている感じもあったので、私も本当にドキドキしながら「ビクッ」となりながらやっていました。
律子の中ではもう答えが用意されているから「初速が速い」というのも感覚的に感じられたところですか?
柴咲:はい、そうです。律子の証言では、「これが当然ですよ、これが事実ですよ」と信じて疑っていないので、そこに何か淀みがあったらおかしいんですよね。「自分に非?あるわけないじゃん、そんなの」みたいな。
そもそもご自分が演じる人物、薮下先生と律子について、どのように感じてどんなふうにアプローチしていかれたんですか?
綾野:薮下をどう見せたいかではなく、どう見られるか。伝え方や受け取り方、状況や感覚次第で印象が変わる人物なので、どんな方法も選択肢にありました。だからこそ、現場が作っているシチュエーションとムードをしっかりキャッチアップし、作品作りを心掛けました。それによって、薮下の造形が輪郭を帯びてきました。役作りというより、作品全体が積んでいるエンジンをどう稼働させられるか。そのチューニングの為に、芝居で表現できるパターンの選択肢を増やすという感覚でした。 柴咲:私は今回どうしても髪を伸ばしたかったので、一生懸命伸ばしました。漫画版を読んでいても、律子の不気味な感じ、妖艶さみたいなものが髪のツヤで出ればいいなと思ったので、不気味さを醸し出せればと思いました。立ち振る舞いについては、あまりガチガチにやっても人間っぽくなくなっていっちゃうしというところのせめぎ合いはあったと思います。そこは三池さんのリアクションを見ながら、「こんな感じかなぁ」と調整して、どちらかというと静を意識しましたね。それが「律子って、何を考えているのか分からない」につながればいいかな、と思っていました。
瞬きをしない見開いた目も、すごく印象的でした。
柴咲:特に学校に訴えに行くシーンなんかは、淡々と自分を信じてクレームを入れた感じです(笑)。律子としては当然の主張だと思っているので、「え?だって当たり前じゃないですか?」と主張する。そんなとき、人間はパチパチ瞬きはしないものなんですよね。その人なりの必死さ、ちゃんと訴えて受け入れてもらわなきゃ、分かっていただかないと、という気持ちだったのでそう(瞬きをしない)なっていきました。
三池監督とのタッグについてもお伺いしたいです。綾野さんは『クローズZERO II』以来17年ぶりとなりました。
綾野:当時もとても繊細な演出をしてくださいましたし、そのとき自分の想像力が至らなくて応えられなかったことが、今回三池さんとタッグを組ませて頂き、どう走っていけるのか楽しみでもありましたし、緊張もありましたが、長く(俳優業を)続けていると、こういったご褒美じゃないですけど、ただ再会できる喜びをストレートに感じ、改めて長く続けていくことの意義が結実した瞬間でした。全力で三池さんについていきたいと。 出来上がった作品を通して、カメラの山本英夫さんとのタッグも含めて、演出で主張しない、カメラで答えを出さない撮り方にも魅せられました。基本的には裁判所のシーンでも一番中立なところから撮るので、なるべくその人の感情を移入させないようにしていく。素敵だなと思って現場にいました。
画力の中で下支えしているのが、俳優の演技だと思います。三池監督から信頼を置かれているからこそと思いますが、そのあたり感じられたことはあるのでしょうか?
綾野:アフレコのときに三池さんから「面白いもの、できたよ」とおっしゃっていただいてそれだけでもう、十分でした。
柴咲さんは三池監督とは『着信アリ』、『喰女 クイメ』に次いで3作目です。そして、毎回なぜかある種の怖さを求められるような役ですね!
柴咲:そうですよね、毎回怖さを求められていますね。普通の(役が)ない(笑)。 綾野:(笑)。 柴咲:何なら『着信アリ』は怯える時間が多かったですけど(笑)。今回は三池さんが「カット」と言った後、近寄ってきて「怖ぅえぇ~~、ヒヒヒ」と言っていたので、うれしかったです。「あ、正解かな?」と思えました。 綾野:「ヤバいね。」とずっと言っていましたよね。 柴咲:そう。「あなたが作ってるんですよね?」と思いましたけど(笑)。
ところで、FILMAGAは映画好きが多く集まるサイトです。お二人が最近観た映画やドラマで印象に残った作品を教えてください。
綾野:『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』にクランクインする前に、『落下の解剖学』という作品を観ました。吸い寄せられるように観て、体感したくて、知りたくて。見始めたら、観る側に視点の選択を強いる怒涛の展開や、想像の遥か斜め上にいく演出に、なにより監督、脚本、役者の総合力に打ちのめされました。 柴咲:私、イヤミスが好きなんですよ。 綾野:イヤミスって何ですか? 柴咲:嫌な気持ちになるミステリー。 綾野:へ~え! 柴咲:全然スッキリしないじゃん、というやつが好きで。阿部サダヲさんが主演の『死刑にいたる病』を観たんですが、やばかったです。「だよね」ってなりました。
『死刑にいたる病』は、モヤっとしますね。
柴咲:『死刑にいたる病』は完全にイヤミス。真実がわかってきても、観ている側がすっきりなんてしなくて、「うわーどうすりゃいいの?」みたいな。だけど知りたいという好奇心は止められない、という深層心理みたいなものが人間の性をすごいつつくなあ、と思いました。あとは阿部さんが好きです(笑)。
初共演ということにかけて、お互いの出演作で特に好きな作品などあれば、ご紹介ください。
柴咲:これはもう、『地面師たち』! 綾野:ありがとうございます。 柴咲:それはそれはもうドハマりして、一気見しましたから。あの作品も一人の人の弱そうな部分の見せ方と、それがころっと変わる感じとか、「絶妙だなあ」と思っていました。「この人、こういう人なんじゃないかな?」という先入観を裏切られるのが、ちょっと面白いところもあって。世の中も同じなんだよなあと、観ていると思います。いつも一つの側面しか見ていないのに、決めつけているところが自分にもあったなと気づかされるというか。それは今回の作品にも通じると思うんです。そういうたたずまい、表情が素晴らしいなと思って夢中になって観ていました。
綾野:嬉しいです。僕は最近『バトル・ロワイアル』を観返しました。 柴咲:へえ~! 綾野:やっぱりすごいんですよ!コウさんの根源が、維持されつつ、ずっと更新し続けられている。まったく動じない。本当に不動明王みたいな立ち方で。足幅も完璧なんです。あの立ち方は、武人しかできない、本当に戦う人にしかできない立ち方です。 柴咲:演出していただいたので(笑)。 綾野:今この瞬間、我々は殺し合いをしているんだと。その人の立ち方が、一発で表現されているんです。表情もそうですけど。このときから、やっぱりコウさんなんだと感動しました。 柴咲:18歳ね。あの制服は、まだ大事に持ってます。 綾野:変わっていく美しさもあると思いますが、本当にコアな部分を変えずに生きているのは、実はすごく難しいことだと思います。まっとうだからこそ。まっとうに生きるということが、そうあるべき姿がすごく美しくて。
余談ですが、『バトル・ロワイアル』は2025年の今年、公開から25周年を迎えてリバイバル上映されたりなど、Z世代にも人気再燃の作品だそうです。
綾野:初めて「R-15」というレーティングの言葉を学んだのも『バトル・ロワイアル』でした。いろいろなものから解放された映画だったというか。映画的であり、前衛的であり、傑作です。
(取材、文:赤山恭子、写真:映美、綾野剛ヘアメイク:石邑 麻由、綾野剛スタイリスト:佐々木 悠介、柴咲コウヘアメイク:SHIGE(AVGVST)、柴咲コウスタイリスト:柴田 圭)
映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』は、2025年6月27日(金)より全国ロードショー。
出演:綾野剛、柴咲コウ、亀梨和也 大倉孝二 小澤征悦 髙嶋政宏 迫田孝也 安藤玉恵 美村里江 峯村リエ 東野絢香 飯田基祐 三浦綺羅 木村文乃 光石研 北村一輝 / 小林薫 監督:三池崇史 原作:福田ますみ「でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相」(新潮文庫刊) 脚本:森ハヤシ 配給:東映 主題歌:キタニタツヤ「なくしもの」(Sony Music Labels Inc.)
公式サイト:https://www.detchiagemovie.jp/
(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会※2025年6月9日時点の情報です。
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