次のパンデミックウイルスを探せ〜日経サイエンス2026年8月号より
SCOPE & ADVANCE
コウモリとウイルス,ヒトの緊張関係を読み解くことが備えにつながる
2020年当初,私たちは新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の出現をまったく新たな脅威と捉えた。しかしその後,SARS-CoV-2と近縁の“パンデミック予備軍”のウイルスが自然界に数多く存在していることが明らかになってきた。2026年5月,東京大学医科学研究所教授の佐藤佳を中心とする国際研究グループは,タイの都市近郊のコウモリから見つかった新たなSARS-CoV-2近縁ウイルスの特徴を突き止め,Cell誌で発表した。幸いこのウイルス自体が人間社会に影響を及ぼすことはなさそうだが,一連の研究は野生動物の間で流行するウイルスが突如ヒトに牙をむく危うさを如実に映し出している。 (文中敬称略)
SARS-CoV-2は「サルベコウイルス亜属」に分類される。2002年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因であるSARSウイルス(SARS-CoV)も同じサルベコウイルス亜属だ。21世紀に入ってから少なくともすでに2回,人類はサルベコウイルスのパンデミックに見舞われている。
そんなサルベコウイルスの仲間は,2025年の時点で200種類以上報告されている。そのほとんどがキクガシラコウモリ科のコウモリを宿主とするのが特徴的だ。世界中から報告があるが,圧倒的に発見例が多いのは中国やラオス,タイ,ベトナムといった東アジアおよび東南アジアの国々(日本での発見例もある)。ウイルス学を専門とする東大医科研の佐藤は東南アジアの研究者たちと共に,新たに見つかるサルベコウイルスが人体にもたらす影響や,自然界におけるウイルス動態の変化を調べている。
各ウイルスの発見位置およびゲノム相同率は次の論文を参照した。DOI:10.1016/j.cell.2026.04.019 (RacCS203,RacCS20637)DOI:10.1038/s41467-021-26809-4(RshSTT182)DOI:10.1038/s41586-020-2012-7(RaTG13) DOI:10.1038/s41421-023-00581-9 (BANAL-20-52/236)DOI:10.1016/j.cell.2021.06.008(RpYN06)DOI:10.1002/hsr2.1590(BtSY2)DOI:10.1093/nsr/nwac213(HN2021B)DOI: 10.3389/fmicb.2020.584717(CoVZC45)ヒトにも感染する新ウイルス 「共同研究の相談がある」。2024年7月,タイのチュラロンコン大学に所属するウイルス研究者スパポーン(Supaporn Wacharapluesadee) から佐藤のラボに届いた一通のメールが今回の研究につながった。スパポーンは感染症をもたらしうる野生動物のウイルスを調べるフィールド調査を得意とし,2021年2月にはコウモリからSARS-CoV-2と近縁なウイルスを発見してNature Communications誌で報告している。メールに詳細は書かれていなかったが,新しいウイルスの解析依頼だと佐藤は直感した。メールをもらった翌週,佐藤はラボのタイ人のポスドク(博士研究員)たちと共に早速バンコクに飛んだ。(続く)
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