肝脂肪滴中のコレステロールが脂肪肝の進行を引き起こす鍵を握ることを解明~新たな治療戦略として注目される「肝脂肪滴コレステロール」の抑制~
千葉大学大学院医学研究院の佐久間一基特任准教授、大学院医学研究院/災害治療学研究所の田中知明教授、イェール大学医学部のGerald I. Shulman教授らの国際共同研究チームは、肝臓脂肪滴(注1)に蓄積するコレステロール(注2)が、代謝機能障害関連脂肪肝炎(Metabolic dysfunction-associated steatohepatitis: MASH)の炎症や線維化を引き起こすことを明らかにしました。さらにコエンザイムA合成酵素 (Coasy) を抑制することで、このコレステロールの蓄積が減少し、MASHの進行も抑えられることが確認されました。本研究はコエンザイムA合成酵素をターゲットとした治療法の開発につながる可能性が期待されます。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要 PNASに2025年5月6日にオンライン公開されました。
■研究の背景
代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(Metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease: MASLD)は、日本を含む世界中で増加しており、成人の約30%が罹患しているとされる、最も一般的な慢性肝疾患です。2024年の報告では、日本におけるMASLDの有病率は、男性で30.3%、女性で16.1%と報告されています。MASLDの一部は、肝炎を伴うMASHへと進行し、さらに肝硬変や肝がんなどの重篤な病態を引き起こす可能性があります。2024年には、米国において甲状腺ホルモン受容体βアゴニストであるレスメチロムが、MASHの治療薬として初めて承認されました。しかし、レスメチロムの有効率は約30%にとどまることや、薬価が高価であることから、依然として多くの患者に対応できる新たな治療薬の開発が強く求められています。これまでMASHの原因として重要な役割を果たすのは、脂肪酸、コレステロール、セラミドなどの「生理活性脂質」であると想定されてきました。しかし、これらのうちどの脂質がMASHの発症において決定的な病因物質であるのかについては、十分には解明されていませんでした。
■研究の成果
1. MASHモデルマウスの解析
研究チームは、コリン欠乏高脂肪食(CDAHFD)(注3)を投与したマウスにおいて、わずか5日間で肝臓の脂肪滴内にコレステロールが急速に蓄積し、同時に炎症や肝線維化のマーカーが顕著に増加することを確認しました(図1左)。一方で肝臓全体のコレステロール量に変化は見られなかったことから(図1右)、脂肪滴という特定の細胞内構造に局所的に蓄積するコレステロールが、MASHの病態を引き起こす可能性が示唆されました。
さらに、コレステロール合成に利用されるCoenzyme A(コエンザイムA)の合成酵素 Coenzyme A synthase(COASY) をアンチセンスオリゴヌクレオチド(注4)で抑制したところ、肝臓脂肪滴中のコレステロール量が減少し、炎症と線維化の進行も抑えられました(図2)。同様の効果は、コレステロール合成阻害薬であるベンペド酸やスタチンの投与でも確認されました。一方で、食餌によりコレステロールを投与すると、肝臓脂肪滴中のコレステロール量が上昇し、COASY抑制による保護効果は消失することが明らかとなりました。
2. ヒト肝臓組織を用いた検証
マウスで得られた知見を、ヒトの肝生検検体を用いて検証した結果、MASHで肝線維化を有する症例では、肝臓脂肪滴中のコレステロール量が高いことが確認されました。特に、MASHの病態進行と関連する遺伝子多型(注5)である PNPLA3 I148Mを有する症例では、肝臓脂肪滴中のコレステロール量が増加していました。一方で、MASHの病態を抑制するとされるHSD17B13の遺伝子多型を有する症例では、コレステロール量が低下していました。これらの結果から、肝臓脂肪滴に蓄積するコレステロールの量が、個人の遺伝的背景とMASH病態の重症度に密接に関連していることが明らかになりました。
■今後の展望
本研究により、肝臓脂肪滴に蓄積するコレステロールがMASHの病態進展において重要な役割を果たすことが明らかになりました(図3)。さらに、COASYの発現抑制やコレステロール合成阻害薬(ベンペド酸)の投与によって脂肪滴中のコレステロール量が低下し、病態の進行を抑制できることが示されました。今後、これらの知見を基に、肝臓脂肪滴中のコレステロールを標的とした新たな治療法の開発が期待されます。
■用語解説
注1)脂肪滴:細胞内に存在する、脂質を貯蔵するための構造。中性脂肪やコレステロールなどが蓄積され、エネルギー源として使われる一方、過剰な脂肪滴は肝炎や糖尿病などの病態を引き起こす原因となることがある。
注2)コレステロール:細胞膜やホルモンの材料となる脂質の一種。体に必要な物質だが、肝臓内で過剰に蓄積すると、炎症や組織の障害を引き起こすことがある。本研究では、脂肪滴の中に蓄積されたコレステロールが肝炎や線維化を誘導する因子であることが示された。
注3)コリン欠乏高脂肪食(Choline-Deficient, Amino acid-Defined, High-Fat Diet: CDAHFD):コリンを含まず、特定のアミノ酸組成と高脂肪を特徴とした食餌。コリンは脂肪の代謝や肝臓の正常な機能に不可欠な栄養素であり、これを欠乏させることで肝臓に脂肪が蓄積し、炎症や線維化を伴うMASH様の病態をマウスで再現することができる。
注4)アンチセンスオリゴヌクレオチド:特定の遺伝子の働きを抑えるために設計された短い一本鎖の人工DNA。標的となるmRNAと結合することで、その遺伝子からのタンパク質合成を阻害する。病気の原因となるタンパク質の産生を抑える治療手段として、遺伝子治療の一種として注目されている。
注5)遺伝子多型:人間のDNA配列には個人差があり、特定の遺伝子の配列が人によって異なる場合がある。こうした一塩基の違い(SNP:一塩基多型)など、集団内で一定以上の頻度で見られる遺伝子配列の違いを「遺伝子多型」と呼ぶ。遺伝子多型は、病気のかかりやすさや薬の効き方の違いなど、個人の体質や疾患リスクに関係することがある。
■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援を受けて遂行されました。
・日本学術振興会・科学研究費助成事業(科研費) 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))「鉄代謝を介したNAFLD制御機構とその臨床応用(研究代表者:佐久間一基)2021年度~2023年度
■論文情報
タイトル:Liver lipid droplet cholesterol content is a key determinant of metabolic dysfunction-associated steatohepatitis
著者:Ikki Sakuma, Rafael C. Gaspar, Ali R. Nasiri, Sylvie Dufour, Mario Kahn, Jie Zheng, Traci E. LaMoia, Mateus T. Guerra, Yuki Taki, Yusuke Kawashima, Dean Yimlamai, Mark Perelis, Daniel F. Vatner, Kitt Falk Petersen, Maximilian Huttasch, Birgit Knebel, Sabine Kahl, Michael Roden, Varman T. Samuel, Tomoaki Tanaka, Gerald I. Shulman
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
DOI:10.1073/pnas.2502978122