【中国ウオッチ】習近平主席の後継者浮上?◇最側近有力説広がる:時事ドットコム
中国の習近平国家主席(共産党総書記)の後継者は誰か。10年以上続く長期政権でいまだに明確な指名がない中、有力候補として習氏側近中の側近が注目されている。来年後半に開かれる見通しの第21回党大会に向け、次期指導部人事を巡る臆測が飛び始めたようだ。(時事通信解説委員 西村哲也)
英誌エコノミスト(電子版)は4月30日、習氏の最側近として知られる蔡奇氏を取り上げた記事で、蔡氏は党の最高指導部である政治局常務委員会で7人のうち序列5位だが、事実上はナンバー2だとした上で、もし現時点で習氏がいなくなったと仮定した場合、蔡氏こそが後継者の最有力候補になるとの見方を紹介した。
同誌は、蔡氏が近く習氏に取って代わると報じたわけではないが、在外中国人ら多くの中国政治ウオッチャーがこれを援用して尾ひれを付け、大々的に「習下蔡上(習氏が下がって、蔡氏が上がる)」説を吹聴。今年後半に開かれるとみられる今期の党中央委第5回総会(5中総会)で蔡氏が総書記に就任するとの観測まで出ている。
蔡氏は、習氏がかつて長く勤務した福建省人脈の筆頭格。60歳になるまで地方首脳や閣僚の経験は皆無だったにもかかわらず、習氏の腹心として猛スピードで出世し、習政権2期目で党政治局、3期目で政治局常務委に入った。
現在の主な職務は党中央書記局筆頭書記と党中央弁公庁主任。前者は幹事長、後者は総書記の首席秘書官に当たる。総書記を直接支える二つの要職兼任は前例がない。習氏の信頼がいかに厚いかが分かる。実質的には「副総書記」の役割を果たしていると言ってよい。
蔡氏は党務全般のほか、宣伝やインターネット管理も担当。さらに、中央書記局筆頭書記として初めて党中央国家安全委の副主席を兼ねた。同委員会の運営を担う弁公室主任(事務局長)も務めているとみられ、安全保障政策にも大きな影響力を持つ。中央国家安全委は、習氏が率いる党中央政策調整機関の一つで、軍事・治安・外交など関係各部門の責任者がメンバーになっているといわれる。
なお、蔡氏は既に70歳だが、習政権では72歳で政治局員に再選された前例があるので、蔡氏が第21回党大会で現役を続けることについて、年齢面の問題はない。
影薄い李強首相
これに対し、序列2位の政治局常務委員である李強首相の権限は過去の首相よりかなり小さい。習氏が党総書記である自分個人に権力を集中させるため、1期目から2期目にかけて「党高政低」の方針を徹底して、政府機関を統括する首相の権限を大幅に縮小したからだ。
それでも、李克強前首相(故人)は政治局常務委員として習氏と同期(2007年就任)という大物だったことから、政権ナンバー2として最後まで序列3位以下の同常務委員とは別格の扱いだった。李強氏は他の常務委員と同じ扱いで、完全に習氏の部下として活動している。
しかも、現副首相の一人である何立峰氏は政策調整機関の党中央財経委と党中央金融委それぞれの弁公室主任を兼務。対米貿易交渉の代表も務め、財政・金融・貿易政策で八面六臂(ろっぴ)の活躍をしており、李強首相の影は薄い。
何氏も蔡氏と同様、習氏の福建省人脈に連なる高官。習政権の同省関係者は団結力が強く、「福建閥」と呼ばれることが多い。一方、李強氏が属する習氏の浙江省人脈は習政権発足当時、習派内の最大勢力といわれたものの、近年はあまり勢いがない。そもそも、浙江省人脈の高官たちは福建省人脈と違って、派閥としてまとまりがあるようにも見えない。
習氏の院政が前提
以上のような事情から、蔡氏が政権の実力者として注目されるのは当然ながら、「ポスト習近平」の候補としては、果たしてどうか。
李克強氏が10年間、習氏に圧迫されながらも、名実ともにナンバー2の座を保ったのは、共産主義青年団(共青団)出身のエリート官僚として、習氏とは関係のない独自の政治的基盤があったからだ。しかし、蔡氏にせよ、李強氏にせよ、その地位と権力は100%、習氏に依存している。いずれも習氏の側近であり、その意向に従って、役割を分担している。そのような人物が習氏抜きの政局で最高指導者の地位に就くのは難しいだろう。
3期目の習政権は習派の天下だが、習派は習氏が昔勤務した福建省、浙江省、上海市のほか、習氏の父親の出身地である陝西省など西北地方、習氏の母校・清華大学、習氏が特に重視する国有企業とさまざまな人脈から成る。その利害関係は極めて複雑であり、ある勢力の中心人物が習氏の下で権勢を振るっていたから、自動的に後継者になるという展開は想像しにくい。
蔡氏のようなタイプの人物がトップになるとすれば、習氏が政治力を維持したままで後を譲るしかないだろう。例えば、往年の江沢民氏のように、習氏が総書記・国家主席を退くが、中央軍事委主席は続投する、もしくは、習氏が全ポストから離れるが、党中央の何らの決定に基づいて、かつての鄧小平のような院政を敷くやり方である。
いずれにせよ、習氏が一部または全部の主要ポストを辞めるのが前提になる。つまり、習氏が形式上、半引退か完全引退に踏み切るかどうかということだ。
悲運多い「後継者」
この点について、香港親中派の消息筋は「習氏はトップとして、できるだけ長く続投するだろう」と語った。同筋によれば、香港の経済発展より政治的締め付けを優先する習近平路線はいまだに全く変化がない。また、この路線を執行する習政権の香港政策責任者、夏宝竜氏は73歳の高齢なのに、まだ引退していない。習氏が世代交代に関心を持っていないことは明らかだ。
習氏は昨年11月初めから半年、北京近郊を除いて、地方視察も外遊もしていない。今年4月末にようやく上海へ赴いたものの、座談会に出ただけで、視察はしなかった。大粛清による軍内の混乱で政局や安全に不安があるからと思われるが、だから即引退に追い込まれるという状況でもなかろう。
台湾のニュースサイト・上報が5月5日掲載した政治評論家の杜政氏による論文も、第21回党大会で習氏は総書記・国家主席・中央軍事委主席をすべて続投すると予測。「習は終生、権力を維持したいと考えており、最高権力の地位をうかがう後継者がいる事態を望んでいない」と指摘した。
杜氏は蔡氏について、政治局常務委員に留任して、国政諮問機関である人民政治協商会議(政協)主席に転じると予想している。
そもそも、中国共産党政権で次の最高権力者とされた人たちのほとんどは、毛沢東時代の劉少奇をはじめ、ろくな目に遭っていない。実際にトップになって、平穏に引退したのは胡錦濤氏(総書記在任2002~12年)ぐらいである。江氏の総書記起用(1989年)は天安門事件直後のサプライス人事で、突然の抜てきだった。習氏は総書記内定の5年後、予定通り就任したが、最終的にどのような形で権力の座から離れるのかは、まだ分からない。
「ポスト胡錦濤」間違いなしといわれた李克強氏も、習政権1期目まで「ポスト習近平」の有力候補と目されていた胡春華氏(前副首相)も、総書記にはなれなかった。前者は首相になったが、後者は政治局常務委員に昇進することすらできず、左遷された。
また、習氏の浙江省人脈に属する陳敏爾氏(天津市党委書記)は、習氏の後継者説が一時流れたが、これがあだとなったのか、2022年の第20回党大会で政治局常務委入りを逃した。
今回の蔡奇総書記説も、本人にとっては政治的に百害あって一利なしで、迷惑千万な話なのかもしれない。(2026年5月12日)