欧州の守り、ロシア侵攻なら数週間持たない恐れ-米国の支援ない場合

トランプ氏が米大統領に再選されてから数週間後、ポーランドのトゥスク首相は、ロシアとの国境付近の湿地林を訪れ、野心的な欧州防衛プロジェクトの一つを披露した。

  総額25億ドル(約3700億円)を投じる「イースト・シールド」の最初の区間は昨年11月後半に完成した。イースト・シールドはフェンス、コンクリートバリケード、対戦車壕からなる全長800キロの防衛線だ。

  トゥスク首相は、ポーランドが欧州大陸をロシアによる潜在的な侵略から守るために自らの役割を果たしていることを示そうとした。

  「これは平和への投資だ」と、2019年まで欧州理事会(首脳会議)の常任議長(EU大統領)を務めたトゥスク氏はロシアの飛地・カリーニングラード州に近い国境の村で語った。

  しかしこの防衛線は、最終的にナチス・ドイツの侵攻を食い止めることができなかったフランスのマジノ線の現代版だと言える。それが伝える暗黙のメッセージは、欧州は脆弱(ぜいじゃく)であり、それを自覚しているというものだ。

  防衛当局者によると、兵員、防空、弾薬のいずれも不足しているため、欧州の最前線の防衛体制は、米国の支援なしではロシアの侵攻にせいぜい数週間持ちこたえる装備しかない。機密情報のため当局者は匿名で語った。

  米国の完全撤退は考えにくいとしても、米国のプレゼンス縮小は影響を及ぼすだろう。

ポーランドとロシアの国境にあるイースト・シールドを視察したトゥスク氏(2024年11月)

  北大西洋条約機構(NATO)内で、欧州は通信、情報、兵たん、戦略的軍事指導力、兵器を米国に依存している。米国が同盟関係を解消し、欧州から全ての米兵力を引き揚げるという従来ならあり得なかったシナリオに備え、欧州は緊急対応策の策定を急いでいる。

  欧州大陸は冷戦後ほぼ武装を解除し、ロシアを無力と見なし、その後は貿易相手国として扱ってきた。14年のクリミア併合後ですら、欧州の指導者たちはなかなか考えを切り替えられず、ロシアによる脅威を認識するようになったのはごく最近だ。

  トランプ氏のホワイトハウスへの復帰は、欧州の警戒感を高めた。同氏はロシアの侵略行為に対してほとんど懸念を示さず、ウクライナへの米国製武器の供給停止を決定し、ウクライナ軍への一部の情報の提供を停止。ロシアのプーチン大統領との和平合意交渉を維持するため、欧州が検討する平和維持活動への米軍の参加を拒否した。

  欧州は連帯の意思表示と巨額の資金援助でこれに反応した。EUは1500億ユーロ(約24兆円)の融資を提供するとともに、加盟国が防衛費として6500億ユーロを追加支出できるようにする計画だ。

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  英国は開発援助の資金を軍事費に振り向ける予定。ドイツは伝統を破り、憲法で定められた借り入れ制限を緩和して軍備を増強する意向だ。

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  EUは6日、加盟国が防衛費を増額できるようにするため、財政ルールの長期的な改革に関する協議を開始することで合意した。

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  一方、トランプ氏はワシントンで「怠慢な」NATO加盟国を守らないと発言し、安全保障に関する共同の義務についてあらためて疑問を呈した。

ウクライナのゼレンスキー大統領は欧州理事会のコスタ議長および欧州委員会のフォンデアライエン委員長と会談(3月6日)

  欧州の再軍備には最終的に数千億ユーロが必要になると見込まれる。しかし、投資不足と米国への依存が長年続いた後だけに、欧州の安全保障強化には資金以上のものが必要だ。

  米国が提供する後方支援や情報収集、兵器システムなど、さまざまな支援を置き換えるには、5年以上かかる可能性があると関係者は述べた。

  欧州の戦闘能力と備蓄に関する正確なデータは極秘扱いとなっている。しかし国防当局者は舞台裏で、可能性は低いがゼロではないシナリオでは、米国の支援がなければ欧州の航空機搭載ミサイルの在庫は急速に底をつきかねないと一部の見積もりを引用して警告している。弾薬は数日のうちに不足するようになり、航空部隊は地上作戦を十分にカバーできなくなる可能性がある。

  欧州大陸で3年間にわたって戦争が続いているにもかかわらず、火薬の十分な生産能力といった基本的なものさえ欧州には不足している。つまり、装備の増強は主に米国からの購入に頼らざるを得ないということだ。

ルーマニアのスマルダンで行われたNATOの訓練演習で、軽量多目的ミサイル(LMM)システムを準備する英陸軍兵士(2月19日)

  欧州で国内総生産(GDP)に対する防衛費の割合が最も高いポーランドは、域内最大級の米国製軍装備品の購入国でもある。攻撃ヘリコプター「アパッチ」、戦車「エイブラムス」、戦闘機「F35」など、総額600億ドルを発注している。

  しかし、本格的な戦争が勃発した場合には、弾薬やその他の兵器を生産するために産業転換を行う計画も必要になるだろう。

  ハイテクを駆使した近代戦に従事できる戦闘員や技術者は最大10万人不足しているとされ、高齢化が進む欧州にとって特に解決が難しい問題だ。また、国防支出が年金や福祉を圧迫していると見なされれば、社会的な緊張にも対処する必要が出てくる。

Source: International Institute for Strategic Studies

  EUで最も人口が多く経済規模も最大のドイツは、兵力が24年末時点で18万1000人強と前年から若干減少していた。採用活動は強化されたものの、退役や退職した兵士を補うには十分ではなかった。

  兵力不足を補うため、核兵器を保有するフランスと英国には抑止力を提供するよう圧力がかかっている。フランスのマクロン大統領は5日、自国の核戦力を欧州の同盟国の防衛に使用する協議に入る用意があると述べた。

左からゼレンスキー、スターマー、マクロン氏(ロンドンで開催された首脳会合で、3月2日)

  リトアニアのブドリス外相は3日、「われわれは米国と緊密に結び付いている。それに何の疑いもない」と記者団に語った。

  ルーマニア、ポーランドとともに、ロシアの潜在的な標的となっているバルト3国のリトアニア、ラトビア、エストニアは、既に駐留している1000人余りの米軍兵士の数を増やすよう働き掛けている。

  トランプ大統領の暴言にもかかわらず、欧州が依然として米国に頼っていることを示すものだ。

Defense expenditures as a share of GDP, 2024 estimates

Source: North Atlantic Treaty Organization

  欧州は防衛作戦を独自で遂行することも困難だろう。米国は、敵の無線、レーダー、通信を検出する機器を満載した17機の高性能偵察機を運用しているが、英国は3機しか保有していない。

  国際戦略研究所(IISS)によると、他の欧州諸国は現在、双発の小型偵察機のみを運用している。ドイツはカナダのボンバルディアに3機の新型偵察機を発注したが、それらが稼働するのは28年以降だ。

  米国の支援が疑問視される中、ウクライナは欧州の軍事・財政支援への依存を強めている。

米国製コルトM16A4アサルトライフルを使った訓練をするウクライナの士官候補生

  しかし、冷戦終結後の30年間に現役兵士の数を約半分に減らした欧州の中核的なNATO加盟国では、自国の軍務や社会的な抵抗もありウクライナの平和維持活動への大規模な参加見通しに制限を課している。先週末にロンドンで欧州の緊急首脳会議が開かれた後、イタリアのメローニ首相は、ウクライナにイタリア軍を派遣することが「議題に上ったことはない」と述べた。他の首脳らも同様だった。

  デンマークのフレデリクセン首相は「最終的に和平が成立するとして、ウクライナの戦闘停止ラインは信じられないほど長い。1センチおきに欧州の兵士でそれを守るというのは、単純に現実的でない」と語った。

  欧州当局者は、ウクライナにおける和平合意の監視には少なくとも3万人の兵士が必要だと見積もっているが、それだけの人員を集めるのは困難で、最終的に派遣される軍はロシアにとっては陽動部隊程度でしかないと、当局者は述べた。

ブリュッセルで開催されたNATO国防相会議に出席したルッテNATO事務総長とヘグセス米国防長官(2月13日)

  欧州会計検査院(ECA)は先月、防衛強化の障害になり得る問題として後方支援を挙げ、中央で一括管理する機能がないことが理由だとリポートで指摘した。域内のある国から別の国へと戦車を動かそうとしても、国別の重量規制があり、橋が重さに耐えられないなどで遠回りを強いられる恐れがあると警告した。

  供給面の問題でとりわけ脆弱なのは、バルト3国だ。この3国の鉄道は、依然としてソ連時代の線路幅を使用している。これは、欧州の鉄道はポーランドまでしか行けないことを意味する。そうなると、攻撃された場合に海上輸送が重要になるが、そのための資源は投入されていない。

  公的にも私的にも、トランプ政権はNATOへのコミットメントを表明しており、完全撤退は極めてありそうにないと欧州の当局者はみている。今週の指名承認公聴会で、米国の駐NATO大使候補のマシュー・ウィテカー氏は、トランプ氏は同盟関係に引き続きコミットしていると強調、自らの役割は同盟国に防衛費の分担を増やすよう促すことだと述べた。

  一方でトランプ氏は、米軍の欧州駐留人数を20%以上削減し、拠出金も減らすだろうと、欧州の当局者は予想する。

  NATO軍事委員会(MC)議長に先月就任したジュゼッペ・カボ・ドラゴーネ氏はブルームバーグに対し、欧州における米軍の兵力縮小にNATOは備えていると語った。

関連記事:米国はNATO撤退せず、太平洋重視で欧州兵力削減も-新軍事委議長

  ロシアと国境を接するポーランドは歴史から学び、バルト海諸国と緊密に連携してロシアが防衛線を迂回(うかい)して侵攻してくることへの守りを強化している。フェンスを越えて飛来する兵器から身を守るためのセンサーや防空システムなどの設置がそれに該当する。

ポーランドのロシア国境沿いにあるイースト・シールド防衛プロジェクトに配備されたポーランド軍の装甲車両

  ポーランドの取り組みには、攻撃を受けた場合に後方支援が求められるフィンランドと英国も関与している。欧州では、ロシアによる侵略は起こるかどうかではなく、いつ起こるかという問題になりつつある。

  ポーランドのトムチク国防副大臣はワルシャワでのインタビューで「ロシアは、恐らく比較的短期間で軍事力を再構築できるだろう。3年以内に、再び世界にとって現実的な脅威となる可能性がある」と語った。

原題:Europe’s Defenses Risk Faltering Within Weeks Without US Support (1)(抜粋)

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