「私設奨学金」が広がる理由 印税100万円分を学生1人に贈った男性は「物価水準も高く、切迫感は強い」
「もともと『言語学の看板を使って商売をしている』という感覚があったので、『言語学に恩返しをしないと』という気持ちは、うっすらと抱えていました」
そう語るのは、登録者47万人を超える人気YouTube/Podcast番組「ゆる言語学ラジオ」で話し手を務める編集者の水野太貴さん。
昨年8月、初の単著『会話の0.2秒を言語学する』(新潮社)を出版。その印税100万円分を、言語研究に関わる大学院生1人に返済不要の奨学金として贈るとYouTubeで表明し、12月14日、応募総数94人の中から選ばれた宇都宮大学大学院の大塚日花里さんに授与した。
現在、大学生の約2人に1人が奨学金を受給している。日本学生支援機構(JASSO)の調査によると、特に大学昼間部では55%の学生が「何らかの奨学金を受けている」と回答している。奨学金の受給者数および受給割合は増加傾向にある。
こうした状況のなかで注目されているのが、水野さんのように自らの資金で学生を支援する「私設奨学金」だ。
「学会や母校に寄付するという選択肢もありました。ただ、団体レベルで見ると100万円はそれほど大きな額ではないんですよね。それに比べて大学生にとっての100万円は、かなり大きいと思うんです。僕が大学生だった頃よりも、いまは物価水準も高く、切迫感はより強いはずです」(水野さん)
この40年で物価は上昇する一方、平均所得は大きく伸びていない。金銭的に余裕のない学生が少なくないのが現状だ。
大学院となると、この問題はさらに切実だ。研究に追われ、アルバイトをする余裕がないケースも多く、結果として「実家が太い人」しか進学できない状況が生まれているとの指摘もある。こうした環境では、学問の発展を期待することは難しい。
「だったら、その中で特にサポートが必要そうな人に、100万円を直接渡すのが一番いいのではないかと思いました」(同)
「この人に渡したい」
水野さんがYouTubeで発表した際には、「50万円を2人に分けたほうがいいのではないか」「10万円を10人に分けたほうがいいのではないか」といった声も上がった。
「でも、僕はそうは思いませんでした。10万円だと使えばすぐになくなってしまう額ですが、100万円ならアルバイトの量を減らすこともできると思うんです。その分、勉強に充てたり、国際学会の渡航費にしたりといった使い方ができて、1人の人生にかなり大きなインパクトがあるのではないかと思い、『1人に100万円』と決めました」(同)
そして、94人分の応募フォームを1日かけて見比べ、「この人に渡したい」と思える人物を自ら選び出した。
8月の書籍の発売と同時に奨学金について発表し、締め切りは9月30日。10月12日には当選者の大塚さんに連絡し、12月中に100万円を振り込むという、スピード感のある選考となった。
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「税負担をできるだけ抑えたいと思い、『ゆる言語学ラジオ』の相方の作家の堀元見さんに相談しましたが、いろいろと検討した結果、良い方法は見つかりませんでした。最終的には、100万円に加えて、自分が負担する形で渡しました」(同)
個人間の寄付は、贈与税がかかる可能性がある。一方、NPO法人や公益財団法人のように、公益性のために活動している団体へ寄付する場合は、一定の要件を満たせば寄付した人が所得税の控除を受けられることがある。
例えば、奨学金プラットフォーム「ガクシー」を展開する株式会社ガクシーでは、資金提供者から預かった資金を一定期間運用し、その運用益を給付型奨学金として支給する「サステナブル奨学金」や、預かり資金から手数料を差し引いた残額を全額奨学金として活用する「シン・奨学金」といったサービスを展開している。
奨学金プラットフォーム「ガクシー」と連動しながら、企業や個人の寄付をもとに給付型奨学金の設計・募集・選考・管理までを担うのがガクシー財団。現在は「一般財団法人」として活動しているが、今年4月を目途に「公益財団法人」へ移行する予定だ。これにより、ガクシー財団への寄付は税額控除の対象となる見込みだ。
サービスは多くない
同社の広報マネージャー・小林佑季子さんは、こう語る。
「弊社のサービスは、『寄付をしても何に使われるかわからない』という不安に応える形で、使い道が明確に見える支援を目指しています。手数料や実際に学生に渡る金額も明確に提示できる点が特徴です。ほかにも寄付の仕組みはありますが、個人に直接給付する奨学金の仕組みはまだ多くありません。財団を自ら立ち上げるケースは別として、既存の枠組みの中で個人に直接給付するのは難しいのが現状です。特に奨学金に特化したサービスは多くないと思います」
ガクシー財団が来年度以降の本格始動に向けて試験的に創設したのが「ともに歩む奨学金」だ。給付にとどまらず、寄付者や企業が奨学生と継続的に関わりながら成長を支える伴走型の奨学金だ。
この返済不要の給付型奨学金を授与された一人が、東京大学大学院で「肝臓疾患」について研究している服部萌奈さんである。
「国立大学の大学院は入学金が約28万円、年間授業料は約50万円です。博士課程は通常3年間ですが、規定に達しなければ延長になる可能性もあります。そうすると、年間50万円が何年続くかわかりません……。そこで、ポータルサイト『ガクシー』経由で『ともに歩む奨学金』に応募し、採択していただきました。アメリカへ短期留学する予定があるので、その費用に充てるほか、博士課程進学後の学費にも充てたいと考えています」
肝臓は、一度肝硬変や肝がんになると治療が非常に難しい臓器だ。現在はドナーから提供された肝臓を移植する方法が主な治療法となっているが、それに代わる新たな選択肢のひとつとして、服部さんは遺伝子治療の研究に取り組んでいる。
彼女や前出の大塚さんのように、若い研究者たちの才能を途切れさせないためにも、私設奨学金は今後さらに注目を集めていくだろう。
(AERA編集部・古寺雄大)
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