結婚式を心待ちにしていた「おとう」 返事はこない父へのメッセージ

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杜宇萱

 純白のドレスをまとい、ウェディングロードをゆっくりと進む。

 場内に流れるのは、MISIAの「幸せをフォーエバー」。ベール越しに、泣き笑いする家族や友人の表情が見える。

 エスコート役は、93歳の祖父だ。胸に笑顔の父の写真を抱き、しっかり歩こうとしているのが伝わってくる。

 石川県野々市市の保育士、谷内未来(やちみく)さん(28)は5月、金沢市内で結婚式を挙げた。「おらんのはさみしいけど、見とってくれるよね」

祖父とウェディングロードを歩く谷内未来さん=2025年5月17日、金沢市、谷内さん提供

 未来さんが、父の松井健(たけし)さん(当時55)を亡くしたのは、2024年の元日。この日は午後3時半ごろ、輪島市の実家に帰省していた。

 「ただいまー」。団地2階の家には、父と母のさおりさん(56)、弟の拓さん(25)が待っていた。

「あけおめ!」 元日に襲った揺れ

 父の部屋のドアを開け、「おとう、あけおめ!」と声をかける。「おぅ」と笑顔の父が出てきた。

 手土産はドーナツで、父は早速、リビングで好物のクリーム入りを一つほおばった。「もう一個食べていいよ」と言うと、「そんなに食べないで」と母が止める。夜は実家で焼き肉をする予定にしていた。

 自室に戻った父がすぐに、前日に録画したNHKの紅白歌合戦を「見る?」と誘ってきたが、「後でいいよ」と返す。

 うつぶせになり、ペットのトカゲ「ライちゃん」の写真を撮っていたとき、スマートフォンのアラートが鳴った。

 午後4時6分。緊急地震速報とともに、実家が揺れた。輪島市内での最大震度は4。「久しぶりに大きいね」と母と弟に言う。前年の5月には、市内で震度5弱の地震が起きていた。

 母は祖父母に電話をかけ、「大丈夫だった?」と聞いている。

 すると、さらに大きな揺れに襲われた。おもちゃの家の中で揺さぶられる人形のよう――。そんな気持ちだった。

 立つこともできず、そばにいた弟と「どうする?」と言い合っていたところで、ようやく揺れが収まった。

 自室から出てきた父に「おとう、逃げるよ!」と声をかける。「いてて」と顔をゆがませているが、「大丈夫?」と尋ねると、「大丈夫、大丈夫」と笑顔に戻った。けがはなさそうだ。

能登半島地震後の松井健さんの部屋。いつも座っていた場所にタンスが倒れていた=2024年1月5日、石川県輪島市、松井さおりさん提供

 ほっとして、弟と一緒に階段で1階へ。母はすでにいたが、父が下りてこない。「呼んできて」という母の言葉に、弟が2階へと駆け出す。すると、叫び声が響いた。

 「おとうが倒れとる!」。階段の踊り場に横たわる父。呼びかけても反応がない。「なんで?」。さっきまでの元気な姿と目の前の様子が結びつかなかった。

 救急車を呼ぼうと119番にかけても、つながらない。近所の看護師らが父に心臓マッサージを続け、自衛隊基地から借りてきたAED(自動体外式除細動器)を何度も当てた。

「大丈夫」から急変した容体

 だが、息を吹き返すことはな…

この記事を書いた人

杜宇萱
金沢総局
専門・関心分野
災害、労働、写真・映像

2024年1月1日午後4時10分ごろ、石川県能登地方を震源とする強い地震があり、石川県志賀町で震度7を観測しました。地震をめぐる最新ニュースや、地震への備えなどの情報をお届けします。[もっと見る]

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