日本のインド太平洋地域における安全保障の役割、過度な期待はするな

日本政府はGDPに占める防衛費の割合が2.0%を達成したと主張しているが、日本人アナリストはオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)が運営するThe Strategistへの寄稿の中で「日本の2.0%達成は見かけ上の数字に過ぎないが、時間稼ぎの戦術としては機能している」と説明した。

参考:Japan’s defence budget isn’t really 2 percent of GDP. It’s not even close

トランプ大統領は2025年1月にホワイトハウス復帰を果たすとNATO加盟国にGDP比5.0%の国防支出を要求、2025年6月のNATO首脳会談で「国防支出=3.5%」と「軍事インフラとしても活用できる分野(重要インフラの保護、ネットワークの防衛、民間防衛や回復力の確保、イノベーションの促進、防衛産業基盤など)への投資=1.5%」を組み合わせた総額5.0%の新支出基準で合意したが、この新支出基準が分かりにくいのはトランプ政権がNATO加盟国以外に国防費増額を要求する際の目安として「総額5.0%」と「総額5.0%に含まれる国防支出分の3.5%」の数字を一貫性なく使用する点だ。

出典:NATO

現在は国防費増額の目安として3.5%を提示することが多く、ヘグセス国防長官も2026年5月のアジア安全保障会議で「トランプ大統領は絶対的な基準を設定した。我々は同盟国やパートナー国に3.5%を要求しているが、我々自身はその数字をはるかに超えて投資をしている。すべての同盟国やパートナー国がこれと同等の決意を示すことを期待している」と言及した。

“この課題に立ち向かい真のパートナーとして責任を受け入れる国々への恩恵は明らかだ。我々はモデルとなる同盟国、すなわち最も能力が高く、現実を直視し、自国の国益を守る準備ができている国々との協力を優先する。そうした国々に対しては優先的に対応し、武器販売の迅速化、産業基盤における緊密な協力、情報共有の拡大など、多くの国に利益をもたらす様々な施策を実施する”

出典:Secretary of War Pete Hegseth

“米国の納税者の寛大さにただ乗りし続けることができると信じている国々に告ぐ、今こそ我々の声を聞くべきだ。もうそのような時代は終わったのだ。我々の集団防衛のために自ら立ち上がり、自らの負担を拒否する同盟国は、我々の仕事のやり方における明確な変化に直面することになるだろう。トランプ大統領は自ら国を守る国を助けることを信条としており、国防総省も全く同じ考えだ。それこそが負担分担の本質で、それは我々が互いに負うべき義務であり、私が米国の国民と兵士に対して負う義務なのだ”

韓国は国防費として2026年に65兆8,642億ウォン(GDP比2.37%)を支出し、李在明大統領はトランプ大統領と会談した2025年10月「可能な限り早期に国防費をGDP比3.5%まで引き上げる」と約束した。オーストラリアのアンソニー・アルバニージー首相はトランプ政権の国防費増額を拒否していたものの、2026年4月に発表した国家防衛戦略と統合投資計画の中で「今後10年間の間に計1,170億豪ドルを追加し、計8,870億豪ドルを投資する」「GDPに占める国防支出の割合は2033年に3.0%に到達する」と明かし、すでに台湾の国防費はGDP比3.32%=9,495億台湾ドルに達しており、2030年に5.0%まで引き上げる予定だ。

出典:U.S. Army photo by Cpl. David Poleski

日本は当時の石破首相が「防衛費は日本が決めるものだ」「他国に言われて決めるものではない」と述べたが、高市首相は所信表明演説の中で「防衛費をGDP比2.0%への引き上げを2年前倒して今年度中に実現する」と表明し、2025年度は当初予算と補正予算を合わせて約11兆円を支出して2.0%を達成したことになっているものの、NATO加盟国と韓国、オーストラリア、台湾のGDPに占める国防支出の割合は「NATO基準=支出を行う当該年の名目GDP(予測値)で計算し、その後にGDPの実績値が確定すると数字を修正・更新するルール」で算出されたもので、日本だけ独自の基準で算出している。

小泉進次郎防衛相は2026年4月「今月7日に成立した2026年度予算のうち防衛関連費(防衛費が約9兆円+公共インフラ整備や海上保安など安全保障に資する関連費用が約1.6兆円)がGDP比で1.9%になった」と発表した際、記者から「2026年度のGDP見通しを基準にした場合の数字も教えてほしい」と質問され「現在の安全保障関連文書が作成された基準年が2022年度のGDPなので、2022年度のGDP(560兆円)を基準として年間防衛費を比較するのが適切だが、仮に令和8年度の見通しGDPを用いて計算をすると1.5%になる」と述べた。

出典:NATO

つまり2025年度の防衛関連費を当該年のGDP=672兆円で計算すると約1.6%しかなく、常備軍をもたないアイスランドを除くNATO加盟国、韓国、オーストラリア、台湾の中で旧基準=2.0%を下回っているのはスロベニア(スロベニアは2.02%を主張したがNATOの計算方法に合致しないと拒否され、NATO基準で再計算すると1.6%程度だと通知された)だけで、花田龍亮氏はオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)が運営するThe Strategistへの寄稿の中で「日本の2.0%達成は見かけ上の数字に過ぎない。同盟国が用いる一般的な同年比較で計算すれば2.0%には到底及ばないが、時間稼ぎの戦術としては機能している」と述べている。

“小泉防衛相は2026年度の防衛関係費を約560兆円だった2022年度のGDPを分母にして1.9%と計算しているに過ぎず、約690兆円と予測される2026年度のGDPを基準とした場合、実際の割合は1.5%にとどまる。つまり、分子=予算額は4年間増加しているにもかかわらず、分母=GDPは据え置かれたままなのだ。ヘグセス国防長官は2026年5月のアジア安全保障会議で3.5%を要求したが、操作された「1.9%」という数字でさえ到達点には遠く及ばず、実態としての「1.5%」に至ってはスタートラインを出たばかりの段階に等しい”

“日本がこのような数字の操作を行う理由は米国の圧力を受けても増額の確約が出来ないからで、現在の支出水準を維持するための税収基盤ですら限界に近い。数字の操作があったとしても日本の防衛力強化自体は紛れもない事実であるが、これ以上の予算拡大には強い逆風が吹いている。高市首相は法制化されていた防衛費増額のための法人付加税=防衛特別法人税を導入した。これは企業に4%の追加負担を課すものだが、日本国債の利回り上昇に伴う国債費(債務償還や利払い費)の増大が、その税収増を相殺してしまっているのが実情だ”

“さらに円安の影響でF-35やトマホークなど米国製輸入装備品の円建て調達コストが高騰し、金利を引き上げれば円高誘導に寄与する可能性はあるものの、それは同時に政府債務の利払い費の膨張を招くというジレンマを抱えている。現在の日本の総人口は約1億2200万人だが2050年代半ばには1億人を下回ると予測されており、税収の基盤となる生産年齢人口も2024年の7370万人から2043年には6000万人を割り込む見通しだ。現状でさえ122兆円の政府歳出に占める防衛費の割合は7.4%に過ぎず、社会保障費(32%)や国債費(26%)に圧倒されている状況だ”

出典:首相官邸

“こうした限界を考慮すれば、一連の計算上の操作は苦肉の策として生み出されたものだと理解できる。高市政権は防衛基盤の抜本的強化を加速させている。これは生産、販売、維持整備にかかる予算を国内経済に還流させ、高騰する輸入コストを回避する狙いがある。GDP比率を操作し管理することは防衛基盤改革を実行に移すための時間稼ぎとなっている。米国の政治的圧力をかわしつつ、防衛費の拡大軌道を現実的な範囲内に維持する上で本戦術は機能していると言える”

どうして2.0%達成のカラクリを海外のシンクタンクが運営するメディアに寄稿したのかだが、恐らくはオーストラリア人に対して「インド太平洋地域における安全保障の役割について日本に過度な期待をしないで欲しい」「2.0%達成はトランプ政権の外交圧力をかわすための操作された数字に過ぎず、日本はこれを本当に引き上げる財政的・経済的余地がもう残っていない」と理解を求め、無理に防衛費の引き上げを求めるのではなく現実的な歩み寄りを求めているのだろう。

出典:小泉進次郎

そして「GDP比率を操作し管理することは防衛基盤改革を実行に移すための時間稼ぎとなっている」「防衛費の拡大軌道を現実的な範囲内に維持する上で本戦術は機能していると言える」と締めくくったのは「日本は防衛費を国内経済に還流させて持続可能な独自の防衛基盤を作っている最中だ」とアピールするためで、単純に言えば「日本の苦しい状況を理解して実態のない2.0%達成で許して欲しい」と言いたいのかもしれない。

日本の防衛費引き上げがインチキだと非難される前に「操作された数字である」と自ら認めて理解を求める姿勢は好感を抱くものの、オーストラリアを含む米国の同盟国が「しょうがないよね」となるかは微妙だ。

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※アイキャッチ画像の出典:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 3rd Class Aaron Haro Gonzalez

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