AI普及で優秀な人の仕事は減り、能力の低い人の仕事が増えた? LLMで「実力主義」が崩壊(生成AIクローズアップ)
1週間の気になる生成AI技術・研究をいくつかピックアップして解説する連載「生成AIウィークリー」から、特に興味深いAI技術や研究にスポットライトを当てる生成AIクローズアップ。 【この記事の他の写真を見る】 今回は、能力がある人とない人の仕事の増減をAI普及の前後で調査した論文「Making Talk Cheap: Generative AI and Labor Market Signaling」を取り上げます。 大規模言語モデル(LLM)の登場で、誰でも簡単に、非常に質の高い文章が作れるようになりました。この変化は、特に就職活動や仕事の応募といった場面で大きな影響を与えています。 ▲優秀な人がAIのせいで仕事が減少しているイラスト(絵:おね) かつては、応募先の企業や仕事内容に合わせて、手間ひまかけてカスタマイズされた応募書類(カバーレターなど)を作成することは、その人の意欲や能力を示す重要な「シグナル」でした。作成にコスト(時間や労力)がかかるため、本気度の高い人や優秀な人を見分けるヒントになっていたのです。 しかし、AIによって誰もが簡単に立派な文章を作れるようになると、このシグナルが機能しなくなってしまうのではないか、という懸念が生まれました。 そこでダートマス大学とプリンストン大学に所属する研究者たちは、フリーランスと雇用主が仕事の発注と受注を介してつながるプラットフォーム「Freelancer.com」の実際のデータを使い、この問題を分析しました。2021年から2024年までの約6万1000件の求人と270万件の応募データを詳細に分析することで、AI普及前後の市場の変化を調査しました。 ▲Freelancer.comのプロフィール事例 まず、AIが普及する前のデータを見てみました。するとやはり、応募の文章をその案件に合わせてしっかり書いてくる人ほど、採用されやすく、実際に採用された後の仕事の出来も良いことが分かりました。このシグナルは、労働者が応募に費やした「努力」(時間)と正の相関があり、さらにその努力は、採用後の仕事の成功(能力)を予測する強力な指標となっています。 ところが、AIが広く普及した後では、この関係性が崩壊しました。AIを使えば、努力をかけずに高いシグナルの文章を送れるようになったため、雇用主はもはや応募書類の内容を重視しなくなりました。シグナルは、もはや努力や仕事の成功を予測しなくなったのです。 ▲LLM以前(青点)は、シグナルが高いほど仕事に採用される可能性が高かったが、LLM以後(黄緑点)は、どのレベルのシグナルでも採用率があまり変わらず、シグナルが無意味になった。 ▲シグナルが採用される確率にどれだけ影響があるのかをAI普及前後で示した図 研究者たちは、「もしAIによって、応募書類でアピールすることが全く意味をなさなくなったら、世の中はどうなるか?」という世界をコンピュータでシミュレーションしてみました。モデルでは、労働者の能力と仕事を引き受けるコスト、雇用主の選好、そしてシグナリングメカニズムを統合的に分析しています。 その結果、本当に能力の高い、優秀な人たち(上位20%)が仕事に採用される確率が、AIがなかった頃と比べて19%も減っていました。逆に、能力の低い人たち(下位20%)が採用される確率は14%も増えていました。 このように「実力主義」ではなくなった原因は、主に3つの理由で発生します。第1に、雇用主が優秀な人材を見分けるためのシグナルを失ったこと。 そして第2に、このモデルの推定で明らかになった「優秀な労働者ほど、その仕事を引き受けるコストも高い」という相関関係により、シグナルという武器を失った優秀な労働者が、能力は低いけれど「安くやります」という人との価格競争に巻き込まれ、負けてしまうようになったのです。第3に、観察可能な特性(過去の実績やプロフィール情報など)だけでは能力の違いを十分に判別できないことです。
TechnoEdge 山下裕毅(Seamless)