実家から動かなかった母の位置情報 「無事でいて」息子は祈った

松村瑞子さんの自宅は激しい揺れに襲われ、元の姿をとどめないほど壊れた=熊本県八代市で2026年7月31日午前11時56分、川地隆史撮影

 地元の熊本は、激しい揺れに襲われた。1人で暮らしている母の安否が気がかりだ。

 携帯電話の位置情報は実家から動いていない。「どうか、無事でいてくれ」。祈りながら新幹線に飛び乗った。

 7月28日夕、宮城県石巻市で働いていた松村徳彦さん(53)は同僚から声を掛けられた。「地元で大地震ですよ」。熊本県八代市は震度6強を記録していた。

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 真っ先に思い浮かんだのは、母瑞子さん(84)だ。市内の実家で暮らしている。松村さんの自宅も市内の別の場所にあるが、約7カ月前に転勤で家族と離れ、石巻市に移り住んでいた。

 母は無事か。携帯電話は呼び出し音が鳴るだけで、聞き慣れた声は返ってこない。

 全地球測位システム(GPS)で電話の位置を確認した。その場所は、実家を指し示していた。

 28日午後10時に仕事を終えると、地元の知人から実家が倒壊していると聞かされた。

 翌朝、新幹線と車で熊本に向かった。地元に残る妻から連絡が入った。実家の様子を見に行ってくれた。

 木造平屋建ての家は押しつぶされた。妻が瑞子さんの携帯電話を鳴らすと、がれきが積み重なった屋内から着信音が響く。

 その音を頼りに救助隊が姿を捜していった。すると、母は仏壇の近くで下敷きになっていた。

 「見つかったけど、引き出すのに時間がかかる。大丈夫そう」。妻からメッセージが届いた。「体も小さいし、隙間(すきま)に埋まって助かったのかな」といったんは胸をなで下ろした。

 数分後、妻から再び連絡が来た。「もう死んでいるみたい」

倒壊した松村瑞子さんの自宅。救助隊が屋根に穴を開けて家に入り、瑞子さんを発見したという=熊本県八代市で2026年7月30日午前11時13分、川地隆史撮影

 30日夕、隣接する氷川町内で遺体と対面した。損傷が激しかったとみられる顔は包帯で覆われ、その表情を見ることはできなかった。

 「まさか亡くなった人の中に母が含まれるとは思いもしなかった。受け入れられない」

 やさしくて面倒見のいい母だった。子供の頃、学校に遅刻しそうになると、自転車で送ってくれた。怒られた記憶はほとんどない。

 「思い出はたくさんある。でも、年を取って涙もろくなったから、話すと泣いてしまいそうで……」

 数年前に父を亡くし、1人になった母を気に掛けてきた。転勤した後も2カ月に1度の業務報告で地元に帰る度、母の顔を見に行った。

 6月にはサクランボをプレゼントすると、喜んでくれた。7月初めには実家に帰り、一緒に父の墓参りに行ったばかりだった。

 数年前、「何かあった時のために」と携帯電話を買ってあげた。GPSで位置を把握できるようにもしていた。これが、最期の場所を示すことになるとは思いもしなかった。

 松村さんは日本製紙に勤めている。八代工場では煙突が倒壊し、9人が死亡するなど深刻な被害が出た。

 地元はまだ混乱している。「元の生活に戻っていない今は、家族の前で悲しい顔は見せられない」

 8月には85歳を迎えるはずだった母。募ってくるのは悔しい気持ちだ。「宮城への転勤を断り、八代に残っていれば助けられたのかな」

 荼毘(だび)に付される前、その顔を見つめても、何も考えられなかった。せめてもう一度だけでいいから、元気な母と会いたかった。【川地隆史】

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