一人息子の「親孝行」に感謝した翌週…資産1億円・東京の一等地に50坪の自宅を構える82歳父が「通帳を取り上げられた日」【CFPが解説】(THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン))

今年82歳になった田代さん(仮名)は、2年前に長年連れ添った妻を亡くして以来、50代の一人息子夫婦が暮らす隣町の自宅で単身生活を送っています。膝や腰にしびれを感じることもあって、整形外科クリニックに定期通院していますが、多少物忘れが増えたことを除けば、まだまだ元気です。 田代さんは資産家です。首都圏ターミナル駅直結の某急行停車駅から徒歩5分という好立地に50坪強の敷地面積を持つ自宅不動産。さらに田代さん自身が親から受けた相続財産と、これまでの預貯金と投資で増やしてきた1億円を超える金融資産を保有しています。 そんな田代さんに、最近、息子がある提案を持ちかけました。 「もういつ認知症になってもおかしくない年齢なんだから、いざというときに俺がオヤジの定期預金とかを代わりに解約して、入院費なんかを支払えるように、家族信託をやろう」 息子によれば、いつか認知機能が一定レベル以下になってしまうと、田代さんの金融機関の口座は凍結されてしまうとのこと。そして、家庭裁判所が選任する「後見人」と呼ばれる人以外はお金を下ろすことができなくなり、後見人には毎年多額の費用を永久に支払い続けなければならない、というのです。その問題を解決してくれるのが「家族信託」という田代さんにとっては初めて耳にする仕組みだというのです。

もし大病を患ったり、認知症になったりしても、特に関係が悪いわけでもないので、息子夫婦が自分の代わりにお金のことを含めて手続きをしてくれると信じていた田代さんには寝耳に水の話でした。しかし、息子の紹介で面談をした家族信託契約の作成を手掛ける法律事務所の説明には、納得せざるを得ない点もありました。 法律事務所からの説明 日本では、2000年に介護保険と成年後見の2つの制度が厚生労働省の主導で両輪として開始されました。しかし、介護保険制度はその後毎年のように利用者が急増しているにも関わらず、認知症対策としての成年後見制度の普及は進んでいません。その理由は、 (1)家庭裁判所選任の職業後見人が「家族の問題」に入り込んでくる可能性  (2)いったん申し立てると取り下げができない (3)毎月費用が現実的には被後見人が死亡するまで永久に発生  (4)実質的な資産凍結により相続対策が不可能となる などといった理由が挙げられます。この問題を解決できるのが2007年施行の改正信託法により誕生した「家族信託」という愛称が付けられた民事信託の制度。その仕組みを一言で説明すると、「高齢者がその子どもに自分の財産の管理処分権を(贈与ではなく、受益権は自分に残したまま)渡してしまう契約」です。家族信託であれば、親が認知症になったあとでもその子は、堂々と親の財産を管理でき、家族の問題に第三者が入り込むこともありません。 「よし、これで自分と家族を守れるなら」説明に納得した田代さんは、その場で家族信託の組成を決断。組成費用を支払い、息子とのあいだで契約を締結しました。


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契約の翌週、息子が実家を訪れました。 「親父、これからの管理は俺がやるから。銀行の手続きも全部済ませておくよ。親父はもう、面倒な金のことなんて気にせず、長生きすることだけ考えてくれればいいんだ」 息子は甲斐甲斐しく動き、田代さんの通帳や印鑑、証券会社のカードなどを「手続きに必要だから」とまとめて持ち出しました。「終わったら返すよ」といっていたはずですが、1週間経っても、1ヵ月経っても、通帳は戻ってきません。 「あの通帳、どうなったんだ?」 田代さんが電話で尋ねると、息子は明るい声でこう答えました。 「ああ、信託口座に移したよ。俺がしっかり管理してるから大丈夫。親父の手元に置いておくと、詐欺に遭うかもしれないし、紛失も怖いだろ? 俺が預かっておくのが一番安全だよ」 生活費は振り込まれていますが、自分が長年貯めてきた1億円がいまどうなっているのか、通帳をみることもできません。「管理を任せたとはいえ、これは……」いいようのない不安に駆られた田代さんは、以前より懇意にしている独立系FPへ相談することにしました。

相談したFPは一通りの事情を聞いたあとで口を開きました。 「なるほど、家族信託ですか。でも確か田代さんは不動産経営とかをしているわけでもありませんよね。それに、ご自身の事業が上手く行っていない割には派手な生活ぶりの息子さんからときどきお金を贈与してくれといわれるのが悩みと、以前仰っていませんでしたか?」 田代さんは「そのとおりです」と答えると、FPは続けました。 「契約してしまった以上、申し上げにくいのですが……。そういう状況下であれば、家族信託という契約を息子さんと結ぶことは、非常にリスクが高かったといわざるを得ません。息子さんはどこかの扇動的な家族信託セミナーにでも出席して刺激を受けたのかな」 FPから説明を受けた要点は以下のとおりです。 後見人が家族に選ばれない理由 認知症対策としての後見制度があまり普及していないことも、その理由も田代さんが話を聞いた法律事務所の説明のとおりです。一方で親族が立候補しても後見人に選ばれない場合があるのは、家族による認知症患者(=被後見人)財産の横領事例が多発したためです。弁護士等の職業後見人は、認知症となった高齢の被後見人の「財産管理」のために、その家族といえども基本的には性悪説に立った対応をせざるを得ません。 「監視」のない恐怖 家族信託は、家庭裁判所のような公的な監督人がつかないケースがほとんどです。金遣いの荒い息子に財産管理権を渡し、通帳を取り上げられることは、いくら契約上の受益者が田代さんのままでも、チェック機能のない状態で金庫の鍵を渡すに等しいものとなります。 「身上監護」の欠如 成年後見制度の重要な役割である「身上監護(生活や療養看護に関する法律行為の支援)」が、家族信託にはスッポリと抜け落ちています。家族信託では、「仕組みの主人公」が「財産を持つ高齢者」ではなく、「高齢者が持つ財産」だからです。 高額な契約組成費用 家族信託の契約組成費用は高額になりがちです。アパートなどの収益性資産を保有しており、かつ受託する家族を心より信頼できるのであれば家族信託は1つの有効な選択肢。一方で、田代さんのように金融資産と自宅不動産程度の財産であれば、任意後見制度や、最近では金融機関による「予約型代理人サービス」などのより手軽な選択肢もあります。

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