トランプ氏の相互関税、新たな歴史刻む-米が構築した貿易体制解体へ
米国が約100年前に制定した関税法により世界的な貿易戦争が起こり、大恐慌は深刻化し長期化した。トランプ大統領は、世界がその後大きく変化したため、歴史が繰り返されることはないと考えているようだ。
トランプ氏は2日にいわゆる「相互関税」を発表する予定で、この日を「解放の日」と呼んでいる。保護貿易主義を戒める過去の事例として悪名高い、1930年のスムート・ホーリー関税法を上回る規模の貿易が対象になる見通しだ。
相互関税は、高関税と大恐慌の経験から学んだ米国が主導する形で構築した世界的な貿易体制の解体を目指す一段と大きなプロジェクトの一環と言える。トランプ氏はこれまで米国がひどい仕打ちを受けてきたと認識している。
トランプ氏は3月29日のNBCニュースとのインタビューで、「米国は過去40年以上にわたり世界の食い物にされてきた。われわれは公正なものにしようとしているだけだ」と語った。
関税の水準や適用期間、特定の国・地域もしくはセクターに例外措置が認められるかどうかなど、重要な詳細についてはホワイトハウスでここ数日議論が続けられてきた。
最終的にどのようなものになるかは全て、予測不可能なことで知られるトランプ氏次第だ。同氏は2日にホワイトハウスのローズガーデンで記者会見し、相互関税を発表する予定だ。
金融市場には既に動揺が広がり、世界各国・地域の高官はトランプ氏の関税政策が米国のリセッション(景気後退)と世界的な景気鈍化を招く恐れがあると憂慮している。
欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は、ブリュッセルで最近開かれた非公開の会合で、欧州連合(EU)各国の首脳に対し、米国が世界を破壊的な経済対立に引きずり込む最悪のシナリオに備える必要があると警告した。会合の様子に詳しい複数の関係者が明らかにした。
一方、輸出の4分の3が米国向けで、資源への依存度が高いカナダは、経済の方向転換に取り組んでいる。カーニー首相は先週、「経済的統合の深化と、安全保障・軍事面での緊密な協力に基づく米国とのかつての関係は終わった」と話した。
トランプ氏が推進する政策については米経済界の意見が分かれている。全米商工会議所は中小企業が特に深刻な打撃を受けると警告。イーロン・マスク氏率いる米電気自動車(EV)大手テスラも注意を呼び掛けている。
一方で鉄鋼会社や一部の代表的な消費者ブランドは不公正な輸入に不満を表明しており、関税引き上げの見通しを歓迎している。
トランプ氏の関税政策は昨年の大統領選の公約を実行するもので、年内の議会通過を目指す減税案の財源確保なども狙っている。どのような展開になるとしても、同氏は経済の歴史に足跡を残すことになりそうだ。
米ダートマス大学のダグラス・アーウィン教授(経済史)は、トランプ氏の相互関税で想定される関税率の引き上げや対象となる貿易量に言及。米国内総生産(GDP)に占める物品・サービス輸入の割合が14%と、1930年当時の約3倍に上ることを念頭に、「スムート・ホーリー関税法の場合よりもはるかに大きなものとなるだろう」と予想する。
ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の分析では、トランプ氏の政策で最大限の措置が講じられた場合、米国の平均関税率は28ポイントの引き上げとなる。その結果、2-3年で米GDPは4%押し下げられ、個人消費支出(PCE)価格指数のうち変動の大きい食品とエネルギーを除くコア指数を2.5%近く押し上げると推計される。
これは米国の生産を1兆ドル(約150兆円)余り削減することに相当し、ペンシルベニア州の域内総生産に匹敵する。世界金融危機の影響とほぼ同じで、その3年後には危機前のトレンドよりも経済規模がおよそ6%縮小した経緯がある。
トランプ氏はEUの付加価値税(VAT)や中国の非関税貿易障壁を声高に批判している。このためEUと中国が同氏の相互関税の大きなショックに直面し、対米輸出の多くの部分を失う恐れがあるとBEはみる。ただ、一段と大きな混乱を感じるのはカナダや東南アジア諸国だろう。
なお、BEの分析では、他国・地域による対米関税の形で報復措置を想定する一方で、トランプ氏の関税政策に伴う間接的な経済コストは捉えていない。こうしたコストとしては、将来を巡る不確実性で、企業が投資計画を棚上げにしたり、消費者が購入を先送りしたりすることが挙げられる。
トランプ政権は、関税措置が景気悪化を招くとの警告に反論するとともに、発表があった約2兆ドルの対米投資について、関税政策が既に米国に製造業を回帰させていることを証明するものだと主張している。しかし、こうした長期的な投資のうちどの程度が実現し、どれほどの雇用が創出されるかは不明だ。
WTOを「忘れろ」
1947年の関税貿易一般協定(GATT)調印以来、米国は関税引き下げの先頭に立ち、「最恵国待遇」と呼ばれる考え方を取り入れてきた。この制度により、GATTとその後継組織である世界貿易機関(WTO)の全メンバーに最低関税率が適用されることになった。
オバマ元政権で米通商代表部(USTR)代表を務め、現在は外交問題評議会(CFR)会長のマイケル・フロマン氏はトランプ政権の相互関税を巡り、「『GATTも、WTOも忘れろ』と言っているのに等しい。各国と2国間ベースで独自のルールを確立するという趣旨だ」と解説した。
トランプ政権は世界的不均衡の是正が関税措置の目的の一つだとしている。こうしたアプローチは最善の場合、世界中の貿易障壁を押し下げる一連の協定につながるかもしれないとフロマン氏は指摘する。他方で、「最大のリスクは、貿易障壁のエスカレーションにつながり」、それがインフレや生産性、競争力だけでなく、成長にも影響を与えることだと同氏は語った。
潜在的リスクを1970年代の石油ショックを受けたスタグフレーションや、2008年の金融危機に伴う不確実性の高まりに比較する声もある。元日本銀行審議委員の白井さゆり慶応義塾大学教授は、高止まりしているインフレ率が関税の影響で加速する可能性があり、景気悪化の場合でも、各国・地域の中央銀行の対応は制限されかれないと懸念している。
ダートマス大のアーウィン教授はトランプ氏の貿易に対する不満について、建国の父であるトーマス・ジェファーソンとアレクサンダー・ハミルトンがそれぞれ輸入に反発し、関税を受け入れた時代にまでさかのぼると指摘する。「不公正貿易慣行に対しては、常に米国のDNAに組み込まれた何かがある」と論じた。
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原題:Trump’s Tariffs Set to Make History and Break System He Loathes (2)(抜粋)