【コラム】パウエル氏、トランプ氏恐れないが封じ込めは困難-ダドリー
トランプ次期米大統領が実施しかねない政策を巡り、仮定に基づく行動はしないという米連邦準備制度と、パウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長の判断は正しい。とはいえ、トランプ氏がより過激な選挙公約を完全に実行に移せば、経済的影響の抑制に連邦準備制度は苦労するだろう。株式投資家が危険を認識しつつも無視している問題だ。
トランプ氏は、パウエル氏を2017年に自ら指名し、その後は厳しく批判してきた。パウエル氏は大統領選後初の連邦公開市場委員会(FOMC)会見で、任期満了(26年5月)前に自分を解任する法的権限がトランプ氏にないと強調した。
次期大統領が公約する関税引き上げや移民の大量送還、減税が金融政策に及ぼす影響について臆測することは避けたが、賢明な判断だ。そうした施策の影響を連邦準備制度は提案段階で分析するが、法制化まで政策決定で考慮することはないとパウエル氏は説明。「われわれは推測せず、臆測せず、仮定もしない」と述べた。
この慎重な進め方の裏付けとなるのが、連邦準備制度の主要経済モデルだ。第一に関税引き上げは、それが実施される可能性が高い場合に限りモデルに組み込まれる。第二に連邦準備制度の雇用およびインフレ目標と整合的な金融政策対応が行われ、企業と家計がそれを完全に予測する状況をモデルは想定している。
システマティックな政策ミスは排除され、経済ショックの影響は和らぎ、モデル上でインフレ期待が確実に定着する。トランプ氏の行動が金融政策決定に影響を与えるには、結果的にかなり時間がかかるだろう。
トランプ氏の政策イニシアチブが控えめなものにとどまれば、連邦準備制度の対応の遅れはそれほど問題にならない。しかし、関税や難民送還について大掛かりで急激な行動を起こせば、連邦準備制度の対応は経済的影響を十分緩和するには手遅れとなろう。他の条件が全て同じと仮定すれば、輸入価格上昇と労働力不足がインフレを加速させ、将来のインフレ期待を押し上げるだろう。不確実性が高まり、より積極的な金融調整が必要になると予想される。
トランプ氏は、自分の任期中に連邦準備制度が政策金利を低く維持するよう影響力を行使したいと考えるかもしれない。その点に関し、選択肢は限られる。いずれにせよ短期的には緩和継続の可能性が高く、両者の衝突はない。それより先もパウエル氏の任期満了まで次期大統領に画策の余地はあまりなかろう。
選挙キャンペーン中に浮上した一つのアイデアを検討してみよう。トランプ氏は自らが推す人物をFRB理事に任命し、「影の議長」に市場がより注目するよう仕向け、パウエル氏の力をそぐような動きを見せることもあり得よう。だが三つの理由からそれは意味がないと思う。第一に時間がかかる。(例えば米連邦預金保険公社=FDIC=総裁への就任をちらつかせ)理事の誰かに辞めるよう促すか、次の空席を待たなければならないが、後者の機会はクーグラー理事の任期が2026年1月に終わるまで訪れない。
第二にパウエル氏はFRBのスタッフを指揮し、FOMCの議題を設定できよう。これは議長権限を構成する二つの重要要素だ。第三に今後の金融政策の展望を示唆するフォワードガイダンスを影の議長も提示できるだろうが、雇用とインフレ率が目標に近づく現状では、あまり重要でない。連邦準備制度の行動決定では、今後発表される経済データが主要な役割を果たす。
トランプ氏の勝利に対する市場の反応は、奇妙なほど一様でない。債券利回りの上昇は方向として適切であり、フェデラルファンド(FF)金利誘導の最終到達点が数カ月前に予想されていた 2.9%ではなく、3.75%前後で底入れする見通しと一致する。これは景気の持続的強さと「中立」金利推定値の上方修正をある程度反映するものだが、同時にトランプ氏の政策がインフレをあおる不安もうかがわせる。
株式市場の活況には困惑させられる。確かに法人税率引き下げと規制緩和、関税引き上げは、少なくとも一時的に利益率を押し上げると期待される。しかしながら関税がインフレに及ぼす影響や難民送還が労働力供給に及ぼす影響など、プラスを相殺するマイナス要因も十分多く存在する。
9月後半以降の実質金利が50ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)上昇し、トランプ政権が暴走し過ぎる場合、連邦準備制度が「パンチボウル」を片付けざるを得ない事実を考えると、株式市場のバリュエーション(評価)は行き過ぎと思われる。過度な熱狂を投資家は後悔するかもしれない。
(ニューヨーク連銀の前総裁、ウィリアム・ダドリー氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Powell Doesn’t Fear Trump, But He Can’t Contain Him: Bill Dudley(抜粋)