大谷翔平、「開幕は打者に専念」の背景にある正解のないロジック スポーツライター 丹羽政善

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不思議だった。昨年春、ウォーカー・ビューラー(レッドソックスに移籍)はキャンプ序盤からブルペンに入り、力の入れ具合もほぼ100%という仕上がりの良さを見せていた。ところが、開幕ローテーションのメンバーに一向に名前が挙がらず、開幕戦が行われる韓国の遠征メンバーからも早々に外れた。

彼は2022年8月に2度目の側副靱帯再建手術(トミー・ジョン手術)を受けている。回復は順調で、23年9月3日、シーズン終盤、ポストシーズンでの復帰を目指しマイナーでリハビリ登板を開始した。リカバリーが思わしくないとして、その年の復帰は見送られたものの、オフの調整も問題なかったという。

ではなぜ、開幕に間に合わなかったのか? ドジャースを長く取材する地元記者に聞くと、「ドジャースは、ウォーカーを5月に入ってから復帰させる見込みだ」と教えてくれた。「チームはワールドシリーズ出場を想定し、そこから逆算している。彼には今年、イニング制限が設けられる。開幕から投げ始めたら、9月にその制限に達し、プレーオフで投げられなくなってしまう」

先発陣の層の厚さ故の余裕だが、かといって、その緻密な計算のもと、彼がワールドシリーズのいわゆる"胴上げ投手"となったというわけではない。彼は予定通り5月6日に復帰したが、一向に状態が上がらない。ドジャースも我慢したが、6月18日のロッキーズ戦で7失点すると、先発ローテーションから外した。

右臀部(でんぶ)の張りが直接的な理由だが、実はその前――投球スタイルの修正プロセスなどにおいて、ビューラーは不満を持っていたよう。彼は臀部の痛みが取れると、リハビリをドジャースの施設で行わず、フロリダ州にあるクレッセー・スポーツ・パフォーマンスという民間のトレーニング施設で開始したのである。異例だった。復帰後、「ドジャースのトレーナーらを信頼していないわけではない」とビューラーは話し、ブランドン・ゴームズGM(ゼネラルマネジャー)も「問題ない」と応じたが、微妙な空気が流れていた。その空気は、それぞれの言葉を逆に捉えれば容易に読み解け、フリーエージェントとなった彼が退団を選択したことで答え合わせもできた。

やや話が脱線したが、デーブ・ロバーツ監督は先日、「(開幕での大谷)翔平の二刀流は正直、難しい」と話した。ワールドシリーズ直後に脱臼した左肩を手術。その影響もゼロではないが、背景にあるのはビューラーと同じロジックである。「2025年はイニング数を制限することになる。どのタイミングで復活するかは、10月までの計画をベースに考えたい」。つまり、ワールドシリーズを見据えどう逆算するか、ということである。

2012年、ナショナルズはトミー・ジョン手術から復帰したステファン・ストラスバーグに160イニングという上限を設けた。9月上旬、その上限に達すると、ポストシーズンで投げさせることはなかった。だが、地区シリーズで敗退すると、球団のマネジメントミスが指摘された。そのトラウマが球界全体に根強い。

一方でこんな例も。15年、マット・ハーベイ(当時メッツ)が、トミー・ジョン手術から復帰。180イニングの上限が設けられたが、レギュラーシーズンで189回1/3に登板した。ポストシーズンでの登板はストラスバーグ同様、見送られる予定だったが、ファン、メディアに批判されると、ハーベイ本人が「上限は、レギュラーシーズンの話。ポストシーズンは含まれない」と曲解した。メッツもその思いを止められず、結局、プレーオフでハーベイは26回2/3も投げ、チームがワールドシリーズに進む原動力にもなった。ところがその反動なのか、翌年以降、彼はそれまでの輝きを失ってしまった。

16年8月、「アメリカンジャーナル・オブ・スポーツ・メディシン」という専門誌に、「再発を防ぐ目的によるトミー・ジョン手術明けのイニング、投球数制限は必要ない」という論文が掲載されたが、どのチームにもナショナルズやメッツの失敗を繰り返したくないという見えない力が働いている。

もっとも、いくら配慮したところで、設けた上限に達しないケースもある。ビューラーは臀部を痛めた。大谷も20年に1回目のトミー・ジョン手術から復帰したときには、2試合先発しただけで右前腕を痛め、残りのシーズンを棒に振った。ダルビッシュ有(パドレス)も16年5月、同手術からの復帰を果たしたものの、3回先発したのち、首から右肩の張りで1カ月ほど先発を離れている。こうしたケースは多々あって、ダルビッシュもあのとき、「トミー・ジョン(手術)の後だから、いろんなところが痛くなったりするとは言われている。これが普通だよと言われました」と明かした。

また、満足のいくパフォーマンスを発揮できるかという問題もある。すでに触れたように、ビューラーは復帰直後、まったくイメージ通りの投球ができず、焦りを隠さなかった。球種の配分やプレートを踏む位置を変えたりもしたが、どうにもメカニックが安定しなかったのだ。およそ2年、登板間隔が空き、その穴埋めは容易ではなかった。大谷も5月に復帰すれば、23年8月23日以来となる。約20カ月のブランクは何をもたらすのか。

そもそも彼の場合、リハビリの難しさもある。5月に復帰するとすれば、4月はマイナーでリハビリ登板をするのが普通。だが大谷は、指名打者で試合に出場するので、試合前にライブ BP(実戦形式の打撃練習)やシミュレーションゲームを重ねて仕上げることになる。新型コロナウイルスの感染拡大により、それは図らずも20年に経験済みだが、復帰初先発では四球を連発し、一つもアウトを取れずに降板するなど散々だった。いくらシミュレーションゲームなどをこなしても、実戦には及ばないのだ。

結局、ビューラーはシーズン終盤になって安定するようになったが、試行錯誤は数カ月に及んだ。仮に同じような状況に大谷が陥ったとしても、まとまった時間をそこに割くことは難しく、その点でも制限がかかる。トミー・ジョン手術からの復帰プロセスに目安はあっても最適解はない。すべて人それぞれ。大谷の場合は、さらに特殊ケースなのだ。

ただ、ゴールはあくまでワールドシリーズのマウンドに立つこと。その思いが揺るがなければ、ビューラーのように紆余(うよ)曲折があったとしても、道を見失うことはないかもしれない。

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