【社説】説明責任からの逃走 国会ゆがめた首相の独善と自民の劣化

国会の実質的な最終日、夜になった衆院本会議の散会後、自民党の控室にあいさつに訪れ、拍手を送られる高市早苗首相(中央)=2026年7月24日午後11時13分

●高市首相が説明責任から逃げ、与党が「数の力」で強引に進めた国会が閉会した●国民の代表が集う国会の機能不全は、民主主義の危機そのものである

●首相を制御できない自民党の劣化や野党の力不足も深刻だ

 高市早苗首相が衆院選の大勝後、初めて臨んだ国会は、副首都法案をめぐる与野党の対立で混迷を極めた末に閉会した。5カ月余りの会期を通じて見えたのは、説明責任から逃げ、「数の力」で押し通そうとする首相と、それを制御できない自民党の責任政党としての劣化であった。

 国民の代表として政府を監視する立法府の機能は大きくゆがめられた。首相の責任が厳しく問われる。

立憲主義への無理解

 高市政権の国会軽視は、2026年度当初予算の衆院審議の段階から明らかだった。3月末までの成立にこだわる首相の意をくんで、衆院予算委員会の審議は過去20年で最短の59時間。予算成立後も含め、衆参両院での予算委の集中審議への首相の出席は、歴代首相に比べ著しく少なく、党首討論も2度しか開かれなかった。

 首相は「求めがあれば出席し、誠実に答弁してきた」と言うが、信じがたい。自民党内では、「首相が国会に出たがらない」と、半ば公然と語られていた。

 憲法は国会を国権の最高機関と定め、答弁や説明を求められた首相や閣僚に出席する義務を課している。議員の質疑は国民に代わって行われるものであり、首相の都合で減らしていいものではない。

 国家権力が国民の自由や権利を奪うことがないよう、憲法でルールを定め、権力を縛るというのが立憲主義の考え方だ。立法、行政、司法の3権を分立させ、互いにチェックし合う仕組みを導入しているのもそのためだ。

 首相には、立憲主義の下、立法府に対して行政府の長が果たすべき役割への理解が欠けているというほかない。

 国会で説明を求められるのは、政策についてだけではない。政治への信頼にかかわる問題が生じれば、厳しい追及も正面から受け止めねばならない。その点、中傷動画報道を受けた首相の対応は場当たり的で、最後まで疑念を払拭(ふっしょく)する説明はなかった。「近日中」といった秘書の陳述書の提出は1カ月後、国会の実質閉会日の2日前だった。時間切れで逃げ切りを図ったとしか見えない。

維新への危うい傾斜

 国会最終盤では、改正皇室典範や国旗損壊処罰法など、世論が分かれ、専門家から疑義が示された法案を駆け込みで成立させた。幅広い合意形成には程遠く、国民を分断し社会に大きな傷を残しかねない。首相は当初から「国論を二分」する政策の実現を掲げてきたが、国民の統合を図ることこそが一国の指導者の役割ではないのか。

 物価高騰に多くの国民が苦しみ、いまだ収束しない中東情勢が国内外の経済に与える影響も見通しにくい。

 そんななか、予算成立後の高市政権が重点的に取り組んだのは、インテリジェンス(情報収集・分析)機能の強化に向けた法律や皇室典範改正、国旗損壊罪の創設など、国民生活には直結しない一連の法整備だった。いずれも首相自身が意欲を示すとともに、日本維新の会との連立合意に盛り込まれたものだ。

夜の衆院本会議が散会した後、日本維新の会の控室を訪れ、藤田文武共同代表(左)と笑顔を見せる高市早苗首相=2026年7月24日午後11時9分

 公明党の連立離脱で苦境にあった首相を救ったのが、維新との連立だった。首相が自民内に異論や慎重論があっても、維新の肝煎り政策の実現にこだわったのは、恩義に報いるためだろう。個人の事情を優先し、政治の大局を見ていないと言わざるを得ない。

 衆院の定数削減こそ先送りしたものの、副首都法案への固執は国会最終盤の異例の混乱を引き起こした。与党内には衆院の3分の2での再可決も視野に、会期を2カ月以上再延長する案も一時浮上。予定されていた首相出席の衆院予算委の集中審議は会期内の開催が見送られた。

 議院内閣制の下、内閣を支える立場にあるとしても、首相の意向に専ら追従した自民幹部の責任は重い。権力が集中し、最近やや変調が見られるものの、内閣支持率の高い首相の顔色をうかがうだけでは、首相の下請け機関と批判されても仕方あるまい。

国会は誰のものか

 衆院で圧倒的な議席差があるとはいえ、野党の力不足も深刻だった。

 衆院で野党第1党の中道改革連合は、参院では立憲民主党と公明党に分かれたままで、インテリジェンス強化法や改正皇室典範では、衆院で中道は賛成、参院で立憲は反対と、重要法案をめぐる態度が分かれた。このままでは、巨大与党に対抗する軸になるのは難しかろう。

中道改革連合の小川淳也代表は、事実上の国会最終日の記者会見で高市政権を批判。「国会の運びに謙虚さや慎重さを大いに欠き、誠実さの片鱗(へんりん)も見られない」と述べた=2026年7月24日午前10時54分、国会内

 野党の多党化が進み、なかには政策実現を旗印に、与党との連携を模索する動きもあった。だが、政権を監視し、行き過ぎに歯止めをかけるとともに、国民の多様な声を政治に反映させる野党の役割は、これまで以上に重みを増している。野党の態勢の立て直しと連携強化が急がれる。

 国民の代表が集う国会の機能不全は、民主主義の危機そのものだ。国会は与党のものでも、野党のものでもない。主権者である国民のものである。すべての国会議員がその原点を思い起こすべきだ。

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