国際舞台駆けた外交官 岡村善文氏(54)
公に目にする記者会見の裏で、ときに一歩も譲れぬ駆け引きが繰り広げられる外交の世界。その舞台裏が語られる機会は少ない。50歳の若さで大使に就任し、欧州・アフリカ大陸に知己が多い岡村善文・元経済協力開発機構(OECD)代表部大使に、40年以上に及ぶ外交官生活を振り返ってもらった。
英語の頭文字取って「アベ」
《2013年6月、横浜で3日間にわたって開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD)で、安倍晋三総理は「自立・自助」と「成長・投資」を重視するTICADの精神をうたい上げた》
安倍総理は「日本はアフリカと共に歩む」と強調し、その中で「アベ・イニシアティブ」を打ち出します。
産業人材育成事業の「アフリカ・ビジネス・エデュケーション(教育)」で、頭文字を取って「アベ」。アフリカから留学生を、日本企業でのインターン研修とセットで招く計画です。
今も継続しており、私が現在教壇に立つ立命館アジア太平洋大でも、この枠組みの恩恵を得ています。
〝アイ・キャッチング〟な語彙
2018年、インタビューに応じる谷口智彦氏=首相官邸(鴨川一也撮影)《会議で、政策演説というより、アフリカへの〝応援演説〟ともいえる安倍氏の基調演説を作ったのが、スピーチライターを務めた谷口智彦内閣審議官だった》
谷口氏が書くと、官僚の作文ではとても思いつかない〝アイ・キャッチング〟な語彙や文章がちりばめられるのです。しかも「こんなことを総理にやらせていいのか」「言わせていいのか」といった要素まで入ってくる。
例えば、「味の素」が開発した栄養サプリを総理が壇上で振りかざして紹介する。また、青年海外協力隊員の1人を会場に立たせて紹介する。また首脳たちに起立を求め、拍手させる…。
聴き手をハッとさせるような言い回しも飛び出します。日本とアフリカは「共同経営者で、仕事仲間だ」「アフリカの未来は明るく、日本とパートナーを組むアフリカはもっと明るくなる」
それだけではない。谷口氏は当日、通訳ブースに入り、英語の同時通訳をしました。抑揚の効いたハリウッド流の声色で、聞いていたアフリカの人たちが「感動して涙が出た」と吐露していた。総理演説というより、〝演劇の世界〟です。
会談の数、実に48
2013年5月31日、アフリカ開発会議(TICAD)開催のため来日した南スーダンのキール大統領(右)と握手を交わす安倍晋三氏=横浜市西区 (代表撮影)《アフリカの首脳たちが日本に来る最大の目的は、安倍氏と会談することだった》
TICADの議論の裏で、安倍総理は約40人の首脳と次々と会談。潘基文国連事務総長や世界銀行総裁ら、国際機関の長とも会談するため、会談数は48にも上りました。
1つの会談で15分、休憩と次の会談の打ち合わせ5分を挟むなら、1時間でできる会談は3つどまり。合計16時間を3日間でこなす大変な重労働です。
官邸からは、安倍総理の健康をえらく心配されました。しかし、いざやってみると総理は快調。むしろ、会談を重ねるごとに元気になっていく。
百戦錬磨の首脳たち
というのは、アフリカの首脳たちはみんな、日本と安倍総理を称賛し、大いに励ましたからです。あらかじめ時間制限を伝えてあるため、会談に無駄がなく、百戦錬磨の首脳たちはツボを押さえた発言で臨んできます。
安倍総理も、冗談などの受け答えに〝磨き〟がかかりました。総理はその後、多国間外交の覇者になっていかれた。
私は、政権発足後早いうちに、TICADで各国首脳との応対術に習熟されたことがその素地になったと、ひそかに考えています。
《本会議場では、議長代理の森喜朗元総理がアフリカの大統領たちの議論を切り盛りした》
自由討論にしたために、そうそうたる大統領の面々が議場で手を挙げ、まるで学級会のようでした。最後には森氏自身が、アフリカへの期待を情熱を込めて発言。大統領たちも真剣に聞き入った。とにかく誰もが前向きで、議論や参加を楽しむ国際会議となりました。
食ってかかる人も…
食料を口にする栄養失調の子ども=2022年5月、エチオピア南部(日本ユニセフ協会提供・共同)《苦々しく見ていた人々もいたという》
アフリカ開発の専門家や、アフリカ関連の仕事をしている国際機関の人々の中には、私に食ってかかる人がいました。
「日本は、『アフリカは希望の大陸だ』とか『アフリカに投資するのは今だ』とか、明るい面だけを語る。しかしアフリカといえば、貧困であり、紛争であり、人権無視であり、汚職である。TICADはそれらの根本問題から目をそらし、人々を誤らせている」と。
TICADが目をそらしているわけがない。社会問題や平和と安定の問題についても議題を設け、議論した。ところが、アフリカの〝問題児〟の部分だけを本業にしてきた人々の目には、TICADがアフリカの潜在性に焦点を当て、経済成長を鼓舞することが、自分たちの業績や仕事を軽視するものと映るのでしょう。
人々の幸福を実現するには、病気を治療し、悩みの相談に応じるだけでは不十分だ。人生の活力を与える目標を見つけ、自らを豊かにする方法を手に入れることが重要。それと同じことだと思います。
「悪い面」VS「良い面」
《アフリカは伝統的に、「暗黒」のイメージが先行していた》
アフリカ関連の国際会議といえば、これまで「悪い面にどう対処するか」「どう支援するか」といった取り組みばかりでした。
しかし、日本の対アフリカ外交は違う。アフリカが自信を取り戻し、将来に目を向け、自らの潜在力を開発することを呼びかけるものです。「良い面」に一緒に取り組もうと誘う外交です。
13年当時、10億人といわれていたアフリカの人口は今や、15億人を超えた。これから、アフリカの成功・失敗が世界の成功・失敗を左右することになります。
今年8月には、第9回TICADが開催されます。日本が「世界を主導するアフリカ外交」を展開することを大いに期待しています。(聞き手 黒沢潤)
<おかむら・よしふみ> 1958年、大阪市生まれ。東大法学部卒。81年、外務省入省。軍備管理軍縮課長、ウィーン国際機関日本政府代表部公使などを経て、2008年にコートジボワール大使。12年に外務省アフリカ部長、14年に国連日本政府代表部次席大使、17年にTICAD(アフリカ開発会議)担当大使。19年に経済協力開発機構(OECD)代表部大使。24年から立命館アジア太平洋大学副学長を務める。