朝6時に行列100人超 20分で完売の洋菓子店主が政治に望むこと

凍てつく空気の中で買い物をする女性=1月31日午前5時49分、盛岡市、三浦英之撮影

 まだ夜が明けきらない午前6時。盛岡市の神子田(みこだ)朝市の片隅には週末、決まって長蛇の列ができている。

 お目当ては川村商店(盛岡市)のスイーツだ。パンナコッタや台湾カステラなど計約250個が毎回、午前6時の販売開始から約20分で売り切れる。1人6個までの制限があるものの100人以上並ぶ日もあり、最後尾に近い人たちは購入できない。残り少なくなると、客同士で「1人1個にしましょうよ」などと相談が始まる。

スイーツを求める行列には子どもの姿も=2026年1月31日午前6時13分、盛岡市、三浦英之撮影

 販売しているのは、パティシエの川村浩さん(61)。高校卒業後、市内の名店「タルトタタン」などで36年間修業を積み、2020年の独立と同時に朝市に出店。独自の店舗を持たず、朝市や予約販売で営業している。「朝市の前日は夕方6時に仮眠し、午前0時に起きて、自宅を改造したキッチンで商品を作っています。ケーキやスイーツはロス(売れ残り)が出るのが普通ですが、いつも完売なのは、本当にありがたいです」

 それでも近年、原材料の高騰が著しく、利幅が小さくなっている。円安の影響でチョコレートの価格が倍に値上がりし、海外からの観光客らに人気の抹茶も倍近い値段になった。

 それでも営業を続けられるのは、店舗を持たず、家賃や人件費がかからないためだ。「朝市は若者が自分の力を試せる格好のスタートアップの場所。自分もその成功例の一つになれれば」

川村浩さん=盛岡市、三浦英之撮影

 ステンレス製のふたを開けるとボワッと銀色の湯気が舞い上がり、市場中に海の香りが立ちこめる。

 神子田朝市の冬の名物、三陸産海鮮販売「あさひ堂」が提供する山田産の「蒸しガキ」だ。周囲をぐるりと半島に囲まれ、山と海から養分が流れ込む「海の十和田湖」と呼ばれる山田湾で育ったカキは、蒸しガキの概念を一掃するほど豊潤でおいしい。共同経営者の倉本朝日さん(49)は「カキと言ってもそれぞれ味が違うので、生産者を選んで購入しています」。

倉本朝日さん(左)と佐々木温子さん=2月1日午前8時7分、盛岡市、三浦英之撮影

 大槌町の海産物店。震災の津波で加工場が流され、直後は宮古で仕入れた魚を車で販売して回った。2021年から神子田朝市で週末に店を出す。

 三陸の味を届けたいと、釜石、大槌、山田で仕入れた海産物を金曜日、睡眠時間2、3時間で加工する。穴子の白焼き、煮ツブ、イカ大根、どれも味が染みていて絶品だ。「一生懸命作っています。おかげで金曜の睡眠時間は2時間くらいですけれど」と共同経営者の佐々木温子さん(49)が笑う。

 頑張って、頑張って、頑張っている。それでも中小企業はやはり厳しい。「中小企業が頑張れる社会でいてほしい」

昭和の立ち食いソバ店

 家族連れが真っ白な湯気の中で笑いながら立ち食いそばをかき込む。名物の「ごぼ天そば」は350円。しかも、ごぼ天は入れ放題だ。採算がとれないのでは……。

 「『もうけ』というよりは、『昭和の雰囲気』を大切にしたいのです」と店主の松田旭さん(59)は言う。つらい経験を乗り越えてきた。盛岡で運転代行を営んでいたが、コロナ禍で廃業。2020年7月に朝市に店を出した。「古いものやレトロな感じが大好きで。やるなら絶対、立ち食いそばだなと」

松田旭さん=盛岡市、三浦英之撮影

 昭和は日本にまだ希望が満ちあふれていた時代。多くの駅前に立ち食いそば店があった。誰もが立ったままそばをかき込み、慌ただしく仕事へと戻っていく。そんな活気を朝市にも日本にも取り戻したい。

 「もう一度、希望を持てる時代に」。そう願い続けて、雪の朝市に立つ。

安くないコーヒー、そのココロは?

 多くの商品が格安で手に入る神子田朝市で、村上悠子さん(49)が営む「悠珈琲(コーヒー)」は安くない。提供する「不思議なコーヒー」は1杯500円。「みんなが笑顔になるためには、それくらいの値段が必要だと思うのです」

 かつて福祉作業所やコーヒー店に勤務した。当時の経験や教訓を生かし、児童労働の温床にもなっていると指摘されるコーヒー豆を、適正な価格で仕入れる「フェアトレード」で購入。カビがついた豆などを取り除く作業の一部を福祉作業所の利用者に依頼し、50度のお湯で洗った後、手間を惜しまず直火で焙煎(ばいせん)している。

村上悠子さん=1月31日午前8時47分、盛岡市、三浦英之撮影

 持参した水でドリップにも時間をかけ、いれたてのコーヒーからはアクをすくって客に出す。「植物ですから、どうしたってアクが出ます。でもそうやって丁寧にいれることで、冷めてもおいしく飲める『不思議なコーヒー』になるんです」

 朝市には多様多種の人が集まる。健常者もいれば、障害のある人も買いに来る。「まさに多様性の象徴。盛岡は『コーヒーの街』と呼ばれますが、私は『コーヒーと福祉の街』にしたいです」

朝市は「居場所」

 「おっ、元気か?」「まぁ、めんこいこと」

 地元テレビ局の元アナウンサー、矢野智美さん(33)が長女ハナちゃん(8カ月)を抱いて神子田朝市を歩くと、売り手から次々と声が掛かる。「ここは私が私でいられる『居場所』なんです」

矢野智美さんとハナちゃん=1月24日午前8時55分、盛岡市、三浦英之撮影

 ずっとアナウンサーになりたかった。「アナウンサーは歯が命」と就職活動では上下の歯を6本も抜いて矯正し、念願のアナウンサーになった。

 でも、現実は失敗の連続。思い通りに原稿を読めない。自信を失って落ち込んでいた時に、救ってくれたのが、朝市で店を出すおじいちゃんやおばあちゃんたちだった。「いつも明るく声を掛けてくれ、私の職場の悩みなども受け止めてくれる。温かくて、だからうれしくて……」

 6年目にうつを患い、テレビ局を退職。東京のベンチャーに転職したが、2023年、朝市が恋しくなって岩手に戻ってきた。朝市に恩返ししたいと昨年、朝市での経験をつづった「水盆を持つ人」を自費出版。今は子育てをしながら、障害のある人のアートを世界に発信する「ヘラルボニー」(盛岡市)の広報として働く。

 矢野さんにとって朝市って何ですか? その質問に少し考えて答えた。「不ぞろいものでも受け止めてもらえる場所、かな」

市場で至るところで薪ストーブがたかれている=2月1日午前6時26分、盛岡市、三浦英之撮影

 スーパーでは売れない不格好な野菜も朝市では売られ、家では邪魔者扱いされそうな高齢者たちもここでは生き生きと働いている。そしてテレビ局の枠にはまらなかった私も、ここでなら笑顔でいられた――。

 望むのは「『不ぞろい』を受け止められる社会」。子どものためにも、障害のある人のためにも、そんな朝市のような世界が広がることを願っている。

神子田朝市の朝の風景。多くの女性たちがほっかむりをしている=盛岡市、三浦英之撮影

この記事を書いた人

三浦英之
盛岡総局
専門・関心分野
社会全般

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