女性医師が増えると医療の質は下がるのか? データに基づけば根拠は乏しいどころか、むしろ正反対の結論に

 X(旧ツイッター)で「医療は女医が維持可能なレベルに向けてダウングレードされる」という主張を目にしました。  このような主張は、医学界ではさほど珍しいものではありません。男性医師のほうが女性医師よりも優れている、という主張です。そのために、大学医学部の入試では男子に下駄を履かせて女子が合格しにくくする、という不正入試すら行われていました。しかも、このような不正入試が発覚しても、SNSでは「それは必要悪だ」と不正入試を擁護する意見も多かったのです。 https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20220720-OYT1T50269/

 このような意見は日本独特のものではありません。アメリカでも「女性は医師に向いていない」という主張は昔からありました。ハーバード大学医学校が「医師は男性の仕事」という性差別主義から女子学生の入学を拒んできたのは有名な話です。女子学生の入学を認めたのは1945年のことです。  それも、第2次世界大戦による男性人材の枯渇が遠因ですから、必ずしも積極的な施策とはいえませんでした。そうそう、第1次世界大戦のときも、男性が兵士に取られて社会で労働人口が枯渇し、女性の社会進出が進んだのでしたね。戦争が生んだ、因果な社会の変化です。 History of Women at HMS ― Joint Committee on the Status of Women. Available at: https://jcsw.hms.harvard.edu/history . Accessed 26 February 2026.  日本最初の女性医師(異論あり)と言われる荻野ぎん(吟子)が医術開業試験に合格して開業したのが1885年のことですから、ハーバード大はそれよりもずっと遅れていたのです。  余談ですが、日本人で渡米してアメリカで臨床医として活躍する方は一定数いますが、女性医師はそのままアメリカにとどまる傾向が強いように思います。「男女差別が少なくて働きやすい」というのが大きな理由ですが、これには若干の誤解があるように思います。


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 アメリカにおける女性医師の割合は39%(2023年)とOECD加盟国で下から4番目で、OECD平均(51%)を大きく下回っています。それでも日本人女性医師が「アメリカは優れている」と錯覚するのは、日本がダントツの最下位で24%にすぎないからです(笑)。下には下がいるってやつです。ちなみにトップはラトビアの74%です。 Doctors (by age, gender and category): Health at a Glance 2025. Available at: https://www.oecd.org/en/publications/health-at-a-glance-2025_8f9e3f98-en/full-report/doctors-by-age-gender-and-category_a854aaab.html. Accessed 26 February 2026.  まあ、最近は日本人男性医師もアメリカにとどまる方は増えたように思います。給料がめちゃくちゃ高いからだと邪推しています。この話も面白いのですが、今回はこれ以上深入りしません。

 さて、私がアメリカで研修医をやっていた1990年代後半、一人の女性救急医と知り合いになりました。70年代に研修医だった、割とシニアな医師でした。往時は女性の救急医は非常に少なく、待遇も悪く、更衣室や当直室も男性医師と同じ部屋だったそうです。そこで男性と同じようにタフに振る舞わなければ認めてもらえなかったのだとか。  特に救急、集中治療、循環器、外科などのいわゆる「タフな」医療現場では女性が少なく、またそういう場所で活躍する女性は「男勝り、男っぽい」女性が多かったそうです。  ところで、私が勤務していた病院の集中治療室(ICU)のトップは女性医師でした。この方は非常に優秀な臨床医で、かつ何度もベストティーチャー賞を獲得する優れた教育者でもありましたが、いつもブラウスにミニスカートというおしゃれないでたちで、ステレオタイプな女性集中治療医とは真逆な印象でした。「アメリカでも時代が変わってきたのだなあ」と思ったものです。  誤解のないように申し上げておきますが、女性らしいいでたちをするのが正しく、男性っぽく振る舞う女性が間違いだ、と主張しているのではありません。かつての「こうしなければサバイブできなかった」という時代から、「他人から強いられるのではなく、自分の好みで選択できる時代になったのだ」と私は感じたのです。選択できることが大切なのです。


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 さて、本題に戻りまして、女性医師の臨床力です。OpenEvidenceというAIに、現行のエビデンスをまとめてもらいました。  まず、入院患者のケアについてですが、女性医師の方が男性医師よりも患者の死亡率や再入院率が低いことが分かりました。内科病棟でも外科病棟でも一貫してこうした結果になりました。患者の特徴や重症度を調整しても結果は同じでした。  また、女性医師の方が男性医師よりも診療ガイドラインを順守し、予防医療を遂行し、患者中心のコミュニケーションをとり、患者と過ごす時間が長いことも分かりました。複数の研究を統合したメタ分析でも同様の結果でした。  2017年のJAMA Internal Medicineに掲載された論文は、日本人の津川友介先生がファーストオーサーでしたから日本でも話題になりました。 Tsugawa Y, Jena AB, Figueroa JF, Orav EJ, Blumenthal DM, Jha AK. Comparison of Hospital Mortality and Readmission Rates for Medicare Patients Treated by Male vs Female Physicians. JAMA Intern Med 2017; 177:206-213. Heybati K, Chang A, Mohamud H, et al. The association between physician sex and patient outcomes: a systematic review and meta-analysis. BMC Health Serv Res 2025; 25:93. Roter DL, Hall JA, Aoki Y. Physician Gender Effects in Medical Communication A Meta-analytic Review. JAMA 2002; 288:756-764.  こうした研究は観察研究といって、隠れた交絡因子を完全に排除することはできません。だから、男性医師のほうがより過酷な環境下で、治療の難しい患者をケアしているという可能性は完全には排除できません。しかし、現存するもっとも質の高いエビデンスを参照する限り、「女性医師の台頭により、医療の質はダウングレードする」という意見を支持する根拠が乏しいことは分かります。  このような話をすると「女性医師は家事や育児があって当直にも入らない。男じゃなければ病院は回せない」という反論をいただきます。しかし、前述のように諸外国ではむしろ女性医師のほうが多い傾向にあるのです。


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 なぜ日本の病院でだけ、「男じゃないと医療は回せない」という観念が生じるのか。なぜ諸外国ではそういうことが起きていないのか。大事なのはこういう思考法です。  OECD加盟国のなかではさして優秀とは言えなかったアメリカですが、それでも女性医師がフルタイムで働ける環境は、私がいた1990年代から2000年代には整っていました。パートナーは家事や育児を手伝い、あるいはベビーシッターを雇ったりしていました。日本では男性医師が激務を理由に、パートナーに家事や育児を全部任せてワンオペ状態になっているところが多いです。男性が家事や育児に参加しないから、ますます職場は男性じゃないと回らなくなる。悪循環です。  日本に病院が多すぎるのも問題の一つです。兵庫県では現在、積極的な病院統合を進めています。厚生労働省も同様のプランを持っているようですね。  病院の数が多すぎると、その院内でのチームの構成員は減ります。少ない人数でチームを回すので、過剰労働になりがちです。統合、再編によりチームの構成員を増やせば、単純に一人ひとりの負担は減ります。 日経メディカル.急性期拠点機能は「20~30万人ごとに1拠点」を提案.Available at: https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/hotnews/int/202509/590086.html . Accessed 26 February 2026.  ドイツでは心臓手術を行う施設は国内で約80か所しかなく、1施設あたりの心臓血管外科医は数十人もいるそうです。しかも術後管理はICU専属の医師に任せており、外科医は当直がなければ夕方には帰宅していると聞きます。  一方、厚生労働省によると、日本で心臓血管外科を有する医療機関は、2018年時点で1000以上もあります。緊急手術の多い心臓血管外科がこんなに分散していたら、激務になって医師が疲弊するのも当然と言えましょう。 小川洋輔 ドイツで5000件の手術を経験、16年ぶりに帰国―秦雅寿・大阪けいさつ病院心臓血管外科部長に聞く◆Vol.1 2024年8月22日 m3.com https://www.m3.com/news/open/iryoishin/1228316 医療施設調査 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/18/dl/02sisetu30.pdf

読売新聞(ヨミドクター)
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