横スクロールアクション風動画を撮ろうとしたらiPhoneが車に轢かれた話

初めて『スーパーマリオブラザーズ』を体験した時、ゲーム自体の面白さと同時に「マリオになりたい!」という羨ましさが湧いた。

思い切り走って、自由に飛んで、豪快に踏みつけて。私だけでなく世界中の子供達が、マリオを始めとする横スクロールアクションのキャラに一度は憧れを抱いたと思う。例えばSASUKEが五輪種目にまでなったのも、そういう下地が無関係でないはずだ。

林編集長から「失敗特集をやります」と伺った時、真っ先に浮かんだのは失敗しそうで避けてきた「自分自身が横スクロールアクションのキャラになる」という企画だ。

失敗しても良いという前提ならば、長年の夢を叶えるべくこの企画に挑戦してみよう。

準備は手を抜かない

この企画案は元々「横スクロールアクションに見えるような動画撮影方法」を思いついたのが出発点だ。

具体的にはこんな感じ。私とカメラを乗せた台車が並走すれば、横スクロールアクション風の動画を撮れるはず。要はドリー撮影の簡易版

しかし、この撮影方法で普通の道を走っただけでは、私がマリオに見えることはないだろう。ゲームのようなコースも必要だ。

アクションゲームっぽい要素を書き出し、コースを設計する

次にコースに配置する小道具を制作していく。せっかくやるならフリー素材ではなく、オリジナルの敵キャラとかが良い。そこで思い出したのが保育園の卒園アルバム。

子供の頃からの夢を叶えるんだから、幼い私が表紙に描いた謎生物に登場してもらおう

最初に遭遇するザコキャラと最後に倒すボスキャラを選んで印刷し、段ボールに張り付けた。

亀のザコキャラ。紐を付けた台車を引っ張れば襲ってくるように見えるはず ボスは恐竜。結構デカい

トラップや武器も作る。

子供に「これ何?」と聞かれ「トゲトゲトラップだ。気を付けろよ」と答える親 巨大ハンマー。再利用した段ボールの「QVC」ロゴが透けて見える。まさに横井軍平氏の「枯れた技術の水平思考」だ(違う)

失敗して良い前提だからって、手を抜いて良いわけではない。小道具制作も一週間以上かけて取り組んだ。

最終的にこういうコースになった

いざ撮影

休みの日の朝、妻に付き合ってもらい撮影を決行することにした。

人に見られるのは恥ずかしいから、7時前に家を出る

近所の公園の一角に人気のない場所があるので、そこに制作した敵キャラやアイテムを配置していく。

アイテムボックスにはバナナが入っている。ファミコンゲームの回復アイテムと言えばフルーツ 全長約50m。プレーヤーではなくキャラ目線でコースを見るのは初めての経験 これがカメラを乗せた台車。妻が押して私と並走する

本番前、テスト動画を撮ってみたら予想以上にゲームっぽかったのでテンションが上がる。

「さあ、マリオになるぞ!」と思ったのだが…。普段は誰もいない場所なのに、なぜか人通りが途切れない。時計を見ると準備に手間取ったのか、いつの間にか8時。この場所、どうやら通勤通学時だけは近道として使われているようだ。

道行く人が「なんだこれ?」という感じで見ている。あの、ボスキャラです…

さすがに衆目に晒された状況でマリオになるなんて、魔界村より難易度が高い。

「恥ずかしいから帰ろう」と言い出す私

「マジごめん」。朝から付き合ってくれた妻に謝った。そして静かに小道具を回収し、再び台車を押して帰路に就いた。まさかスタートボタンすら押せず、失敗するとは…。

さあ、かわいいお猿さんの写真をご覧ください(失敗企画ではうまくいかないときに動物の写真を出すことにしています)

DAY 2

翌日。いくらなんでも、これでは終われない。前日の反省を踏まえると、日の出直後なら通行人もいないはず。仕事がある日なので辛かったが、早朝五時に家を出た。

本当に申し訳ないが再び妻にも帯同してもらう。昨日とまったく同じ光景。私のピーチ姫は無言である

現場に到着すると、さすがに人通りは皆無。昨日一度経験してるので、準備もすぐ終わった。

さあ、いくぞ! いよいよマリオになった私を皆さんに見て頂きます。ただ画面酔いが激しい人にはキツイ内容なので気を付けて下さい。それでは、いきます

何だこれ?ブレが酷過ぎる。ファミカセ斜めに挿しちゃったくらいバグってる。『摩訶摩訶』だってもう少しちゃんとしてたぞ。

唯一バナナ食ってるのだけはちゃんと撮れてた。でもそれはゲームじゃなくて、オッサンがバナナ食ってる動画だろ。

何故こんなことになったのか?やはり安物の三脚が原因だろう。

細い脚な上に台車と固定もしてなかった

当然カメラがブレる可能性くらいは事前に考えていた。でも前日のテストはこのセッティングでそれなりの動画が撮れたので、特に対策はしなかったのだ。どうして本番はこんなにブレたのか?

実は前日使用したアクションモードが搭載されている私のiPhone15を家に忘れてきてしまい、本番は妻の古いiPhoneで撮影したのだ。その結果、思いっきり台車の揺れが影響して酷い映像になってしまったようだ。

はい失敗。かわいいウォンバットをどうぞ

失敗のさらにその先

動画を確認した瞬間、準備に費やした時間を思い全身の力が抜けた。事前の企画会議で林編集長に「失敗特集って成功しても良いんですよね?」と確認したのも恥ずかし過ぎる。

あとここまで皆さんに伏せてたけど、もう書くわ。今回のゲームは『公ちゃんのドキドキバターアイランド』というタイトルを設定してたんだ。

それでこういう帽子を被ってたのだが、今この写真を見て自分の浮かれ具合に舌打ちしてる。自分という存在すべてが軽薄で馬鹿らしく思えてくる

それでも自分だけならまだ良い。問題は妻を2日間に渡って巻きこんでしまったことだよ。申し訳なくて心が押し潰されそう。「三脚を固定して再撮影してみよう」なんて、とても言い出せない。

結局前日同様、静かに小道具を回収し帰路に就く。DPZに参加してから3年になるが、ここまで完膚なきまでに失敗したのは初めてだ。

夫婦で無言の帰宅。この後仕事かよ…。なんか10歳くらい老けた

台車を押していると、前方の道路に何か落ちているのが目に入った。

それはグシャグシャになった私のiPhone15だった

iPhone、家に忘れたんじゃなくて、行きに台車から落っこちてたのだ。私が亀のザコキャラを踏んづけようとしてた時、iPhoneは車に踏まれてた。

車に轢かれた後、引きずられたみたい さらに30歳老けた 24年間人生を共にした、在りし日のミーちゃんのかわいい寝顔を見て下さい

人生とは?

今回のことで良く分かった。「ゲームのキャラになりたい!」と挑戦するまでもなく、私はとっくに人生というゲームを生きていた。そしてこのゲーム、私にはスタートもゴールも次に何が起こるかも決める権利はないのだ。

本当は人間の上位概念により、最初からこういうコースが設定されていた。いや、子供の頃『スーパーマリオブラザース』をプレイした瞬間から、iPhoneが車に轢かれる未来は決定していたのかもしれない

だとすると『公ちゃんのドキドキバターアイランド』はまだ全然ゴールに到達していなくて、この先もとんでもない敵キャラやトラップが待ち受けている可能性は大いにある。なんだか怖くなってきた。

マンマミーア。

編集部からのみどころを読む

編集部からのみどころ 失敗の先がある地獄みたいな記事でした。 石井さんが「失敗ウイークでは横スクロールアクション動画を作りたい」と弾んだ声で話してくれたこと。 いや、それ世界的にバズる動画ですよ、と私が答えたこと。

あの楽しかった時間がこのような地獄につながっているとは思いもしませんでした。(林)

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