プロポーズの流儀を決める遺伝子と脳のスイッチを解明|2025年|NICT-情報通信研究機構

図1 ショウジョウバエの求愛儀式の種間の違い

Reprinted with permission from Tanaka et al., Science (2025)

図2 fru回路が求愛儀式の種差をもたらす スケールバー: 50μm

Reprinted with permission from Tanaka et al., Science (2025)

図3 ヒメウスグロショウジョウバエのインスリンニューロン 緑色: インスリンニューロン 赤紫色: 脳全体の構造 スケールバー: 50μm

Reprinted with permission from Tanaka et al., Science (2025)

動物は種ごとに固有の行動パターンを示します。とりわけ、オスがメスにアピールする求愛行動は、性選択などの進化的圧力の影響を強く受けるため、他の行動形質に比べて進化速度が速いと考えられています。こうした行動の進化の背景の一つには、行動を司る脳の中の神経細胞同士のつながり、すなわち脳の“配線構造”の変化があると考えられます。しかし、具体的にどのような配線構造の変化によって行動の種差・多様化がもたらされるのかは不明でした。

この問題に迫るため、私たちはショウジョウバエの求愛行動に注目しました。遺伝学で古くから盛んに研究されてきたモデル動物であるキイロショウジョウバエのオスは、翅(はね)を震わせて「ラブソング」を奏でることでメスにアプローチします(図1右)。一方、同属のヒメウスグロショウジョウバエのオスは、自身が飲み込んだ食べ物を吐き戻してメスに「プレゼント」として贈るという、まったく異なる求愛形式をとります(図1左)。キイロショウジョウバエの求愛行動は、求愛マスター遺伝子として過去に私たちが同定したfruitless遺伝子(fruを発現する神経回路(fru回路)によって制御されます(Kimura et al., 2005, 2008; Kohatsu et al., 2011)。同様に、ヒメウスグロショウジョウバエの脳内にもfru回路は存在し、プレゼントを贈る行動に代表される「ヒメウスグロ型」の求愛行動を制御します(本研究グループの以前の研究成果:Tanaka et al., 2017)。すなわち、「ラブソング」と「プレゼント」という全く異なる求愛形式をとるこれら二種のショウジョウバエにfru回路は共通して存在し、それぞれの種の求愛行動の制御を司ります(図2)。この事実は、両種のfru回路のどこかに求愛儀式の差異を生む配線構造の違いが存在することを示唆しています。しかし、その実体はこれまで明らかになっていませんでした。
今回私たちは、ヒメウスグロショウジョウバエに特有のプレゼントを贈る行動に注目し、脳を構成する約14万個の神経細胞の中から、プレゼントを贈る行動を制御する神経細胞を、クローン技術を駆使して探索しました。その結果、インスリンを合成する脳内の18個の神経細胞、インスリンニューロンが最有力候補として浮上してきたのです(図3)。実際、ヒメウスグロショウジョウバエのオスがメスに求愛している最中にインスリンニューロンを人為的に活性化させたところ、プレゼントの呈示が頻繁に誘発され、逆に人為的に不活性化させるとその行動が抑制されました。この結果から、このインスリンニューロンがヒメウスグロショウジョウバエのプレゼントを贈る行動に中核的役割を担うことが分かりました。

インスリンニューロンはプレゼントの贈呈を行わないキイロショウジョウバエの脳の中にも存在します。そこで、それぞれの種のインスリンニューロンを詳しく調べたところ、二つの違いが見つかりました。一つはfru遺伝子の発現の有無、もう一つは神経突起の長短です。ヒメウスグロショウジョウバエのインスリンニューロンはfru遺伝子を発現しており、この遺伝子の作用によって神経突起が大きく伸長して、求愛行動の司令塔として働く求愛司令ニューロンと接続していました。一方、キイロショウジョウバエのインスリンニューロンはfru遺伝子を発現せず、そのため神経突起は短く、求愛司令ニューロンとの接続はありませんでした。これらインスリンニューロンの違いがプレゼントを贈る行動の有無をもたらすという可能性を検証するため、遺伝子操作によってキイロショウジョウバエのインスリンニューロンにfru遺伝子を人為的に発現させたところ、驚くべきことに、その神経突起はウスグロショウジョウバエのインスリンニューロンのように長く伸び、求愛司令ニューロンとの接続を形成しました(図4)。この遺伝子操作を施されたオスは、キイロショウジョウバエでありながら、なんと求愛時に食べ物を吐き戻してメスにプレゼントを差し出したのです。この結果は、わずか18個の神経細胞に起こった一遺伝子の発現の変化と、その結果生じた配線構造の変化が引き金となり、「プレゼントを贈る」という求愛儀式がヒメウスグロショウジョウバエからキイロショウジョウバエに“種間移植”されたことを示しています。

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