プロポーズの流儀を決める遺伝子と脳のスイッチを解明|2025年|NICT-情報通信研究機構
Reprinted with permission from Tanaka et al., Science (2025)
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動物は種ごとに固有の行動パターンを示します。とりわけ、オスがメスにアピールする求愛行動は、性選択などの進化的圧力の影響を強く受けるため、他の行動形質に比べて進化速度が速いと考えられています。こうした行動の進化の背景の一つには、行動を司る脳の中の神経細胞同士のつながり、すなわち脳の“配線構造”の変化があると考えられます。しかし、具体的にどのような配線構造の変化によって行動の種差・多様化がもたらされるのかは不明でした。
インスリンニューロンはプレゼントの贈呈を行わないキイロショウジョウバエの脳の中にも存在します。そこで、それぞれの種のインスリンニューロンを詳しく調べたところ、二つの違いが見つかりました。一つはfru遺伝子の発現の有無、もう一つは神経突起の長短です。ヒメウスグロショウジョウバエのインスリンニューロンはfru遺伝子を発現しており、この遺伝子の作用によって神経突起が大きく伸長して、求愛行動の司令塔として働く求愛司令ニューロンと接続していました。一方、キイロショウジョウバエのインスリンニューロンはfru遺伝子を発現せず、そのため神経突起は短く、求愛司令ニューロンとの接続はありませんでした。これらインスリンニューロンの違いがプレゼントを贈る行動の有無をもたらすという可能性を検証するため、遺伝子操作によってキイロショウジョウバエのインスリンニューロンにfru遺伝子を人為的に発現させたところ、驚くべきことに、その神経突起はウスグロショウジョウバエのインスリンニューロンのように長く伸び、求愛司令ニューロンとの接続を形成しました(図4)。この遺伝子操作を施されたオスは、キイロショウジョウバエでありながら、なんと求愛時に食べ物を吐き戻してメスにプレゼントを差し出したのです。この結果は、わずか18個の神経細胞に起こった一遺伝子の発現の変化と、その結果生じた配線構造の変化が引き金となり、「プレゼントを贈る」という求愛儀式がヒメウスグロショウジョウバエからキイロショウジョウバエに“種間移植”されたことを示しています。