海外メディア「土葬のお墓がほしいと願うイスラム教徒を攻撃する日本」
ラマダン(断食月)明けを祝うため、モスクに集う日本在住のイスラム教徒たちPhoto by Ahmet Furkan Mercan/Anadolu via Getty Images
Text by Julian Ryall
近年、日本に暮らすイスラム教徒が増えるにつれ、教義に則った土葬墓地への需要が高まっている。大分県の別府ムスリム協会は土葬墓地の建設を求めているが、地元の日出町の町長らの反対で難航している。
教義に沿って死者を葬りたいという日本のイスラム教徒(ムスリム)の願いが、ソーシャルメディアの敵意の波にさらされている。
2020年9月当時、大分県を拠点とする別府ムスリム協会の人々はムスリムのための土葬墓地建設の許可が同県日出町の行政から、まもなく得られるだろうと考えていた。
だが現在に至るまで、承認は下りていない。同協会の代表ムハンマド・タヒル・アッバス・カーン(57)はそのことを嘆いている。土葬が法律で禁止されていない日本で、自分たちの率直な要望が認められないのは、メディアやSNSで発信された誤解を招く情報に原因があると彼は考えている。墓地建設に対する抵抗感の背景には、ネット上で拡散されるイスラム教への誤解があると中国紙「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト」は指摘する。
カーンは、自分を中傷する著名ユーチューバーに対して法的措置をとった。「こんなことをしなくてはならないなんて、信じられません」と彼は言う。
パキスタン北部の都市ラホール出身のカーンは2001年から日本に暮らし、10年以上前に日本国籍を取得した。現在は大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学で電気工学の教授を務める。
件のユーチューバーは、カーンが日本をムスリム多数派の国にしようと企んでおり、墓地の建設はその活動の一環だと、主張しているという。 日本にはイスラム教を含め、信仰する宗教を問わず土葬を受け入れる墓地はあるが、ムスリム向けの墓地を建設しようとする動きはない。
別府ムスリム協会は土葬用の墓地を建設するため、別府市に近い日出町の土地を2018年に購入していた。その際、地元行政と町長に対し、日出町には土葬を禁じる条例がないことを確認していた。
だが、埋葬された遺体が水源を汚染することを恐れた一部住民から反対の声があがった。長い交渉の末、協会側は建設地を別の町有地に変更するという町側の提案を受け入れた。さらに墓地建設にはリスクがないと住民に理解してもらえるよう努め、両者は2023年に建設協定の締結に至った。
この地域に住むムスリムの多くは、亡くなると近くのキリスト教墓地に埋葬されていたが、そこでも土葬が許可されていた。こうした事情もあり、ムスリム向けの墓地がまもなく建設されるだろうとみられていた。
ところが、2024年8月におこなわれた町長選で風向きが変わった。ムスリム向けの墓地建設は選挙活動における重要な争点となり、これに反対の意を表明していた安部徹也が当選した。町長就任後、安部はムスリム協会を訪れ、土地の売却手続きを停止するとカーンに伝えた。
「すでに土地売却の同意書も交わしていたので訴訟も検討しましたが、地元の人々と争っていると思われるのは本意ではなかったので断念しました。私たちはコミュニティと協調し、すべての人の賛成を得たうえで墓地を建設したいのです」とカーンは言う。
だが、状況が好転する兆しはない。ムスリムに関する不正確な情報や噂も、状況を悪化させているとカーンは考えている。
「ムスリムについて、非常に多くの誤解が広まっています。それらをすべて正すのは不可能です」
2024年9月、安部町長がムスリム向けの墓地建設に否定的な見方を示したことを共同通信が報じた。その記事には、「ムスリム向けの墓地が建設されたら、イスラム教徒が大挙して移住してきて、テロリストの温床になるのではないか。そうなれば、町全体が公安の監視対象区域になるかもしれない」というコメントが寄せられた。
さらに2024年12月には、オンラインメディア「ニッポンドットコム」が、ムスリムのための墓地を建設しようとするカーンらの取り組みを紹介した。この記事には300近いコメントがついたが、そのほとんどが「なぜ彼らは、日本の法律や慣習を自分たちの都合に合わせてねじ曲げようするのか」「日本がイスラム教徒を受け入れる理由などない」といったネガティブなものだった。
墓地建設の費用は税金で賄われるというネット上の虚偽の情報に対し、費用は別府ムスリム協会が負担するとカーンは説明する。
カーンは本紙の取材中、「人種差別」という言葉を使わないよう細心の注意を払っているように見えた。ムスリムが日本で直面する敵意についてどう思うかと尋ねると、逆に「あなたはどう思いますか?」と問われる。
現在、日本には推計35万人のムスリムが暮らしている。そのほとんどは、教育の機会や仕事を求めて日本に来日しており、永住を希望している。カーンによれば、母国に戻る人はわずか5%ほどで、ゆえに土葬できる墓地の必要性が高まっているという。
妻と3人の子供と暮らすカーンもまた、日本で寿命をまっとうし、埋葬されることを望んでいる。日本でも戦後初期までは、土葬がおこなわれていたとカーンは指摘する。イスラム教の教義に沿った埋葬を望むムスリムは母国に帰れという主張は、日本に暮らすムスリムのことを理解していないと彼は言う。
「こうした反対意見はナンセンスです。これまでに非常に多くの否定的なコメントを見聞きしましたが、メディアやSNSが発信した情報に惑わされる人の多さに驚いています」
別府ムスリム協会は、土葬用の墓地建設がムスリムにとってどれほど重要か説明する活動を続けており、地元の人々は理解を示している。だがカーンによれば、新町長の反対と土地売却の中止が障害になっているという。
彼はいま、日本の他の宗教組織と協力して、各都道府県の公営墓地に少なくとも一区画、土葬ができる場所を確保してほしいと厚生労働省に働きかけている。在日外国人が増えるにつれて土葬用の墓地の需要が高まっていることもあり、厚労省は現在この提案を検討している。
カーンはムスリム向けの墓地建設の重要性をこう訴える。
「日本ではとくに地方で人口が減少しており、政府は高度なスキルを持つ外国人材を誘致したいと言っています。本当にそうしたいのであれば、彼らのニーズにも目を向けるべきです。そのなかには、宗教的な信条にあった墓地の提供も含まれているのです」