「西洋の敗北」の後、日本はどうなるのか? エマニュエル・トッドが語る「文明の転換」
ウクライナ戦争をきっかけに、西洋の軍事力や経済力の限界が露わになりました。しかし、フランスの歴史家エマニュエル・トッド氏は「問題はもっと深い」と指摘します。西洋の発展を支えてきたのは、「プロテスタンティズム」という宗教文化。識字教育や勤労倫理を広げたこの宗教的基盤が崩れたいま、西洋社会そのものが衰退の局面に入っているというのです。では、「西洋こそ模範」として近代化してきた日本は、この歴史的転換の中でどのような位置に立つことになるのでしょうか。歴史人口学者でもある世界的知性が、西洋文明の深層に迫ります。最新刊『2030 来たるべき世界』から一部を抜粋・再編集してお届けします。
【写真】ソ連崩壊、米国の金融危機などを予見したエマニュエル・トッド氏
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「日本」という特殊な国と「西洋」の不思議な出会い
私が驚くのは、日本にとっては、ものごとがどれほど違ってくるかということです。
もちろん、日本を米国の経済・軍事システムの中のメンバーとしてみなせば、ほかの国々と並んで西洋の一員と考えることもできます。
しかし、実際には日本は独自の歴史を持ち、西洋世界に統合されたのは、かなり後になってからの話です。日本の歴史の最も本質的な部分は西洋的ではありません。
日本の歴史学者たちは、日本の中世と近代化が始まる魔法のような時代との共通点を明らかにしてきましたが、私はとりわけ友人で近年物故した日本の歴史人口学の父とも言える速水融教授の仕事に思いをはせます。
日本はヨーロッパのいくつかの国々と似たような軌跡をたどっています。しかし、実際のところ、日本の西洋との出会いというのは、言うならばかなり暴力的で危険なものでした。
つまり、西洋、主に米国ですが、まず脅威、あるいは挑戦として日本に現れたのです。大枠で言うなら、西洋の植民地にされるかもしれないという脅威です。
これが、明治維新の最大の意味です。
つまり、西洋を模倣すべきモデル、追いつき、追い越すべきモデルにして、自らも西洋的になりながら、自分自身でもあり続ける。これが日本の歴史でした。
そして明治以来、それは大成功をおさめ、日本は世界で最も近代的な国の一つになったのです。
しかし今、私が考えるのは、自分がお手本としてきた国々、つまり西洋の国々が崩壊したときに、日本のような国では何が起きるのだろうということです。
近代化という理念や概念をもたらした西洋が、いうならば衰退と危機の局面に入っているのです。
私が皆さんにまずわかっていただきたいと思っているのは、この西洋の危機がどれほど深刻かということです。
それは単に、ウクライナでの敗北による軍事的危機、またロシアの工業に対して十分に対抗できるほどの工業製品を産み出せなくなっている経済的な危機にとどまりません。
西洋の危機を理解するために指摘しておきたいのは、私たちが直面している危機は、今後も続き、深刻化していくであろうということなのです。
近代日本を形作った「3つのプロテスタント大国」
日本が明治維新の前後に出会ったのは、より正確に語るなら西洋世界すべてではありません。
とくに重要だったのは3つの国でした。
19世紀の大帝国のモデルだった英国、黒船で直接日本を脅しに来た米国、そして、直接の脅威ではなかったけれど、重要なモデルとなったドイツです。私は自国のフランスを忘れているわけではありませんが、それほど大きな存在ではなかった。
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また軍事的にぶつかることになったロシアも忘れてはいません。ロシアは最初に日本に打ち負かされた先進国であり、そのことによって日本は先進国とみなされるようになりました。
しかし、私が重要だと思うのは英国、米国、ドイツという3カ国です。
これらの国には共通点があります。いずれもプロテスタントの国だということです。つまり、単にキリスト教の国というわけではないのです。
これらは、キリスト教の中のプロテスタントを代表する国々です。これは特別な意味を持つ宗派です。ドイツの社会学者、マックス・ヴェーバーのような思想家によれば、ヨーロッパのテイクオフ(離陸)を進めた宗教です。
で、実際にそうだったのです。
西洋のテイクオフとは、ヨーロッパの中のプロテスタントの国々のテイクオフでした。宗教改革以来、ヨーロッパの北部は、南部をしのいで発展し、識字率、読んだり書いたりする能力を高め、そして産業革命を起こし、さらに非常に重要なあらゆる現象をもたらしてきました。
では、西洋のテイクオフにとってプロテスタンティズムの重要性はどこにあったのか。
それは、この宗派の教えがたまたまもたらしたことにありました。プロテスタントでは信者に対して、聖書やルターの書いた教えを読めるようになることを求めました。
その結果、プロテスタントは宗教的な理由から各地で、読み書きができる人々を登場させました。その人たちは教育を受けることになったのです。
つまり、プロテスタンティズムの根本的な優位性は、その教えが人々の教育につながったという点です。1900年頃のヨーロッパ地図を見ると、教育レベルが高いのはプロテスタントの広がっている地域でした。それだけではありません。
プロテスタンティズムは、道徳でも多くのことを人々に強く求めました。
とくに勤勉であることが、労働の倫理であるとされました。また、それはかなり理にかなった考え方にもつながりました。経済や科学の領域では、プロテスタンティズムはとてもシンプルで純粋です。神がいて、信仰する者がいる。それ以外はたいしたことではない、というわけです。
「西洋の敗北」という歴史の帰結と日本が向き合う現実
しかし、今、西洋の没落ということが起きている。
それは、私たちの目をプロテスタンティズムの崩壊に向けさせることになります。このことは、プロテスタンティズムの興隆によって西洋が興隆してきたという歴史の帰結といえるでしょう。
近著で、私は西洋の敗北について説明しています。最初は軍事的な敗北です。ロシア軍は次第に戦争に勝ちつつあります。ウクライナ軍は内部崩壊の危機に瀕しています。まだ数カ月続くのか、1年続くのか、わかりません。
しかし、戦争の結果がはっきりするのはかなり近いでしょう。米国もそれを知っています。国防総省もわかっている。ものごとをよく考える者は、何が起きたか知っているのです。きわめて簡単なことです。西洋、とりわけ米国の軍需産業は、ロシアの軍需産業にウクライナが対抗する上で十分な砲弾やミサイル、防空システムを供給することができなかったのです。
これは驚くべきことであり、逆説的なことでもあります。なぜなら、日本と韓国を含めた西洋全体の域内総生産から見ると、理論的にはロシアのそれは西洋の3%程度にとどまります。どうして、この3%が西洋全体を上回る軍事物資を生産できたのか。
ちょっとしたミステリーです。この現実は衝撃的です。いうならば、経済について、いささか抽象的で金融中心で、嘘くさい概念になじんでいた私たちは、物質的な財の生産という実質的な概念を突きつけられるのです。
⇒この続きは、ぜひ『2030 来たるべき世界』を手に取ってご確認ください。
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