長距離攻撃ドローン突破数の急激な増大:ウクライナ迎撃戦闘2025年3月分の傾向(JSF)
2025年3月にウクライナ空軍司令部が報告したロシア軍の長距離ドローン・ミサイル攻撃は合計で4280発でした。これは過去最大だった先月の4009発をさらに上回る規模です。なお3月の飛来数4280発のほとんどがドローンで4198発、ミサイルは82発でした。出典:ウクライナ空軍司令部
ただし半年以上前から安価な囮無人機が大量に混じるようになっており、飛来数の大半は囮無人機であると推定されます。囮無人機は任務を果たして燃料が切れると勝手に墜落しますが、対空砲火で撃墜した中にも囮無人機は混じっており、実際の攻撃規模はもう正確には分からない状態です。
2025年3月の大きな特徴は長距離ドローン突破数が377機と急激に増大したことです。先月の突破数107機の約3.5倍もの数となっています。これは原因としてはウクライナ防空網に問題が生じたのではなく、主にロシア軍の攻撃目標の選定が変化した影響によるものです。民間目標が積極的に狙われ始めました。ウクライナ軍は守るべき対象が多くなり過ぎて手が足りていない状態です。
○2025年3月:4280飛来1386未到達2471撃墜(迎撃率85%)
- 弾道ミサイル:22飛来1撃墜(迎撃率5%)※北朝鮮KN-23は8日が最後
- 転用ミサイル:8飛来0撃墜(迎撃率0%)※発射頻度は激減したまま
- 巡航ミサイル:52飛来35撃墜(迎撃率67%)※1月以降から低調なまま
- 敵性ドローン:4198飛来1386未到達2435撃墜(迎撃率87%)※377突破
※未到達とは燃料切れで勝手に墜落したドローン(囮無人機が任務を果たしたもの)と、故障あるいは電子妨害で迷走していったドローンを指す。
弾道ミサイルの3月の傾向:北朝鮮KN-23は8日が最後
- イスカンデルM弾道ミサイル×10飛来1撃墜(4回)
- イスカンデルM/KN-23弾道ミサイル×12飛来0撃墜(7回)
※空軍司令部の集計報告にはない弾道ミサイルの飛来が複数ある。
3月の弾道ミサイル飛来数22発は最近の半年間では1月の20発とほぼ同じで最も少ない部類ですが、北朝鮮製KN-23弾道ミサイルで変化がありました。ウクライナ空軍司令部によるKN-23の飛来報告は3月5日~8日の4日間に1日あたり2~3発ずつの合計10発のみで、ここで報告が途切れています。そして3月11日以降からロシア製イスカンデルM弾道ミサイルの飛来報告に切り替わっており、こちらは散発的に1回あたり1~3発の7回で合計12発となっています。
もしかすると北朝鮮から輸入したKN-23の在庫が一旦尽きており、再補充を待っている状態なのかもしれません。
ただし北朝鮮製KN-23はロシア製イスカンデルMに酷似した模倣品であり、飛行特性は非常によく似ているのでレーダー観測だけでは見分けることはできません。残骸の部品を調べれば特定できますが時間が掛かりますし、全ての発射の残骸を回収することは困難です。つまりこのウクライナ空軍司令部の報告自体が正しいかどうか不確かな点があります。
なお3月もキンジャールの発射はありませんでした。イスカンデルMを空中発射型としたキンジャールは発射母機のMiG-31K戦闘機の動向に注意していれば、飛んで来たかどうかの判別は容易です。キンジャール最後の発射は2024年12月31日の1飛来1撃墜でした。これで3カ月間も発射が途絶えたままです。出典:ウクライナ空軍司令部
転用ミサイルの3月の傾向:発射頻度は激減したまま
3月の転用ミサイル飛来数8発は最近の半年間では最も少ない数字です。ただし2024年6月からウクライナ軍のHIMARSによる越境攻撃開始でS-300を追い散らした劇的な効果は長くは持続していませんが(2カ月間ほぼ発射がゼロに近く激減した後に発射再開)、それでも2024年3月のハルキウへの攻撃を中心とするS-300を61発もの猛攻撃は今のところ再現されておらず、一定程度の抑止力は発揮され続けています。
巡航ミサイルの3月の傾向:1月以降から低調なまま
- Kh-101/Kh-55SM巡航ミサイル×35飛来25撃墜
- カリブル巡航ミサイル×8飛来8撃墜
- イスカンデルK巡航ミサイル×1飛来1撃墜 ※3月8日
- Kh-69空対地ミサイル×8飛来1撃墜
※イスカンデルK以外は全て3月7日の攻撃1回のみ。
3月の巡航ミサイル(亜音速型)の総飛来数は52発、そのほとんど51発が3月7日に発射されています。3月は大規模攻撃と言えるのはこの1回のみです。巡航ミサイルは最近半年間で見ると最大数は2024年11月の224発でしたので、3月の巡航ミサイル攻撃は数もあまり多くはありません。
しかも3月20日にウクライナ側の攻撃でロシア空軍エンゲリス基地の弾薬庫が破壊され、集積されていたTu-95爆撃機用のKh-101巡航ミサイルが誘爆により96発失われたという評価がされています。これが事実ならば推定生産能力の1カ月半に相当する量で、4月になっても巡航ミサイルによる大規模攻撃は実施が困難なままでしょう。
敵性ドローンの3月の傾向:過去最大の突破数377機
長距離ドローン攻撃の集計については、囮機が大量に混じり出した現在とそれ以前では飛来数と撃墜数の比較は意味が無くなってしまったので、2024年11月から「突破数」を中心に各月の推移を見比べていく方針に変更しています。
- 囮無人機「ガーベラ」、「パロディ」
- 自爆無人機「シャヘド136」、「シャヘド131」
囮無人機が混じり出した2024年7月以降の突破数
- 2025年03月:377突破4198飛来1386未到達(2435撃墜、迎撃率87%)
- 2025年02月:107突破3909飛来1593未到達(2029撃墜、迎撃率95%)
- 2025年01月:90突破2599飛来925未到達(1584撃墜、迎撃率95%)
- 2024年12月:24突破1850飛来859未到達(967撃墜、迎撃率98%)
- 2024年11月:68突破2436飛来1060未到達(1308撃墜、迎撃率95%)
- 2024年10月:85突破1912飛来729未到達(1098撃墜、迎撃率93%)
- 2024年09月:47突破1331飛来177未到達(1107撃墜、迎撃率96%)
- 2024年08月:55突破781飛来72未到達(654撃墜、迎撃率92%)
- 2024年07月:36突破426飛来17未到達(373撃墜、迎撃率91%)
囮無人機が混じっていない2024年6月以前(過去1年分)
2023年7月~2024年6月:691突破4427飛来3736撃墜
- 1カ月の平均:58突破369飛来(311撃墜、迎撃率84%)
※ウクライナ空軍司令部の迎撃戦果報告では敵目標について「飛来」と「撃墜」の他に、「宇領土内で位置を消失」「迷走し宇領土から去る」「報告時点で滞空中」などがあるが、これらを纏めて「未到達」扱いとする。
※「消失」は囮無人機が燃料切れで勝手に墜落したケースがほとんどだと見られる。ただし囮無人機は撃墜数の中にも含まれている。
※突破は飛来から撃墜と未到達を引いたもの。
※3月18日から30日間のエネルギーインフラへの攻撃停止が合意。
3月の自爆無人機377突破は、先月の突破数107機の約3.5倍となっています。最近の傾向としても急激な増大ですが、ただし迎撃率でみると87%は依然として高い数字です。ウクライナ軍の防空部隊からも迎撃ミサイルが枯渇した報告はまだありません。将来もしアメリカから供与が受けられなくなることを心配する声はあっても、今現在不足しているという訴えはまだ出ていません。
また未到達数は先月と比べてむしろ若干減っており、推定される囮無人機の飛来数に大きな変化は起きていません。つまりロシア軍の戦術が変化したのは自爆無人機と囮無人機の比率の変化ではありません。
明らかにロシア軍の目標選定が変化しました。ウクライナの深奥部ではなく前線に近い位置を多く狙い始めています。これにより対処可能時間が短くなり迎撃が追い付かなくなるケースが増え始めました。また民間施設の被害が急激に増え始めています。学校、病院、住宅、ホテル、レストランへの攻撃が相次いでいます。守るべき範囲が広いと迎撃の手が足りなくなってしまいます。
飛来数が変わらないのに突破数がいきなり3.5倍も増えた、迎撃ミサイルの枯渇もまだ報告されていないとなると、結論はこのようになります。言うまでもないことですが、民間施設への意図的な攻撃は国際人道法違反です。また宇露和平交渉の第1段階として「3月18日から30日間のインフラ攻撃停止」が成立した筈ですが、攻撃が停止するどころか逆に激化しています。停戦など望めそうな状況にありません。
3月18日、キーウの学校に落下したロシア自爆無人機
3月19日、スーミの民間病院への攻撃
3月20日、オデーサ市街地への無差別攻撃
3月28日、ドニプロのリゾートホテル「バルトロメオ」被弾炎上