スタッフを半分にし、給料を大幅カット…立憲民主党元代表・枝野幸男が落選後に選んだ"新たな働き口"(プレジデントオンライン)
還暦を過ぎてキャリアチェンジを迫られたらどうすればいいか。元官房長官で弁護士の枝野幸男さんは「61歳での落選というキャリアの強制リセットは、結果として、同年代のサラリーパーソンたちが直面している境遇に、私自身を近づけることになった。落選後の春、花見の時期にその同期たちはやけにあっさりと声をかけてくれて、かえって救われた気持ちになった」という――。 【写真を見る】「会社員に比べて政治家のほうがはるかに不安定」と語る理由 ※本稿は、枝野幸男『再出発 落選という現実を力に変える』(青春出版社)の一部を再編集したものです。 ■国会のない日常で一番変わったこと 落選という人生初の苦い体験を経て、私は61歳にして「一人の有権者」として再出発することになりました。 生活面で最も大きく変わったのは、言うまでもなく国会の日程に縛られなくなったことです。 現職時代は、平日の日中に衆議院の本会議や委員会、それにともなう党の会議が分刻みで入るため、自分の意思で先々の予定を組むことは簡単ではありませんでした。それが今は、忙しい日々ではあるものの、時間の融通がかなり利くようになっています。 生活の拠点が東京から地元・大宮へと完全に移ったことも大きな変化です。 朝6時の起床時間は現職時代と変わりませんが、以前のように議員宿舎から議員会館へ向かう途中でコンビニのパンをかじるといった慌ただしさはなくなりました。今は、自宅でトースターから焼き上がったパンを食べて一日を始めることも多くなっています。 予定が詰まっていなくても、朝一番にパソコンに向かってデスクワークを行う習慣は、学生時代から続く私の「朝型」のペースそのものです。それでも8時からの会議に向けて周囲と調整に追われていた現職時代とは、精神的なゆとりがまったく違います。
■唯一の趣味「カラオケ」に行く頻度が激減 夕方以降の仕事の終え方も昔のままです。大臣を務めていたときから、私はどんなに無理をしてでもデスクワークは夜6時前に終わらせるペースを体に染み込ませてきました。その点では時間配分に大きな変化はありません。 決定的に変わったのは、夜の会合と帰宅の足です。 現在も週に2〜3回程度、東京で夕食をともにしながらの情報交換等は続けていますが、現職時代に比べればその数はぐっと減りました。 赤坂の議員宿舎に寝泊まりしていた頃は、国会周辺で夜11時まで会合があっても歩いて10分で帰り、日付が変わる前には就寝できましたが、今はそうはいきません。 大宮の自宅に11時までに帰り着くためには、東京を9時半には出なければなりません。唯一の趣味であるカラオケに行く機会は大幅に減りました。 ■どうやって生活の維持をするか 議員バッジを失って直面する最も現実的な変化は、収入面です。 当然ながら歳費はなくなり、調査研究広報滞在費や公設秘書の給料といった国からのサポートもすべてストップします。 ここからは、一人の社会人としてどうやって自分で稼ぎ、事務所を維持していくかを必死に考えなければなりません。 私は議員になる前に2年間、弁護士として活動していました。そのため、普通に考えれば再出発の柱は弁護士業務になるのでしょうが、資格があるからといってすぐに仕事が舞い込んでくるものではありません。 また、長期化する可能性のある案件は、政治活動との両立の中で無責任に受けることができません。 私の場合、長年国政に携わらせていただいたご縁から、いくつかの企業と顧問弁護士契約を結んでいただいたり、講演の依頼をいただいたりしています。 今の私にとってはこれ以上なくありがたい支えです。これがもし、若手や中堅の落選であれば、どれほど生活の維持が過酷であるか、身に染みて想像できます。